学位論文要旨



No 121500
著者(漢字) 岡田,麻美
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,マミ
標題(和) プロテオーム解析による赤痢アメーバの貪食機構の解明
標題(洋)
報告番号 121500
報告番号 甲21500
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2748号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 教授 岡山,博人
内容要旨 要旨を表示する

{目的}

寄生性の原生動物である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)は、ヒトの大腸粘膜上に寄生し、また組織内に侵入し、大腸潰瘍、大腸炎および肝膿瘍を引き起こす。赤痢アメーバは、大腸において微生物を貪食し、組織侵入後においては、赤血球または免疫細胞などの宿主細胞を貪食している。貪食は、赤痢アメーバにおいて細胞増殖に必須であり、病原性にも重要な役割を担っている。

貪食の第1段階である細胞表面受容体と捕食物のリガンドとの結合は、シグナル伝達の活性化、細胞骨格の再編成による捕食物の細胞内への取り込み、エンドソームまたはリソソームとファゴソームとの融合などの段階を経てファゴソームを成熟へと導き、捕食物を消化・分解する。これらの貪食の分子機構は、マクロファージ、好中球、Dictyostelium discoideumにおいてプロテオーム解析および逆遺伝的手法による個々のタンパク質の解析により解明されつつある。赤痢アメーバにおいても、貪食に関与するいくつかの分子が同定されている。しかしながら、赤痢アメーバのファゴソームバイオジェネシスにおける分子および分子機構の全容は未だ明らかになっていない。本研究は、プロテオーム解析を用いて、ファゴソームに局在するタンパク質を網羅的に同定し、また、ファゴソームの成熟に伴うそれらの動態を調べた。さらに、赤痢アメーバの標準株および臨床分離株のファゴソームのタンパク質プロファイルを比較することにより、株間におけるファゴソームタンパク質の多様性を調べた。

{方法、結果および考察}

アメーバ細胞の標準株HMl:MISS(HM1)へカルボキシル化ラテックスビーズを貪食させ、ビーズの貪食後0、30、60および120分にアメーバ細胞を回収し破砕した。細胞の粗抽出液をショ糖濃度密度勾配遠心し、ビーズを含むファゴソーム分画を得た。精製したファゴソームの純度は、イムノブロットおよび電子顕微鏡により確認した。単離したファゴソームからタンパク質を抽出し、タンパク質をtrypsnにより分解した後、liquid chromatography-mass spectrometryおよびtandem mass spectrometryによりペプチドを解析した。その結果、合計6043ペプチドが同定された。得られたぺプチドをTIGR E.histolyticaゲノムデータベースおよびNCBI non-redundantデータベースにより解析し、159のタンパク質を同定した。検出された主なタンパク質は、小胞輸送タンパク質、細胞骨格系タンパク質、加水分解酵素、レクチン、プロトンおよびカルシウムポンプ、および、ミトコンドリアタンパク質であった。同定されたタンパク質の67%は、ファゴソームの回収時点(成熟段階)に特異的に検出され、これにより、ファゴソームの成熟に伴うタンパク質のダイナミックな変化が示唆された。

さまざまな小胞輸送に関わるタンパク質やそれらの働きを調節するエフェクター分子がファゴソームのプロテオーム解析により同定された。赤痢アメーバにおけるファゴソームのRabのプロファイルは、マウスのマクロファージのプロファイルと著しく異なっていた。また、マウスのマクロファージおよび赤痢アメーバ両者のファゴソームから同定されたRab5、Rab7AおよびRabllBは、ファゴソームバイオジェネシスにおいて、それぞれ異なる機能を有していることが報告されている。さらに、他生物種においてファゴサイトーシス以外の小胞輸送に関わることが示されているさまざまなタンパク質が赤痢アメーバのファゴソームから検出された。これらのことから、赤痢アメーバのファゴソームバイオジェネシスにおける小胞輸送はマウスマクロファージと究めて異なっていること示唆された。

検出された加水分解酵素は、マウスのマクロファージのファゴソームプロファイルと類似したプロファイルが得られた。これらの加水分解酵素のほとんどは、ファゴソームの初期(ビーズの貪食後0分)から後期(120分)にかけて持続的に検出された。これにより、加水分解酵素は、ビーズの貪食後すぐに動員され、持続的に局在していることが示唆された。

