No | 121495 | |
著者(漢字) | 田中,康夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,ヤスオ | |
標題(和) | タンザニアにおけるコンゴ難民のHIV感染予防および感染リスクにかかる知識、態度、行動の研究 | |
標題(洋) | Knowledge, Attitude and Practice (KAP) on HIV Prevention and HIV Infection Risks of Congolese Refugees in Tanzania | |
報告番号 | 121495 | |
報告番号 | 甲21495 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第2743号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 国際保健学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 アフリカのサブ・サハラ地域は、人口が世界の10%程度でありながら、世界のHIV感染者の60%以上、エイズによる死者の70%以上が集中し、HIV/エイズによる人口中産業経済などへの影響により国家存亡の危機に瀕している国も少なくない。 一方1990年代以降多くの武力紛争が勃発し、今日、東アフリカだけでも600万人以上の人々が周辺国および自国内領域で、難民あるいは国内避難民として避難生活を続けている。このような武力紛争、人口移動、食料危機および貧困はHIV感染に重大な影響を及ぼすと考えられ、2001年の国連総会でも難民・国内避難民のHIV感染に警鐘が鳴らされた。 しかしながら、難民キャンプでの救援活動では、下痢症、呼吸器疾患、マラリア等の急性感染症対策、水・衛生、食料配給など目前のニーズに資源を傾注し、HIVの予防対策とその効果検証には十分な介入が行われておらず、難民のHIV感染、感染リスクや感染予防にかかる知識、態度、行動の実情を殆ど把握できていない。 異性間の性交渉がHIV感染ルートの首位を占めるアフリカの難民キャンプにおいて、また、国際社会の支援が十分に集まらず、食料や生活必需品の配給が滞る急性期以降の難民救援活動において、HIV感染リスクおよびリスク行動を検証し、それに基づく提言を構築することが、長期慢性化にある救援活動の質の向上とHIV感染リスク管理に資すると考えた。 目的 本研究の目的は、以下の5点である。 難民流出前後のHIV感染リスク要因を比較する。 難民のHIV予防にかかる知識、態度および行動を検証する。 HIV予防にかかる知識、態度および行動に影響を与える関連要因を検証する。 HIV陽性者と陰性者の属性・特徴を比較する。 HIV感染の有無と知識、態度および行動の関連性を検証する。 対象と方法 本調査は、難民キャンプにおいて無作為に抽出した難民およびHIV陽性者を対象とした横断研究である。 調査場所と対象:コンゴ民主共和国(DRC)出身の難民約60、700人を収容するタンザニア共和国のニャルグス難民キャンプにおいて、(1)系統的無作為に抽出した15〜49歳までの1140人(男女比1:1)、および(2)自発的カウンセリングHIV検査サービス(VCT)によりHIV陽性と判明した者182人を対象とした。 調査方法:対象者(1)(2)の各家庭を訪問して、構造化された質問票を用いた直接面接を行なった。また、量的調査を補完するため、男女別の二つの年齢グループ(15〜29歳、30〜49歳)に対して、集団討議(FGD)を行なった。 直接面接で用いた質問票は同上の(1)(2)ともに同様であり、内容は属性・社会背景、男性用。女性用コンドームにかかる知識と態度、性行動とリスク行動、HIVエイズにかかる知識と態度、難民キャンプ内のHIV関連サービスに対する知識と行動とした。性行動とリスク行動については性交渉経験の有無を確認し、有と答えた難民に対しては、定期パートナーとの性交渉、不定期パートナーとの性交渉、金。物目当ての性交渉等について、その有無、人数、頻度、時期、コンドームの使用歴等について質問した。 また、HIV予防にかかる知識、態度および行動については、A(Abstinence禁欲)、B(Being faithful貞操)、C(Condom useコンドーム使用)、N(Negotiation交渉)、N(Needle exchange注射針交換)にかかる質問を行なった。 集団討議は、「難民キャンプの中で誰が最もHIV感染リスクが高いか」、「そのリスクは難民になる前後で増減したか」、「コンドームを使用したことがあるか」、「なぜ使用したか、しなかったか」、「難民キャンプでのHIV感染予防教育についてどう思うか」等の質問を核にした討議を行なった。直接面接は、英語とスワヒリ語(コンゴ難民の言語)の二カ国語を解するコンゴ難民20人(男女同数)に予め研修を行ない、面接者として協力を得た。