学位論文要旨



No 121518
著者(漢字) 田島,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) タシマ,トシヒコ
標題(和) デヒドロアビエチン酸構造を基盤としたカリウムチャネル開口物質の創製
標題(洋)
報告番号 121518
報告番号 甲21518
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1161号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

目的

大コンダクタンスカルシウム依存性カリウムチャネル(BKチャネル)は、細胞膜電位の脱分極や細胞内カルシウムイオン濃度上昇に応じて開口する。BKチャネル開口による細胞外へのカリウムイオン流出は膜電位を過分極させ、膜電位依存性カルシウムチャネルを抑制する。BKチャネルは平滑筋・神経組織などに発現しており、αサブユニットが四量体としてポアを形成し、更に四つのβサブユニットがαサブユニットを取り囲んでチャネルを構成している(図1)。αサブユニットは、膜貫通ドメイン(S0-S6)と細胞質内ドメイン(S7-S10)を持つ。S4は電位センサーで、S9-S10間のCa2+bowlはカルシウムセンサーであると考えられている。βサブユニットはαサブユニットのカルシウムイオン感受性や電位感受性を増強させる。BKチャネルの開口により、平滑筋の弛緩経伝達物質の放出制御などが起こるため、BKチャネル開口物質は高血圧・膀胱過敏症等の平滑筋関連疾患、てんかん・脳虚血等の脳関連疾患などに有効であると期待される。しかしながら、化合物によるBKチャネルの開口機構は未知である。当教室では既に12、14-ジクロロデヒドロアビエチン酸1にBKチャネル開口活性を見出した2。そこで、本研究では、1を構造展開し、より活性の強いモノマー化合物の探索を行った。更に、得られた知見を基に、四量体から成るBKチャネルに対して二箇所の結合部位を持つことで効果的な開口活性を示すダイマー化合物を創製した。

構造展開

チャネル開口活性の増強を目指して、(1)デヒドロアビエチン酸構造を用い、構造活性情報を得るため、芳香環上に窒素原子を導入し、13位N-アシル誘導体を合成した(スキームI)。(2)次に、新たな構造展開を図るべく、デヒドロアビエチン酸のB環に窒素原子を導入した七員環ラクタム(テトラヒドロベンゾアゼピン)誘導体を合成した(スキームII)。(3)ファーマコフォアをリンカーで結合したダイマー化合物をデザイン・合成した。即ち、チャネル構造の対称性から結合サイトも四箇所存在すると考えられ、ダイマー化合物は同一チャネルの結合サイトに同時に結合することが想定される。結果、モノマーよりも活性の増強が期待される。ウサギ膀胱平滑筋を用いた弛緩作用によって選別されたモノマー5(図2参照)をダイマー化した化合物の合成法をスキームIIIに示した。ダイマーはベンゼン環のオルト・メタ・パラ位にアセチレンを介して連結させた。X線結晶解析により、電位依存性カリウムチャネルKcsA、KirBac、MthK、KvAPのポアの径はそれぞれ6Å、8Å、25Å、19Åであることが分かっている。前者二つが閉状態で、後者二つが開状態である。カリウムチャネルスーパーファミリー間ではポアのアミノ酸配列はよく保存されており、BKチャネルのポアの径も6-25Å程度であると予想される。BKチャネル開口物質の構造活性相関により、カルボキシル基はBKチャネル開口活性の発現に必須であることが分かっており、各ダイマーのカルボキシル基間の距離は、このポアの大きさと対応している。

