学位論文要旨



No 121498
著者(漢字) 稲岡,恵美
著者(英字)
著者(カナ) イナオカ,エミ
標題(和) コミュニティーヘルスワーカー活動の分析方法および決定要因
標題(洋) A Study on Concept and Determinants on the Performance of Community Health Workers
報告番号 121498
報告番号 甲21498
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2746号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 講師 渡邊,洋一
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 村嶋,幸代
内容要旨 要旨を表示する

緒言

多くの開発途上国では、人的資源や予算の制約がある中で基礎的保健医療サービス(PHC)の普及とサービスの質を向上させるという課題に直面している。その対策の一つとして、コミュニティーヘルスワーカー(以下CHWと略記する)と呼ばれる、地域社会から選抜、養成した、保健医療サービス普及員の活用が盛んである。CHWについては、1970年以降、報告や研究の蓄積があるが評価は多様で、財源や制度の不備を克服する効果的なアプローチであるとの見方の一方で、CHWの業務中断やサービスの質の低さなど、問題点の指摘も少なくない。本論文では、CHWが、その役割を十分に果たすためにはどのような施策が必要かを明らかにするために、CHWの任務任務遂行(仕事ぶり)を左右する要因とCHW制度の効果を左右する要因を明らかにする。その上でCHWの動機づけおよび監督のあり方の重要性について考察する。

先行研究の分析

CHWとは

CHWは、時代や地域により異なる役割・特徴・名称があるが、共通して、保健医療行政と地域社会をつなぎ、地域のニーズに応える医療サービスを提供することにより、保健医療水準向上が期待される。

CHWの仕事ぶりに関する先行研究

CHW制度のについては、成果の報告や問題点の指摘があり、制度の評価は様々である。医療人類学において、CHWのコミュニティーにおける社会的位置づけに関する研究がある。CHWは、地域保健行政に監督され西洋医療を提供する一方で、住民の伝統的な病気や治癒の価値観を理解するという、二つの異なる文化の異なる役割を期待される立場にあり、このことがCHWの活動のあり方に影響を与えている。

分析の枠組み

CHWの仕事ぶりに関する個別報告はあるが、理論的分析および評価指標は開発されていない。先行研究を包括的レビューにより、CHWの仕事ぶりに影響を与える事項として、1)CHW制度の運営管理、2)CHWの技能、3)地域住民との関係、4)地域保健行政との関係、を導き出した。また、これらが、CHW意欲およびCHWの監督のあり方に影響を受けると仮定した。

本章の概念研究をもとに、CHWの仕事ぶりに影響を与える要因として、「動機づけ」および「支援を伴う監督」に着目し、先行理論のレビューおよび、事例研究を行う。

任務遂行意欲(motivation)

意欲の定義および決定要因に関する先行研究をレビューした。ヘルスマネジメントおよび経営学では、環境要因、人間関係、自己実現を意欲に関連する要素とする理論がある。CHWの意欲を向上させるために、これらの複合的な組み合わせの重要性が確認された。

支援を伴う監督(supportive supervision)

監督の定義、概念、決定要素をレビューした。監督には、統制および支援の二つの側面、つまり、規則の遵守と計画実施を管理する統制的側面と、相談を受け問題解決を行う相互支援関係の側面、が求められる。CHW制度を含む地域保健政策の運営管理について、実施段階における監督、特に支援の不足が指摘されている。

事例研究-ザンビア首都スラムにおけるCHW-

研究方法

事例の背景

アフリカ南部ザンビア共和国は、首都ルサカ市において、市の人口の半数が居住する都市スラム(compound)では、一人の医師あたりの対象人口が5万人を超え、保健サービスのアクセスおよび健康水準が低い。地域の女性ボランティアをCHWとして養成し、コミュニティーアウトリーチにより、子どもの成長モニター、予防接種等を実施しているが、CHWの仕事ぶりやサービス供給は、地域により差が生じている。

目的

本事例研究の目的は、CHWの仕事ぶりに影響を与える要因を明らかにし、それに基づいて、CHWの仕事ぶりを把握するための簡易判定ツールを作成・試行することにより、CHWの仕事ぶりに影響を与える、動機づけおよび監督の問題を分析し、CHW制度の成果を上げるための介入方法を示唆することである。

