学位論文要旨



No 121511
著者(漢字) 我部,有
著者(英字)
著者(カナ) ガベ,ユウ
標題(和) 活性窒素種測定用蛍光プローブの開発
標題(洋)
報告番号 121511
報告番号 甲21511
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1154号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 三田,智文
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

活性窒素種(RNS)は酸化ストレスを引き起こし種々の疾患、病態に関与する一方、生命活動に必須な情報伝達の役割も担っているといわれている。一酸化窒素(NO)はRNSの中核を担う二原子分子であり、酸素分子や活性酸素種と反応し多くの活性種を生成する。またNO自身にも3つのレドックス種(NOラジカル、NO+、NO-)が存在しているが、反応性が高く生体内で不安定であることから各々の機能は不透明な部分が多い。蛍光バイオイメージング法は検出対象分子を時空間的に制御した条件で観測できることからRNS研究において非常に有効な手法の一つであるといえる。そのため、これらの活性種を区別して検出できる実用的な蛍光プローブの開発が待ち望まれている。

【本論】

高感度NO+蛍光プローブの分子設計と応用

NOは主に生体内で酸素による酸化を受け、N2O3を中間体として生成する。N2O3はNO+を供与できる強力なニトロソ化試薬であり、S-ニトロソ化など様々な生体反応に関わっているが、詳細な機能解明までには至っていない。当教室ではNO+の検出プローブとしてfluoresceinを母核とするDAF類を開発した。DAF類を用いた蛍光バイオイメージング法は広く普及しており、優れた成果を挙げている。しかし、生体内ではチオールなどのNO+と反応する分子種が高濃度に存在するため、より高感度で実用的なプローブの開発に着手した。

NO+との反応性は反応部位である。o-phenylenediamine部位の電子密度に依存していることから、様々な構造修飾が可能なBODIPYを蛍光骨格とする高感度NO+蛍光プローブ、DAMBOを開発した。DAMBOは光誘起電子移動(PeT)の原理に基づいて蛍光のoff/onが制御され、DAF-2に比べて約5倍感度良くNO+と反応する(Figure2)。

DAMBOを更に高感度化するには、(1)NO+との反応性を上昇させる、(2)生成物であるトリアゾール体の蛍光量子収率(φ)を上昇させる、という2つの戦略が考えられる。NO+との反応性は反応部位の電子密度に依存しており、また8位のベンゼン環の回転を抑制することで蛍光量子収率が高くなることから、この2つを同時に満たすプローブとして反応部位に電子供与性のメトキシ基を導入したMAMBOをデザイン、合成した(Figure1)。MAMBOはNO+と反応するとトリアゾール体(MAMBO-T)を生成し、蛍光量子収率が劇的に変化した(φ<0.001→0.47)。反応性も、DAF-2に比べ約15倍、DAMBOに比べ約3倍高いことがわかった(Figure2)。しかし、MAMBO-TはpH>9以降でほとんど消光してしまうことも同時に明らかとなった。その原因を検討した結果、ベンゾトリアゾール部の脱プロトン化によって起こったPeTによる消光機構であることが明らかになった。この問題を克服するためには、蛍光団側の電子受容能を低下させPeTを抑制する方法が考えられる。BODIPY骨格の2、6位に電子供与性基を導入しただけでは塩基性側の蛍光強度はほとんど回復しなかったので(Figure3、MAMBO-PH-T)、BODIPYの新たな構造修飾部位として4位のフッ素に着目した。フッ素を2つメトキシ基に置換すると、BODIPYの分光学的性質をほとんど変えずに酸化電位、還元電位だけを共に約.0.2Vシフトさせることがわかった。

そこで、MAMBOを最適化した構造として4位にメトキシ基を、2、6位にカルボキシルエチル基を導入したMAMBOO-PH(φ=0.005)をデザイン、合成した(Figure1)。NO+と反応するとMAMBOO-PH-T(φ=0.68)を生成し、pH4〜12の範囲で十分な強度の蛍光を発することがわかった(Figure3)。このように、BODIPY骨格の4位置換もPeT過程の精密制御に有用であることが示された。

