学位論文要旨



No 121501
著者(漢字) 小林,環
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タマキ
標題(和) 熱帯熱マラリア原虫におけるオルガネラ相互作用についての研究 : ミトコンドリアとアピコプラストについて
標題(洋) Investigation of organelle interaction in Plasmodium falciparum : In the case of mitochondria and apicoplast
報告番号 121501
報告番号 甲21501
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2749号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 福岡,秀興
内容要旨 要旨を表示する

マラリアは、現在最も深刻な被害を引き起こしている熱帯寄生虫症である。ヒトに感染するマラリアのうち、特に熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)は重篤な症状である脳マラリアを引き起こし、多数の死者を出す原因になっている。このように重大な被害を引き起こすマラリアの制圧は大きな問題に直面している。これまでに効果のあった抗マラリア薬および殺虫剤に対して耐性を持つマラリア原虫と媒介蚊が出現し、治療や駆虫を困難にしている。また、化学療法以外の手段として期待されるワクチンの開発には、まだ長い時間が必要とされている。このような状況下で、マラリアの制圧はますます難しいものとなっている。現在の状況を打開するためには、分子生物学的、生化学的な側面からP.falciparumの生物学的な特性を知ることが急務となっている。

これまでに、生化学的な解析やゲノムプロジェクトの完了などから、P.falciparumには宿主とは異なる代謝系が存在することが示されている。その中でも興味深いものは、ミトコンドリアと、アピコプラストと呼ばれるプラスチドである。ミトコンドリアやプラスチドは、細胞内共生の結果として獲得されたオルガネラと考えられるが、どちらのオルガネラもそのゲノムの大部分は核へ移行しており、オルガネラの維持には核にコードされているタンパク質が必須である。P.falciparumも例外ではなく、ミトコンドリアとアピコプラスト構成タンパク質の多くは核遺伝子にコードされている。最近、オルガネラへのタンパク質移行シグナルについての遺伝生化学的解析から、P.falciparum代謝系におけるミトコンドリアとアピコプラストの生理的意義と機能分担が明らかにされつつある。その中でもヘム生合成系はユニークなものであり、これまでの報告によると、P.falciparumではミトコンドリアとアピコプラストという二つのオルガネラにまたがってヘム生合成は行われていることが示唆されている。

以上の結果から、P.falciparumのミトコンドリアとアピコプラストは、独立したオルガネラというよりは、お互いに相互作用するオルガネラユニットとして機能している可能性が示唆される。実際に電子顕微鏡では、両者が近接して局在している様子が観察されている。しかし、現在までに相互作用を直接示す研究報告はない。このように、P.falciparumにおけるミトコンドリアとアピコプラスの相互作用とその生理的意義については、様々な方向からの研究が必要と考えられる。そこで本研究ではマラリア原虫のこの2つのオルガネラの相互作用とその性質を調べる目的で、オルガネラ分画法を検討し、さらにその結果をふまえてミトコンドリアとアピコプラストの相互作用について調べた。

まず、パーコール密度勾配遠心を用いて純度の高いミトコンドリアの精製を試みた。精製の指標としては、ミトコンドリア特異的なコハク酸脱水素酵素やジヒドロオロト酸脱水素酵素の酵素活性を用いた。興味深いことに、パーコール密度勾配遠心後のミト±ンドリア画分には.アピコプラストに局在するタンパク質であるフェレドキシンも含まれることが、ウェスタンブロッティングの結果、確認された。ミトコンドリアとアピコプラストの密度が密度勾配遠心では分離できないほど類似している可能性も考えられるため、ミトコンドリア内でGreen Fluorescent Protein (GFP)を発現する組み換え原虫を作成し、Fluorescent Activated Organelle Sortingを行った。得られたGFP(+)画分に対して、ミトコンドリア又はアピコプラスト特異的なプライマーセットを用いてPCRを行ったところ、双方のオルガネラの局在が確認された。この結果は、ミトコンドリアのGFPを指標にしたソート後もミトコンドリアとアピコプラストの相互作用が保たれていることを示すものである。

本研究では、ミトコンドリアの精製法の検討および、P.falciparumにおけるオルガネラ間の相互作用、特にミトコンドリアとアピコプラストについて検討した。これまでにアピコプラストとミトコンドリアの相互作用を直接に示する報告はなかったが、本研究において、ミトコンドリアとアピコプラストは細胞内で近傍に局在するのみならず、実際に相互作用する事を強く示唆する実験結果を初めて得る事ができた。

