学位論文要旨



No 121529
著者(漢字) 岡井,拓郎
著者(英字)
著者(カナ) オカイ,タクロウ
標題(和) 細胞分裂期の制御に介在する新奇低分子量G蛋白質Gie/Arl8の機能解析
標題(洋)
報告番号 121529
報告番号 甲21529
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1172号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序】

低分子量G蛋白質は、種々の細胞機能の発揮に至る経路において、結合しているグアニンヌクレオチド依存的にシグナル伝達をオン/オフする分子スイッチとして機能している。現在までに大別してRas、Rab、Rho、Arf、Ranの各サブファミリーが同定されており、これらは細胞の増殖・分化や骨格系制御及び細胞内小胞輸送などの多様な生体反応において重要な制御を担っている。また、これらのG蛋白質を介した情報伝達系の乱れが、癌を始めとする様々な疾病の原因となることも明らかになっている。

近年様々な生物種のゲノム配列が決定されたことにより、これまでの研究では明らかになっていなかった遺伝子群が同定され、これらの情報に基づく生物学の新たな研究局面が開かれつつある。本論文においては、ヒトゲノム解析の結果を利用して、新奇の低分子量G蛋白質を複数見出し、これらの因子の機能及びその制御機構の解析から、G蛋白質を介在する新たなシグナル伝達経路が解析されている。本研究では、ヒトに存在する機能未知G蛋白質の中で、多細胞生物間で高度に保存されている新奇低分子量G蛋白質の同定とその機能解析を行い、染色体分離におけるG蛋白質の新しい役割が見出されている。

【結果】

Gieは多細胞生物において非常によく保存された新奇低分子量G蛋白質である

G蛋白質ファミリーは、グアニンヌクレオチドとの結合に必須なGドメインと呼ばれる極めて特徴的なモチーフを有する。そこで、Gドメインを手掛かりにヒトゲノムデータベースを検索し、新奇の低分子量G蛋白質を複数見出した。その中の一つGie(novel Gprotein Indispensable for Equal segregation of chromosomes)と命名した分子はヒトから線虫まで高度に保存されており、哺乳動物では2種のサブタイプが存在する(図1)。現在ではGieはArfファミリーに分類されているが(Arl8:Arf likeGTPase 8)、Arfファミリー分子の機能に必須なN末端のミリストイル化部位をもたないなど、既存のArfファミリー分子とは異なる特徴をもつユニークな低分子量G蛋白質である。

まず、ヒトGie1、2mRNAの発現をノザンブロットにより検討した結果、これらは共にヒトの臓器全てに発現していた。したがって、Gie1、2は多くの細胞において基本的な生体反応に関与するのではないかと考えられた。

Gieの機能抑制により核の断片化及び染色体分離に異常が見られる

多くのG蛋白質は、GDPの結合した不活性型とGTPの結合した活性型の2つの異なるコンホメーションをとることでその活性が制御されている。そこで細胞内で主にGDP型となり、恒常的不活性化型として機能すると期待されるT34N変異体を作製し、この変異体を哺乳細胞に過剰発現したところ、核が断片化するという表現型を見出した。さらにGieの機能を抑制した際の表現型を詳細に検討するために、ショウジョウバエの細胞株であるS2細胞を用いてRNAi(RNA interference)法により内在性Gieの発現を抑制した。その結果、Gieの発現を抑制した細胞において染色体分離に異常が生じることを見出した(図2、矢印)。以上により、Gieが細胞分裂期における染色体分離になんらかの役割を果たしていることが示唆された。

GDP型GieはNir2蛋白質のRIDと相互作用する

Gieが細胞分裂期において機能する可能性が考えられたため、細胞分裂期におけるGieの細胞内局在を観察した。その結果、Gieが細胞分裂後期から細胞質分裂時にかけて細胞分裂溝に移動した後、中央微小管上に局在することを見出した。そこで、Gieの相互作用因子を探索する目的で、この部位に局在して染色体分離の制御を担っている因子を探索した。その結果、細胞周期を通じてGieと同様の細胞内局在を示し、その恒常的不活性化型変異体の過剰発現により染色体分離の異常を誘導するNir2という因子を見出した。

まず、Gie1とNir2の相互作用について共沈降実験により検討したところ、GieがNir2のRID(Rho inhibitory domain)に結合することを見出した。さらにGieの各種変異体を用いて共沈降実験を行った結果、Gieの野生型あるいはGTP型と考えられるW70R変異体と比較して、GDP型と考えられるT34N変異体が非常に強くRIDと結合することを見出した(図3、星印)。