ファゴソームのプロテオーム解析からミトコンドリアタンパク質であるpyridine nucleotide transhydrogenaseおよび2つのmitochondriial-type Hsp70ホモログが検出された。これらのタンパク質のいずれもマウスのマクロファージ、好中球、およびD.discoideumのファゴソームからは検出されていない。赤痢アメーバにおいて、pyridine nucleotide transhydrogenaseは、ミトコンドリア類似の細胞小器官であるマイトソームに局在すると考えられている。マイトソームのマーカータンパク質であるcpn60は、プロテオーム解析においても、また、イムノブロットアッセイにおいても精製ファゴソームから検出されなかった。これにより、マイトソームそれ自体がファゴソームと融合或いは物理的に相互作用しているのではなく、ミトコンドリアタンパク質が単独でファゴソームに局在していることが示唆された。

プロテオーム解析により検出された代表の6つのタンパク質は、間接蛍光抗体法によりビーズおよび赤血球を含むファゴソームへの局在が確認された。また、ファゴソームタンパク質の時点間における量的変化を定量的イムノブロットにより解析したところ、レクチンのサブユニットであるIglおよびLgl、Rab7A、およびRabllBは、ファゴソームの成熟に伴いタンパク質量が大きく変化していることが明らかになった。さらに、GFPを付加したRab7Aを定常的に発現するアメーバ株へ青色蛍光ビーズを貪食させビデオ顕微鏡により観察した結果、Rab7Aの時間特異的なファゴソームへの動員および解離が確認された。

さらに、赤痢アメーバの臨床分離株を用いて株間におけるファゴソームタンパク質のばらつきを調べた。臨床分離株であるKU33およびHATAJIへラテックスビーズを貪食させ、ショ糖濃度密度勾配遠心法によりファゴソームを精製し、LC-MSおよびMS/MSによりタンパク質を同定した。その結果、KU33では2866ペプチド、117タンパク質が同定され、HATAJIでは2717ペプチド、116タンパク質が同定された。得られた臨床分離株のタンパク質のプロファイルを標準株であるHM1のプロファイルと比較した結果、22%のタンパク質が3株から検出され、78%のタンパク質は、1株もしくは2株で検出された。これにより、赤痢アメーバ株間において、顕著にファゴソームタンパク質の多様性があることを示唆された。

{結論}

私は、ファゴソームの網羅的解析により、赤痢アメーバにおけるファゴソームタンパク質の全体像を明らかにし、ファゴソームの成熟に伴い、その構成因子が質的・量的に変化することを示した。更に、ファゴソームタンパク質の全体像および動態がマウスのマクロファージと大きく異なっていることを示した。また、そのファゴソームのタンパク質プロファイルが赤痢アメーバ株間において多様性を示すことを示した。これらのファゴソームのプロテオミクスにより得られた知見は、赤痢アメーバにおけるファゴソームバイオジェネシスの解明のための基礎的な土台となるものであり、今後のファゴサイトーシスの分子機構の全容の解明のために不可欠な貢献をしたと言える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、寄生性の原生動物である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)の細胞増殖および病原性に重要な役割を担っていると考えられる食食の分子機構を明らかにするため、プロテオーム解析を用いて、ファゴソームに局在するタンパク質を網羅的に同定し、ファゴソームの成熟に伴うそれらの動態を調べた。また、赤痢アメーバの標準株および臨床分離株のファゴソームのタンパク質プロファイルを比較した。結果は以下に記した。

アメーバ細胞の標準株HM1:MISS(HM1)へラテックスビーズを貪食させ、ビーズの貪食後0、30、60および120分のファゴソームをショ糖濃度密度勾配遠心により精製し、liquid chromatography-mass spectrometry(LC-MS)およびtandem mass spectrometry(MS/MS)により解析した結果、合計6043ペプチド、159のタンパク質が同定された。検出された主なタンパク質は、小胞輸送タンパク質、細胞骨格系タンパク質、加水分解酵素、レクチン、プロトンおよびカルシウムポンプ、および、ミトコンドリアタンパク質であった。同定されたタンパク質の67%は、ファゴソームの回収時点(成熟段階)に特異的に検出され、これにより、ファゴソームの成熟に伴うタンパク質のダイナミックな変化が示唆された。

