学位論文要旨



No 121502
著者(漢字) 周,歓
著者(英字) Zhou,Huan
著者(カナ) シュウ,カン
標題(和) 南中国洞庭湖地方農村部における学童の成長パターンとその生態学的関連要因の縦断的分析
標題(洋) Longitudinal Analysis of Growth Pattern and Related Ecological Factors in Rural Schoolchildren in the Dongting Lake Region,South China
報告番号 121502
報告番号 甲21502
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2750号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 講師 神馬,征峰
内容要旨 要旨を表示する

緒言

思春期の成長は、成長ホルモンの作用に対する骨、筋肉、脂肪細胞の応答で規定される。寄生虫症や栄養不良などに代表される様々な環境ストレスは、これら応答を弱めるが、その影響については集団内の個人差が大きいと考えられる。しかし、今日まで、思春期前および思春期の環境要因の個人差が、思春期における成長パターンの集団内差にどのような影響を与えるかを検討した縦断的データはほとんどない。

我々は、本研究に先立つ研究において、中国・湖南省洞庭湖地域の農村部では、たんぱく質とエネルギーの摂取不足と慢性的な住血吸虫症感染が思春期前の子どもの成長を阻害することを明らかにした。しかし、そのような成長阻害が思春期の成長にも影響を及ぼすかどうかは明らかになっていない。

本研究は、中国農村部の学童の4年間にわたる縦断的な身体計測データに、身長最大成長速度(PHV)のタイミングと大きさを推測できるPreece-Bainesモデルを適用することにより、以下の3点を目的とした。すなわち、(1)個人レベルで思春期成長パターンを評価すること、(2)思春期の成長パターンに対する思春期成長スパートのタイミングと大きさの影響を検証すること、(3)食事摂取、寄生虫症、社会環境要因が思春期の成長パターンにおよぼす影響を明らかにすることである。

対象と方法

本研究の対象者は、中国・湖南省洞庭湖地域の小学5、6年生(10〜12歳)445名である。解析にあたっては2001年から2005年に実施した、身体計測、寄生虫症検査、食事調査の全てに参加した学童274名(男児138名、女児136名)を対象者とした。2005年に実施した最終調査では、対象者は全て中学生になり、平日に寮生活を送っている者が含まれる。身体計測は、身長、体重、上腕周囲、皮脂厚(上腕二頭筋、上腕三頭筋、肩甲下の3点)を計測項目とし、寄生虫症検査は、Kato-Katz法に基づき、収集した便中の日本住血吸虫症、回虫症、鞭虫症の虫卵数を計数した。また、長期的な食事摂取は、半定量的食物摂取頻度調査によって評価した。

データ分析では、2002年に発表された中国の身体計測標準値に基づいてHeight-for-age、Weight-for-age、Body mass index(BMI)-for-ageの各Zスコア(HAZ、WAZ、BMIZ)を求め、これによって各対象者の成長の状態(growthstatus)を、適切(Zscore〓0)、やや悪い(-1〓Zscore<0)、悪い(Zscore<-1)の3段階に分類した。さらに各対象者の成長の状態が4年間維持されたか、あるいは変化したかを判断する目的でベースライン調査(2001年)と最後の調査(2005年)のWAZ値を比較し、対象者を5つの群に分類した。すなわち、(1)Trac-Ade群(適切→適切)、(2)Trac-Mod群(やや悪い→やや悪い)、(3)Trac-Sev群(悪い→悪い)、(4)Move up群(改善した)、(5)Move down群(悪化した)の5群である。

成長スパートについて、最大成長速度を経験した時の年齢およびその速度の大きさを求めるため、縦断的な身体計測データ(各人6回測定点)にPreece-Bainesのモデル1を適用した。モデルのパラメータは、Wardら(2001)を参考にし、EXCELのSR2による反復計算を利用し非線形最小2乗法で推定した。

