学位論文要旨



No 121499
著者(漢字) 入山,茂美
著者(英字)
著者(カナ) イリヤマ,シゲミ
標題(和) 母親と父親のモニタリングと高校生の性行動に関する研究
標題(洋) Maternal and paternal monitoring on initiation of sexual intercourse among high school students in the rural of Japan
報告番号 121499
報告番号 甲21499
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2747号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 梅,昌裕
内容要旨 要旨を表示する

緒言

世界中で何百万人もの思春期の若者が、性感染症や望まない妊娠といったリプロダクティブヘルス上の問題を抱えている。特に日本では、近年、思春期の若者における性感染症や人工妊娠中絶が増加し、公衆衛生上の重大な問題になっている。 性交渉時のコンドーム使用は、性感染症や望まない妊娠を予防する方法として有効な方法である。しかし、日本では、思春期の若者へのコンドーム使用を高める教育は不十分である。また、そのような教育が行われた場合でも教育効果は小さいことから、コンドーム使用を勧めるだけでは、性感染症や人工妊娠中絶を減らすことは十分期待できない。そのため、思春期の若者への包括的な性教育を勧めていく上で、性交渉開始時期を遅らせることが、重要な役割を果たすと考えられる。

ブロンフェンブレンナーのエコロジカルシステムセオリーに基づく社会生態学的アプローチは、思春期の若者の行動変容を促し、予防行動に繋がると考えられている。その社会生態学的視点の中で、性交渉開始時期を遅らせる要因として、米国をはじめとする西欧社会では、親のモニタリングに注目した研究が行われてきた。しかし、その研究結果は、米国と日本における親の養育様式、家族構造、経済状態等の違いから、日本の思春期の若者に当てはまるかどうか疑問である。さらに母親と父親のモニタリングを分けて、子どもの性行動との関係を測定した研究は、数少ない。また、日本の女子高校生は、母親から生理に関する助言を受けていると報告はされてはいるが、娘の生理に対する母親のモニタリングと性交渉経験に関係があるかどうかの研究は、今のところ公表されていない。

そこで、本研究では、社会生態学的視点の概念枠組みの中で、母親と父親のモニタリングが高校生の性交渉経験と関係があるかどうかを検証し、性交渉開始時期を遅らせるプログラム作成への提案を述べた。

対象及び方法

本研究の対象は、日本の東北に位置する某県の北部地区にある21全日制高校から無作為抽出した16校のうち、学校長の許可が得られた9校に通う1年生が対象である。その対象2479名のうち、2224名が調査の説明を受け、そのうち親と本人から調査の同意が得られた219名が最終的に調査に参加した。

調査方法は、無記名自記式質問紙を用い、2004年12月〜2005年3月に実施した。調査項目は、高校生が認識した母親と父親のモニタリング、娘の生理に対する母親のモニタリング、母親との性に関する会話、仲間内の性行動に関する規範、仲間との性に関する会話、学業成績、性交渉経験の有無、社会経済的属性などであった。母親と父親のモニタリングは、スモールが開発したペアレンタルモニタリングスケールを日本語に翻訳し、使用した。そのペアレンタルモニタリングとは10項目からなり、子どもの日常生活をどのくらい親が知っているのかという知識を5段階尺度で測定している。日本語に翻訳されたモニタリングスケールの内容的妥当性は、親子関係の研究を専門としている日本の心理学者により確認された。また、その質問項目の構造は、主成分分析にて、内的整合性は、クロンバックαにて検討した。娘の生理に対する母親のモニタリングは、今までに既存のスケールがないことから、女子高校生に行った母親と性に関する会話の調査や思春期の性に関わる医療専門家からの情報を参考にして、2項目からなる娘の生理に対する母親のモニタリングスケールを作成した。

