学位論文要旨



No 121514
著者(漢字) 小林,英樹
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒデキ
標題(和) (+)-Decursivineの合成研究
標題(洋)
報告番号 121514
報告番号 甲21514
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1157号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 助教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

近年、ヘテロ原子を有する縮環系の化合物は医薬品のリード化合物として注目を集めている。また、天然物にもその特徴を有する化合物が数多く知られており、その中にはジヒドロベンゾフラン、8員環ラクタムが縮環した特異な構造を有するインドールアルカロイドであるSerotobenine (1)や(+)-Decursivine (2)などの化合物が知られている。特に 2は抗マラリア作用を有しており、さらに強い活性を有する誘導体へと展開可能な化合物である。筆者はこれらの特異な構造および生理活性に興味を持ち、2の初の全合成を目指して研究に着手した。

【逆合成解析】

当研究室ではEphedradine Aの全合成研究において光学活性なジヒドロベンゾフラン、及びマクロラクタムの効率的な合成法を確立している。これらの方法論を駆使することにより、本化合物の合成が可能であると考えた。

【結果・考察】

まずは、ジヒドロベンゾフランを合成した後に、インドール骨格を構築することとした (Scheme 1)。市販の4-ヒドロキシ安息香酸メチル (3)のアリル化、Claisen転位を経て、ピペロニル基を導入することで4とした。続いてCurtius転位を用いてインドール骨格構築の足がかりとなる窒素原子の導入をした後、ジアゾニウム塩経由でアジド6へと変換した。さらに末端オレフィンを酸化的に切断し、カルボン酸とした後、不斉補助基となる乳酸アミド7を導入してエステル8とした。

この8に対してエステルのa位をジアゾ化し、0.4 mol%のDaviesらの不斉ロジウム触媒を作用させたところ、立体選択的に分子内C-H挿入反応が進行し、望みとする光学活性ジヒドロベンゾフラン10を得ることができた (Scheme 2)。本反応では、乳酸アミドエステルとRh2(R-DOSP)4の組み合わせで高い選択性を発現している。

続いてインドール骨格を構築することにした。この際、アニリンの窒素原子の2つのオルト位のうち立体障害の大きい方にインドール骨格を構築する必要がある (Scheme 3)。そこで、両方にハロゲンを導入した後、立体障害の少ない方だけ選択的に脱ハロゲン化し、それを足がかりに炭素-炭素結合を形成しようと考えた。アジド10を還元してアニリンとした後、臭素を作用させたところアニリンの窒素原子のオルト位へのジハロゲン化が進行し11が得られた。ところが、11の窒素原子をホルミル化し12とした後、立体障害の少ない方のハロゲンのみの選択的な脱ハロゲン化を試みたものの、ラジカル条件、水素添加条件ともに困難であった。

そこでインドール環構築はラクタム合成の後に行うことにした (Scheme 4)。先にラクタムを合成することで、メタシクロファン骨格となるのでインドール合成の位置も制御できると考えた。10のアジドをNsアニリドに変換した後、b-メタリルアルコールより別途合成したアリルアルコール14と光延反応を行い、エステルをペンタフルオロフェニルエステル15とした。つづいてトリブチルホスフィンを作用させるとアジドとのStaudinger反応が進行し、生じるイミノホスホラン16と分子内にある活性エステルによるaza-Wittig反応によってイミノエーテル17が生じ、それを加水分解してメタシクロファン骨格を有する11員環ラクタム18へ変換することができた。そこで次に残るインドール環の構築を行うことにした。ところが、18のオレフィン部分を酸化的に開裂して得られたケトン19に対して、酸性条件、あるいは19を還元してアルコールとした後にキサンテートに変換しラジカル条件でのインドール環構築を試みたものの困難であった。

このようにインドール骨格を合成の終盤で構築するのは困難であることがわかったのでインドール骨格を構築した後にジヒドロベンゾフランを合成することにした (Scheme 5)。

