学位論文要旨



No 121542
著者(漢字) 住岡,暁夫
著者(英字)
著者(カナ) スミオカ,アキオ
標題(和) APP結合分子の機能解析
標題(洋)
報告番号 121542
報告番号 甲21542
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1185号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

アルツハイマー病は老化に伴い発症する最も患者数の多い老人性認知症で、現在まで有効な治療法は確立されていない。APP (Amyloid Precursol Protein)はI型膜タンパク質で、2回の切断を受けてAβを生成するが(Fig. 1)、Aβの産生はAD発症と強く相関することが知られている。現在までAPPの生理機能は未解明な点が多く、APPの機能解析はAD発症の解析、治療法の探索を考える上で非常に重要である。

APPから切断により細胞内に放出される細胞質ドメイン(AICD)は、FE65 と複合体を形成し転写活性化能を有すると2000年に報告された。しかし発現制御を受ける遺伝子の同定は明確に行われておらず、AICD+FE65複合体の転写活性機構も未解明である。

私はAPPの機能解明という最終的な目標に対して、AICDが転写シグナルに関与すると仮説を立て、AICD結合分子の解析を下流遺伝子の探索・検証の手段として研究を行った。

<FE65に関する解析>

AICD+FE65 複合体の転写活性化能は既に報告されている。FE65の欠損コンストラクトを用いた解析からFE65の1st PI domainが必須であり、1st PI domainに結合する分子Tip60が重要な分子であると考えられている(1)。そしてTip60の転写活性化能を指標にAICDの産生が転写活性化能に必要でないと結論づけられている(2)。ここで使用されたFE65の欠損コンストラクトは、実際にはFE65の1st PI domainと大きくずれた領域を欠損させている。そこで私は改めて複数のFE65の欠損コンストラクトを作製し、Reporter gene assayによりFE65内の転写活性化能に重要な領域の同定を追試した。その結果、従来考えられていた1st PI domainではなくWW domainが必須であることを確認した。さらにWW domainに結合する分子について、報告のあるものを複数クローニングを行い、Reporter gene assayで、結合分子の中でも転写因子YB-1のシグナルに関与することを確認した。

<APP結合分子の核移行性>

AICDは短いペプチド(49アミノ酸)で既知の機能ドメインを有さないが、複数のタンパク分子が結合分子として確認されている。 私は、APPの結合分子及びその関連分子の核移行性を検討する目的で、結合が報告された分子群をクローニングし、培養細胞に強制発現させ、Exportin依存古典的な核細胞質輸送経路の阻害剤・LMBを用いて、強制発現した分子の局在を観察した。その結果、既に報告されていたFE65以外にこれまで細胞質分子として考えられてきたX11L、X11L2がLMB処理時に核内に局在することを確認できた(Fig. 2a)。さらに、マウス脳を生化学的な手法で分画し細胞内局在を調べたところ、X11L、X11L2が核に存在することを確認した(Fig. 2b)。 以上からX11L、X11L2が核移行性を有することを明らかにした。

<X11L2に関する解析>

Gal4 DNA binding domain をFE65に融合したタンパク質(Gal4BD-FE65)が転写活性化能を有すると報告されている。同様にGal4BD-X11L2が転写活性化能を有するかを、Reporter gene assayで検証した。その結果Gal4BD-X11L2はGalBD-FE65と同様にGal4BD単独に比べ有意に高い転写活性が確認され (Fig. 4c)、Gal4BD-X11L2が転写活性化能を有することを明らかにした。

さらにGal4BD-X11L2による転写活性化能の詳細な解析を進め、この活性がMEK阻害剤(U0126)により抑制され (Fig. 4d)、転写因子ELK-1とX11L2が相互作用することを明らかにした。これらのことからX11L2がErkシグナリングのカスケードに位置する機能が予想された。

ELK-1はETS DNA binding domainを有し、DNAへの結合方法として、1) SRF+ELK-1複合体を形成しDNA中のSRE (serum respons element)に結合する、もしくは2) ELK-1単独でDNA中のETS binding siteに結合する、2種類の様式が報告されている。前者の例としてc-Fos promoterの促進、後者の例としてPS-1 promoterの抑制が挙げられる。内在性X11L2が転写シグナルに影響するかを評価するため、c-Fos promoter、PS-1 promoterを用いて、さらに内在性X11L2をRNAiによってノックダウンを行いReporter assayを行った。 その結果、内在性X11L2のノックダウンによって、c-Fos promoterの活性は低下し、PS-1 promoterの活性は上昇した。以上から内在性X11L2はELK-1による転写シグナルに促進的に機能していると考えられる。

