学位論文要旨



No 121532
著者(漢字) 島,豊
著者(英字)
著者(カナ) シマ,ユタカ
標題(和) 新規F-box protein Fbx3の機能解析
標題(洋)
報告番号 121532
報告番号 甲21532
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1175号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 紺谷,圏二
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[序]

細胞周期・アポトーシス・転写制御など様々な領域でタンパク質のユビキチン化が関わっている。タンパク質のユビキチン化はubiquitin activating enzyme (E1)、ubiquitin conjugating enzyme (E2)、ubiquitin-protein ligase (E3)といわれる酵素群により、ATP依存的におこる。E3の一つにF-box protein、Skp1、Cul1、ROC1からなるSCF complexがあり、F-box proteinが基質特異性を担っている (Fig. 1)。ヒトではF-box proteinは少なくとも数十種類あると言われているが、そのほとんどの機能はわかっていない。

急性前骨髄球性白血病の主要な発症原因となっている15番染色体と17番染色体の転座のターゲットである白血病関連タンパク質PMLは、ヒストンアセチル化酵素p300や、p53やp300をリン酸化するタンパク質リン酸化酵素HIPK2と協調してAML1やp53を介した遺伝子の転写を活性化することが示されている。このPMLによる転写活性化は、PMLが転写因子複合体を安定化するためであることが示唆されているが、その詳しい機構はわかっていない。そこでPMLによる転写活性化の機構を解析するため、PML複合体を精製した結果、新規F-box proteinであるFbx3を含むSCF complex構成タンパク質が含まれることが明らかとなった。Fbx3の機能については不明であるが、タンパク質分解に関与し、PMLによる転写活性化に関わることが期待された。Fbx3の機能を通してPMLに対する理解を深めるため、私はFbx3の機能解析を試みた。

[方法と結果]

1. 新規F-box protein Fbx3はPMLと結合する

まず、N末端側にFLAG-tagをつけたPML Iをstableに発現するK562 cellsを作製した。このK562 cellsのlysateから抗FLAG抗体をもちいて、免疫沈降し、PML complexを精製した。SDS-PAGEによりPML complexを展開し、それぞれのバンドをLC/MS/MSで解析した結果、PML complexにFbx3、Skp1、Cul1が含まれることが明らかとなった (Fig. 2)。Fbx3はN末端側にF-box proteinに特有なF-box domainを持つタンパク質であることから、F-box proteinとしてユビキチンリガーゼSCF complexを形成していることが予想された。そこで、Fbx3をクローニングし、BOSC23 cellsにFbx3、Skp1、Cul1、ROC1を一過性に発現させ、SCF complexを形成するか免疫沈降法で確認した結果、Fbx3はF-box proteinとしてSCF complexを形成することが明らかとなった (Fig. 3)。

2. SCFFbx3 complexはp300、HIPK2のプロテアソームを介する分解を誘導する

次にFbx3の機能を検討するため、SCFFbx3 complexが標的としているタンパク質について探索した。 PML complexにFbx3、Skp1、Cul1が含まれることが明らかとなったこと (Fig. 2)、さらにPMLはp300やHIPK2と協調してAML1やp53を介した遺伝子の転写を活性化することから、SCFFbx3 complexはPMLを含む転写因子複合体の構成タンパク質を標的として分解を誘導していると予想され、その可能性について検討した。実験は転写因子複合体構成タンパク質とFbx3をBOSC23 cellsに一過性に発現させ、転写因子複合体構成タンパク質の発現量に与えるFbx3の影響をWestern blottingで調べた。その結果、PML I、PML IV、AML1b、p53の発現量には変化が見られなかったが (Fig. 4A)、p300とHIPK2はFbx3を共発現させるとその発現量が減少した (Fig. 4B,C)。さらにこの発現量減少はプロテアソーム阻害剤MG132を処理すると回復したことから、Fbx3はp300やHIPK2のプロテアソームを介した分解に関与していることが示された (Fig. 4B,C)。また、Fbx3のF-box domainを欠損させた、SCF complexを形成できないΔF-box mutantを用い、p300の分解に与える影響を同様に調べた結果、ΔF-box mutantはp300のプロテアソームを介する分解を誘導しなかったことから、Fbx3はSCF complexを形成し、p300やHIPK2のプロテアソームを介する分解を制御していることが示唆された。

また、F-box proteinがSCF complexの基質と結合することが知られている。Fig. 4の結果からSCFFbx3 complexはp300やHIPK2を基質とすることが予想されたので、Fbx3とp300、HIPK2が結合するかどうか、BOSC23 cellsにFbx3とp300、あるいはHIPK2を一過性に発現させ、免疫沈降を行うことで検討した。その結果、いずれの場合もMG132を処理したときのみ結合が検出できた (Fig. 5A,B)。この結果は、SCFFbx3 complexのターゲットがp300やHIPK2であることを示すと同時に、Fbx3に結合したp300やHIPK2は速やかにプロテアソームを介した分解を受けることを示しているものだと考えられる。