当研究室のインドール合成法に従い、市販の6-ヒドロキシキノリン(21)を出発原料に選択し、水酸基をTBS基で保護した後、チオホスゲンを作用させキノリンを開環し、イソチオシアニドとした。続いて系中に水素化ホウ素ナトリウムを加えアルデヒドを還元することでアルコール22を合成した。このイソチオシアニド22をトリブチルスズヒドリドを用いたラジカル条件に付すことで2位にスズスルフィドを有するインドールエタノールを合成した。そこで、ラネーニッケルを作用させ還元的に2位のC-S結合を切断して23とした。この23に対して、インドールの4位の炭素鎖の導入はクライゼン転位が有効であり、キシレン加熱還流下、位置選択的にクライゼン転位が進行し、24が得られた。続いて、生じた水酸基をピペロニル化した後、インドールの窒素原子をTs基で保護した。この際、エタノール部分の水酸基がクロリドへと変換されるので、アジ化ナトリウムで処理することで、アジド25へと変換した。続いて、末端オレフィン部位を酸化的に3工程でカルボン酸へと変換した後、乳酸アミドを縮合させ、乳酸アミドエステル26とした。ところが、このエステルに対してそのa位をジアゾ化しようとしたが、望みのジアゾエステル27を得ることはできなかった。その理由として、インドール3位と4位の置換基による立体障害が考えられたので、次にインドール3位に置換基を有していない基質を合成することにした。

市販の4-ニトロ-m-クレゾール (28)の水酸基をアリル化し、Leimgruber-Batchoインドール合成法により5-アリロキシインドール (29)へと変換した(Scheme 6)。続いてClaisen転位を行い、望みの4-アリル-5-ヒドロキシインドール (30)を位置選択的に得た。続いて水酸基をピペロニル化し、インドールの窒素原子をTs基で保護した後、末端オレフィンを先程と同様の手法で乳酸アミドエステル 32へと変換した。得られたエステルのa位をジアゾ化し、続いてDaviesらの不斉ロジウム触媒を用いたところ速やかにC-H挿入反応が進行し、望みとするジヒドロベンゾフラン34をジアステレオ選択的に得ることに成功した。

今後は、インドール3位から2炭素増炭した後、ラクタム環の構築を(15→18)で用いている分子内Staudinger-aza-Wittig反応にて行う予定である。

Scheme 1 Reagents and conditions

(a) allyl bromide, K2CO3, DMF, 60 °C, quant.; (b) N,N-diethylaniline, 210 °C, 83%; (c) ArCH2Cl, K2CO3, DMF, 60 °C, 98%; (d) LiOH, MeOH-H2O, 60 °C, 82%; (e) DPPA, Et3N, toluene; allyl alcohol, 90 °C, 92%; (f) Pd(PPh3)4 (1 mol%), pyrrolidine, THF, 79%; (g) NaNO2, HCl aq; Na2CO3, NaN3, acetone, 81%; (h) OsO4 (0.5 mol%), NMO, acetone-H2O; (i) Pb(OAc)4, K2CO3, benzene; (j) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O, 60% (3 steps); (k) 7, WSCD×HCl, DMAP, CH2Cl2, 86%.

Scheme 4 Reagents and conditions

(a) Lindlar's cat., H2, MeOH, 88%; (b) NsCl, pyr, 80%; (c) 14, PPh3, DEAD, toluene, 0 °C; (d) Ba(OH)2, THF-MeOH-H2O; (e) PfpOH, WSCD×HCl, DMAP, CH2Cl2, 58% (3 steps); (f) n-Bu3P, toluene; evaporation; MeCN-H2O, 80 °C, 74%; (g) OsO4, NMO, acetone-H2O; (h) Pb(OAc)4, K2CO3, benzene.

Scheme 5 Reagents and conditions

a) TBSCl, Im, DMF, 97%; b) CSCl2, Na2CO3, THF-H2O, -10 °C; NaBH4, MeOH, 73%; c) n-Bu3SnH, AIBN, toluene, 100 °C; d) Raney-Ni, EtOH, 72%(2 steps); e) TBAF, AcOH, THF; f) allyl bromide, K2CO3, DMF, 81%(2 steps); g) xylene, reflux, 82%; h) ArCH2Cl, K2CO3, DMF, 60 °C, 83%; i) TsCl, i-Pr2NEt, 49%; j) NaN3, TBAI, DMF, 100 °C, 72%; k) OsO4, NMO, acetone-H2O,: l) Pb(OAc)4, K2CO3, benzene; m) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O; n) 7, WSCD・HCl, DMAP, CH2Cl2, 70% (4 steps);