データ収集・分析方法

CHWの仕事ぶりや成果を計測する確立された手法・指標はない。そこで、グラウンデッドセオリーに基づき、直接観察、インタビュー、グループディスカッションにより情報収集を行った。継続的比較分析法により、カテゴリー化、分析枠組設定を行った。仕事ぶりや成果に影響を与える要因を、活動頻度、ヘルスセンターの関与、コミュニティー集団の状況等10のカテゴリーにまとめ、各々のカテゴリーを構成する要因を抽出した。これを指標として、簡易判定ツールを作成しフィールドテストした。データの妥当性を高めるために、非構造化インタビュー、矛盾する情報の追跡および考察、対象地の社会学者によるデータ解釈の助言等を行った。

調査対象者

調査の対象地域は、(CHW)制度を導入した6つのスラム地域で、対象者は、関係者分析の結果CHWに関係を及ぼすことが予想された関係者(地域保健サービス提供者、サービス提供監督者、地域住民、保健行政関係者、援助関係者)である。概念形成には、50人に対するインタビューと15のグループディスカッション、簡易アセスメント指標の試行に30人に対するインタビューを実施した。

結果:CHWの活動状況とその背景

調査の結果以下のことが明らかになった。1)6つの地域の社会経済的状況は類似している、2)CHWの仕事ぶりは差がある、3)CHWの関心事は経済的インセンテイブ、地域保健局との関係、地域コミュニティーの支援である、4)従来同地域で実施されていた地域住民による保健サービス提供および保健委員会制度は機能していない、5)住民の多くはCHWの活動を認知していないが、認知している者は住民のニーズを反映したサービスとして評価している。

分析:CHWの仕事ぶりに影響を与える5つの要因

調査結果から、CHWの仕事ぶりに影響を与える事項を次の5つに整理し、各々の決定要因を列挙した。5つの事項とは、1)CHWの意欲、2)CHW制度の責任者の関心および支援、3)活動に必要な資金や物品があること、4)地域住民によるCHW活動の認知、5)地域住民によるCHW活動の質の評価、である。また、CHWの仕事ぶりが、CHW制度の有効性を高め、保健医療水準の向上という効果に結びつくことが確認された。5項目38指標で構成するスコア式簡易判定ツールを作成して、対象6地域のCHWを取り巻く特徴を判定した。

考察

示唆および提言

調査結果から、今後の介入方法について、以下の示唆および提言が得られた。

第1に、CHWの意欲を高めるためには、1)経済的インセンテイブが必要。理由は、CHWが保健サービス供給に果たす役割および負担は大きく、貧困者の奉仕精神に頼るのは不適切・非現実的であるため。2)地域保健局による金銭的インセンテイブの調整が必要。複数の援助機関が類似の活動を異なる報酬レベルで実施することが、継続や意欲に影響を与え、活動の停滞につながっているため。3)CHW採用時に、無償労働であることの承諾を得ておく重要。報酬を期待した者がCHWを途中辞退し、活動の停滞や採用コストが生じているため。4)CHWにとり、コミュニティーからの謝辞や謝礼が最大のインセンテイブである。

第2にCHW制度の責任者の関心と支援を高めるためには、1)CHWを監督する立場のあるコミュニティーヘルスコーディネーターが、CHWと保健・行政側との連絡調整、日常起こる問題の解決をする役割の強化。2)監督の質を上げるためには、監督者を監督する立場にあるヘルスセンター長の関心と支援が必要。3)監督者の監督能力(支援を伴った監督の啓発を含む)に関する教育が効果的。

第3に、活動に必要な資金や物品の調達については、1)CHWの活動に対し地域保健予算を配分。2)コミュニティー活動を支援する活動を促進し、地域がCHW活動を支援する仕組み(収入創出活動など)をつくり、その技術的支援。

第4に、地域住民によるCHW活動の認知を高めるためには、1)地域権力者の参画を得て、地域住民のCHW活動の認知を高め利用を促すこと。2)CHWが無償で活動していることを地域住民に認識させること。3)地域リーダーがCHW活動を認知し支援すること、が重要である。

第5に地域住民によるCHW活動の質の評価を高めるためには、1)住民とCHWとの良好な関係の構築の促進。CHWの対応が不親切、サービス内容が予防のみで治療が受けられないことに不満が生じており、基礎的な医薬品の処方等を可能にすることで、質の評価を上げることが示唆されたため。2)保健行政の立場の活用。CHW制度は、地域住民の関係が密な農村地域で成果を挙げると考えられているが、対象地域は、都市部のスラムである。住民の関係は多少希薄であるが、農村に比べ地域保健行政の存在が大きく影響力が大きいため。

