学位論文要旨



No 121523
著者(漢字) 渡邊,学
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マナブ
標題(和) Histrionicotoxin の合成研究
標題(洋)
報告番号 121523
報告番号 甲21523
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1166号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 講師 杉浦,正晴
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

ヒストリオニコトキシン(1)は、南米に棲息するハイユウヤドクガエル(Dendrobates histrionicus)の表皮から抽出される神経毒として知られるアルカロイドである1。その作用機序はニコチン型アセチルコリン受容体への非競合的阻害であり、シナプス伝達の機構や受容体の結合部位を解明するうえで重要な化合物である。また合成化学的にも、アザスピロ骨格や1,3-アミノアルコール、側鎖のエンイン部位の構築に関して興味深い化合物である。このため多くの合成研究が行われ、Kishiらによる初の全合成2から現在までにStork、Holmesらによって不斉全合成3が達成されている。私はヒストリオニコトキシンの立体化学を高度に制御した効率的全合成を目指し本研究に着手した。

【アジリジンを経る合成経路】

まず始めに、アジリジンの立体選択的構築、位置選択的開環を鍵とする合成経路を計画した(Scheme 1)。市販の3-エトキシシクロヘキセノン(2)から置換シクロヘキセノン3とした後に、末端のオレフィンをジメチルアセタールとしたアジリジン形成反応前駆体6を効率的に合成した。シクロヘキセノール6に、N-アミノキナゾロン7およびヨードベンゼンジアセテートを作用させると、シス体のヒドロキシアジリジン8を立体選択的に得ることができた4。続いてBirch還元の条件に付して窒素-窒素結合の切断を行った後に、トシルアミドに変換し活性なアジリジン9とした。9にベンゼン中テトラブチルアンモニウムシアニドを作用させるとアジリジンの開環反応が進行し、位置選択性に問題は残るものの、3つの連続する立体化学を制御できた。得られた10をCSAで処理すると環化反応が進行して、ヒストリオニコトキシンの基本骨格であるアザスピロウンデカン骨格を有する11へ変換できた。続いて、水酸基を保護した後に、ルイス酸存在下アリルトリメチルシランを作用させると、イミニウム塩に対する付加が進行し、ジアステレオマー比4:1で2-アリル体12が得られた。12のNOE測定の結果より、主生成物は望みの立体化学を有していることが分かったが、続くシアノ基の変換が困難であったために本合成経路を断念することとした。

【デカリン骨格を経る合成経路】

Scheme 2に示した新たな逆合成解析を行った。ヒストリオニコトキシンの2位への側鎖の導入に関する上記の検討結果をもとに、1-アザスピロウンデカン骨格を有する13を重要中間体と設定した。13は14の7位側鎖の伸長、アミノ基とアルデヒドとの環化反応によって構築できると考えた。そこで、オクタリン骨格を有する二環性化合物15の二重結合の酸化的切断および増炭反応によって14を合成することとした。したがって、15の3つの連続する立体化学を制御することが課題となる。この立体制御はビシクロ化合物の特性を利用した還元によって制御できると考え、Robinson環化反応によって容易に得られるエノン16を出発原料に選択した。

二環性化合物15の合成は以下のように行った。まず、エノン16のオレフィンの異性化を伴ったケトンのケタールへの保護を行い17とした後に、還元および酸化反応を経て、カルボン酸19へ導いた(Scheme 3)。19をCurtius転位反応の条件に付すことで、立体的に混んだ位置へ窒素官能基を収率良く導入することに成功した。次に、オレフィン20のm-クロロ安息香酸メチルを用いたエポキシ化反応を試みたところ、窒素原子のキレート効果のために高立体選択的に反応が進行した。さらに、ケタール21の加水分解を行うとエポキシドの開環を伴いヒドロキシエノン22を得た。続いて、ケトンをヒドラゾン23へと変換し、カテコールボランを用いた立体選択的な還元、窒素の放出を伴ったジアゼン24のシグマトロピー反応5によってオレフィン25を連続する不斉中心を制御して得ることに成功した。

続いて、25からアザスピロ環化合物への変換を行った(Scheme 4)。25の2級水酸基をMOM基で保護した26を四酸化オスミウム、過ヨウ素酸ナトリウムで処理すると、アルデヒドに対する窒素原子からの環化が進行し、アルデヒドおよびヘミアミナールを有するスピロ化合物27が得られた。27のアルデヒド部位を改良Gilbert試薬によってアセチレン28へと導き、ヘミアミナール部位は水素化ホウ素ナトリウムによって還元的に開環し1級アルコール29とした。水酸基を二工程でニトリル30とした後、水素化ジイソブチルアルミニウムを用いてアルデヒドへ還元し、酸処理することでヒストリオニコトキシンの基本骨格を有するエナミン31を得ることができた。

エナミン31に対し、側鎖の導入および、その後の変換を行った(Scheme 5)。ルイス酸存在下、アレニルスタンナンを31に作用させ2位にプロパルギル基を導入した。この時点では、2位の立体化学を決定することができなかったため、混合物のまま続く変換を行った。32の末端アルキンのヨウ素化によって得られるヨードアルキン33を、ジイミド還元によってシス体のヨウ化ビニル34へZ選択的に変換した。さらに34の主生成物をトリメチルシリルアセチレンとの薗頭カップリングによって、エンイン構造を持った35へ導いた。以上のようにヒストリオニコトキシンのすべての炭素骨格を導入した化合物を合成できたが、34のNOE実験を行ったところFigure 1のような相関が観測され、主生成物が望みとは逆の立体化学を有していることが分かった。

