学位論文要旨



No 121527
著者(漢字) 大橋,愛美
著者(英字)
著者(カナ) オオハシ,ヨシミ
標題(和) 大腸癌細胞における高転移性と肝特異的転移性の分子基盤
標題(洋)
報告番号 121527
報告番号 甲21527
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1170号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 助教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序】

大腸癌の血行性肝転移は患者の予後を決定する主要な因子であるが、いかにして転移性の癌細胞が生じるかは解明されていない。臨床標本の解析から、原発腫瘍が異なる細胞の集団であること、悪性度の高い癌細胞が原発腫瘍の大部分を占めるように変わっていくこと、その集団にしばしばジェネティックやエピジェネティックな変化を起こした癌細胞が含まれることが明らかにされてきた。しかし臨床所見からは転移の最終点しか観察できず、原発腫瘍から悪性度の高い転移性癌細胞が生じる過程を連続的に観察し解析することは不可能である。動物を用いた転移実験モデルは、転移性の癌細胞のもつ形質を明らかにするために有用であるばかりでなく、転移性の癌細胞を生じる過程と機構の解明に役立つ。本研究では、C57BL/6マウスに同種同系な大腸癌細胞株colon 38細胞を移植する動物実験モデルを用い、肝転移形成に至る過程を制御する複数の形質変化とその分子基盤を明らかにすることを目指した。

Fidlerらは「原発腫瘍は高い転移能をもつ細胞を含む多様な集団から成る」という仮説をたて、実験的転移による癌細胞の選別(in vivo選別)を繰り返して肺に高転移性を示すバリアントを樹立した。当研究室の森本は同様に、colon 38細胞を脾臓に移植して得られた肝転移結節を回収、培養して再び脾臓に移植する操作を4回繰り返すことにより、肝臓に高転移性のバリアントSL4細胞を樹立した。SL4細胞ではcolon38細胞に比べて、浸潤性や運動性は増強していないが、接着と非接着の両条件下で高い増殖性を示し、特に非接着条件下でG1 停止を起こさなかった。そこで本研究ではSL4細胞が高い増殖性と転移性を獲得する過程と機構の解明を試みた。

一方、転移が臓器特異的に生じることはよく知られており、消化器癌は主に肝臓へ転移する。Pagetらは「転移の成立は癌細胞(Seed)の増殖に適した臓器環境(Soil)にのみ可能である」という仮説を提唱した。複数のグループは、肝実質細胞表面に特異的に発現するgalactose/N-acetylgalactosamine(Gal/GalNAc)特異的レクチンのAsialoglycoprotein receptor(Asgr)と癌細胞表面に発現するGal/GalNAc糖鎖との結合が、肝特異的な転移の形成に重要である可能性を提案しているが、分子レベルでの証明はなされていなかった。そこでAsgr1欠損マウスにおけるcolon 38細胞の肝転移性を評価した。

【方法と結果】

SL4細胞の異なる臓器における転移性

SL4細胞は臓器特異的な高転移性を示すのか否かを検証した。

脾注脾摘モデル

脾臓における腫瘍の増殖が肝転移性に及ぼす影響を排除している脾注脾摘モデルの肝転移形成頻度は、colon 38群で60%(6/10)であったのに対しSL4群で100%(10/10)だった。

同所移植モデル

癌細胞(5x105 cells)を盲腸漿膜下に移植し、19日目にマウスを犠牲死させ転移能を評価した。肝転移形成頻度はcolon 38群で0%(0/8)であったのに対しSL4群で63%(5/8)だった。

尾静注肺転移モデル

肝臓の他に、頻度は低いが肺が大腸癌の遠隔転移先として知られている。尾静注肺転移モデルでは、肺転移形成頻度はcolon 38 で27 %(3/11)であったのに対しSL4群で100%(11/11)だった。肺転移結節数はSL4群の方がcolon 38群に比べて有意に高かった(p < 0.005)。