3. PMLはSCFFbx3 complexによるp300の分解を阻害し、p300を安定化する

PML complexにはFbx3、 Cul1、Skp1が含まれていたことから、PMLがSCFFbx3 complexの機能に影響を及ぼす可能性が考えられた。そこで、SCFFbx3 complexによるp300の分解に及ぼすPMLの影響について以下検討した。 実験はFbx3、p300、PML IVをBOSC23 celllsに一過性に発現させ行った。その結果、PML IVを発現させることで、SCFFbx3 complexによるp300の分解が抑制され、PMLはp300を安定化させることが明らかとなった (Fig. 6)。

PMLは核内でnuclear bodies (NBs)を形成して、斑点状に局在することが知られている。そこで、Fbx3、p300、PML IVをMCF7 cellsに一過性に発現させ、これらタンパク質の局在を免疫染色法で検討した。その結果、PML IVを発現させないとFbx3とp300は核全体に拡散して局在したが、PML IVを発現させるとPML IVはNBsを形成して斑点状の局在を示し、Fbx3とp300もPML IVとともにNBsに局在することが明らかとなった (Fig. 7A)。しかし、MG132を処理すると、PML IVは核内でNBsを形成して局在しているにもかかわらず、Fbx3とp300はPML IVを発現させなかった時と同様に核全体に拡散した局在をとることが明らかとなった (Fig. 7B)。これは、MG132を処理することで、核内のNBs以外の場所でプロテアソームによって分解されていたp300やFbx3が安定化したためではないかと考えられた。

以上の結果から、PMLはp300をNBsに局在させることでp300の安定化を誘導し、NBsはp300の安定化の場として働くことが示唆された。

[まとめと考察]

PMLと結合するタンパク質として同定したFbx3は機能未知であったが、本研究でF-box proteinとしてSCF complexを形成し、p300やHIPK2をターゲットとしてタンパク質分解を制御することを示した。 そして、PMLがSCFFbx3 complexによるp300のプロテアソームを介する分解を阻害し、p300を安定化することが明らかとなり、NBsに局在したp300が安定化することが示唆された。本研究の結果はPMLが形成するNBsはタンパク質安定化の場として機能していることを提示するものである。

以上の結果より、PMLによる転写因子複合体の安定化はSCFFbx3 complexによるp300やHIPK2の分解をPMLが阻害することによることが示唆された。そして、生物学的にはSCFFbx3 complexはPMLと協調して迅速な転写のon/offを可能にするために働いているのではないかと仮説を立てている。PMLはNBsを形成して、転写因子 (TF)、p300やHIPK2といった転写調節因子、そしてSCFFbx3 complexとNBsで転写因子複合体を形成する。そして、迅速にNBsの近傍で転写が活性化され、転写を活性化した後にPMLが複合体から遊離して、SCFFbx3 complexによるp300やHIPK2のプロテアソームを介する分解が促進し、転写が抑制される機構が働いていると考えている (Fig. 8)。

急性前骨髄球性白血病で見られるPML-RARaはNBsの形成を阻害することが知られており、またこの転写因子複合体を安定化しないことが示唆されている。従って、PML-RARaはSCFFbx3 complexによるp300やHIPK2の分解誘導を抑制できず転写因子複合体を安定化できないことが、正常骨髄細胞の分化阻害につながっている可能性が考えられる。 今後はこのSCFFbx3 complexがどのように白血病発症に関与しているかについて検討を進めていきたい。

Fig. 1 SCF complexによるタンパク質のユビキチン化

Fig. 2 PML complexにFbx3、Skp1、Cul1が含まれる

Fig. 3 Fbx3はSCF complexを形成する

Fig. 4 Fbx3はp300、HIPK2のプロテアソームを介した分解を誘導する

Fig. 5 Fbx3とp300、HIPK2の結合

Fig. 6 PMLはSCFFbx3 complexによるp300の分解を阻害する

Fig. 7 Fbx3、p300、PML IVの局在

Fig. 8 SCFFbx3 complexとPMLが制御する転写機構のモデル

審査要旨 要旨を表示する

「新規F-box protein Fbx3の機能解析」と題する本論文は、急性前骨髄球性白血病の主要な発症原因となっているPML(前骨髄球性白血病蛋白質:15番染色体と17番染色体の転座のターゲットである白血病関連蛋白質)と複合体を作って機能する蛋白質の探索の結果新たに発見されたF-box蛋白質であるFbx3が、PMLとの相互作用を介して細胞分化を制御する分子機構を追求した結果を述べたものである。学位申請者は、急性前骨髄球性白血病細胞からPML複合体を精製した結果、Fbx3を含むSCF(Skip1、Cullin 1、F-box protein)複合体構成蛋白質であることを見い出した。この複合体におけるFbx3の機能は不明であったので、その解析を試みた。この蛋白質が、PMLとの相互作用を介して複数のSCF複合体と相互作用のある蛋白質のユビキチン化とそれに伴う分解を制御していることを明らかにした。