集団討議は直接面接で協力を得た面接者20人中4人を司会進行者とした。HIV陽性者の182人に対する質問調査は、VCTカウンセラー4人を面接者とした。 統計処理:データ入力および統計学的分析にはSPSS12.0版を用いた。属性。社会背景、難民となる前後におけるHIV感染リスク及びHIV予防にかかる知識、態度、行動等の比較にはChi-square検定を行なった。 結果 系統的無作為に抽出した難民1140人のうち祖国脱出当事の年齢が15歳(生殖年齢)以上の682人による金・物目当ての性交渉の経験者数が、難民になる前よりも難民キャンプにおいての方が有意に多く、HIV感染リスク要因が増加したことが明らかになった。また、祖国脱出当事の年齢が15歳未満の458人についても、金・物目当ての性交渉の経験者数及び性犯罪の被害経験者数が、難民になる前よりも難民キャンプにおいての方が有意に多く(但し、祖国脱出前での生殖機能の未発達度を考慮する必要あり)、HIV感染リスク要因が増加したことが明らかになった。 同上1140人の殆どがHIVエイズについて聞いたことがあると答え、感染予防の知識と態度のレベルは高かった。しかし、同上1140人の30.4%が過去12カ月間において最低一人の不定期パートナーと性交渉を持っていた。コンドーム使用は定期パートナーとの性交渉において20.0%、不定期パートナーとの性交渉においては13.6%に止まるなど、予防行動のレベルは低かった。HIV予防にかかる女性の知識、態度および行動のレベルは男性に比べて有意に低かった。 不定期パートナーとの性交渉においてコンドームを使用した難民と金・物目当ての性交渉をした難民との間に関連性が見られた(<001)。 難民キャンプにおけるHIV予防教育でコンドーム使用者に最も影響を与えたのは、ラジオ(隣国のブルンジやコンゴが毎時3分間程HIV予防メッセージを放送)、次いで難民スタッフ(特にyouth peer educator/YPEとhealth information team/HIT)であるなど、難民同士の仲間教育の有用性が示唆された。仲間教育は、男女および年齢層の違いにより難民が影響を受ける情報提供者が異なっていた。 HIV陽性者の182人と、系統的無作為に抽出した難民の中でHIV陰性であると答えた461人の比較において、前者の方が後者より、同居パ-トナーの割合および就労活動の割合が有意に低かった。前者は後者より、HIVに関する知識について有意に高いレベルにあったが、貞操にかかる態度については有意に低く、不定期パートナーの人数および金・物目当ての性交渉経験においては有意に高いことが明らかになった。 考察 本研究を通じて、金・物目当ての性交渉の経験にかかるHIV感染リスク要因は、難民流出後においての方が有意に高いことが明らかになった。生存手段としての性交渉は貧困に苦しむアフリカでは珍しくない。しかし、ニヤルグス難民キャンプでは食料配給量が国際最低基準の69%に止まっている、キャンプ外の就労も正式には認められておらず現金収入が限られている、等の背景の中で生存のための性交渉に発展していることが示唆された。法律的、経済的および政治的な力を持たない難民を取り巻く慢性的な食料危機と貧困状態が、HIV感染リスクを惹起していると考えられる。 難民の30.4%が過去12カ月間において最低一人の不定期パートナーと性交渉を持っていた一方、コンドーム使用は全体の13.6%に止まっていた。しかしながら、生存のための性交渉をする難民と不定期パートナーとの性交渉でコンドームを使用する人との関連性も明らかになり、難民がリスク行動を執る一方で、リスク管理を実践していることが示唆された。その背景には、難民スタッフを軸とした仲間教育の有用性はもとより、自分の感染し易さにかかる認知およびコンドームの入手容易度が考えられる。 HIV陽性者の婚姻関係は、家族の保護を受けることができない未亡人や離婚者が多く、収入面でも陰性者より弱い立場に置かれていることが明らかになったが、HIV感染の事実を知った後でも貞操にかかる態度が陰性者より有意に低かったことが懸念される。HIV陽性者は未亡人や離婚者が多いために定期パートナーを有せず、もって貞操を守る相手がいないという解釈ができる一方、家族の保護と支援を受けないために将来も生存のための性交渉を続けるリスクが存在すると考えられ、難民コミュニティにおける感染リスク拡大の危険性が示唆された。 提言 生殖年齢にある難民全員を対象に、HIV予防にかかる知識、態度および行動の簡易調査を行なうことでリスク群を特定し、同群に対して食料支援はもとより、就労機会の提供、保健医療、教育、治安維持等の分野を超えた支援を提供する。特に、未亡人等の単身女性に重点を置くことが肝要である。 HIV予防にかかる難民の仲間教育は、情報の送り手と受け手の適切な組み合わせが重要である。 心理的カウンセリングを中心とした既存のHIV陽性者に対するVCTサービスを、安全な性交渉の教育にも重点を置いた内容に発展させる。HIV陽性者と陰性者の双方のリスク管理を同時に強化することが肝要である。 | |