Gieは間期では主にGTP型で存在するが分裂期に入るとGDP型が増加する

GDP型Gieが特異的にRIDと結合したことから、細胞内におけるGieのGDP/GTP型の量比を検討した。その結果、間期においてGieは大部分がGTP型であるが、分裂期に入るとGDP型が増加することを見出した。以上のことからGieは細胞分裂期にGDP型となりその際にNir2のRIDと結合すると考えられた。

GieとRhoAは競合的にRIDと結合する

Nir2は分裂期特異的にGDP型RhoAと相互作用することによって細胞質分裂を制御することが報告されている。そこで、Nir2のRIDにおいてGieとRhoAが競合するかを共沈降実験により検討した。293T細胞にGDP型Gie1とFLAGタグを付加したRID、及びMycタグを付加したGDP型RhoAを発現させ、抗FLAG抗体により免疫沈降を行った。その結果、RhoAを発現した細胞でRIDと共沈降するGie1の量が減少したことから(図4、星印)、RIDにおいてRhoAとGie1が競合しうることが示された。

【総括】

本研究において、Arfファミリーに属する新奇の低分子量G蛋白質Gie1/Arl8B及びGie2/Arl8Aを単離・同定した。まず、RNAi法などによりGieの機能を抑制した際に核の断片化や染色体分離の異常といった表現型が観察されたことから、Gieが細胞分裂期において何らかの制御を担うことが示唆された。さらに、Gieの相互作用因子としてNir2蛋白質を同定し、GDP型Gieが特異的にNir2のRIDと相互作用すること、間期においてGieは大部分がGTP型で存在するが、分裂期にGDP型が増加すること、及びNir2のRIDにおいてRhoAと競合的に相互作用することを見出した(図5)。

細胞分裂期においてRhoファミリー分子は様々な機能を果たすことが知られているが、中でもRhoAはアクチン骨格系の制御に重要な働きをもち、細胞分裂期において時間的・空間的に厳密にその活性が制御されている。Nir2はRIDでGDP型RhoAと相互作用することにより、RhoAの活性制御を介して細胞分裂における役割を担うと考えられることから、GieがRhoAとNir2のRIDで競合することによりRhoAの活性制御に関与する可能性が考えられる。さらにRIDは分裂期にCdk1によりリン酸化され、そのリン酸化依存的に染色体分離や細胞質分裂に関わるPlk(Polo-likekinase)が相互作用することが知られており、これらの活性制御にもGieが関与する可能性が考えられる。

最近になってRhoAが細胞質分裂のみならず、細胞分裂面の決定にも関与することが報告されたが、その制御機構については未解明な部分が数多く残されている。本研究において同定したGie及び低分子量G蛋白質間の相互作用が、それらの機構解明に大きく寄与することが期待される。

図1 ヒトGie1、2及び他の低分子量G蛋白質ファミリー分子の進化系統樹

図2Gieの発現を抑制した細胞において(GieRNAi)染色体分離が阻害されている

図3 GDP結合型GieはNir2蛋白質のRIDに結合する

図4 GieとRhoAは競合的にRIDと結合する

図5 細胞周期依存的なGieの存在様式及び作用モデル

審査要旨 要旨を表示する

低分子量G蛋白質は、種々の細胞機能の発揮に至る経路において、結合しているグアニンヌクレオチドに依存したコンホメーションの転換を介してシグナル伝達のオン/オフを制御する分子スイッチとして機能している。現在までに大別してRas,Rab,Rho,Arf,Ranの各サブファミリーが同定されており、これらは細胞の増殖・分化や骨格系制御及び細胞内小胞輸送などの多様な生体反応において、重要な制御を担うことが明らかにされてきた。また、これらのG蛋白質を介した情報伝達系の乱れが、癌を始めとする様々な疾病の原因となることも知られている。

近年、様々な生物種のゲノム配列が決定されたことにより、これまでの研究では明らかにされてこなかった遺伝子群が同定され、これらの情報に基づく生物学の新たな研究局面が開かれつつある。「細胞分裂期の制御に介在する新奇低分子量G蛋白質Gie/Arl8の機能解析」と題した本論文においては、ヒトに存在する機能未知G蛋白質の中から多細胞生物間で高度に保存されている新奇低分子量G蛋白質を同定し、その機能解析から染色体分離におけるG蛋白質の新しい役割を見出している。