結果

成長状態の変化とその関連要因

Zスコアを年齢ごとに平均した結果、全ての年齢でマイナスの値となり、対象者が中国の標準値と比較して、身長、体重、BMIのいずれも劣っていたことが明らかとなった。

WAZスコアを、ベースライン調査と4年後の調査のものとで比較した結果、同じ成長状態(適切、やや悪い、悪い)を維持していた対象者は64.5、58.1% (男児・女児の順、以下同様)、改善した群は20.3、23.5%、悪化した群は15.2、18.4%であった。

エネルギー、たんぱく質、脂質の充足率が高いのは、Trac-Ade群、Move up群、Trac-Mod群、Move down群、Trac-Sev群の順であった。3つの寄生虫症の擢患率は、フォローアップ調査では低下した。Moveup群では、住血吸虫症に躍っている者がいなかったが、Move down群では躍っている者の割合が増加した。寮生活を送っている対象者はベースライン調査に比較し、成長状態が悪くなった。重回帰分析の結果からは、エネルギー充足率、たんぱく質充足率、住血吸虫症の治療がZスコアと正に相関し、寮に居住していること、鞭虫症への感染は負に相関した。

成長スパートと成長パターン

274名の対象者のうち、その身長のデータがPreece-Bainesモデル1に適合した151名(男児60名、女児91名)について、成長スパートの分析をした。5群のうち、Trac-Ade、Trac-Mod、Move up群の男女はPHVに達した年齢と女児初潮年齢が低く、PHVにおける成長速度も大であった。Zスコアの1年当たり変化量について、5群間の差は、PHVより後の時期により顕著となった。PHVの前後で体重の変化量を検討した結果、Trac-Ade、Trac-Mod、Trac-Sevの3群は、PHVの年齢の前後を通じ、互いに同程度の増加を示した。一方でMove upとMove down群はPHVの後にそれぞれ増加、減少する傾向を見せ、PHVを迎えた2〜3年後に両群間に有意差が見られた。同様のパターンが、身長とBMIについては男女とも、上腕脂肪断面積(arm fatarea)と3点の皮脂厚和(sum of skinfolds)に関しては女児について、上腕筋断面積(arm muscle area)については男児について見られた。PHVおよび女児初潮の年齢はたんぱく質、脂質、エネルギーの充足率に負の相関を示し、PHV自体の大きさはエネルギー充足率に正の相関を示した。

考察と結論

本研究では、開発途上国の農村集団における、思春期前から思春期にかけての成長パターンのダイナミクスについて新しい知見が得られた。中国農村部の学童を対象に、思春期成長スパートを含む期間の成長状態の変化を解析することにより、特に思春期における集団内の個人差が大きいことを示した。

中国の標準値と比較すると、対象者のHAZ、WAZ、BMIZは低く、成長状態が劣っていた。HAZ、WAZ、BMIZの4年間の変化が正であったことは、成長の補完(キャッチアップ)、思春期成長の間に起こったことを示唆した。

対象者の約1/3が4年間という短期間の間に成長状態の変化を経験したことは興味深い。成長パターンの個人差は、主として成長スパートの後に顕在化していた。このような個人差の原因として、PHVの起こるタイミングならびに成長スパート後の「思春期における成長量(adolescent gain)」が重要であることが示された。

成長パターンに影響を及ぼす栄養学的要因としては、適切なエネルギー摂取は成長スパートの年齢と大きさに影響を及ぼし、たんぱく質摂取と脂質摂取は成長スパートの年齢に影響を及ぼしていた。

寄生虫感染の中では、日本住血吸虫症の予防と治療により、感染率が低下し、成長状態が改善された。一方で鞭虫に繰り返し感染すると、摂食量の低下と栄養素の喪失が起こり、慢性的な栄養不良のリスクが高まることによって成長が阻害されるものと推察された。

寮生活では、栄養価の低い給食、劣悪な衛生状態、水の不安全さに加え、学童の保健行動の軽視などにより、低栄養と寄生虫症への高い感染率が起こり、成長状態も悪くなっていたと考えられる。