審査要旨 | 本研究は、タンザニアにおけるコンゴ難民を対象としたHIV感染予防及び感染リスクにかかる実態調査である。系統的無作為サンプリングにより60,700人の難民から生殖年齢にある1,140人を抽出し、構造化された質問紙による調査及び集団討議が実施された。また、HIV陽性者の難民182人に対しても、同様の質問紙による調査が実施された。国連難民高等弁務官事務所などの協力を得ることによって、信頼できるサンプリングを実施したこと、比較的大規模なサンプルを対象としたことなど、HIV感染リスクが高いにも関わらず関連する情報の乏しい難民集団について、以下のとおり具体的な情報を提示した。 系統的無作為に抽出した難民1140人のうち祖国脱出当事の年齢が15歳(生殖年齢)以上の682人による金・物目当ての性交渉の経験者数が、難民になる前よりも難民キャンプにおいての方が有意に多く、HIV感染リスク要因が増加したことが明らかになった。また、祖国脱出当事の年齢が15歳未満の458人についても、金・物目当ての性交渉の経験者数及び性犯罪被害経験者数が、難民になる前よりも難民キャンプにおいての方が有意に多く(但し、祖国脱出前での生殖機能の未発達度を考慮する必要あり)、HIV感染リスク要因が増加したことが明らかになった。 同上1140人の殆どがHIVエイズについて聞いたことがあると答え、感染予防の知識と態度のレベルは高かった。しかし、同上1140人の30.4%が過去12カ月間において最低一人の不定期パートナーと性交渉を持っていた。コンドーム使用は定期パートナーとの性交渉において20.0%、不定期パートナーとの性交渉においては13.6%に止まるなど、予防行動のレベルは低かった。HIV予防にかかる女性の知識、態度および行動のレベルは男性に比べて有意に低かった。 不定期パートナーとの性交渉においてコンドームを使用した難民と金・物目当ての性交渉をした難民との間に関連性が見られた(<.001)。 難民キャンプにおけるHIV予防教育でコンドーム使用者に最も影響を与えたのは、ラジオ(隣国のブルンジやコンゴが毎時3分間程HIV予防メッセージを放送)、次いで難民スタッフ(特に、youth peer educator/YPEとhealthinformation team/HIT)であるなど、難民同士の仲間教育の有用性が示唆された。仲間教育は、男女および年齢層の違いにより難民が影響を受ける情報提供者が異なっていた。 HIV陽性者の182人と、系統的無作為に抽出した難民の中でHIV陰性であると答えた461人の比較において、前者の方が後者より、同居パートナーの割合および就労活動の割合が有意に低かった。前者は後者より、HIVに関する知識について有意に高いレベルにあったが、貞操にかかる態度については有意に低く、不定期パートナーの人数および金・物目当ての性交渉経験においては有意に高いことが明らかになった。 審査会においては、各審査委員から概ね以下の指摘があり、同指摘事項について論文の修正が行なわれた。 難民流出前後のHIV感染リスクの比較を示したTable 2は、流出前の時点で生殖年齢に達していなかった者も含まれているため、そのことを踏まえた分析をすべきである。 Table3、4、5は質問毎にnが異なるが、全回答者1,140人を母数とする統一した見せ方をすべきである。 Table8および9(HIV陽性者と陰性者の比較)において、各々の回答者が同じ母集団に属していることを論文中で明確に記せ。 Figurel(定期および不定期パートナーとの性交渉でコンドームを使用しない理由)をマクネマー検定にする必要性が認められない。 難民流出後におけるHIV感染リスク増加(金・物目当ての性交)の背景として、集団討議の結果から、(1)難民の農業技術の欠如(漁民であったことに起因)、(2)土地生産性が低い等を指摘するが、それらの根拠を明確にするべきである。それが不可能であれば、これらを考察として説明することには無理がある。 データ収集における田中の役割を記せ。 東大倫理委員会およびタンザニア当局の許可のことについて記せ。 本文中%だけでなく実数(○○○/○○○)を併記した方が読みやすい箇所は適宜修正せよ。 今回の研究結果に類似する状況が他の難民キャンプでもあるならば記せ。 これまで、難民キャンプでの救援活動におけるHIVの予防対策とその効果検証には十分な介入が行われておらず、難民のHIV感染、感染リスクや感染予防にかかる知識、態度、行動の実情を殆ど把握できてこなかった現状にあって、本研究は、難民集団のHIV感染リスク管理に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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