BODIPYは中性分子であるため細胞内では疎水的環境に存在すると予想される。実際、DAMBO類の細胞内局在を調べたところ、ゴルジ体をはじめとする疎水性部位に局在することがわかった。これは細胞質局在性プローブのDAF類と大きく異なる点である。NOや酸素も中性分子のため疎水的環境に高濃度で存在し、その反応生成物であるN2O3も高濃度で働いていると予想される。DAMBO類が疎水的環境下で蛍光プローブとして機能するかどうか確かめるため細胞外からNO放出剤を添加したところ、蛍光の上昇が見られた。DAF-2の場合はNO+と反応すると細胞外の蛍光も大きく上昇していくのに比べ、DAMBO類では生成したトリアゾール体は細胞外に漏れにくい性質を持つことが明らかとなった。

次に、ウシ大動脈血管内皮細胞より産生される生理的NOを捉えるために高感度プローブであるMAMBOを用いてイメージングを試みたところ、bradykinin刺激により素早い蛍光の上昇が見られた(Figure4)。NO合成酵素阻害剤であるL-NAMEで蛍光上昇が見られなかったことと光学異性体のD-NAMEで阻害がかからなかったことから、確かに内因性のNOを捉えていることが示唆された。細胞質局在性のDAF類でも細胞内での蛍光上昇が見られたが、細胞外の蛍光も同時に上昇した。また、MAMBOに目立った細胞毒性のないことも確認している。

BODIPYを蛍光団とした実用的蛍光プローブの報告はほとんど無く、MAMBOは疎水性部位に局在する実用的な蛍光プローブであることが示された。MAMBOは様々な細胞系に応用可能であり、親水性プローブと組み合わせて用いることで、局在という概念を含んだNO+の新たな知見を得ることができると期待される。

蛍光法によるHNOの検出

HNOはNOの1電子還元種であり、反応性が高く生体内では速やかに代謝される。HNOの研究は主に徐放剤であるAngeli's salt(Na2N2O3)と生体内でのN2Oの検出を根拠に議論されているが、HNOの生体内での作用機序に関してはほとんどわかっていない。そこで、HNOを選択的に検出できる方法を探索した。

化学的にみると、HNOの電子配置は一重項酸素と等しいので、当教室で一重項酸素蛍光プローブとして開発されたDMAX類を適用できないかと考えた。DMAX-2に無酸素下でAngeli's saltを添加すると強い蛍光が見られた。HPLCで生成物を追跡すると、主に2つの化合物が生成していた。これらの化合物を同定したところ、HNOがアントラセンに架橋したepoxyimino(EI)体の2つの異性体であることが確認された(Figure5)。また、DMAX-2-EIは強い蛍光を発するため、高感度にHNOを検出できることも明らかになった。このように、HPLCでのDMAX-2-EIの検出はHNO生成の直接的証拠であると考えられることから、高感度で信頼性の高いHNO検出法であることがわかった。

【結論】

本研究における、多種多様な構造修飾によりPeTを精密に制御することができ論理的に高感度NO+蛍光プローブを開発できた点、バイオイメージングにおいて、疎水的環境下に局在し内因性のNO+を可視化することに成功した点から、BODIPYを母核とした実用的な蛍光プローブの設計法を確立できたといえる。

DMAX-2は水溶液中でHNOと特徴的なEI構造を形成し、強い蛍光を発することが明らかとなった。HPLCを用いることで特異的にHNOを検出でき、HNOの代謝分解過程を検証するツールとして有効であることが示唆された。