以上の結果から、肝転移による選別によって得られたSL4細胞は、肝へ高い転移性を示すだけでなく、肺へも高い転移性を示すことが明らかになった。

高肝転移性バリアントSL4細胞の高い増殖性を規定する分子基盤の解明 接着条件下および非接着条件下におけるcolon 38細胞とSL4細胞のmRNA発現量の網羅的解析

接着条件下のcolon 38細胞とSL4細胞から得たmRNAを用いて、Affymetrix社Murine Genome U74Av2 chipにて発現量を網羅的に解析し、差異がある遺伝子を「接着条件下でSL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子」とした。次に、接着条件下と非接着条件下で両細胞から得たmRNA を用いてアレイ解析し、接着条件から非接着条件にするとcolon 38細胞では発現量に差異があるが、SL4細胞では差異がない遺伝子を「非接着条件下でSL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子」とした。2つのグループに共通する既知の遺伝子は16個あり、RT-PCR法によって発現の差異を確認した結果、このうち7遺伝子を「SL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子の候補」とした。その内訳は、chemokine (C-C motif) ligand 2、erythrocyte protein band 4.1-like 4a、procollagen type VI alpha 1 、aquaporin 1、Insulin-like growth factor binding protein 6、cyclin- dependent kinase inhibitor 2a遺伝子であるp16INK4a遺伝子とそのalternative splicing variantであるp19ARF遺伝子だった。

in vivo選別の段階で得られたバリアントにおける7候補遺伝子の発現と肝転移性の関係

colon 38細胞とin vivo選別の各段階で得られたSL1, SL2, SL3, SL4, SL5の各バリアントについて、上記7遺伝子の発現を解析した。5遺伝子は各選別により段階的に発現量が変化したのに対し、p16INK4a遺伝子とp19ARF遺伝子の発現は、SL3, SL4, SL5細胞でサイレンシングだった。この結果はタンパク質の発現においても再現された。次に各バリアントの増殖性を、接着条件下ではWST-1 アッセイにて、非接着条件下では軟寒天培地中のコロニー形成数にて評価した。増殖性はどちらも各選別の過程で上昇するが、SL2細胞とSL3細胞の間に大きな差があることが判明した(p < 0.001)。また各バリアント(1x106 cells)を脾臓に移植し4分後に脾臓を摘出し、14日目に犠牲死させ、実験的転移能を評価した。肝転移形成頻度と肝臓重量は、各選別により段階的に上昇するが、SL2細胞とSL3細胞の間に大きな差がみられた(p < 0.001)。以上の結果から、高い増殖性や転移性の獲得に伴い複数の遺伝子の発現変化が並行して生じること、それらの遺伝子の中でp16INK4a とp19ARFの発現がサイレンシングになることと高い増殖性、転移性の獲得が相関することが示された。

SL3, SL4, SL5細胞におけるp16INK4a, p19ARF遺伝子発現のサイレンシングの原因解析

癌細胞株や臨床標本で、p16INK4aとp19ARF遺伝子の発現がメチル化または欠損によってサイレンシングになることが多数報告されている。そこで、SL3, SL4, SL5細胞を脱メチル化剤5-aza-2'-deoxycytidineにて処理し発現が回復するか調べたが、両遺伝子とも発現が回復しなかった。次にゲノムDNAを鋳型にして、これらの遺伝子およびしばしば同時に欠損していることが報告されている近傍のマイクロサテライトマーカー遺伝子の存在を、PCR増幅により調べた。SL3, SL4, SL5細胞では、これらの遺伝子が増幅せず、p16INK4aとp19ARF遺伝子の欠損が示唆された。

以上の結果から、大腸癌の原発腫瘍をin vivoで転移性を指標に選別を繰り返すと増殖性が上昇していくこと、その分子機構として転写の調節とゲノムの欠損という2つの機構が起きていることが、実験モデルで初めて示された。

肝特異的転移の成立を規定する分子基盤の解明

colon 38細胞の転移形成に肝臓に特異的な要因があるかどうかを検証するため、肝実質細胞の表面に特異的に発現するAsgrとcolon 38細胞表面の糖鎖との結合が肝転移の成立を規定する可能性を調べた。