Gieは多細胞生物において非常によく保存された新奇低分子量G蛋白質である

G蛋白質ファミリーは、グアニンヌクレオチドとの結合に必須なGドメインと呼ばれる極めて特徴的なモチーフを有する。そこで、Gドメインを手掛かりにヒトゲノムデータベースを検索し、新奇の低分子量G蛋白質を複数見出した。その中の1つGie(novel G protein Indispensable for Equal segregation of chromosomes)と命名した分子は、ヒトから線虫まで高度に保存されており、現在ではArfファミリーに分類されている(Arl8:Arf like GTPase 8)。しかしながら、Arfファミリー分子の機能に必須なN末端のミリストイル化部位をもたないなど、既存のArfファミリー分子とは異なる特徴をもつユニークな低分子量G蛋白質であることが示された。

Gieの機能抑制により核の断片化及び染色体分離に異常が見られる

多くのG蛋白質は、GDPの結合した不活性型とGTPの結合した活性型の2つの異なるコンホメーションをとることでその活性が制御されている。そこで細胞内で主にGDP型となり、恒常的不活性化型として機能すると期待されるT34N変異体を作製し、この変異体を哺乳細胞に過剰発現した。その結果、核が断片化するという表現型を見出した。さらに、ショウジョウバエの細胞株であるS2細胞を用いて、RNAi(RNA interference)法により内在性Gieの発現を抑制したところ、染色体分離に異常が生じることを見出した。以上から、Gieが細胞分裂期における染色体分離に重要な役割を果たしていることが示された。

GDP型GieはNir2蛋白質のRIDと相互作用する

Gieは細胞分裂期において機能する可能性が考えられたため、細胞分裂期におけるGieの細胞内局在を観察した。その結果、Gieが細胞分裂後期から細胞質分裂時にかけて細胞分裂溝に移動した後、中央微小管上に局在することを見出した。そこで、Gieの相互作用因子を探索する目的で、この部位に局在して染色体分離の制御を担っている因子を探索し、Nir2という因子に注目した。まず、Gie1とNir2の相互作用について共沈降実験により検討したところ、GieがNir2のRID(Rho inhibitory domain)に結合することを見出した。さらにGieの各種変異体を用いて共沈降実験を行った結果、Gieの野生型あるいはGTP型と考えられるW70R変異体と比較して、GDP型と考えられるT34N変異体が非常に強くRIDと結合することを見出した。

Gieは間期では主にGTP型で存在するが分裂期に入るとGDP型が増加する

GDP型Gieが特異的にRIDと結合したことから、細胞内におけるGieのGDP/GTP型の量比を検討した。その結果、間期においてGieは大部分がGTP型であるが、分裂期に入るとGDP型が増加することを見出した。以上からGieは細胞分裂期にGDP型となり、その際にNir2のRIDと結合すると考えられた。

GieとRhoAは競合的にRIDと結合する

Nir2は分裂期特異的にGDP型RhoAと相互作用することによって細胞質分裂を制御することが報告されている。そこで、Nir2のRIDにおいてGieとRhoAが競合するかを共沈降実験により検討した。その結果、RhoAを発現した細胞ではRIDと共沈降するGieの量が減少することを見出した。すなわち、Nir2のRIDにおいてRhoAとGieが競合し得ることが示された。

【総括】

本論文から、進化的に高度に保存された機能未知な低分子量G蛋白質Gie/Arl8が細胞周期に依存してその存在様式を変える制御機構として、以下のモデルが提示される。間期においてGieは主にGTP型で存在しており、GieとNir2は結合しないと考えられる。分裂期に入るとGAPの活性化あるいはGEFの抑制等によってGDP型Gieが増加し、GieがNir2のRIDに結合する。Nir2はGDP型Gieを適切な場所でGEFに受け渡すことによりGieの活性制御に関与すると考えられ、その結果活性化したGieが下流の因子を介して染色体分離における制御を担う。さらに、GieとRhoAがNir2のRIDに共に結合し、競合的に働き得るという知見は、GieがRhoAと協調的に働き、細胞質分裂の制御にも関与する可能性を示唆している。本論文は機能未知な新奇低分子量G蛋白質の同定と解析を通じて、染色体分離における制御機構の理解に有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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