活性評価

ウサギの膀胱平滑筋の弛緩活性により、化合物のスクリーニングを行った。即ち、30mMカリウム溶液で収縮させた状態で評価化合物を作用させ、その弛緩率を求めた(図3)。評価化合物はDMSOに溶かして10mMストック溶液とし、評価時に精製水で希釈して最終濃度10μM(DMSO 0.1%)とした。よって、コントロールはDMSO 0.1%として弛緩を比較した。図2では活性を示した化合物を図の上段に、他方、活性を示さなかった化合物を下段に列挙した。1)その結果、N-アセチル体2には弛緩活性があるが、それよりも側鎖の長いN-ブチリル体3では弛緩活性が減弱するため、ダイマー化では芳香環からはリンカーが伸ばせない。2)七員環ラクタム誘導体では、ジクロロ体に於いてNH体6は弱い活性のある可能性があるが、N-Me体5には有意な活性が見出された。また、塩素原子のないNH体4にも有意な活性が見られた。次に、平滑筋弛緩が実際にBKチャネル開口によるものなのかを、ヒトBKチャネルαβ1サブユニットを発現させたtsA201細胞を用いたパッチクランプ実験で確認した。その際、最大電流の半値を活性化する電圧をV1/2と称するが、BKチャネルが開き易くなると電流電圧曲線が過分極側にシフトするので、負のV1/2値を与えるほど化合物の活性は強い(図4)。ジクロロ体のN-Me体5に開口活性があり、塩素のないN-Me体7には活性がなかった。そこで、ベンゼン環に塩素原子を持つダイマーについて評価したところ、オルト8、メタ9、パラ10で活性が保持されたが、V1/2値にそれほど相違はなかった。V1/2値の差が小さいため、化合物の共通構造が一つの結合サイトと相互作用していると考えられる。一方、塩素原子を含まないダイマー11を合成して評価したところ、活性が確認された。従って、7と11の比較からリンカー自体もBKチャネル開口活性に関与する可能性が示唆され、12-14(図2参照)のような部分構造を合成し、平滑筋弛緩作用を評価したところ、活性を示した(図3)。更にパッチクランプ法によっても、13や14に5や7よりも大きな活性増大が見られ、側鎖のベンゼン環も含めてBKチャネル開口活性に関与していることが判明した。

結論

BKチャネルが四量体を成すという構造学的知見から、5をリンカーで締結したダイマーをデザイン・合成して生物学的評価を行った。ダイマーはBKチャネル開口活性を保持しているが、BKチャネルに二箇所ではなく、一箇所で結合し、その結合には共通構造のリンカー部分も関与してBKチャネル開口活性を示していることが示唆された。つまり、ダイマーの共通構造を有する化合物13に1を上回るBKチャネル開口活性のあることが明らかになった。デヒドロアビエチン酸B環を七員環ラクタムにしたテトラヒドロベンゾアゼピン骨格がBKチャネル開口物質創製の新たなファーマコフォアであることを見出した

図1.BKチャネル

図2.膀胱平滑筋の弛緩活性評価

図3.ウサギ膀胱平滑筋短冊を用いた弛緩活性

図4.電流電圧曲線のV1/2のシフト値(パッチクランプ法)

負の値が過分極側方向へのシフトを表す。

Sha. Y., Tashima. T., et al. Chem. Pharm. Bull., 53, 1372-1373 (2005).Ohwada. T., et al. Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 13, 3971-3974 (2003).Tashima. T., et al. “Design, Synthesis and BK Channel Opening Activity of 7a,8,9,10,11,11a-Hexahydro-5H,7H-dibenzo[b,d]azepin-6-one Derivatives”, in preparation
審査要旨 要旨を表示する

田島俊彦は、「デヒドロアビエチン酸構造を基盤としたカリウムチャネル開口物質の創製」と題し、以下の研究を行なった。

目的

大コンダクタンスカルシウム依存性カリウムチャネル(BKチャネル)は、細胞膜電位の脱分極や細胞内カルシウムイオン濃度上昇に応じて開口する。αサブユニットが四量体としてポアを形成し、更に四つのβサブユニットがαサブユニットを取り囲んでいる。平滑筋・神経組織などに発現するBKチャネルの開口により、平滑筋の弛緩、神経伝達物質の放出制御などが起こるため、BKチャネル開口物質は高血圧・膀胱過敏症・てんかん・脳虚血などに有効であると期待される。しかし、化合物によるBKチャネルの開口機構は未知である。薬化学教室では既に12、14-ジクロロデヒドロアビエチン酸1にBKチャネル開口活性を見出した。そこで、本研究では、1を構造展開し、より活性の強いモノマーの探索を行った。更に、得られた知見を基に四量体から成るBKチャネルに対して二箇所の結合部位を持つことで効果的な開口活性を示すダイマー物を創製した。