Asgr1欠損マウスにおけるcolon 38細胞の肝転移形成頻度

colon 38細胞(1x106 cells)を、Asgr1欠損マウスと同腹野生型マウスの脾臓に移植し4分後に脾臓を摘出し、28日目にマウスを犠牲死させて転移能を評価した。肝転移形成頻度は、同腹野生型マウス群で68%(11/16)であったのに対し、Asgr1欠損マウス群で29%(5/17)に低下した。

D-Galの連続投与によるcolon 38細胞の肝転移形成頻度の阻害効果

colon 38細胞(1x106 cells)を脾臓に移植し4分後に脾臓を摘出した。脾摘1時間前、及び脾摘後8時間ごと3日間(計10回)D-Gal (2 mg/g B.W.)を尾静注し、14日目にマウスを犠牲死させて転移能を評価した。肝転移形成頻度は、生理食塩水投与群で60%(6/10)であったのに対し、D-Gal投与群で9%(1/11)に低下した。

以上より、肝転移形成において宿主Asgrと癌細胞表面に発現するGal/GalNAc結合性糖鎖の結合の重要性が証明され、この結合性は臓器特異性を決定するだけでなく、治療の対象となることが判明した。

【まとめ】

動物実験モデルを用い、原発腫瘍から悪性度が上昇し高転移性の細胞が獲得される過程が解析できた。

大腸癌細胞が進行度にかかわらず持っている性質に肝特異的な転移性があり、これを規定する分子として宿主肝実質細胞表面に発現するAsialoglycoprotein receptorと癌細胞の接着が重要であること、その接着をガラクトース投与によって阻害し、転移を抑制できることが判明した。

またin vivo選別の過程を追跡した結果、増殖性が高い細胞が原発腫瘍の中で増加して転移性が上昇すること、原発腫瘍の中に細胞増殖に関わる遺伝子の発現変化やゲノムの欠損を起こした癌細胞が存在し、それが転移する細胞であることが示唆された。in vivo選別を繰り返すごとに細胞増殖に関わる遺伝子の発現と転移性が変化していく過程は、原発腫瘍にclonal evolutionが起きていることを示している。またSL2からSL3細胞が選別された過程ではp16INK4aとp19ARF遺伝子の欠損が起こり転移性が大きく上昇しており、clonal dominanceが起きた可能性が示唆された。これらの現象の積み重ねで悪性度が上昇すると予想される。

複数の臓器に転移する癌細胞は、より進行した癌を形成していると考えられる。この細胞では足場非依存的増殖性が加速されており、この形質が治療の標的となる。

今回、1つの細胞株から、まず臓器特異的な転移が観察され、進行に伴い増殖性が上昇し、悪性度が高く複数の臓器に転移する状態が観察されること、またこれらの転移性を規定する遺伝子の発現が変化することを、動物実験で初めて示した。今後は、このモデル系を利用して治療の改善につなげていきたい。

Morimoto TM, Ohashi Y, Matsubara A, Tsuiji M, and Irimura T, Mouse colon carcinoma cells established for high incidence of experimental hepatic metastasis exhibit accelerated and anchorage-independent growth, Clin Exp Metastasis., 22:513-521, 2005
審査要旨 要旨を表示する

