学位論文要旨



No 121536
著者(漢字) 杉木,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) スギキ,トシヒコ
標題(和) 細胞内セラミド輸送分子CERTの機能メカニズムの構造生物学的解析
標題(洋)
報告番号 121536
報告番号 甲21536
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1179号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
内容要旨 要旨を表示する

細胞内セラミド輸送分子CERTの機能メカニズムの構造生物学的解析と題する本研究において、不均一で巨大な超分子集合体との相互作用部位を同定することが可能である新規NMR測定法「転移交差飽和法」により、CERTのPHドメイン(以下CERT-PH)のゴルジ体膜に対する認識メカニズムを明らかにした。全体を主に2つのセクションに分け、第1章の序論、第2章の実験材料および実験方法に続き、第3章はCERT-PHのゴルジ体認識機構の解明と題した。

第3章において、はじめに、限定分解実験によってCERT-PHの構造ドメイン領域を決定し、その領域について大腸菌による大量発現系を構築した。続いて、安定同位体標識したCERT-PHを調製し、三重共鳴測定法により主鎖アミドのNMRシグナルをほぼ完全に帰属した。

Hanadaらのグループによって、CERT-PHはゴルジ体膜に豊富に存在しているPtdIns(4)Pと直接結合することが報告されていることから、まず、CERT-PHとPtdIns(4)Pのイノシトール環部分の解離定数を求めた。具体的には、PtdIns(4)Pのイノシトール環部分のアナログ分子(Ins(1,4)P2)をCERT-PHに滴定してNMR測定を行い、添加したIns(1,4)P2の濃度依存的に観察されたCERT-PHのシグナルの化学シフト値の変化量から、両者の解離定数を算出した。また、脂質二重膜のみもしくはPtdIns(4)Pを埋め込んだ脂質二重膜をリポソームとして調製し、CERT-PHとの解離定数を表面プラズモン共鳴法により求めた。測定したそれぞれの解離定数の値を比較した結果、PtdIns(4)Pのみ、および脂質二重膜のみに対してはそれぞれ10-4M程度の解離定数で結合するが、PtdIns(4)Pが脂質二重膜に埋め込まれている状態に対しては10-6M程度まで結合親和性が上昇することを見出した。一般的にPHドメインは、イノシトールリン脂質のイノシトール環部分に対する結合のみで十分強いaffinityを獲得し、標的膜に対して解離定数が10-7〜10-9Mのオーダーで相互作用することが知られている。このことから、CERT-PHがゴルジ体と相互作用するにはPtdIns(4)Pに対する認識だけでは不十分で、脂質二重膜に対する結合が必要であり、このような認識機構は一般的なPHドメインの標的膜に対する認識機構とは異なるユニークなものであることを見出した。

次に、CERT-PHとゴルジ体模倣リポソームの相互作用部位を同定するため、転移交差飽和法を適用した。その結果、CERT-PHのゴルジ体結合部位は、分子表面の一部に形成された面とその近傍の窪みの部分の2つの部位で構成されており、前者が脂質二重膜との結合部位、後者がPtdIns(4)Pとの結合部位であることを見出した。さらに、それらの結合界面のアミノ酸残基の変異体を作製し、表面プラズモン共鳴法によりゴルジ体膜模倣リポソームとの結合定数を測定した結果、PtdIns(4)Pとの結合だけでなく、脂質二重膜との結合もゴルジ体との相互作用に重要であることの裏付けを得た。PHドメインについて、脂質二重膜との相互作用部位とその重要性について、実験的に明確に決定された例はこれまでに報告がなく、新たな知見を与える結果である。また、CERT-PHの脂質二重膜結合部位の残基を、これまでにイノシトールリン脂質との複合体の立体構造が明らかとされている他のPHドメインの残基と比較したところ、他のPHドメインにおいてはイノシトール環部分と相互作用する残基が、CERT-PHでは総じて脂質二重膜結合部位の残基に置換していること、および、脂質二重膜結合部位の残基はPtdIns(4)Pをリガンドとしてゴルジ体と相互作用するPHドメイン群にのみ保存されていることを見出し、脂質二重膜結合部位の残基はゴルジ体に結合するPHドメインにのみ存在する機能モチーフであると推測した。

本研究の成果は、未だ十分な解析がなされていない、タンパク質による細胞内脂質輸送のメカニズムの解明に大きく貢献するものである。また、本研究におけるCERT-PHとゴルジ体膜との相互作用様式の解明によって、今後、脂質代謝異常症などの治療薬の開発につながる可能性が開かれた。

