学位論文要旨



No 121508
著者(漢字) 青山,尚寛
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,ナオヒロ
標題(和) 水およびフルオラス溶媒を反応媒体とする有機合成反応の開発
標題(洋)
報告番号 121508
報告番号 甲21508
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1151号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「水およびフルオラス溶媒を反応媒体とする有機合成反応の開発」について全四章にわたり詳述したものである。

グリーンサステイナブル・ケミストリーの重要性が高まる現在、従来の有機溶媒に代わる新しい反応媒体の開発が活発に行われている。その中でも、環境調和性や有機溶媒にはない特徴を有しているといった観点から、水とフルオラス溶媒に注目し、それぞれの反応媒体の特徴を活かした有機合成反応の研究開発を行った。

水は、水和作用や疎水性相互作用、高い水素結合能など特筆すべき性質を多く有し、従来の有機溶媒中では実現できないユニークな反応性や選択性の発現が見られることもあり、新しい有機化学を拓く可能性を秘めていると言える。

第一章では、水を反応媒体としたときの疎水性相互作用と水和作用によるLewis酸の制御を目指して検討を行い、三価の塩化鉄が水中でもLewis酸として有効に機能し、ジアステレオ選択的向山アルドール反応を触媒することを見出した。

本触媒系では、反応溶媒として無水の有機溶媒を用いると低収率にとどまり、H2O/THF=1/9のような含水溶媒中よりも水中で反応を行った方が良好な結果を与えたことから、水のみを反応媒体とすることが重要であった。また、比較的加水分解しやすいケイ素エノラートを用いる場合には、触媒量の水酸化ナトリウムを添加することでジアステレオ選択性を損なうことなく、収率を向上させることができた。

三価の塩化鉄のように水存在下で加水分解しやすいと考えられていた金属塩が、水中でもLewis酸として機能することを実証したことで、水中で使用可能なLewis酸の枠をより大きく広げることができたと考えられる。

第二章、第三章では、1-ヒドロキシ糖を用いる触媒的な脱水的グリコシル化反応の開発を行った。第二章では、水を反応媒体とする脱水的グリコシル化反応の開発を行い、親水基と疎水基を有する界面活性剤型Bronsted酸触媒の一種であるDBSAが有効に機能することを見出した。本触媒系では、基質の疎水性が反応の進行に重要であり、フラノースだけでなく、ピラノースに関しても良好な収率で目的物を与えることを見出した。

また、α/β選択性に関しては、リボース誘導体を用いた場合に高いβ選択性で、マンノース誘導体を用いた場合に高いα選択性でそれぞれ目的物が得られることを明らかにした。

第三章では、より効率的かつ直接的な脱水的グリコシル化反応を目指し、無保護糖を用いる脱水的グリコシル化反応の開発を行った。その際、反応媒体の選択が重要な課題であったが、様々な検討の結果、筆者はフルオラス溶媒に着目するに至った。フルオラス溶媒は、グリーン.サステイナブルケミストリーの理念に合致しているだけでなく、分子の分極率が小さいことに由来する弱い分子間力や低い沸点、あるいは(特に低温で)有機溶媒に対する溶解度が低い一方で、親フルオラス化合物に対する親和性が高いなどの特徴を有している。

これら特徴の一部である、蒸気圧の高さと水、アルコールに対する溶解性の低さから、無保護糖を用いる脱水的グリコシル化反応の反応媒体としてはフルオラス溶媒が適していることがわかった。また、触媒に関してはフルオラスBronsted酸が優れていることを見出した。この理由としては、フルオラス溶媒とフルオラスBronsted酸を用いることによって、水溶性の糖とアルコールとの混合液滴がフルオラス溶媒中に分散し、脱水反応が促進されたためと考えられる。

さらに、本触媒系は糖由来のアルコールを用いる脱水的グリコシル化反応にも適用可能であることを示した。本研究は、無保護糖同士の脱水的グリコシル化反応の開発に新たな指針を与えるものと考えられる。

第四章では、フルオラス溶媒の分散媒体としての活用を考え、通常、水相-有機相の二相間で反応が行われる相間移動触媒をモデル反応に、フルオラス溶媒とフルオラス添加剤の検討を行った。その結果、フルオラスジオール1が最も良好な結果をもって相間移動触媒反応を加速させることを見出すことができた。