精製したファゴソームの純度を電子顕微鏡およびイムノブロットにより解析した結果、精製ファゴソームは、細胞粗抽出液に比べ他の膜構造物の混入が比較的少なく、細胞質タンパク質は混入していないことが示された。また、ラテックスビーズへ非特異的に結合するタンパク質をLC-MSおよびMS/MSにより解析した結果、240ペプチド、41タンパク質が同定された。この内、わずか5つのタンパク質が精製ファゴソームから検出されており、ファゴソーム分画への非特異的タンパク質の混入は、究めて低い程度であることが示唆された。

同定された小胞輸送タンパク質において、Rabのプロファイルは、マウスのマクロファージのプロファイルと著しく異なっていた。また、他生物種においてファゴサイトーシス以外の小胞輸送に関わることが示されているさまざまなタンパク質が赤痢アメーバのファゴソームから検出された。これらのことから、赤痢アメーバのファゴソームバイオジェネシスにおける小胞輸送はマウスマクロファージと究めて異なっていること示唆された。

検出された加水分解酵素は、マウスのマクロファージのファゴソームプロファイルと類似したプロファイルが得られた。これらの加水分解酵素のほとんどは、ファゴソームの初期(ビーズの貪食後0分)から後期(120分)にかけて持続的に検出された。これにより、加水分解酵素は、ビーズの貪食後すぐに動員され、持続的に局在していることが示唆された。

ファゴソームのプロテオーム解析からミトコンドリアタンパク質であるpyridine nucleotide transhydrogenaseおよびmitochondrial-type Hsp70が検出された。これらのタンパク質のいずれもマウスのマクロファージ、好中球、およびD.discoideumのファゴソームからは検出されていない。赤痢アメーバにおいて、pyridine nucleotide transhydrogenaseは、ミトコンドリア類似の細胞小器官であるマイトソームに局在すると考えられている。マイトソームのマーカータンパク質であるcpn60は、プロテオーム解析においても、また、イムノブロットアッセイにおいても精製ファゴソームから検出されなかった。これにより、マイトソームそれ自体がファゴソームと融合或いは物理的に相互作用しているのではなく、ミトコンドリアタンパク質が単独でファゴソームに局在していることが示唆された。

プロテオーム解析により検出された代表の6つのタンパク質は、間接蛍光抗体法によりビーズおよび赤血球を含むファゴソームへの局在が確認された。また、ファゴソームタンパク質の時点間における量的変化を定量的イムノブロットにより解析したところ、レクチンのサブユニットであるIglおよびLgl、Rab7A、およびRabllBは、ファゴソームの成熟に伴いタンパク質量が大きく変化していることが明らかになった。さらに、GFPを付加したRab7Aを定常的に発現するアメーバ株へ青色蛍光ビーズを貪食させビデオ顕微鏡により観察した結果、Rab7Aの時間特異的なファゴソームへの動員および解離が確認された。

さらに、赤痢アメーバの臨床分離株を用いて株間におけるファゴソームタンパク質のばらつきを調べた。臨床分離株であるKU33およびHATAJIへビーズを貪食させ、ショ糖濃度密度勾配遠心法によりファゴソームを精製し、LC-MSおよびMS/MSによりタンパク質を同定した。その結果、KU33では2866ペプチド、117タンパク質が同定され、HATAJIでは2717ペプチド、116タンパク質が同定された。得られた臨床分離株のタンパク質のプロファイルを標準株であるHM1のプロファイルと比較した結果、22%のタンパク質が3株から検出され、78%のタンパク質は、1株もしくは2株で検出された。これにより、赤痢アメーバ株間において、顕著にファゴソームタンパク質の多様性があることを示唆された。

以上、本論文は、ファゴソームの網羅的解析により、赤痢アメーバにおけるファゴソームタンパク質の全体像を明らかにし、ファゴソームの成熟に伴い、その構成因子が質的・量的に変化することを示した。また、そのファゴソームのタンパク質プロファイルが赤痢アメーバ株間において多様性を示すことを示した。これらのファゴソームのプロテオミクスにより得られた知見は、赤痢アメーバにおけるファゴソームバイオジェネシスの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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