<X11Lに関する解析>

Gal4BD-X11LはGal4BD-X11L2と異なり、培養細胞系では十分な転写活性化能は検出されず、またX11LのN末端領域に結合する転写因子の報告はない。そこで、X11LのN末端領域をbaitに、human adult brain libraryからyeast twohybrid法によって結合分子の探索を行った。その結果、GR (Gulcocorticoid Receptor)を単離し、培養細胞系での相互作用を確認した(Fig. 6a)。さらにX11LがGRシグナルへ与える影響を検討するため、GRE(GRの結合配列)を用いたpromoter assayを行った。その結果X11LによりGRシグナルの促進が確認された。以上から、X11LはGRシグナルに関与することが想定できる。

<候補下流遺伝子についての検討>

以上から候補に挙げられる、X11L2+ELK-1を介するもの、X11L+GRを介するもの、また報告のあるFE65を介する下流遺伝子について検討を進めた。γ-secretase inhibitorを用いてAICDの産生を止め、候補遺伝子のpromoter assayを行い、promoter活性の変動を検出した。その結果、X11L2+ELK-1+ETS binding siteを介した経路と、定常的な活性値は低いもののX11L+GRを介した経路がγ-secretase inhibitorによる制御を受けた。

<14-3-3に関する解析>

Gal4BD-AICDによる転写活性に必要な領域は666-695 a.a. (APP695)である。このN末端領域側(666-680)をbaitにしたtwo-hybrid screeningにより結合分子の探索を行ったところ14-3-3 proteinが単離された。 14-3-3 protein family は真核生物に広く存在し、最も発現量の多い蛋白の一つである。14-3-3 protein famly は多くの場合、結合分子に対してリン酸依存的に相互作用を行う。そして14-3-3は、target分子への結合により酵素活性の制御や局在の制御を行う、機能制御機構の場を与える足場蛋白である。そこで、14-3-3 protein familyのAPPとの相互作用の解析とGal4BD-AICDによる転写活性への寄与について検討を行った。

Human 14-3-3 protein familyはβ、ε、γ、η、σ、θ、ζの7分子から成る。これらをクローニングし、APPとの相互作用を検証した。APP 647-695 peptideと精製GST-14-3-3を用いた In vitroのpull down assayから、AICDと14-3-3γ、phosphorylated AICD-Thr668と14-3-3ηがそれぞれ相互作用を行うことが分かった。また、マウス脳可溶化サンプルと抗14-3-3γ抗体を使用したIn vivoの共役免疫沈降法から、APPと14-3-3γの相互作用が確認された。次に、Gal4-BD-AICDの転写活性への寄与について検討を行った。その結果、14-3-3γ proteinはGal4BD-AICD+FE65複合体による転写活性に促進的に寄与し、14-3-3η protein proteinはGal4BD-AICD+X11L2複合体による転写活性に促進的に寄与することが分かった。以上の結果は、AICDによる転写シグナルに、Thr668のリン酸化と14-3-3 proteinの相互作用を介し、制御を行う可能性を示唆している。

<まとめ>

私は今回の研究によって、これまで細胞質蛋白として考えられてきたX11L2、X11Lの核移行性を見出し、その核内機能について解析を行った。その結果、X11L2はErKシグナルに関与し、ELK-1による転写シグナルに機能することを明らかにした。さらに、ELK-1による転写シグナルの内、ETS binding siteをTargetにするシグナルではγ-secretase inhibitorの影響を受け、これはAICDによる転写制御が示唆される。また、X11LによるGRシグナルへ関与する可能性を明らかにした。GRは社会的ストレスへの応答に関わる分子で、X11Lは組織内での発現分布についてGRと良く一致しており、X11Lのノックアウトマウスでは社会的ストレスへの応答に異常が見られる。今回得られた知見はX11Lの機能解析に大きく寄与すると期待できる。