データ分析は、母親と父親のモニタリング及び娘の生理に対する母親のモニタリングと性交渉経験の関係を粗オッズ比で示した後、男女別の分析を行った。さらに多変量ロジステイク回帰分析にて、社会生態学的視点の概念枠組みの中にある変数を調整し、親のモニタリングと性交渉経験との関係を検討した。その回帰分析の結果は、母親または両親と暮らす男女生徒、父親または両親と暮らす男女生徒、母親または両親と暮らす女子生徒、父親または両親と暮らす女子生徒ごとに、Adjusted Odds Ratio (AOR)と95%Confidence Interval(CI)で示した。男子生徒の多変量ロジスティク回帰分析は、分析ケースが足りないために行えなかった。

結果

分析は、性交渉経験の記載のなかった女子生徒1名を除いた218名について行った。その属性は、女子生徒が157名(72%)、普通科の生徒は160名(73%)、16歳の生徒は、194名(89%)だった。両親と暮らす生徒は195名(89%)、母親と暮らす生徒は17名(8%)、父親と暮らす生徒は6名(3%)だった。

高校生の認識による親のモニタリングの特徴としては、母親のモニタリングは、男子生徒よりも女子生徒のほうが有意に高い値を示したが、父親のモニタリングの値では、男女差はなかった。また、母親のモニタリングは父親のモニタリングと有意に正の相関関係があった(rs=0.57;P<0.01)が、母親のモニタリングは父親のモニタリングよりも有意に高い値を示した。

多変量ロジスティク回帰分析の結果から、母親のモニタリングを高く認識していた女子生徒は、低く認識していた女子生徒よりも性交渉をしない傾向が有意にあった(AOR=3.17;95%CI=[1.01-10.01])。粗オッズ比、男女別の分析、多変量ロジスティク回帰分析の結果において、父親のモニタリングと男女生徒の性交渉経験との関係は、有意ではなかった。その男女別の分析結果の粗オッズ比には違いがあり、男子生徒における95%CIは広い範囲であった(男子生徒:COR=3.89;95%CI=[0.42-35.86],女子生徒:COR=1.47;95%CI=[0.53-4.05])。粗オッズ比と多変量ロジスティク回帰分析の結果では、娘の生理に対する母親のモニタリングと女子生徒の性交渉経験との関係は有意でなかった。多変量ロジスティク回帰分析の結果から、母親と性に関する会話を多くしている生徒は、会話が少ない生徒よりも性交渉する傾向が有意にあった(AOR=0.51;95%CI=[0.28-0.92])。粗オッズ比、男女別の分析、多変量ロジスティク回帰分析すべての結果において、仲間内の性行動に関する規範が高い生徒は、低い生徒よりも性交渉をしない傾向が有意にあった。母親または両親と暮らす生徒、父親または両親と暮らす生徒では、それぞれAOR=4.75;95%CI=[2.08-10.83]とAOR=4.27;95%CI=[1.85-9.88]であった。

考察

本研究の主な知見は、3点である。第1点目として、母親のモニタリングは、女子生徒の性交渉を遅らせる要因と示唆されたことである。第2点目として、母親との性に関する会話は、男女生徒の早期性交渉と関連することが有意に示唆されたことである。第3点目として、仲間内の性行動に関する規範は、男女生徒の性交渉経験を遅らせる強い要因と示唆されたことである。

本研究では、女子生徒が認識する母親のモニタリングが、女子生徒の性交渉経験を遅らせる要因となりうることが明らかになった。思春期の若者の性交渉経験に関する多くの先行研究では、母親のモニタリングと父親のモニタリングを明確に分けずに測定したものが多く、中には親以外の女性の保護者を含めて、親のモニタリングとして測定していた。そのために、母親、父親、親以外の保護者、どのモニタリングが影響を与えているのか明らかではなかった。本研究では、母親と父親のモニタリングを分けて測定したことにより、母親のモニタリングが女子生徒の性交渉経験と関連する要因であることが明らかとなった。