Scheme 6 Reagents and conditions

a) allyl bromide, K2CO3, DMF, 60 °C, 92%; b) pyrrolidine, Me2NCH(OMe)2, DMF, 100 °C; c) Na2S2O4, K2CO3, THF-H2O, 50% (2 steps); d) 1,2,3,5-tetramethylbenzene, reflux, 52%; e) ArCH2Cl, K2CO3, DMF, 61%; f) TsCl, NaOH, CH2Cl2,; g) OsO4, NMO, acetone-H2O,: h) Pb(OAc)4, K2CO3, benzene; i) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O; j) 7, WSCD・HCl, DMAP, CH2Cl2, 31% (5 steps); k) TsN3, DBU, MeCN, 40%; l) Rh2(R-DOSP)4, ClCH2CH2Cl, 60 °C, 80%, 83% de

審査要旨 要旨を表示する

(+)-Decursivine(1)は、ジヒドロベンゾフラン、8員環ラクタムが高度に縮環した特異な構造を有するインドールアルカロイドである。本化合物は抗マラリア作用を有することが明らかとなり、さらに強い活性を有する誘導体へと展開可能な化合物である。このように複雑な骨格を有する化合物であるため、これまでに全合成の報告が全くない化合物であるが、小林は近年当研究室で開発された手法を応用することでそれぞれの骨格を効率よく合成した。

まず、小林はジヒドロベンゾフランを合成した後に、インドール骨格を構築するルートの検討をした(Scheme1)。市販の4-ヒドロキシ安息香酸メチル(2)より11工程を経て、乳酸アミドを不斉補助基として用いたエステル3を合成した。得られた3のエステルのα位をジアゾ化した後、Daviesらの不斉ロジウム触媒を作用させ、立体選択的に分子内C-H挿入反応が進行した光学活性ジヒドロベンゾフラン4をトランス選択的、かつジアステレオ選択的に合成することに成功した。本反応では、乳酸アミドエステルとRh2(R-DOSP)4の組み合わせで高い選択性を発現している。続いて、マクロラクタム環の構築を行った。その前駆体となる分子内に活性エステルとアジドを有する5を合成した後、トリブチルホスフィンを作用させてアジドとのStaudinger反応を行なった。ここで、生じたイミノホスホランが分子内にある活性エステルとaza-Wittig反応を起こしイミノエーテルが生じ、それを加水分解してメタシクロファン骨格を有する11員環ラクタム6へ変換された。そこで次に残るインドール環の構築を行ったところ、6のオレフィン部分を酸化的に開裂して得られたケトン7に対して、酸性条件、あるいはラジカル条件でのインドール環構築を試みたものの望む渡環的反応に成功するには至らなかった。

このようにインドール骨格を合成の終盤で構築するのは困難であったので、小林はインドール骨格を構築した後にジヒドロベンゾフランを合成することにした。

インドールの3位にC2ユニットを導入した9に対して、エステルのα位へのジアゾ化を試みたものの反応は進行しなかった(Scheme2)。その理由としてインドールの3位と5位に囲まれているための立体障害であると考えた小林は3位に置換基を有しない基質の合成を行った。

市販の4-ニトロ-m-クレゾール(11)の水酸基をアリル化し、Leimgruber-Batchoインドール合成法により5-アリロキシインドール(12)へと変換した(Scheme3)。次に、Claisen転位を行い、望みの4-アリル-5-ヒドロキシインドール(13)を位置選択的に得た。続いて水酸基をピペロニル化し、インドールの窒素原子をTs基で保護した後、末端オレフィンを先程と同様の手法で乳酸アミドエステルへと変換し、得られたエステルのα位をジアゾ化してジアゾエステル14とした。続いてDaviesらの不斉ロジウム触媒を用いたところ速やかにC-H挿入反応が進行し、望みとするジヒドロベンゾフラン15を得ることに成功した。現在までにこのインドールの3位にブロモ基を導入することに成功し目的化合物まで数段階を残すところとなった。

以上のように、小林は顕著な生物活性を有する(+)-Decursivine(1)の全合成を目的として研究を行い、光学活性体の全合成および類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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