「大腸癌細胞における高転移性と肝特異的転移性の分子基盤」と題する本論文は、大腸癌の進行に伴って如何にして悪性度の高い転移しやすい癌細胞が生じるかを、また大腸癌においては肝臓が転移先となり易いのは何故であるかを、実験的な転移モデルの解析を通して追究した結果が述べられている。従来から主として臨床病理学的な所見に基づいて、原発腫瘍は遺伝子の変異状態において均一な細胞集団であっても、転移性を異にする多様な細胞の集団であり、悪性腫瘍の増殖に伴って悪性度の高い癌細胞が原発腫瘍の大部分を占める様になって転移を起こすと考えられていた。また、特定の種類の癌の転移はしばしば特定の臓器に見られるが、進行癌では複数の臓器の複数の部位に転移が生じるようになることも観察されていた。しかし、原発腫瘍から悪性度の高い転移性癌細胞が生じ、さらに遠隔転移が広範囲に起るようになる過程を連続的に病理学的な手法で観察し解析することは不可能である故、実験的な検証が必要とされていた。動物を用いた転移実験モデルは、転移性の高い癌細胞の持つ形質を明らかにするために有用であるばかりでなく、転移性の高い癌細胞が生じる過程とその生じる機構の解明にも役立つ。学位申請者は、C57BL/6マウスに同種同系である大腸癌細胞株colon38細胞を移植する動物実験モデルを用い、転移が肝臓に特異的に起るメカニズムの一端を解明した。さらに、進行に伴って転移性が上昇し、臓器部位の制限を超えた広範囲な転移をする癌細胞が生じる過程を分子レベルで明らかにすることに成功した。

全体は5章から成り、第1章と第5章はそれぞれ序論と結論である。第2章は、SL4細胞の異なる臓器環境における転移性、第3章は、大腸癌細胞がその転移性を上昇させていく過程と機構の解明、第4章は、肝特異的な転移に重要な因子とその基盤となる宿主側の分子、がタイトルである。

第2章では、移植可能な大腸癌細胞株colon38細胞とそれ由来の進行癌に相当する細胞株すなわち肝転移性によって選別された高転移細胞であるSL4細胞のin vivoに移植した際の増殖性及び転移性を比較し、進行癌の性質を持つ癌細胞では移植部位によらない高い造腫瘍性を持つこと、より進行度の低い癌では転移先は肝臓により限局する傾向があることが示されている。具体的には、脾注脾摘モデル、同所移植モデル、尾静注肺転移モデルなどによるin vivoにおける腫瘍増殖と転移の検証を行った結果、肝転移による選別によって得られたSL4細胞は肝へ高い転移性を示すだけでなく、肺へも高い転移性を持っていること、親株であるcolon38細胞は肺への転移性が低く、転移はむしろ肝臓に特異的であることが明らかになったことが述べられている。

第3章では、colon38細胞とSL4細胞の性質を比較した際に最も差異が顕著であった増殖性の違いと増殖における足場依存性に注目して、それらの分子基盤を明らかにした成果が述べられている。また、これらの分子の発現と細胞生物学的な特性及び実験的な転移性を、高転移細胞を選別していく過程の各ステップで得ていた細胞株(SL1〜SL5細胞)について比較検証した結果が述べられている。遺伝子発現を網羅的に解析した結果「接着条件下でSL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子」と「非接着条件下でSL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子」の2つのグループに共通する既知の遺伝子は16個あり、RT-PCR法によって発現の差異を確認した結果、このうち7遺伝子を「SL4細胞の高い増殖性を規定する遺伝子の候補」とした。その内訳は、chemokine(C-C motif) ligand 2、erythrocyte protein band 4.1-like 4a、procollagen type VI alpha1 、aquaporin 1、Insulin-like growth factor binding protein 6、cyclin- dependent kinase inhibitor 2a遺伝子であるp16INK4a遺伝子とそのalternative splicing variantであるp19ARF遺伝子であった。すなわち、大腸癌細胞が癌の進行に伴って悪性化する際に獲得する形質は、運動性や浸潤性ではなく、細胞のおかれた微小環境に依存しない増殖性であり、これを達成するために複数の分子の発現レベルが変動していることが判明した。

colon38細胞とin vivo選別の各段階で得られたSL1,SL2,SL3,SL4,SL5の各バリアントについて、上記7遺伝子の発現を解析した。5遺伝子は各選別により段階的に発現量が変化したのに対し、p16INK4a遺伝子とp19ARF遺伝子の発現は、SL3,SL4,SL5細胞でサイレンシングだった。この結果はタンパク質の発現においても再現された。次に各バリアントの増殖性を、接着条件下と非接着条件下で比較するとともに、実験的転移能を評価した。肝転移形成頻度と肝臓重量は、各選別により段階的に上昇するが、SL2細胞とSL3細胞の間に大きな差がみられた。