Figure1 DAMBO、MAMBO誘導体とNO+との反応

Figure2 競争反応時におけるトリアゾール体の相対生成量

Figure3 MAMBO誘導体のpH特性

Figure4 MAMBOを用いたウシ大動脈血管内皮細胞のイメージング

Figure5 DMAX-2とHNOとの反応

審査要旨 要旨を表示する

活性窒素種(RNS)は酸化ストレスを引き起こし種々の疾患、病態に関与する一方、生命活動に必須な情報伝達の役割も担っているといわれている。一酸化窒素(NO)はRNSの中核を担う二原子分子であり、酸素分子や活性酸素種と反応し多くの活性種を生成する。またNO自身にも3つのレドックス種(NOラジカル、NO+、NO-)が存在しているが、反応性が高く生体内で不安定であることから各々の機能は不透明な部分が多い。蛍光バイオイメージング法は検出対象分子を時空間的に制御した条件で観測できることからRNS研究において非常に有効な手法の一つであるといえる。そのため、これらの活性種を区別して検出できる実用的な蛍光プローブの開発が待ち望まれている。我部君はこのような中、既存のNO+プローブよりもさらに高感度の蛍光プローブの開発、及びNO-を蛍光プローブを用いて検知する手法の確立を目指し、研究に着手した。

高感度NO+蛍光プローブの分子設計と応用

NOは主に生体内で酸素による酸化を受け、N2O3を中間体として生成する。N2O3はNO+を供与できる強力なニトロソ化試薬であり、S-ニトロソ化など様々な生体反応に関わっているが、詳細な機能解明までには至っていない。薬品代謝化学教室ではこれまでに、NO+の検出プローブとしてfluoresceinを母核とするDAF類を開発し、また我部君自身も修士課程において、BODIPYを蛍光骨格とする高感度NO+蛍光プローブDAMBO類を開発した。DAMBOは光誘起電子移動(PeT)の原理に基づいて蛍光のoff/onが制御され、DAF-2に比べて約5倍感度良くNO+と反応することが示された。しかし、生体内ではチオールなどのNO+と反応する分子種が高濃度に存在するため、より高感度で実用的なプローブの開発が重要となる。

DAMBOを更に高感度化するには、(1)NO+との反応性を上昇させる、(2)生成物であるトリアゾール体の蛍光量子収率を上昇させる、という2つの戦略が考えられる。NO+との反応性は反応部位の電子密度に依存しており、また8位のベンゼン環の回転を抑制することで蛍光量子収率が高くなることから、この2つを同時に満たすプローブとして反応部位であるo-phenylenediamine部位に電子供与性のメトキシ基を導入したMAMBOをデザイン、合成した。MAMBOはNO+と反応するとトリアゾール体(MAMBO-T)を生成し、蛍光量子収率が劇的に変化した(φ<0.001→0.47)。反応性も、DAF-2に比べ約15倍、DAMBOに比べ約3倍高いことがわかった。しかし、MAMBO-TはpH>9以降でほとんど消光してしまうことも同時に明らかとなった。その原因を検討した結果、ベンゾトリアゾール部の脱プロトン化によって起こったPeTによる消光機構であることが明らかになった。この問題を克服するためには、蛍光団側の電子受容能を低下させPeTを抑制する方法が考えられる。BODIPY骨格の2、6位に電子供与性基を導入しただけでは塩基性側の蛍光強度はほとんど回復しなかったので、BODIPYの新たな構造修飾部位として4位のフッ素に着目した。フッ素を2つメトキシ基に置換すると、BODIPYの分光学的性質をほとんど変えずに酸化電位、還元電位だけを共に約-0.2Vシフトさせることがわかった。

そこで、MAMBOを最適化した構造として4位にメトキシ基を、2、6位にカルボキシルエチル基を導入したMAMBOO-PH(φ=0.005)をデザイン、合成した。MAMBOO-PHはNO+と反応するとMAMBOO-PH-T(φ=0.68)を生成し、pH4〜12の範囲で十分な強度の蛍光を発することが示され、BODIPY骨格の4位置換もPeT過程の精密制御に有用であることが初めて明らかとなった。