審査要旨 要旨を表示する

細胞内セラミド輸送分子CERTの機能メカニズムの構造生物学的解析と題する本論文は、不均一で巨大な超分子集合体との相互作用部位を同定することが可能である新規NMR測定法「転移交差飽和法」により、CERTのPHドメイン(以下CERT-PH)のゴルジ体膜に対する認識メカニズムを明らかにした研究成果を述べたものである。全体は主に2つのセクションに分かれており、第1章の序論、第2章の実験材料および実験方法に続き、第3章はCERT-PHのゴルジ体認識機構の解明と題されている。

第3章において、はじめに、限定分解実験によってCERT-PHの構造ドメイン領域を決定し、その領域について大腸菌による大量発現系を構築している。続いて、安定同位体標識したCERT-PHを調製し、三重共鳴測定法により主鎖アミドのNMRシグナルをほぼ完全に帰属している。

まず、CERT-PHはゴルジ体膜に豊富に存在しているPtdIns(4)Pと直接結合することが報告されていることから、CERT-PHとPtdIns(4)Pのイノシトール環部分の解離定数を求めている。具体的には、PtdIns(4)Pのイノシトール環部分のアナログ分子(Ins(1,4)P2)をCERT-PHに滴定してNMR測定を行い、添加したIns(1,4)P2の濃度依存的に観察されたCERT-PHのシグナルの化学シフト値の変化量から、両者の解離定数を算出している。また、脂質二重膜もしくはPtdIns(4)Pを埋め込んだ脂質二重膜をリポソームとして調製し、CERT-PHとの解離定数を表面プラズモン共鳴法により求めている。測定したそれぞれの解離定数の値を比較した結果、PtdIns(4)Pのみ、および脂質二重膜のみに対してはそれぞれ10-4M程度の解離定数で結合するが、PtdIns(4)Pが脂質二重膜に埋め込まれている状態に対しては10-6M程度までaffinityが上昇することを見出している。一般的なPHドメインは、イノシトールリン脂質のイノシトール環部分に対する結合のみで十分強いaffinityを獲得し、標的膜に対して解離定数が10-7〜10-9Mのオーダーで相互作用することが知られている。このことから、CERT-PHがゴルジ体と相互作用するにはPtdIns(4)Pに対する認識だけでは不十分で、脂質二重膜に対する結合が必要であり、このような認識機構は一般的なPHドメインの標的膜に対する認識機構とは異なるユニークなものであることを見出している。

次に、CERT-PHとゴルジ体模倣リポソームの相互作用部位を同定するため、転移交差飽和法を適用している。その結果、CERT-PHのゴルジ体結合部位は、分子表面の一部に形成された面とその近傍の窪みの部分の2つの部位で構成されており、前者が脂質二重膜との結合部位、後者がPtdIns(4)Pとの結合部位であることを見出している。さらに、それらの結合界面のアミノ酸残基の変異体を作製し、表面プラズモン共鳴法によりゴルジ体膜模倣リポソームとの結合定数を測定した結果、PtdIns(4)Pとの結合だけでなく、脂質二重膜との結合もゴルジ体との相互作用に重要であることを裏付けている。PHドメインについて、脂質二重膜との相互作用部位とその重要性について、実験的に明確に決定された例はこれまでに報告がなく、新たな知見を与えている。また、CERT-PHの脂質二重膜結合部位の残基を、これまでにイノシトールリン脂質との複合体の立体構造が明らかとされている他のPHドメインの残基と比較したところ、他のPHドメインにおいてはイノシトール環部分と相互作用する残基が、CERT-PHでは総じて脂質二重膜結合部位の残基に置換していること、および、脂質二重膜結合部位の残基はPtdIns(4)Pをリガンドとしてゴルジ体と相互作用するPHドメイン群にのみ保存されていることを見出しており、脂質二重膜結合部位の残基はゴルジ体に結合するPHドメインにのみ存在する機能モチーフであると推測している。

本研究の成果は、未だ十分な解析がなされていない、タンパク質による細胞内脂質輸送のメカニズムの解明に大きく貢献するものである。また、本研究におけるCERT-PHとゴルジ体膜との相互作用様式の解明によって、今後、脂質代謝異常症などの治療薬の開発につながる可能性が開かれた。

以上、本研究の成果は、構造生物学および脂質生物学の領域に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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