今回、X11L2、X11Lの解析によって得られた知見によって、AICDによる転写シグナルを想定したTarge遺伝子が挙げられた。今後さらなる詳細な解析と、ADとの関係の有無などの検討が必要である。

Fig.1 APP代謝の模式図 APPはI型タンパク質で2回の切断を受ける。一段階目の切断の結果sAPP、CTFβを産生し、二段階目の切断によってAβ、ACIDを産生する。

Fig.2 X11 family分子の細胞内局在 a.N2-a細胞に各コントラクトを強制発現、24hr.後さらにLMB,50ng/mlで5hr.で処理しLSM-510で観察。LMBはNuclep-^cytoplasmaic exporting Inhibitorである。b.mouse brainを生科学的手法で企画し、核fractionをSDS-PAGE後、westerm blotで検出

Fig.3 X11 familyの構造 human X11 familyは、X11、X11L、X11L2から構成される。X11 familは相同姓の低いN末端領域、APAPと相互作用部位であるPI domain、2つのPDZ domainを有する。

Fig.4 Gal4BD-X11L2の転写活性の解析 a.Erkシグナルの簡易概略 b.Peporter assay 模式図 c.N2-a細胞に書く紺スト楽とを強制発現させ、24hr.後に細胞をlysisし、Luciferase活性を測定。 d.N2-a細胞に書く紺スト楽とを強制発現させ、指定濃度のU0126存在下で24hr.培養し、細胞をLlysisし、Luciferase活性を測定。

Fig.5 内在性X11L2による転写制御 a.各コンストラクトの模式図 △SRE;c-Fos promoter領域からELK-1結合siteを欠損させたコンストラクト b,c.N2-a細胞に各コンストラクトの強制発現とRNAiを行い72hr.細胞をLysisし、Luciferase活性を測定。

Fig.6 X11LによるGRシグナルへの関与 a.N2-a細胞に書くコンストラクトを強制発現、24hr.で細胞をLysisし、 X11Lを免疫沈降、共沈されたGRをSDS-PAGE後Western Blotで検出 b.コントラクト模式図 GRE;glucocorticoid receptor response element c.N2-a細胞に書くコンストラクトを強制発現、更にDEXで24hr.刺激後、細胞をLysisし Luciferase活性を測定 DEX;GR agonist

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病は老化に伴い発症する最も患者数の多い老人性認知症で、現在まで有効な治療法は確立されていない。APP (Amyloid Precursol Protein)はI型膜タンパク質で、2回の切断を受けてAβを生成し、AD発症と強く相関する。また、家族性ADの原因因子でもある。現在までAPPの生理機能は未解明な点が多く、APPの機能解析はAD発症機構の解析、治療法の開発を考える上で非常に重要である。APPの切断によりAβ分泌と同時に細胞内に放出される細胞質ドメイン(AICD)は、アダプタータンパク質FE65 と複合体を形成し転写活性化能を有することが2000年に報告された。しかし発現制御を受ける遺伝子の同定は明確に行われておらず、AICDとFE65複合体の転写活性化機構も未解明である。そこで本研究では、AICDが遺伝子発現において細胞内情報伝達機構に関与する仮説の検証を、AICD結合分子の解析通してを行い、APPの生理機能の解明に取り組んだ。

AICDは短いペプチド(49アミノ酸)であるが、複数のタンパクが結合することが確認されている。APP結合分子及びその関連分子の中から、核への情報伝達を担う分子を探索するために、AICDに結合が報告されたタンパクを培養細胞に発現させ、Exportin依存的な核細胞質輸送経路の阻害剤・LMB存在化で、結合タンパクの局在を観察した。その結果、核移行シグナルを持ち既に報告されていたFE65以外に、これまで細胞質分子として考えられてきたX11L、X11L2がLMB処理時に核内に局在することを明らかにした。さらに、マウス脳を生化学的な手法で分画し細胞内局在を検討し、X11L、X11L2が核に存在することを確認した。 以上からX11L、X11L2が核移行性を有するタンパク質であることを明らかにした。