一方、父親のモニタリングは、性交渉の開始時期と関連が見られなかった。しかし、男女別の分析では、男子生徒における95%CIが広い範囲であったことや男子生徒の分析数が少ないことから、父親のモニタリングと男子生徒の性交渉経験の関係がないと断定はできない。今後、分析数を増やして、父親のモニタリングと男子生徒の性交渉経験の関連を調査する必要がある。

本研究の限界として、調査校の偏りと調査参加率の低さが挙げられる。調査参加者は、普通科に所属する生徒に偏っていた。また、本人と親からの同意を得られた生徒であったことから、親子関係が比較的良い参加者だったと考えられる。しかし、親のモニタリングの値では、天井効果を示すほど高い値への偏りはなく、性交渉経験率は、先行研究とほぼ同じ結果であった。このような結果から考えると、参加校や調査参加者の偏りによって、親のモニタリングと性交渉経験の関係は過大評価されてはいないと推測される。

今後の課題としては、母親のモニタリングがどのくらい女子生徒の性交渉を遅らせるのか、その影響力を測定するために、縦断研究にて評価する必要がある。また、親のモニタリングが男子生徒の性交渉を遅らせる効果があるかどうかを確かめるためには、十分なサンプルサイズでさらに調査を行う必要がある。母親との性に関する会話が早期性交渉と関係があることを解釈するためには、因果関係を明らかにする縦断研究を行う必要がある。

結論

本研究では、母親のモニタリングと仲間内の性行動の規範は、思春期の女子の性交渉開始時期を遅らせる防御要因になることが示唆された。社会生態学的な視点から、これらの要因を有効に使い、性交渉開始時期を遅らせるプログラムを作成することは、思春期の若者への包括的な性教育に役立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、思春期の若者への包括的な性教育に資するために、社会生態学的視点の概念枠組みの中で、母親と父親のモニタリングが高校生の性交渉経験と関係があるかどうかを日本の東北地方のある県の高校1年生218人を対象に検証したものである。その結果、以下のような知見を得ている。

多変量ロジスティック回帰分析の結果、母親のモニタリングを高く認識していた女子生徒は、低く認識していた女子生徒よりも性交渉経験のない傾向が有意であった。

粗オッズ比、男女別の分析、多変量ロジスティック回帰分析の結果において、父親のモニタリングと男女生徒の性交渉経験の有無とに有意な関連はみられなかった。男女別の分析結果の粗オッズ比には違いがあり、また男子生徒における粗オッズ比の95%信頼区間は広い範囲をとった。対象数が少ないため、父親のモニタリングの影響についての結論を得ることはできなかった。

粗オッズ比と多変量ロジスティック回帰分析の結果では、娘の生理に対する母親のモニタリングと女子生徒の性交渉経験の有無とに有意な関連はみられなかった。

多変量ロジスティック回帰分析の結果から、母親と性に関する会話を多くしている生徒は、会話の少ない生徒よりも性交渉経験のある傾向が有意であった。

粗オッズ比、男女別の分析、多変量ロジスティック回帰分析の結果において、仲間内の性行動に関する規範が高い男女生徒は、低い男女生徒よりも性交渉経験のない傾向が有意であった。

母親のモニタリングの値は、男子生徒よりも女子生徒の方が有意に高かったが、父親のモニタリングの値では、男女差はなかった。また、男女生徒あわせた分析では、母親のモニタリングと父親のモニタリングは正の相関があったが、母親のモニタリングの値は父親のそれよりも有意に高い値を示した。

以上、本論文は、母親と父親のモニタリングを明確に分けて測定したことにより、社会生態学的な視点の概念枠組みの中で、母親のモニタリングと仲間内の性行動の規範が、思春期の女子の性交渉開始時期を遅らせる防御要因になりうることを明らかにした。本研究は、これまで明らかにされてなかった母親と父親どちらのモニタリングが、思春期の若者の性行動に影響するのかを検討した点で独創性をもち、日本の若者への包括的な性教育のあり方を考える上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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