本論文は、序論、実験方法、結果、考察に分けられており、全体が一報の長編論文の如き構成になっている。主要な部分は「結果」であり、三つの部分に分けて述べられている。

第一の部分では、PMLと結合するという性質によってFbx3を同定した経緯が述べられている。まず、N末端側にFLAG-tagをつけたPMLIを安定に発現する白血病細胞K562が作製され、この細胞の可溶化物から抗FLAG抗体を用いて、PMLを含む複合体が精製された。その構成成分にFbx3、Skp1、Cul1が含まれることが明らかとなったので、これがFbx3を含むユビキチンリガーゼSCF複合体であることが予想された。この細胞から、Fbx3のcDNAをクローニングし、これをBOSC23細胞にSkp1、Cul1、及びROC1とともに一過性に発現させたところ、SCF複合体を形成することが明らかとなった。新規F-box蛋白質が同定されたので、これを含む複合体をSCFFbx3複合体と呼ぶこととした。

第二の部分では学位申請者はSCFFbx3複合体によるユビキチン化の標的となる蛋白質を同定することを試み、PMLと相互作用を持つことが既に知られていたp300とHIPK2がそれらであり、ユビキチン化によってこれらの蛋白質のプロテアソームを介する分解が誘導されることを明らかにした。実験はこれらの蛋白質をFbx3とともにBOSC23細胞に一過性に発現させ、転写因子複合体構成タンパク質の発現量に与える影響をWestern blottingで解析した。その結果、p300とHIPK2の発現量が減少し、この減少はプロテアソーム阻害剤MG132処理により回復した。さらに、Fbx3のF-box domainを欠損させることによって、SCF複合体を形成できないようにすると、プロテアソームを介する分解を誘導しなかった。これらの結果は、Fbx3がSCF複合体を形成し、これと相互作用して転写制御複合体を形成するp300やHIPK2のプロテアソームを介する分解を促進していることが示唆された。Fbx3とp300及びHIPK2が実際に結合するかどうか、BOSC23細胞にこれらの蛋白質を一過性に発現させ、免疫沈降を行った結果、いずれの場合もMG132を処理したときのみ結合が検出できた。すなわち、Fbx3に結合したp300やHIPK2は速やかにプロテアソームを介した分解を受けることが示された。

第三部では、PMLがSCFFbx3複合体の機能にどのような影響を及ぼすかが検証された結果が述べられている。Fbx3とp300の他に、PMLをBOSC23細胞に一過性に発現させと、SCFFbx3複合体によるp300の分解が抑制され、PMLはp300を安定化させることが明らかとなった。同様な一過性の発現実験をMCF7細胞を用いて行い、産物である蛋白質の局在を観察した結果、PMLを発現させるとFbx3とp300もPMLに特徴的な核内nuclear bodiesへの斑点状の局在を示した。この細胞をMG132で処理すると、PMLの核内nuclear bodiesへの斑点状の局在は変わらないが、Fbx3とp300はPMLを発現させなかった時と同様に核全体に拡散した。学位申請者は、細胞をMG132を処理することで、核内nuclear bodies以外の場所でのプロテアソームによって分解されたp300やFbx3が分解されずに可視化されたためであると考察している。

考察の部分では、PMLと結合する蛋白質質として同定されたFbx3がSCF複合体を形成してp300やHIPK2の分解を促進すること、nuclear bodiesに局在するPMLはこの分解を阻害し、p300を安定化することの分化制御における意義、白血病細胞の性質との関係が述べられている。すなわち、SCFFbx3複合体はPMLと協調して迅速な転写制御を可能にするために働いているという可能性が高い。また、急性前骨髄球性白血病で見られる転座に基づくキメラ遺伝子産物であるPML-RARαは核内nuclear bodiesの形成を阻害し、SCFFbx3複合体によるp300やHIPK2の分解誘導を抑制できず転写因子複合体を安定化できないことが、分化阻害につながっていると推測している。

蛋白質のユビキチン化は、細胞周期の制御や細胞分化に伴う転写制御などに関わると考えられ、その制御因子として多種類のF-box蛋白質が注目されるが、それらのほとんどに関して分子機能が未知であった。本学位論文に記載されている研究内容は、これを明らかにすることを通して白血病の病態形成機構を分子レベルで解明する糸口をつかんだ成果であり、腫瘍生物学、細胞遺伝学における重要なブレークスルーである。従って本研究を行った島豊は博士(薬学)の学位を取得するにふさわしいと判断した。

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