酵母Gal4 DNA-binding domain をFE65に融合したタンパク質(Gal4BD-FE65)は、転写活性化能を示すことが報告されている。同様にGal4BD-X11L2の転写活性化能をReporter gene assayで検証した。その結果Gal4BD-X11L2はGal4BDに比べ有意に高い転写活性を示し、Gal4BD-X11L2が転写活性化能を有することを明らかにした。さらにGal4BD-X11L2による転写活性化機構の詳細な解析を進め、この活性がMEK阻害剤(U0126)により抑制され、転写因子ELK-1とX11L2が相互作用することを明らかにした。これらのことからX11L2がErk情報伝達系カスケードの下流に位置して機能することが予想された。

ELK-1はETS DNA-binding domainを有し、1) SRFとELK-1からなる複合体を形成しDNAのSRE (serum respons element)配列に結合する、もしくは2) ELK-1単独でDNA中のETS binding siteに結合する、ことが報告されている。前者の例にc-Fos promoterを介した遺伝子発現の活性化、後者の例にPS-1 promoterを介した遺伝子発現の抑制が知られている。内在性X11L2が遺伝子発現制御に果たす役割を解明する目的で、c-Fos promoter、PS-1 promoterを用いたReporter assayを行った。内在性X11L2の発現をRNAiを用いてノックダウンした際、c-Fos promoterの活性は低下し、PS-1 promoterの活性は上昇した。これらの結果は、X11L2はELK-1による転写制御に促進的に機能していることを示している。

次に転写制御に必要なX11LのN末端領域の結合分子の探索を行った。ヒト脳cDNA libraryからyeast two-hybrid法を用いて結合分子をスクリーニングした結果、GR (Gulcocorticoid Receptor)を単離し、培養細胞系での相互作用を確認した。さらにX11LがGRシグナルへ与える影響を検討するため、GRE(GRの結合配列)を用いたpromoter assayを行った。その結果X11LによりGRによる遺伝子発現の促進が確認された。以上から、X11LはGRシグナルに関与することが示唆された。

Gal4BD-AICDによる転写活性に必要な領域は666-695 a.a. (APP695)である。このN末端領域側(666-680)をbaitにtwo-hybrid screeningによる結合分子の探索を行ったところ、14-3-3 proteinを単離した。14-3-3 protein family は標的タンパク質とリン酸化依存的な相互作用を行い、標的タンパク質の酵素活性や局在の制御を行うことが知られている。そこで、14-3-3 protein familyのAPPとの相互作用の解析とGal4BD-AICDによる転写活性への寄与について検討を行った。Human 14-3-3 protein familyはβ、ε、γ、η、σ、θ、ζの7分子から成る。これらのcDNAをクローニングし、APPとの相互作用を検証した。APP 647-695 peptideと精製GST-14-3-3を用いた In vitroのpull down assayから、AICDと14-3-3γ、Thr668-phosphorylated AICDと14-3-3ηがそれぞれ相互作用を行うことを明らかにした。また、マウス脳可溶化サンプルと抗14-3-3γ抗体を使用したin vivoの共役免疫沈降法から、脳におけるAPPと14-3-3γの相互作用が確認された。次に、Gal4-BD-AICDの転写活性への寄与について検討を行った。その結果、14-3-3γ proteinはGal4BD-AICDとFE65複合体による転写活性に促進的に寄与し、14-3-3η proteinはGal4BD-AICDとX11L2の複合体による転写活性を促進することが分かった。以上の結果は、AICDによる遺伝子発現機構に、Thr668のリン酸化と14-3-3 proteinの相互作用が重要な役割を果たす可能性を示唆している。

要約すると、本研究では細胞質蛋白として考えられてきたX11L2、X11Lの核移行性を見出し、その核内機能について解析を行った。その結果、X11L2はErK情報伝達系の下流に位置し、ELK-1による遺伝子発現制御に機能することが明らかにされた。さらに、ELK-1が制御する遺伝子発現機構のうち ETS 結合部位を標的とする制御機構は、γ-secretase 阻害剤の影響を受けることから、AICDが転写制御に関わっていることが示唆された。また、X11LがGRシグナルへ関与する可能性を明らかにした。GRは社会的ストレスへの応答に関わる分子で、X11Lは組織内での発現分布がGRと良く一致しており、X11Lのノックアウトマウスは社会的ストレスへの応答に異常が見られることから、本研究から得られた知見はX11Lの神経機能の理解をとうして、医療薬学への貢献が顕著であり、博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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