学位論文要旨



No 121528
著者(漢字) 大畑,慎也
著者(英字)
著者(カナ) オオハタ,シンヤ
標題(和) マウス胎仔肝を抗原としたモノクローナル抗体の作製による肝形成・造血機構の解析
標題(洋)
報告番号 121528
報告番号 甲21528
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1171号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[序]

マウス胎仔における造血は、胎生10日(E1O)からE12にかけて造血幹細胞が大動脈(Aorta)、生殖隆起(Gonad)、中腎(Mesonephros)に囲まれたAGM領域の大動脈内皮細胞から出芽することにより始まる。発生した造血幹細胞は胎仔期の造血の場である肝へと流入し、胎生期を通じてそこを造血の場として増殖・分化し、さらに牌臓や骨髄へと造血の場を移していく。胎仔期の肝は、肝幹細胞である肝芽細胞から構成され、肝芽細胞と造血幹細胞は相互作用しながら増殖・分化する。しかしながら、どのような分子機構によって造血幹細胞が肝に留まるかは不明なままである。本論文で、胎仔肝形成・造血の解析に有用なツールの開発を目的として胎仔肝を抗原としてモノクローナル抗体を作製し、肝に存在する細胞を特異的に認識する抗体を複数取得した。造血幹細胞の肝への接着には、造血幹細胞や肝芽細胞の表面に発現した分子が機能することが期待されることから、これらの抗体の中から細胞の表面を認識するモノクローナル抗体を選別し、解析に用いた。そして造血幹細胞がCD44とヒアルロン酸の結合を介して肝に接着し、分化するともにプロテアーゼによってCD44が切断され肝から流出する可能性が見出された。

[方法と結果]

マウス胎仔肝を抗原としたモノクローナル抗体の作製

E11.5マウス胎仔肝を抗原としてラットに免疫しハイブリドーマを得た。それらが産生した抗体の中からパラフィン切片の染色によって胎仔肝領域を特異的に認識する抗体を12クローン取得した。得られた抗体を抗Liv1〜12と命名した(図2).

細胞表面抗原を認識する抗体の選別と造血幹細胞における発現

細胞表面抗原を認識する抗体を得るべく、抗Liv1〜12抗体をフローサイトメトリーによって選別し、抗Liv8抗体を得た。この抗体が認識するLiv8抗原が胎仔造血に関与するかを検討すべく胎生期を追ってAGM領域のパラフィン切片染色を行った。その結果、AGM領域の造血能獲得と時期を一致させて血管内皮細胞でのLiv8抗原の発現が認められ、さらには形態的に血管内皮から出芽していると思われる血球様の細胞もLiv8抗原を発現していることが明らかとなった。肝に存在する造血幹細胞がLiv8抗原を発現しているかを検討するために、肝が造血の場となるE11.5胎仔肝を造血幹細胞マーカーと抗Liv8抗体によって二重染色を行った。その結果、両陽性細胞の存在が確認され、胎仔肝においても造血幹細胞がLiv8抗原を発現していることが明らかとなった。さらに、造血幹細胞の分化に伴うLiv8抗原の発現の変化を検討すべく、胎仔肝を分化マーカーと抗Liv8抗体によって多重染色しフローサイトメトリーにより解析した。その結果、Liv8抗原の発現が造血幹細胞の分化とともに失われることが明らかとなった。これらの結果から、AGM 領域において発生したLiv8陽性な造血幹細胞が肝へと流入してそこを造血の場とし、造血幹細胞が分化するとともにLiv8抗原の発現が失われることが示唆された。

肝芽細胞におけるLiv8抗原の発現

肝芽細胞におけるLiv8抗原の発現を検討すべく、肝芽細胞マーカーとLiv8抗原による染色を行った。AGM領域からの造血幹細胞の流入以前のE9.5では肝芽細胞はLiv8抗原陰性であったが、流入後のE11.5では陽性であった。この発現が造血幹細胞依存的であるかを検討するために、造血幹細胞を欠損するAML1-/-マウス胎仔肝のLiv8抗原染色を行った。野生型マウスの肝領域ではLiv8抗原の発現が観察されたが、興味深いことにAML1-/-マウスの肝領域では観察されなかった。また、同様の結果は同じく造血幹細胞形成不全であるc-myb-/-マウスにおいても得られた。これらの結果から、肝芽細胞においては造血幹細胞の肝への流入依存的にLiv8抗原の発現が行われることが示唆された。

Liv8抗原の同定

胎仔肝からのLiv8抗原の精製は量的に困難であるため、Liv8抗原を発現する培養細胞を探索し、マウス胎仔AGM領域由来のLO細胞株を見出した。胎仔肝、LO細胞を用いた抗Liv8ウェスタンプロットによって、特異的なバンドが約90kDa付近にブロードに検出された。この結果よりLiv8抗原が翻訳後修飾を受けることが予想されたLiv8抗原と各種レクチンとの結合を検討したところ、N結合糖鎖に対するレクチンとの結合が見出され、Liv8抗原が糖タンパク質であることが明らかとなった。LO細胞を材料とし、抗Liv8ウェスタンプロツティングを指標に、レクチンカラム等を用いてLiv8抗原を精製し、約12、000倍の精製度を達成した(図3)。MS-MS解析によりアミノ酸配列を決定し、ホーミングレセプターCD44を見出し、培養細胞へのCD44遺伝子導入等によって、Liv8抗原がCD44であることを明らかにした。

