学位論文要旨



No 121504
著者(漢字) 岩永,典子
著者(英字)
著者(カナ) イワナガ,ノリコ
標題(和) ザンビアにおけるHIV感染者/AIDS患者の告知とQOLに関する研究
標題(洋) HIV disclosure and quality of life among people living with HIV/AIDS in Zambia
報告番号 121504
報告番号 甲21504
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2752号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
内容要旨 要旨を表示する

緒言

サハラ以南アフリカは、HIV流行による最悪の影響を受けている地域であり、ザンビア共和国もその中の国のひとつである。2004年末現在で成人HIV感染率は16.5%、92万人のHIV感染者が存在し、そのうち抗レトロウイルス薬(Antiretrovirals:ARV)による治療を必要とするのは14.9万人と推定される。ザンビア政府はHIV/AIDSを国家的問題として認識し、2002年よりARVの多剤併用療法(Antiretroviral therapy:ART)をコストシェア方式の公的スキームにより公立病院に導入し始めた。ARTによりHIV感染症治療は劇的な進歩を遂げたが、ART成功のためには服薬アドヒアランスが最重要となるので、HIV感染者の家族に対する告知問題は、特にARTを受けている患者にとって避けられない問題となってきた。本研究の目的は、ザンビアにおいてARTを開始する患者の家族への告知状況を明らかにするとともに、告知に関連する要因を検討し、さらに、告知と生活の質(Quality of life:QOL)との関連についても検討することである。

方法

対象者は、2004年3月から2005年7月に首都ルサカ市内のザンビア大学教育病院HIV外来において、公的スキームによりこれからARTを始めるARV未経験のHIV感染者121名である。インフォームドコンセントを得た後、研究スタッフである看護師との個別インタビューにより、以下の項目を構造化された質問紙を用いて調査した。1)家族への告知状況:家族のうち少なくとも1人に告知した者を告知者、家族の誰にも告知していない者を未告知者とした。2)社会経済的属性:年齢、性別、婚姻状況、仕事、月収、教育、家庭での言語。3)HIV関連属性:HIV診断されてからの時間、家族内HIV感染者の有無、HIV感染に関する知識、ARTに関する知識。4)心理行動的属性:家族からの支援に対する認識、ARTに対する期待、HIV感染認知前後でのコンドーム使用。5)健康関連QOL:Medical Outcomes StudyHIV Health Survey(MOS-HIV)を用いて、11の下位尺度におけるQOLスコアを測定した。CD4陽性Tリンパ球数は、フローサイトメトリーにより測定した。さらにIrrdepthインタビューを実施した。

結果

対象者121名中、解析対象者は115名(男性51名、女性64名)であった。そのうち93名(81%)が家族の少なくとも1人にHIV感染を告知していた。このうち既女昏着で告知した者(51名)の86%が配偶者に告知していた。社会経済的属性およびHIV関連属性は、告知者と未告知者間で統計学的差異はなかった。心理行動的属性のうち、家族からの支援に対する認識について、告知者は未告知者に比べ有意に家族から支援されていると感じていた。配偶者とのコンドーム使用は.感染認知前後で有意に増加していた。ロジスティック回帰分析の結果、告知との関連要因は、家族からの支援に対する認識(オッズ比5.5、95%信頼区間1.2-25.6)と、ARV治療に関する知識(オッズ比3.3、95%信頼区間1.1-10.0)であった。告知者と未告知者間で、全下位尺度においてQOLスコアに統計学的差異はなかったが、下位尺度のうち役割機能(Role function:RF)において、告知者は未告知者に比べ劣っている傾向がみられた。RFにおけるQOLスコアをさらに層別化分析した結果、告知者のうち、少なくとも高校を卒業した者、HIV感染およびARTについての知識が高い者、およびARTに対する期待が高い者において、告知者は未告知者に比べRFが有意に劣っていた。

考察

家族への告知率81%は、アフリカで行われた先行研究と比べて、比較的高かった。その理由として、先行研究の対象者のうちARTを受けている患者がo-30%であったのに対し、本研究では対象者全てがこれからARTを開始する患者であったことが影響したと考えられる。また、既婚者において配偶者への告知率が高かったことは、告知により配偶者からの支援を期待するのに加えて、感染認知前後で配偶者とのコンドーム使用が増加したことに反映されているように、配偶者に対してHIV感染させることを避けたいとの考えから告知したことが示唆される。

告知との関連要因は、家族からの支援に対する認識とARTに関する知識であった。家族からの支援に対する認識が関連している理由として、告知したことにより家族のHIV感染者に対する意識や態度が変化し支援的になったため.告知者は家族が支援的だと感じていると考えられた。また、ARTに関する知識が関連している理由として、告知者はARVを服用することの重要性を認識しており、生涯毎日ARVを服薬するのに家族に隠し続けるのは困難であると認識したからだと考えられた。

告知者と未告知者間でQOLに差異は認められなかった。その理由として、両者の属性の類似性が考えられる。QOLに影響を与える要因として、社会経済的属性(雇用、収入、敬育)やHIV感染症の進行度などが先行研究で明らかになっているが、本研究ではこれらの要因は両者間で差がなかった。よって、告知の有無自体はQOLに反映されなかったものと考えられる。しかし、高学歴の者やHIV感染およびARTに対する高い知識を持った者の間では、告知者のRFが未告知者より劣っていたことは、これらの告知者はHIV感染により自分の健康が損なわれて仕事/家事/学業に支障が出ていることを理解しており、このような状態で家族にHIV感染を隠したまま生涯毎日ARVを服薬することは困難であると認識しているので、告知したと考えられる。

本研究結果より、告知には家族からの支援を受けているという認識が関与していることから、家族内での支援的な環境が向上するように、HIV感染に関する情報に加えてARTに関する正確な情報を、HIV感染者のみならずその家族にも浸透させるような教育機会の必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、HIV感染者/AIDS患者が抗レトロウイルス薬(Antiretrovirals:ARV)による治療を受ける際に重要と考えられる家族への告知状況を、HIV流行による影響が深刻なアフリカのザンビアにおいて明らかにするとともに、告知に関連する要因を検討し、さらに告知と生活の質(QOL)について検討したものであり、下記の結果を得ている。

解析対象者115名中、93名(81%)が家族の少なくとも1人にHIV感染を告知していた。告知率81%は、アフリカで行われた先行研究と比べて比較的高かった。その理由として、先行研究の対象者のうちARV治療を受けている患者が0-30%であったのに対し、本研究では対象者全てがこれからARV治療を開始する患者であったことが影響したと考えられた。

既婚者で告知した者(51名)の86%が配偶者に告知していた。また、配偶者とのコンドーム使用は、感染認知前後で有意に増加していた。既婚者の配偶者に対する告知理由として、告知により配偶者からの支援を期待するのに加えて、配偶者に対してHIV感染させることを避けたいとの考えから告知したことが示唆された。

ロジスティック回帰分析の結果、告知との関連要因は、家族からの支援に対する認識(オッズ比5.5、95%信頼区間1.2-25.6)と、ARV治療に関する知識(オッズ比3.3、95%信頼区間1.1-10.0)であった。家族からの支援に対する認識が同定された理由として、告知したことにより家族のHIV感染者に対する意識や態度が変化し支援的になったため、告知者は家族が支援的だと感じていると考えられた。また、ARV治療に関する知識が同定された理由として、告知者はARVを服用することの重要性を認識しており、生涯毎日ARVを服薬するのに家族に隠し続けるのは困難であると認識したからだと考えられた。

告知者と未告知者間で、全下位尺度においてQOLスコアに統計学的差異はなかった。その理由として、先行研究によりQOLに影響を与える要因として明らかとなっている社会経済的属性(雇用、収入、教育)やHIV感染症の進行度などの属性が、告知者と未告知者間で差がなかったため、告知の有無自体はQOLに反映されなかったものと考えられた。

QOL下位尺度のうち役割機能において、告知者は未告知者に比べ劣っている傾向がみられた。役割機能におけるQOLスコアをさらに層別化分析した結果、告知者のうち、少なくとも高校を卒業した者、HIV感染およびARV治療についての知識が高い者において、告知者は未告知者に比べ役割機能が有意に劣っていた。その理由として、これらの告知者は、HIV感染により自分の健康が損なわれて仕事/家事/学業に支障が出ていることを理解しており、このような状態で家族にHIV感染を隠したまま生涯毎日ARVを服薬することは困難であると認識しているので、告知したと考えられた。

以上、本論文はザンビアにおけるHIV感染者/AIDS患者の家族への告知状況と、告知には家族からの支援に対する認識とARV治療についての知識が関連していることを明らかにした。本研究は今後ますますARV治療が拡大するザンビアにおいて、ARV治療を受けるHIV感染者/AIDS患者に対する家族からの支援を向上させるための支援戦略を考案するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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