今後、この系を用いてP.falciparumミトコンドリアとアピコプラストの双方を視野にいれた生化学的解析が可能になり、今回の研究結果がP.falciparumという、人類の脅威であり、かつ非常に興味深い生物の代謝系の謎を解く一つの鍵になると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

マラリアは、現在最も深刻な被害を引き起こしている熱帯寄生虫症である。ヒトに感染するマラリアのうち、特に熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparuni)は重篤な症状である脳マラリアを引き起こし、多数の死者を出す原因になっている。このように重大な被害を与えているマラリアの制圧は、現在大きな問題に直面している。これまでに効果のあった抗マラリア薬および殺虫剤に対して耐性を持つマラリア原虫と媒介蚊が出現し、治療や駆虫を困難にしている。また、化学療法以外の手段として期待されるワクチンの開発には、まだ長い時間が必要とされている。このような状況下で、マラリアの制圧はますます難しいものとなっている。現在の状況を打開するためには、分子生物学的、生化学的な側面からP.falciparumの生物学的な特性を知ることが急務となっている。

これまでに、生化学的な解析やゲノムプロジェクトの完了などから、P.falciparumには宿主とは異なる代謝系が存在することが示されている。その中でも興味深いものは、ミトコンドリアと、アピコプラストと呼ばれ、プラスチドを起源とするオルガネラの持つ機能である。ミトコンドリアやプラスチドは、細胞内共生の結果として獲得されたオルガネラと考えられるが、どちらのオルガネラもそのゲノムの大部分は核へ移行しており、オルガネラの維持には核にコードされているタンパク質が必須である。P.falciparumも例外ではなく、ミトコンドリアとアピコプラスト構成タンパク質の多くは核遺伝子にコードされている。近年、オルガネラへのタンパク質移行シグナルについての遺伝生化学的解析から、P.falciparum代謝系におけるミトコンドリアとアピコプラストの生理的意義と機能分担が明らかにされつつある。その中でもヘム生合成系はユニークなものであり、これまでの報告によると、P.falciparumにおいては、ヘムの生合成にはミトコンドリアとアピコプラストという二つのオルガネラが関与する可能性がある。このような結果から、P.falciparumのミトコンドリアとアピコプラストは、独立したオルガネラというよりは、お互いに相互作用するオルガネラユニットとして機能している可能性が示唆される。実際に電子顕微鏡では、両者が近接して局在している様子が観察されている。しかし、現在までに相互作用を直接示す研究報告はない。このように、P.falciparumにおけるミトコンドリアとアピコプラスの相互作用とその生理的意義については、様々な方向からの研究が必要と考えられる。

そこで本研究ではマラリア原虫のこれら2つのオルガネラ間相互作用とその性質を調べる目的で、オルガネラ分画法を検討し、さらにその結果をふまえてミトコンドリアとアピコプラストの相互作用について考察している。

まず、パーコール密度勾配遠心を用いて純度の高いミトコンドリアの精製を試みた。精製の指標としては、ミトコンドリア特異的なコハク酸脱水素酵素やジヒドロオロト酸脱水素酵素の酵素活性を用いた。パーコール密度勾配遠心後のミトコンドリア画分には、アピコプラストに局在するタンパク質であるフェレドキシンも含まれることが、ウェスタンブロッティングの結果、確認された。ミトコンドリアとアピコプラストの密度が密度勾配遠心では分離できないほど類似している可能性も考えられるため、ミトコンドリア内でGreen Fluorescent Protein(GFP)を発現する組み換え原虫を作成し、Fluorescent Activated Organelle Sortingを行った。得られたGFP(+)画分に対して、ミトコンドリア又はアピコプラスト特異的なプライマーセットを用いてPCRを行ったところ、双方のオルガネラの存在が確認された。この結果は、ミトコンドリアのGFPを指標にした分画後もミトコンドリアとアピコプラストの相互作用が保たれていることを示すものである。

これまでにアピコプラストとミトコンドリアの相互作用を直接に示す報告はなく、本研究において、ミトコンドリアとアピコプラストは細胞内で近傍に局在するのみならず、実際に相互作用する事を強く示唆する実験結果を初めて得ている。今後、この系を用いてP.falciparumミトコンドリアとアピコプラストの双方を視野にいれた生化学的解析が可能になり、今回の研究結果がP.falciparumという、人類の脅威であり、かつ生物学的にも多くの解決すべき問題のあるマラリア原虫を理解する鍵になると期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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