学位論文要旨



No 121543
著者(漢字) 石井,絢
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ケン
標題(和) ASK1-p38 MAPK経路によるATP誘導性macrophages細胞死の制御機構
標題(洋)
報告番号 121543
報告番号 甲21543
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1186号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

マクロファージが感染・炎症病巣において種々の刺激を受けて細胞死を引き起こす現象は、アポトーシスの代表的な例として良く知られている。しかしながらその詳細な分子メカニズムの解明はこれまでほとんど為されていない。ATPもこのようなマクロファージにアポトーシスを誘導する刺激分子の一つとして以前から認知されていた。ATPはあらゆる細胞に多量に存在する生体のエネルギー源であるが、近年その細胞外シグナル伝達分子としての広範な役割が注目を集めている。

一方当研究室では、Apoptosis Signal-regulating Kinase(ASK)1が酸化ストレスなど様々なストレス刺激を感受して、Mitogen-ActivatedProtein Kinase(MAPK)ファミリーメンバーであるc-Jun NH2-terminalKinase(JNK)やp38MAPKを活性化するMAPK kinase kinaseとして機能し、アポトーシスを誘導することを報告してきた。更に最近、ASK1がマクロファージにおいてTNF-αやIL-1βなどの代表的な炎症性サイトカインの産生やファゴサイトーシスなど、自然免疫において重要な機能を制御していることが明らかとなり、マクロファージの生理応答制御へのASK1の積極的な関与が示されつつある。

私はマクロファージの機能解析を進める過程で、ASK1-/-マウスの脾臓由来初代培養マクロファージ(Spleen-Derived Macrophages ; SDMs)において、ATPによるp38の活性化が消失していることを見出した(Fig.1)。上述の通りASK1はアポトーシスの重要な制御分子であることから、本研究ではマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスの分子メカニズムを、ASK1-p38経路の関与を中心に解明することを目的とした。

[方法と結果]

ATPおよびH2O2はp38経路の活性化を介してアポトーシスを誘導する

マクロファージ系cell lineであるRAW264.7細胞では、ATP処理によってアポトーシスに特徴的な現象であるDNAfragmentationが引き起こされる。本細胞を用いてアポトーシスに対するMAPK経路の関与を検討した。各種特異的MAPK阻害剤前処置の後にATP刺激を行ったところ、p38阻害剤(SB202190,SB203580)によってアポトーシスが抑制されることがわかった(Fig.2)。この時JNK阻害剤(SP600125)やp38阻害剤の不活性型構造類似体(SB202474)では全く抑制されなかったことから、ATP誘導性アポトーシスがp38を介していることが強く示唆された。一般的にJNK依存的アポトーシスは多くの細胞で報告されているが、p38依存的アポトーシスに関する報告は僅かであり、マクロファージに特徴的な制御機構であると考えられる。実際、多くの細胞種でアポトーシスを誘導することが知られている過酸化水素(H2O2)刺激も、RAW264.7細胞においてはp38を介してアポトーシスを引き起こすことが明らかとなった(Fig.2)。

ATP誘導性アポトーシスにはROS産生が関与している

Fig.2で示したH2O2とATPによって誘導されるアポトーシスの類似性から、共通の細胞内シグナル伝達機構が存在する可能性が考えられた。そこでATP誘導性アポトーシスが活性酸素種(ReactiveOxygen Species ; ROS)の産生を介しているかを調べるために、ATPおよびH2O2刺激により引き起こされるDNA fragmentationへの抗酸化剤の影響を調べた。抗酸化剤の前処置によってATPおよびH2O2誘導性DNA fragmentationが抑制されたことから(Fig.3)、ATPによって引き起こされるアポトーシスへのROSの関与が示唆された。更にROS特異的な蛍光プローブを用い、ATP刺激によりRAW264.7細胞内でROSが産生されることを確認した。したがってATP誘導性アポトーシスは、おもにROS産生を介して引き起こされるものと考えられる。また、阻害剤を用いた実験によって、このROSはミトコンドリア由来である可能性が強く示唆された。