AGM領域、胎仔肝におけるヒアルロン酸の局在

CD44は細胞外マトリックスの構成因子ヒアルロン酸と結合し細胞移動に関与することから、CD44の発現とヒアルロン酸の局在の相関を検討すべく、これらの共染色を行った。E11.5のAGM領域においては血管内皮細胞および血球様細胞での共局在は認められなかった。しかしながら、E11.5肝においてはCD44とヒアルロン酸の局在が良く一致した。さらに、肝芽細胞マーカーとの共染色によって胎仔肝におけるヒアルロン酸の局在を検討したところ、肝芽細胞クラスターの縁およびクラスター間隙を埋めるようにしたヒアルロン酸の局在が確認された。これらの結果から、AGM領域の血管内皮においてはヒアルロン酸が存在せず造血幹細胞が流出しやすい環境にあるが、肝ではヒアルロン酸によって造血幹細胞がとどまりやすい環境が形成されており、CD44が造血幹細胞の造血の場への接着に関与することが示唆された。

新規CD44結合因子の同定

抗原精製過程においてクロマトグラフ上CD44と挙動を一致させる因子が約180kDaに認められたことから、この因子がCD44の結合因子である可能性が期待された。この因子の質量分析を行い、膜貫通型ペプチド分解酵素ファミリーに属するカルボキシペプチダーゼD(CPD)を同定した。共沈降実験によってCPDがCD44と結合することを確認した。さらに、胎仔肝におけるCPDの発現を検討したところ、CD44と一致した増減が観察され、胎仔肝においてこれらが実際に結合し機能していることが示唆された。さらには、CPDとの共発現によって細胞ライセート中のCD44量が顕著に減少し、培養上清中に放出されることを見出した。これらの結果から、CPDがCD44の切断に関与していることが期待された。

[考察]

本研究において、マウス胎仔肝を抗原として複数のモノクローナル抗体を作成し、胎仔肝に存在する細胞の表面抗原を認識する抗体が取得された。この抗原を精製し、質量解析によってこの抗原がCD44であることを明らかにした。この抗体を用いた解析により、AGM領域および胎仔肝の造血幹細胞がCD44を発現し、その分化とともに発現を失うことが見出された。また、AGM領域と胎仔肝におけるCD44とヒアルロン酸の局在を検討したところ、AGM領域の血管内皮細胞では共局在は確認されなかったが、胎仔肝ではよく一致して観察された。さらに、肝芽細胞においてもCD44の発現が確認されたが、AML1-/-マウスの肝芽細胞では発現が確認されなかった。そして、CD44の新規結合因子としてペプチド分解酵素CPDを同定した。以上の結果から、AGM領域で発生したCD44陽性な造血幹細胞が肝に流入した後、CD44を介してヒアルロン酸に接着し肝に留まると考えられた。また、肝芽細胞におけるCD44発現が造血幹細胞依存的であることが示唆されたことから、造血幹細胞が肝芽細胞に対してCD44発現誘導を行うことが期待された。そして、CD44の新規結合因子CPDの機能としては、造血幹細胞が赤血球などに分化した際にCD44を切断することによってCD44の発現消失に関与することが期待された。

図1 マウス胎仔の造血

図2 マウス胎仔横断切片の抗Liv8染色(E11.5)

図3 Liv8最終精製クロマトグラフ

図5 胎仔造血におけるCD44の機能モデル

審査要旨 要旨を表示する

マウス胎仔における造血は、胎生10日(E10)からE12にかけて造血幹細胞が大動脈,生殖隆起,中腎に囲まれたAGM領域の大動脈内皮細胞から出芽することにより始まる。発生した造血幹細胞は胎仔期の造血の場である肝へと流入し、そこで増殖・分化する。胎仔期の肝は、肝幹細胞である肝芽細胞から構成され、肝芽細胞と造血幹細胞は相互作用しながら増殖・分化する。しかしながら、造血幹細胞が肝に留まる分子機構については不明な点が多く残されている。「マウス胎仔肝を抗原としたモノクローナル抗体の作製による肝形成・造血機構の解析」と題する本論文においては、胎仔肝形成・造血の解析に有用なツールの開発を目的として、胎仔肝を抗原に肝に存在する細胞を特異的に認識するモノクローナル抗体を複数取得し、それらを用いた解析から、造血幹細胞の肝への接着には、造血幹細胞がCD44とヒアルロン酸の結合を介して肝に接着して分化するともに、亜鉛結合型プロテアーゼであるカルボキシペプチダーゼDによってCD44が切断され肝から流出する機構が存在する可能性を見出している。