さらに、本反応系を用いることで、相間移動触媒を用いるエポキシ化反応においても加速効果が観測されることが明らかにした。

反応系の観察によると、フルオラスジオール1とフルオラス溶媒PFMCにより、水相と有機相がPFMC中に分散している様子が見られたことから、水相-有機相の二相間の界面の面積が増大することにより効率的な反応場として機能したものと考えられる。従って、本反応系は効率の良い相間移動触媒反応系という面にとどまらず、有機合成反応におけるフルオラス溶媒の新規な用途を開拓できたという面で興味深い。

以上、筆者は水およびフルオラス溶媒の特徴を活かした有機合成反応の開発を行った。本論文では、各章のそれぞれの反応において、水およびフルオラス溶媒が反応媒体として重要な役割を担っており、非常に興味深い。従って、本研究は、水とフルオラス溶媒を用いる有機合成の開発に新たな可能性を見出すものである。

審査要旨 要旨を表示する

有機反応を行う際、これまで広く用いられてきた有機溶媒とは異なる媒体として、近年、水やフルオラス溶媒、イオン性液体、超臨界流体などが注目されている。本論文は、その中でも特に、水とフルオラス溶媒に着目し、それらの特徴を活かした有機合成反応の開発を行った結果について述べたものである。

まず第一章では、塩化鉄(III)を触媒とする水中でのジアステレオ選択的アルドール反応の開発について述べている。すでに当研究室では、向山アルドール反応をモデル反応とし、水と有機溶媒の混合溶媒(H2O/THF)中で機能するLewis酸の検討を行っている。しかしながら、水中で機能するLewis酸の性質をより詳細に解明するためには、有機溶媒を用いない水中においてもLewis酸の検討を行う必要があると考え、本論文ではまず、界面活性剤存在下に様々な金属塩の効果について調べている。その結果、H2O/THF中での検討では必ずしも良い結果を与えなかった塩化鉄(III)が水中において有効に機能すること、すなわち、SDS(sodiumdodecylsulfate)存在下に水中で反応を行うと、収率のみならずジアステレオ選択性も向上することを見出している。特に本論文では、Sc(DS)3を用いた場合との顕著なジアステレオ選択性の違いに興味を持ち、これらのジアステレオ選択性の発現に関して詳細に検討し、両触媒ともに生成物のジアステレオ選択性はエピマー化を伴い熱力学的に発現しているのではなく、速度論的に発現していることを示唆している。

次に、FeCl3を用いる本触媒系の反応条件の最適化を行い、得られた条件の下、本触媒系の基質一般性に関して検討を行っている。芳香族、不飽和、脂肪族のそれぞれのアルデヒドに関して、収率は中程度ながらも良好なジアステレオ選択性で目的物が得られ、また、ケイ素エノラートに関して、プロピオン酸チオエステル由来のE体のケイ素エノラートではジアステレオ選択性は高いものの、ケイ素エノラートの加水分解のために収率が低くとどまることを明らかにしている。しかし、反応系に触媒量のNaOHを加えることでジアステレオ選択性を損なうことなく、収率を改善することができることも示している。一方、Z体のケイ素エノラートでは、収率、ジアステレオ選択性ともに低くとどまり、シクロヘキサノン由来のケイ素エノラートでもジアステレオ選択性は低いが、α位にメチル基を導入したケイ素エノラートでは高いジアステレオ選択性が発現することを明らかにしている。

第二章では、界面活性剤型Bronsted酸触媒を用いる水中での脱水的グリコシル化反応の開発について述べている。当研究室ではこれまでに、DBSA(dodecylbenzenesulfonic acid)などの界面活性剤型Bronsted酸触媒が、疎水性基質存在下水中において疎水的反応場を形成し、水中での脱水的エステル化やエーテル化、ジチオアセタール化反応などにおいて有効に機能することを見出している。一方で、糖質は、エネルギー代謝や細胞外マトリックスの主要な構成成分であるだけでなく、細胞間の認識、輸送、接着に関わる重要な情報分子の担い手でもあり、有機合成において糖質合成の根幹をなすグリコシド結合生成反応の開発が重要な研究課題として注目されている。そこで本論文では、DBSAを触媒とする水中での脱水的グリコシル化反応について検討し、まず、3位と5位をベンジル基で保護した2-デオキシリボースと1-ドデカノールを基質とし、10mol%のDBSA存在下、40℃で反応を行ったところ、α/β選択性は低いものの、高収率で目的物が得られることを見出している。さらに、同様の条件下、2,3,5位をベンジル基で保護したリボースと1-ドデカノールを基質として反応を行うと、高いβ選択性、かつ良好な収率で目的物が得られること、また、2,3,4,6位をベンジル基で保護したグルコースやガラクトースを用いた場合には、高い反応温度が必要なものの、中程度の収率で反応が進行すること、さらに、α/β選択性に関しては、2,3,4,6位をベンジル基で保護したマンノースを用いると、高いα選択性をもって目的物が得られることを明らかにしている。