結論として、本研究は、4年間にわたる身体計測の縦断的調査により、思春期における成長指標のZスコアの変化に顕著な個人差が存在することを示した。このような個人差は、主として成長スパートの後に顕在化し、最大成長速度に到達するタイミングならびに到達後の成長量がその重要な要因であった。とくに最大成長速度到達後の成長の重要性は、本研究で初めて明らかに示された。こうした成長パターンの集団内個人差は、エネルギーならびにたんぱく質の摂取、寄生虫症感染、寮生活という生態学的要因によってもたらされていた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は南中国洞庭湖地方農村部の学童を対象とし、4年間にわたって対象学童の身体計測及び生活環境に関連するデータの縦断的調査を行い、中国農村部の青少年の思春期成長パターンとその生態学的関連要因を明らかにすることを目的としている。特に、思春期身長最大成長速度(PHV)のタイミングと大きさを推測できるPreece-Bainesモデルを用いて、1)個人レベルにおける思春期の成長パターン、2)思春期の成長パターンに対する思春期成長スパートのタイミングと大きさの影響、3)食事摂取、寄生虫症、社会環境要因が思春期の成長パターンに及ぼす影響、に焦点をあてて評価、分析を行い、主に以下の結果を得ている。

中国の身体計測標準値に基づいて、各個人の成長の状態が4年間維持されたか、あるいは変化したかを判断する目的でベースライン調査(2001年)と最後の調査(2005年)のWAZ(weight-for-age Zスコア)値を比較し、対象者を5つの群に分類した。すなわち、(1)Trac-Ade群(適切→適切)、(2)Trac-Mod群(やや悪い→やや悪い)、(3)Trac-Sev群(悪い→悪い)、(4)Move up群(改善した)、(5)Move down群(悪化した)の5群である。同じ成長状態を維持していた対象者(Trac-Ade、Trac-Mod、Trac-Sev群)は64.5、58.1%(男児・女児の順、以下同様)、Moveup群は20.3、23.5%、Move down群は15.2、18.4%であった。思春期成長スパートの時期に焦点をあてることにより、同一集団内で4年間という比較的短い期間でも個々人の成長のパターンに大きな違いが認められることを見いだした。

中国の学童の成長を初めてPreece-Bainesモデル1に解析して、5群のうち、Trac-Ade、Trac-Mod、Move up群の男女はPHVに達した年齢が低く、PHVにおける成長速度も大であった。Zスコアの1年当たり変化量について、5群間の差は、PHVより後の時期により顕著となった。PHVの前後で体重の変化量を検討した結果、Trac-Ade、Trac-Mod、Trac-Sevの3群は、PHVの年齢の前後を通じ、互いに同程度の増加を示した。一方でMoveupとMovedown群はPHVの後にそれぞれ増加、減少する傾向を見せ、PHVを迎えた2-3年後に両群間に有意差が見られた。同様のパターンが、身長とBMIについて見られた。最大成長速度到達後の成長にも大きな個人差が存在することを、本研究は初めて明らかに示した。

重回帰分析の結果からは、エネルギー充足率、たんぱく質充足率、住血吸虫症の治療がZスコアと正に相関し、寮に居住していること、鞭虫症への感染は負に相関した。成長パターンの集団内個人差は、エネルギーならびにたんぱく質の摂取、寄生虫症感染、寮生活という生態学的要因によってもたらされていた。

以上、本論文は4年間にわたる縦断的な研究により、思春期前から思春期にかけての成長パターンのダイナミクスについて新しい知見が得られた。中国農村部の学童を対象に、思春期成長スパートを含む期間の成長状態の変化を解析することにより、特に集団内の個人差は成長スパートの後に顕在化すること、こうした成長パターンの集団内の個人差はエネルギー摂取、寄生虫感染症、寮生活などの生態学的要因に影響されていることを明らかにした。青少年成長パターンの研究において、こうした最大成長速度到達後の成長の重要性を示した縦断的な研究は皆無であり、その新しい知見は中国のみならず他の発展途上国農村地域における青少年の成長パターン及びそれに影響する生態学的要因の解明にも重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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