マウス胎仔肝を抗原としたモノクローナル抗体の作製

E11.5マウス胎仔肝を抗原としてラットに免疫しハイブリドーマを得た。それらが産生した抗体の中からパラフィン切片の染色によって胎仔肝領域を特異的に認識する抗体を12クローン取得した。得られた抗体を抗Liv1〜12と命名した。

細胞表面抗原を認識する抗体の選別と造血幹細胞における発現

細胞表面抗原を認識する抗体を得るべく、抗Liv1〜12抗体をフローサイトメトリーによって選別し、抗Liv8抗体を得た。この抗体が認識するLiv8抗原が胎仔造血に関与するかを検討すべく胎生期を追ってAGM領域のパラフィン切片染色を行った。その結果、AGM領域の造血能獲得と時期を一致させて血管内皮細胞でのLiv8抗原の発現が認められ、さらには形態的に血管内皮から出芽していると思われる血球様の細胞もLiv8抗原を発現していることが明らかにされた。E11.5胎仔肝を造血幹細胞マーカーと抗Liv8抗体によって二重染色を行った結果、両陽性細胞の存在が確認され、胎仔肝においても造血幹細胞がLiv8抗原を発現していることを見出した。さらに、造血幹細胞の分化に伴うLiv8抗原の発現の変化を検討すべく、胎仔肝を分化マーカーと抗Liv8抗体によって多重染色しフローサイトメトリーにより解析した。その結果、Liv8抗原の発現が造血幹細胞の分化とともに失われることが示された。これらの結果から、AGM領域において発生したLiv8陽性な造血幹細胞が肝へと流入し、そこを造血の場として造血幹細胞が分化するとともにLiv8抗原の発現が失われることが示された。

肝芽細胞におけるLiv8抗原の発現

肝芽細胞におけるLiv8抗原の発現を検討すべく、肝芽細胞マーカーとLiv8抗原による染色を行った。AGM領域からの造血幹細胞の流入以前のE9.5では肝芽細胞はLiv8抗原陰性であったが、流入後のE11.5では陽性であった。この発現が造血幹細胞依存的であるかを検討するために、造血幹細胞を欠損するAML1-/-マウス胎仔肝の抗Liv8染色を行った。野生型マウスの肝領域ではLiv8抗原の発現が観察されたが、興味深いことにAML1-/-マウスの肝領域では観察されなかった。これらの結果から、肝芽細胞においては造血幹細胞の肝への流入に依存してLiv8抗原が発現することが示された。

Liv8抗原の同定

Liv8抗原を発現する培養細胞を探索し、マウス胎仔AGM領域由来のLO細胞株を見出した。胎仔肝、LO細胞を用いた抗Liv8ウェスタンブロットによって、特異的なバンドが約90kDa付近に検出された。LO細胞を出発材料とし、抗Liv8ウェスタンブロッティングを指標に、各種カラムを用いてLiv8抗原を約12,000倍にまで精製した。Liv8抗原のアミノ酸配列をMS-MS解析によって決定し、ホーミングレセプターCD44を同定した。培養細胞へのCD44遺伝子導入等から、Liv8抗原がCD44であることを確認した。

AGM領域,胎仔肝におけるヒアルロン酸の局在

CD44は細胞外マトリックスの構成因子ヒアルロン酸と結合して細胞移動に関与することから、これらの共染色を行った。E11.5のAGM領域においては、血管内皮細胞および血球様細胞での共局在は認められなかった。しかしながら、E11.5肝においては、CD44とヒアルロン酸の局在が良く一致した。これらの結果から、CD44が造血幹細胞の造血の場への接着に関与することが示された。

新規CD44結合因子の同定

抗原精製過程においてクロマトグラフ上CD44と挙動を一致させる因子を解析し、膜貫通型ペプチド分解酵素ファミリーに属するカルボキシペプチダーゼD(CPD)を同定した。共沈降実験によって、CPDがCD44と結合することを確認した。さらに、胎仔肝におけるCPDの発現を検討したところ、CD44と一致した増減が観察され、胎仔肝においてこれらが実際に結合して機能することが示された。さらに、CPDとの共発現によって、CD44が培養上清中に放出されることを見出した。これらの結果から、CPDが細胞表層からのCD44の切断に関与する可能性が示された。

本論文から、マウス胎仔肝形成・造血において以下のようなモデルが提示される。1)AGM領域で発生したCD44陽性な造血幹細胞が肝に流入する、2)造血幹細胞はCD44を介してヒアルロン酸に接着し、肝に留まる、3)造血幹細胞が肝芽細胞に対してCD44の発現を誘導し、肝芽細胞がCD44を発現する、4)造血幹細胞が赤血球などに分化すると、CPDがCD44を切断してCD44の発現を消失させる。これらの知見は胎仔肝形成・造血機構の理解に有用な情報を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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