2位の側鎖導入反応の立体選択性にはアミンやアルコールの保護基、7位の側鎖の嵩高さが影響を及ぼしていると考えられる。そこで、アザスピロ骨格を構築する前に保護基を変換した基質へ導き、プロパルギル化反応を検討することとした。アミノ基の保護基であるメトキシカルボニル基の脱保護条件を検討した結果、30から二工程で得られる36において、脱保護可能であった(Scheme 6)。36に対して、ヨードトリメチルシランを作用させると、MOM基およびメトキシカルボニル基が脱保護されたアミノアルコール37が得られた。さらに水酸基をTBS基で、アミノ基をp-ニトロベンゼンスルホニル基で保護した39へ導いた。今後は40を用いて、2位の立体選択的な側鎖導入の検討を行い、ヒストリオニコトキシンの全合成を行う予定である。

Daly, J. W.; Karle, I.; Myers, C. W.; Tokuyama, T.; Waters, J. A.; Witkop, B. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1971, 68, 1870. DCarey, S. C.; Aratani, M.; Kishi, Y. Tetrahedron Lett. 1985, 26, 5887. D(a) Stork, G.; Zhao, K. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 5875. (b) Williams, G. M.; Roughley, S. D.; Davies, J. E.; Holmes, A. B. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 4900. (c) Davison, E. C.; Fox, M. E.; Holmes, A. B.; Roughley, S. D.; Smith, C. J.; Williams, G. M.; Davies, J. E.; Raithby, P. R.; Adams, J. P.; Forbes, I. T.; Press, N. J.; Thompson, M. J. J. Chem. Perkin Trans. 1 2002, 1494. DAtkinson, R. S.; Kelly, B. J. Chem. Commun. 1988, 624. DKabalka, G. W.; Yang, D. T. C.; Baker, J. D., Jr. J. Org. Chem. 1976, 41, 574.
審査要旨 要旨を表示する

ヒストリオニコトキシン(1)は、南米に棲息する矢毒ガエルの表皮から抽出される神経毒として知られるアルカロイドである。その作用機序はニコチン型アセチルコリン受容体への非競合的阻害であり、シナプス伝達の機構や受容体の結合部位を解明するうえで重要な化合物である。また合成化学的にも、アザスピロ骨格や1,3-アミノアルコール、側鎖のエンイン部位の構築に関して興味深い特徴を有している。このため多くの合成研究が行われ、Kishiらによる初の全合成から現在までにStork、Holmesらによって不斉全合成が達成されている。そこで、渡邊は、類縁体合成を視野に入れたヒストリオニコトキシンのより効率的な全合成を目指して研究を行った。

全合成を行うためには、シクロヘキサン環の3つの連続する立体化学を制御する必要があるが、渡邊はデカリン環の特性を利用して立体制御を効率的に行った。まず、容易に合成可能なエステル2から導いたカルボン酸3に対してCurtius転位反応を行い、立体的に混んだ位置へ窒素官能基を収率良く導入することに成功した(Scheme1)。得られたオレフィン4にm-クロロ安息香酸メチルを作用させ、高立体選択的なエポキシ化反応を行い酸素官能基の導入を行った。さらに、ケタール5の加水分解を行うとエポキシドの開環を伴いエノン6を与えた。続いて、ケトンをヒドラゾン7へと変換しカテコールボランを用いた立体選択的な還元後、ジアゼンのシグマトロピ−反応によって3つの連続する立体化学を制御した二環性化合物8を効率良く得ることに成功した。

続いて、8からアザスピロ環化合物への変換を行った(Scheme2)。9から10へ導いた後、アルデヒド部位を改良Gilbert試薬(11)によってアセチレン12へ変換し、ヘミアミナール部位を水素化ホウ素ナトリウムによって還元的に開環し1級アルコール13とした。続いて、水酸基を2工程でニトリル14とした後、水素化ジイソブチルアルミニウムを用いてアルデヒドへ還元し、酸処理することでヒストリオニコトキシンの基本骨格を有するエナミン15を得ることができた。次にエナミン15から側鎖の構築を行った。ルイス酸存在下、アレニルスズを15に作用させ2位にプロパルギル基を導入した。この時点では、2位の立体化学を決定することができなかったため、渡邊は混合物のまま続く変換を行った。アセチレン16の末端アルキンのヨウ素化によって得られるヨードアセチレンを、ジイミド還元によってシス体のヨウ化ビニル17へZ選択的に変換した。さらに17の主生成物をトリメチルシリルアセチレンとの薗頭カップリングによって、エンイン構造を持った18へ導いた。NOE相関の結果より、主生成物が望みとは逆の立体化学を有していることが分かったが、ヒストリオニコトキシンのすべての炭素骨格を導入した化合物を合成できたことは評価できるものである。

一方、渡邊は別経路で合成したエナミン19に対してプロパルギル化を行ったところ、望みの立体でアセチレン20が得られるという知見も得ている(Scheme3)。従って、今後はアミンの保護基などを検討することで、2位の立体化学の問題を解決し、ヒストリオニコトキシンの全合成が達成されるものと確信している。

以上のように、渡邊は興味深い構造を有するヒストリオニコトキシンの全合成を目的として研究を行い、その基本骨格を立体選択的に構築する合成経路を確立し、その全合成への道を切り開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた

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