BODIPYは中性分子であるため細胞内では疎水的環境に存在すると予想される。実際、DAMBO類の細胞内局在を調べたところ、ゴルジ体をはじめとする疎水性部位に局在することがわかった。これは細胞質局在性プローブのDAF類と大きく異なる点である。NOや酸素も中性分子のため疎水的環境に高濃度で存在し、その反応生成物であるN2O3も高濃度で働いていると予想される。DAMBO類が疎水的環境下で蛍光プローブとして機能するかどうか確かめるため細胞外からNO放出剤を添加したところ、蛍光の上昇が見られた。DAF-2DAの場合はNO+と反応すると細胞外の蛍光も大きく上昇していくのに比べ、DAMBO類では生成したトリアゾール体は細胞外に漏れにくい性質を持つことが明らかとなった

次に、ウシ大動脈血管内皮細胞より産生される生理的NOを捉えるために高感度プローブであるMAMBOを用いてイメージングを試みたところ、Bradykinin刺激により素早い蛍光の上昇が見られた。NO合成酵素阻害剤であるL-NAMEで蛍光上昇が見られなかったことと光学異性体のD-NAMEで阻害がかからなかったことから、確かに内因性のNOを捉えていることが示唆された。細胞質局在性のDAF類でも細胞内での蛍光上昇が見られたが、細胞外の蛍光も同時に上昇した。このようにMAMBOは細胞内を高いS/N比でイメージングできるとともに、漏れにくい性質から細胞内外を区別してNOの挙動を観察できる利点を有している。また、MAMBOに目立った細胞毒性のないことも確認している。

BODIPYを蛍光団とした実用的蛍光プローブの報告はほとんど無く、MAMBOは疎水性部位に局在する実用的な蛍光プローブであることが示された。MAMBOは様々な細胞系に応用可能であり、親水性プローブと組み合わせて用いることで、局在という概念を含んだNO+の新たな知見を得ることができると期待される。

蛍光法によるHNOの検出

HNOはNOの1電子還元種であり、反応性が高く生体内では速やかに代謝される。HNOの研究は、徐放剤であるAngeli's salt(Na2N2O3)を用いたものと、生体内でのN2Oの検出を根拠に議論されているが、HNOがどのような形で生体に作用しているかはほとんどわかっていない。そこでまず、HNOを選択的に検出できる方法を探索した。

化学的にみると、HNOの電子配置は一重項酸素と等しいので、当教室で一重項酸素蛍光プローブとして開発されたDMAX類を適用できないかと考えた。DMAX-2に無酸素下でAngeli's saltを添加すると強い蛍光が見られた。HPLCで生成物を追跡すると、主に2つの化合物が生成していた。これらの化合物を同定したところ、HNOがアントラセンに架橋したepoxyimino(EI)体の2つの異性体であることが確認された。また、DMAX-2-EIは強い蛍光を発するため、高感度にHNOを検出できることも明らかになった。このように、HPLCでのDMAX-2-EIの検出はHNO生成の直接的証拠であると考えられることから、高感度で信頼性の高いHNO検出法であることがわかった。

以上のように我部君は、生細胞中あるいはin vitro系での蛍光法によるRNS検出法の確立に成功した。高感度NO+蛍光プローブ開発においては、多種多様な構造修飾によりPeTを精密に制御するという設計法を駆使し、真に実用的なNO+蛍光プローブの開発に成功したばかりでなく、実際に生細胞において、その局在性を最大限に活用して細胞内外を区別して対象分子を捉えることができた点も高く評価できる。また本結果は、BODIPYを母核とした実用的な蛍光プローブの設計法の観点からも大きな意義を持つものと考えられる。さらに、HNOという研究が未だ進展していない新たなRNSを高感度に検出する手法の確立に成功したことも、当該分野発展に大きく寄与するものである。すなわちHNO反応部位を有する蛍光プローブであるDMAX-2は、水溶液中でHNOと特徴的なEI構造を形成し、強い蛍光を発することが明らかとなった。HPLCを用いることで特異的にHNOを検出でき、HNOの代謝分解過程を検証するツールとして有効であることが示唆された。以上の結果は、バイオイメージング手法の適用範囲を大きく拡大させるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

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