第三章では、フルオラス溶媒を用いる無保護糖の直接的脱水的グリコシル化反応の開発について述べている。第二章で述べたグリコシル化反応を含む水中での脱水反応では、疎水性の高い基質でのみ反応が進行し、親水性の高い基質を用いることができないという問題点があった。特にグリコシル化反応の場合、高い水溶性を有する無保護の糖を疎水的にするには保護・脱保護を含む数段階の化学変換が必要であり、必ずしも効率的とは言えない。そこで、本章ではこれまでの知見をもとに、無保護糖のグリコシド化反応を効率的に行うための新規触媒系の探索を行っている。

DBSAを触媒とする水中でのグリコシル化反応では、疎水的な基質とDBSAにより水中において疎水的な有機液滴が形成され、脱水反応が進行する。一方で、親水的な無保護の糖を基質とする場合には、反応媒体としては非水系溶媒が適当であると考えられる。さらに、平衡を目的とする方向に傾けるために水を反応系中から除く必要があるが、この際に、水溶性の液滴から脱水反応が効率的に進行するよう水溶性の液滴が非水系溶媒中に細かく分散している状態が望ましいと考えられる。本論文では以上の点を念頭に置き検討を行った結果、反応媒体としてはフルオラス溶媒であるperfluoromethylcyclohexane(PFMC)を用い、加熱還流させることで反応が進行することを明らかにしている。これは加熱還流により、反応系中に存在する水(アルコールとなじみやすくするため糖の水溶液を用いたている)とともに反応によって生じた水が系外に除かれ、平衡が生成物側に傾くためと考えられる。さらに、フルオラス置換基を有する界面活性剤型Bronsted酸触媒を用いることで、水相(無保護糖)と有機相(アルコール)の二相がフルオラス相に分散し、効率よく反応が進行することも明らかにしている。

最後に第四章では、水相-有機相-フルオラス相の三相系を用いる相間移動触媒反応の開発を行った結果について述べている。第三章で述べた無保護糖の脱水的グリコシル化反応では、フルオラスBronsted酸触媒存在下にフルオラス相が水相-有機相の分散媒体として機能し、目的とする脱水反応が効率的に進行したと考えられる。しかしながら、本脱水反応は反応の進行とともに、水相-有機相-フルオラス相の三相系から有機相-フルオラス相の二相系へと変化するなど、分散媒体としての評価系として必ずしも適当ではないことも示唆された。そこで本章では、より単純な反応系での検討を行うことし、水相-有機相の二相からなる相間移動触媒反応をモデル反応とし、フルオラス溶媒中での挙動を調べている。

基質としてbenzyl phenyl ketone とbenzyl bromide、触媒としてtetrabutylammonium bromide(TBAB)を用い、フルオラス溶媒であるPFMC存在下に、フルオラス界面活性剤の添加効果を調べた結果、フルオラス性と疎水性の置換基を有する界面活性剤では収率が低下したが、フルオラス性と親水性の置換基を有するアルコールを用いると反応が加速され、収率が向上することを明らかにしている。一方で、親水性の置換基でも、カルボン酸塩やスルホン酸塩では収率が低下したが、フルオラスジオールを用いると最も効率よく反応が進行し、触媒量も5mol%まで減じることができることを明らかにしている。次に、本触媒系におけるジオールのフルオラス置換基やフルオラス溶媒の効果について調べ、フルオラス置換基を持たないジオールを用いた場合は、何も添加しない系と収率がほとんど変わらないこと、また、フルオラス溶媒を用いずフルオラスジオールのみを添加した場合には、収率は少し向上するもののフルオラス溶媒を用いた方がより高い収率で目的物を与えるという結果から、収率の向上にはフルオラスジオールとフルオラス溶媒の両方が必要であることを明らかにしている。

以上、本論文は、水とフルオラス溶媒の特徴を活かした効率的な有機合成反応の開発を行ったものであり、有機合成化学、医薬化学の分野に貢献するところ大である。よって、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク