学位論文要旨



No 121505
著者(漢字)
著者(英字) Huy Thien Tuan Tran
著者(カナ) フィ チエン チュアン トラン
標題(和) B型肝炎ウイルス(HBV)の分子疫学的研究 : ウイルス遺伝子の多様性と臨床所見との関連
標題(洋) Molecular Epidemiology of hepatitis B virus : Genetic variability and its correlation with clinical manifestation
報告番号 121505
報告番号 甲21505
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2753号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 小池,和幸
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 神馬,征峰
内容要旨 要旨を表示する

B型肝炎ウイルス(HBV)感染症は地球規模の問題となっている。現在おおよそ2億人以上の人々が、HBVに感染していることが推察される。HBV感染の臨床像は複雑であり、さまざまな要因(ウイルス、宿主免疫、環境)が関わっている。HBVの多様性(ゲノタイプや変異)は、臨床所見やウイルス治療反応性との関連が論じられている。しかし、この問題解決には、単独の国だけで論じるのは困難である。そこで、本研究は、HBVのゲノタイプや変異などを含むその多様性と地理的要因(特にアジアを主として)および臨床所見との関連を明らかにすることを目的とした。

HBVゲノタイピングは、型特異的なプライマーを用いたPCR法と併せて塩基配列決定と分子系統樹解析を実施した。また詳細な解析のため、必要に応じ全長鎖ゲノムを分離した。ウイルス変異の解析には、HBV各領域(主としてpre-S, S, core promoter, precore)のシークエンスを行った。

成績は、二つの項目に大別された。一つは、ゲノタイプとサブタイプ、組換えウイルスに関してである。二つ目は、HBV変異と臨床所見との関連である。

項目1では、まずアジアに分布するゲノタイプCは、sequenceと分子系統樹解析から、少なくとも二つのサブグループ(C1、C2と命名)に分類できることを初めて報告した。即ちC1は、主に東南アジア(タイ、ベトナム、ミャンマー)に、またC2は極東アジア(日本、中国)に分布した。二つのサブタイプ由来ゲノムを比較すると、1858番目塩基がC(C1858)を示す頻度がC1では30%であったのに対しC2では6.7%(P<0.005)であった。C1におけるC1858は、core promoter変異(30%, P<0.05)や肝癌発生(14.3%, P<0.05)と相関を示した。この他の成績として、ガーナ由来HBVゲノムは、既知のゲノタイプE株と低い多様性を示し、西アフリカ地域特有のゲノタイプと思われた。これに対し、ボリビア由来HBVは、ゲノタイプFに属したが、更に4つのサブタイプに分類することができた(F1〜F4と命名)。南部南米と中米からのHBVはサブタイプF1とF4からなり、T1858を示したのに対し、北部南米からのはサブタイプF2とF3からなり、C1858であった。サブタイプF1とF4が分布する地域では、precore stop codon変異を示すHBVが多く認められ、これがこの地域にHBe抗原陰性B型肝炎患者が多いことにつながっていると思われた。この他の興味ある成績として、ゲノタイプA、C、G間で組換えを起こしたと思われる新規HBVをベトナムの急性肝炎患者から分離することができたことがあげられる。同じような組換えHBVはHannounらが2000年に報告しているが、この分離株と塩基レベルで1.1%の相違とゲノタイプA,C,Gからなる同じ組換えセグメントを有していた。この所見は、この新規組換えHBVが最近発生したものであることを示唆する。

項目2では、12カ国(ベトナム、ネパール、ミャンマー、中国、韓国、タイ、日本、ガーナ、ロシア、スペイン、ボリビア、米国)計387例のHBV感染患者におけるHBV pre-S変異を検討した。加えてベトナムにおいて、core promoter、precore stop codon変異と臨床所見との関連を、115例の感染患者で検討した。Pre-S領域欠損を示すHBV株が、ベトナム、ネパール、ミャンマー、中国で高頻度(20%以上)に検出された。この変異株は、ゲノタイプBとCで高頻度に検出(各々25%, 24.5%, P<0.05)され、また肝癌患者(34.7%, P<0.05)に多かった。ベトナムを対象とした疫学調査では、core promoter変異がゲノタイプCで、またprecore stop codon変異がゲノタイプBで高頻度に検出された。サブタイプC1での成績と同じように、core promoter変異は肝硬変、肝癌発生と深く関連していた(P<0.01)。

結語として、HBVゲノタイプ分布とゲノム多様性は、地理的要因によりその所見が異なった。アジアに流行するゲノタイプCは、東南アジア型(C1)と極東アジア型(C2)に分類できた。西アフリカに分布するゲノタイプEは、同ゲノタイプ間で高い相同性を示したことから、そう古くない時代にウイルスが広まった可能性が考えられた。中南米に分布するゲノタイプFは、更に4つのサブタイプに分類できた。加えて、ベトナムにおいて新規組換えHBVを分離することができた。Pre-Sやcore promoter領域に変異を起こすHBVの頻度はゲノタイプで異なり、またこの変異ウイルスの持続感染は、肝癌発生と深く関わっていた。

審査要旨 要旨を表示する

B型肝炎ウイルス(HBV)感染症は地球規模の問題となっている。現在おおよそ2億人以上の人々が、HBVに感染していることが推察される。HBV感染の臨床像は複雑であり、さまざまな要因(ウイルス、宿主免疫、環境)が関わっている。HBVの多様性(ゲノタイプや変異)は、臨床所見やウイルス治療反応性との関連が論じられている。しかし、この問題解決には、単独の国だけで論じるのは困難である。そこで、本研究は、HBVのゲノタイプや変異などを含むその多様性と地理的要因(特にアジアを主として)および臨床所見との関連を明らかにすることを目的とした。

HBVゲノタイピングは、型特異的なプライマーを用いたPCR法と併せて塩基配列決定と分子系統樹解析を実施した。また詳細な解析のため、必要に応じ全長鎖ゲノムを分離した。ウイルス変異の解析には、HBV各領域(主としてpre-S、S、core promoter、precore)のシークエンスを行った。

成績は、二つの項目に大別された。一つは、ゲノタイプとサブタイプ、組換えウイルスに関してである。二つ目は、HBV変異と臨床所見との関連である。

項目1では、まずアジアに分布するゲノタイプCは、sequenceと分子系統樹解析から、少なくとも二つのサブグループ(C1、C2と命名)に分類できることを初めて報告した。即ちC1は、主に東南アジア(タイ、ベトナム、ミャンマー)に、またC2は極東アジア(日本、中国)に分布した。二つのサブタイプ由来ゲノムを比較すると、1858番目塩基がC(C1858)を示す頻度がC1では30%であったのに対しC2では6.7%(P<0.005)であった。C1におけるC1858は、core promoter変異(30%, P<0.05)や肝癌発生(14.3%, P<0.05)と相関を示した。この他の成績として、ガーナ由来HBVゲノムは、既知のゲノタイプE株と低い多様性を示し、西アフリカ地域特有のゲノタイプと思われた。これに対し、ボリビア由来HBVは、ゲノタイプFに属したが、更に4つのサブタイプに分類することができた(F1〜F4と命名)。南部南米と中米からのHBVはサブタイプF1とF4からなり、T1858を示したのに対し、北部南米からのはサブタイプF2とF3からなり、C1858であった。サブタイプF1とF4が分布する地域では、precore stop codon変異を示すHBVが多く認められ、これがこの地域にHBe抗原陰性B型肝炎患者が多いことにつながっていると思われた。この他の興味ある成績として、ゲノタイプA、C、G間で組換えを起こしたと思われる新規HBVをベトナムの急性肝炎患者から分離することができたことがあげられる。同じような組換えHBVはHannounらが2000年に報告しているが、この分離株と塩基レベルで1.1%の相違とゲノタイプA,C,Gからなる同じ組換えセグメントを有していた。この所見は、この新規組換えHBVが最近発生したものであることを示唆する。

項目2では、12カ国(ベトナム、ネパール、ミャンマー、中国、韓国、タイ、日本、ガーナ、ロシア、スペイン、ボリビア、米国)計387例のHBV感染患者におけるHBV pre-S変異を検討した。加えてベトナムにおいて、core promoter、precore stop codon変異と臨床所見との関連を、115例の感染患者で検討した。Pre-S領域欠損を示すHBV株が、ベトナム、ネパール、ミャンマー、中国で高頻度(20%以上)に検出された。この変異株は、ゲノタイプBとCで高頻度に検出(各々25%, 24.5%, P<0.05)され、また肝癌患者(34.7%, P<0.05)に多かった。ベトナムを対象とした疫学調査では、core promoter変異がゲノタイプCで、またprecore stop codon変異がゲノタイプBで高頻度に検出された。サブタイプC1での成績と同じように、core promoter変異は肝硬変、肝癌発生と深く関連していた(P<0.01)。

結語として、HBVゲノタイプ分布とゲノム多様性は、地理的要因によりその所見が異なった。アジアに流行するゲノタイプCは、東南アジア型(C1)と極東アジア型(C2)に分類できた。西アフリカに分布するゲノタイプEは、同ゲノタイプ間で高い相同性を示したことから、そう古くない時代にウイルスが広まった可能性が考えられた。中南米に分布するゲノタイプFは、更に4つのサブタイプに分類できた。加えて、ベトナムにおいて新規組換えHBVを分離することができた。Pre-Sやcore promoter領域に変異を起こすHBVの頻度はゲノタイプで異なり、またこの変異ウイルスの持続感染は、肝癌発生と深く関わっていた。

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