構造展開

チャネル開口活性の増強を目指して、デヒドロアビエチン酸構造を用い、構造活性情報を得るため、13位N-アシル誘導体を合成した。次に、新たな構造展開を図るべく、デヒドロアビエチン酸のB環を修飾した七員環ラクタム誘導体を合成した。また、チャネル構造の対称性から、ダイマーは同一チャネルの結合サイトに同時に結合して、モノマーよりも強い活性を示すことが期待される。膀胱平滑筋の弛緩作用によって選別されたモノマー5(図1参照)をダイマー化した化合物の合成法をIに示した。

活性評価

ウサギ膀胱平滑筋の弛緩活性により、化合物の評価を行った。即ち、30mMカリウム溶液で収縮させた状態で評価化合物を作用させ、その弛緩率を求めた(図2)。評価化合物は最終濃度10μM(DMSO 0.1%)とし、コントロールはDMSO0.1%として弛緩を比較した。図1では活性を示した化合物を上段に、活性を示さなかった化合物を下段に列挙した。その結果、N-アセチル体2には弛緩活性があるが、それよりも側鎖の長いN-ブチリル体3では弛緩活性が減弱するため、ダイマー化では芳香環からはリンカーが伸ばせない。七員環ラクタム誘導体では、ジクロロ体ではNH体6は弱い活性のある可能性があるが、N-Me体5には有意な活性が見出された。次に、平滑筋弛緩が実際にBKチャネル開口によるものなのかを、ヒトBKチャネルαβ1サブユニットを発現させたtsA201細胞を用いたパッチクランプ実験で確認した(図3)。ジクロロ体N-Me体5に開口活性があり、塩素のないN-Me体7には活性がなかった。そこで、ベンゼン環に塩素原子を持つダイマーを評価したところ、8、9、10で活性が保持されたが、V1/2値にそれほど相違はなかったため、化合物の共通構造が一つの結合サイトと相互作用していると考えられる。一方、塩素原子のないダイマー11を評価したところ、活性が確認された。従って、7と11の比較からリンカー自体もBKチャネル開口活性に関与することが示唆され、12-14(図1参照)のような部分構造の平滑筋弛緩作用を評価したところ、活性を示した(図2)。更にパッチクランプ法によっても、13や14に5や7よりも大きな活性増大が見られ、側鎖のベンゼン環も含めてBKチャネル開口活性に関与していることが判明した。

以上のように、5をBKチャネルが四量体を成すことからダイマー化した化合物はBKチャネル開口活性を保持したが、BKチャネルに二箇所ではなく、一箇所で結合し、その結合には共通構造も関与してBKチャネル開口活性を示すことが示唆された。つまり、ダイマーの共通構造を有する化合物13に1を上回るBKチャネル開口活性のあることが明らかになった。デヒドロアビエチン酸B環を七員環ラクタムにしたテトラヒドロベンゾアゼピン骨格がBKチャネル開口物質創製の新たなファーマコフォアであることを見出した。

本研究の成果はメディシナルケミストリーの基礎研究に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認められる。

図1.膀胱平滑筋の弛緩活性評価

図2.ウサギ膀胱平滑筋短冊を用いた弛緩活性

図3.電流電圧曲線のV1/2のシフト値(パッチクランプ法)

負の値が過分極側方向へのシフトを表す。

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