癌細胞株や臨床標本で、p16INK4aとp19ARF遺伝子の発現がメチル化または欠損によってサイレンシングになることが多数報告されている。そこで、SL3,SL4,SL5細胞を脱メチル化剤5-aza-2-deoxycytidineにて処理し発現が回復するか調べたが、両遺伝子とも発現が回復しなかった。ゲノムDNAを鋳型にして、これらの遺伝子およびしばしば同時に欠損していることが報告されている近傍のマイクロサテライトマーカー遺伝子の存在を、PCR増幅により調べた。SL3,SL4,SL5細胞では、これらの遺伝子が増幅せず、p16INK4aとp19ARF遺伝子の欠損が示唆された。以上の結果から、colon38細胞においてin vivoで高い転移性によって選別を繰り返すと、高い増殖性や転移性が獲得され、それに伴い複数の遺伝子の発現変化を起こすメカニズムは多様であり、選別の各ステップで異なる変化が起っていることが明らかとなった。それらの遺伝子の中でp16INK4aとp19ARFの発現がサイレンシングになることが高い増殖性、転移性の獲得に最も強く影響していることが示された。

第4章では、上記の研究で選別に用いた親株であり、高転移性によって選別後のSL4細胞よりも肝臓以外の臓器への転移性は低いことが解ったcolon38細胞を用いて、その転移形成に肝臓に特異的な要因があるかどうかを検証した結果が述べられている。具体的には、肝実質細胞表面に発現し単糖としてはgalactoseとN-acetylgalactosaime(Gal/GalNAc)に特異的なレクチンであるAsialoglycoprotein receptor(Asgr)と癌細胞表面に発現する糖鎖との結合が、肝特異的な転移の形成に重要であるかどうかAsgr1遺伝子欠損マウスを用いて検証した。肝転移形成頻度は、同腹野生型マウス群と比較すると劇的に低下した。もしAsgr1とそのリガンドとの相互作用が肝臓特異的な転移に必須であるなら、ガラクトースを連続投与することによりcolon38細胞の肝転移形成が阻害されるはずであると考え、次にこれを検証した結果が示されている。ガラクトースを癌細胞移植後8時間ごと10回(2mg/g体重)尾静注して投与した結果、肝転移形成頻度は、60%から9%に低下した。以上により、肝転移形成において宿主肝臓実質細胞に発現するAsgrと癌細胞表面に発現する糖鎖の結合が重要であることが証明され、このメカニズムは転移を抑制する治療のターゲットとなることが判明した。

以上の研究によって、動物実験モデルを用い、原発腫瘍から悪性度が上昇し高転移性の細胞が獲得される過程が解析できた。大腸癌細胞が進行度にかかわらず持っている性質に肝特異的な転移性があり、これを規定する分子として宿主肝実質細胞表面に発現するAsgrと癌細胞の接着が重要であること、その接着をガラクトース投与によって阻害し、転移を抑制できることが判明した。またin vivo選別の過程を追跡した結果、増殖性が高い細胞が原発腫瘍の中で増加して転移性が上昇すること、原発腫瘍の中に細胞増殖に関わる遺伝子の発現変化やゲノムの欠損を起こした癌細胞が存在し、それが転移する細胞であることが示された。複数の臓器に転移する癌細胞は、より進行した癌を形成していると考えられる。この細胞では足場非依存的増殖性が加速されており、この形質が治療の標的となる。マウス大腸癌培養細胞株を用いた本研究によって、動物モデルで臓器特異的な転移が観察され、進行に伴い悪性度が高く複数の臓器に転移する癌細胞が生じるという臨床的に観察される事象が初めて再現された。これらの転移性を規定する複数の遺伝子の発現が独立したメカニズムによって変化することを、動物実験で初めて示した。この成果は、悪性腫瘍の増殖、進行、転移の生物学的な理解に多大に貢献するものである。このように腫瘍生物学と臨床腫瘍学に大きく貢献する本研究を行った大橋愛美は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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