結論

CHW制度の有効性や継続性を高めるには、CHW制度を運営する地域保健行政やヘルスセンターが、CHWの技術や資金調達に加えて、動機づけ、支援を伴う監督を促進することによって個々のCHWの仕事ぶりを改善する対応が必要である。

動機づけのためには、経済的インセンテイブの付与、現場でのCHWによる判断や意思決定を可能にすること、地域や行政による迅速な問題解決が効果的で、これにより、CHWの労働環境が改善され、自主性を醸成することが重要である。また、支援を伴う監督を促進のためには、CHWを監督する立場である地域保健行政および地域リーダーが、本制度を保健行政活動の一環として認識し、活動や成果をモニターし、必要に応じて資金や時間を充てることが出来るような体制づくりが求められる。

ただ、これらは、地域保健行政および地域リーダーの関心だけでは十分に実現しない。市レベル、国レベルといった保健行政のより上位レベル、さらに、保健セクター以外の地域行政が、CHW制度を認知し、その円滑な実施促進を支援する仕組みの設置が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

多くの開発途上国では、人的資源や予算の制約がある中で基礎的保健医療サービスの普及とサービスの質を向上させるという課題に直面しているところ、本研究は、保健行政システムの最先端で働き、保健医療サービスの供給において重要な役割を持つコミュニティーヘルスワーカー(以下CHWと略記する)に焦点を当てている。その任務遂行状況およびその政策の成果をあげるための示唆を得ることを目的に、コミュニティーヘルスワーカーの活動の分析方法および決定要因について検討したものであり、下記の結果を得ている。

先行研究の分析により、CHWの活動に影響を与える事項として、1)CHW制度の運営管理、2)CHWの技能、3)地域住民との関係、4)地域保健行政との関係が重要であること、また、これらが、CHW意欲およびCHWの監督のあり方に影響を受けていることを導き出した。

アフリカ南部ザンビア共和国首都のスラムを事例に、コミュニティーヘルスワーカーに関する大規模な質的調査を行い、CHWの活動に関する地域差の要因の検討を通じて、CHWの仕事ぶりに影響を与える要因を明らかにし、それに基づいて、CHWの仕事ぶりを把握するための簡易判定ツールを作成・試行している点が、従来ない研究となっている。

調査の結果、対象地域の社会経済的状況は類似しているものの、CHWの仕事ぶりには差があり、それは、経済的インセンテイブよりむしろ、地域保健局との関係、地域コミュニティーの支援が活性化の要因であることが示された。

調査結果の更なる分析により、CHWの仕事ぶりに影響を与える5つの概念、および各々の決定要因が導かれている。5つの事項とは、1)CHWの意欲、2)CHW制度の責任者の関心および支援、3)宿動に必要な資金や物品があること、4)地域住民によるCHW活動の認知、5)地域住民によるCHW活動の質の評価、である。また、CHWの仕事ぶりが、CHW制度の有効性を高め、保健医療水準の向上という効果に結びつくことを確認した。5項目38指標で構成するスコア式簡易判定ツールを作成して、対象6地域のCHWを取り巻く特徴を判定し、質的調査の結果からツールの信頼性が示唆された。

CHW制度の有効性や継続性を高めるには、CHW制度を運営する地域保健行政やヘルスセンターが、CHWの技術や資金調達に加えて、動機づけ、支援を伴う監督を促進することによって個々のCHWの仕事ぶりを改善する対応が必要である。

動機づけのためには、経済的インセンテイブの付与、現場でのCHWによる判断や意思決定を可能にすること、地域や行政による迅速な問題解決が効果的で、これにより、CHWの労働環境が改善され、自主性を醸成することが重要である。また、支援を伴う監督を促進のためには、CHWを監督する立場である地域保健行政および地域リーダーが、本制度を保健行政活動の一環として認識し、活動や成果をモニターし、必要に応じて資金や時間を充てることが出来るような体制づくりが求められ、そのためには保健行攻のより上位レベル、さらに、保健セクター以外の地域行政が、CHW制度を認知し、その円滑な実施促進を支援する仕組みの設置が必要であることが導かれた。

以上、本論文は、コミュニティーヘルスワーカーの任務遂行の決定要因を明らかにし、コミュニティーヘルスワーカーという保健政策の成果を挙げるための示唆を、現場の情報をもとに明らかにしたものであり、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。以上

UTokyo Repositoryリンク