P2X7受容体がATPによるp38依存性アポトーシスに必要である

細胞外のATPは主として細胞膜表面上に多種類存在するP2プリン受容体を介して細胞内にシグナルを伝達する。特にマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスには、P2X7受容体が主に働いていることがわかっている。実際にP2X7受容体特異的なアンタゴニストであるKN62およびBrilliant Blue G(BBG)を前処置することで、ATPによって誘導されるアポトーシスが完全に抑制された。前述の通りRAW264.7細胞におけるATP誘導性アポトーシスはp38の活性化に依存していることから、p38の活性化が実際にP2X7受容体を介しているか否かを検討した。KN62およびBBG前処置によってATPによるp38の活性化が濃度依存的に抑制されたこと(Fig.4)、さらに各種P2受容体アゴニストを用いた検討によっても、ATPによるp38の活性化はP2X7受容体を介していることが明らかとなった。また、KN62がATPによるROSの産生を抑制したことより、ROSの産生からp38活性化に至る一連の経路の上流にはP2X7受容体が位置し、ATP誘導性アポトーシスを制御している可能性が示唆された。

P2X7受容体のC末端がATPによるp38活性化に必要である

これまでにP2X7受容体を介したアポトーシス誘導には、受容体の長い細胞内C末端領域が必要であることが示されている。そこでHEK293A細胞にP2X7受容体、あるいはそのC末端欠損変異体(P2X7ΔC)を一過性に発現させ、ATP誘導性のp38活性化に対するC末端の必要性を検討した。するとFlag-P2X7を発現させた細胞はATPによってp38が活性化したものの、Flag-P2X7ΔCを発現させた細胞ではp38が活性化しなかった(Fig.5)。したがってP2X7受容体を介したp38の活性化はそのC末端領域を介して引き起こされ、アポトーシスを誘導していると考えられる。

ASK1がATP誘導性アポトーシスに必要である

これまでの実験で、ROSによるp38の活性化がRAW264.7細胞のATP誘導性アポトーシスに必要であることが明らかとなった。Fig.1の結果より、マクロファージにおけるATP依存的なp38の活性化はASK1特異的に制御されていたことから、ATP誘導性アポトーシスをASK1が制御している可能性を検討した。caspase-3活性およびhistone-associated-DNA-fragments量を指標として、ATP誘導性アポトーシスについてASK1+/+およびASK1-/-マウス由来SDMsで比較したところ、ASK1-/-SDMsではアポトーシスが顕著に減弱していた(Fig.6)。またH2O2刺激においてもATPと同様ASK1依存的なアポトーシスが観察された(Fig.6)。ASK1+/+およびASK1-/-SDMsにおいてP2X7受容体発現量、ROS産生量に差が認められなかったことから、ASK1-/-SDMsにおけるアポトーシスの減弱はASK1-p38経路の欠失に起因するものと考えられる。これらの結果より、マクロファージにおいてATP刺激によるアポトーシス誘導およびp38の活性化に、ASK1が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

[まとめ]

本研究で私は、これまで未解明であったマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスが、以下のような経路を介していることを明らかにした。すなわち細胞外のATPがP2X7受容体に認識され、受容体のC末端がミトコンドリアからのROSの産生を惹起する。産生したROSはASK1の活性化を経てp38を活性化し、さらにその下流でcaspase-3を活性化してアポトーシスを誘導する(Fig.7)。

近年マクロファージのアポトーシスの生理的意義の一つとして、炎症反応の終結に重要である可能性が示唆されている。最近ASK1がマクロファージからの各種炎症性サイトカインの産生誘導に関与していることが明らかとなっているが、その一方でマクロファージのアポトーシスをもASK1が制御しているという今回の結果は、炎症惹起から終結に至るまでの一連の自然免疫応答の制御にASK1-p38経路が働いていることを示す結果であり、非常に合目的的であると考えられる。

Fig.1 ASK1+/+およびASK1-/-SDMsにおける3mMATP処置によるMAPKの活性化

Fig.2 2mM ATPおよび0.3mMH2O26hr刺激に対する各種MAPK阻害剤(20μM)の影響

Fig.3 2mM ATPおよび0.3mMH2O26hr刺激に対する抗酸化剤propyl gallate(PG)20μMの影響

Fig.4 ATPに対するP2X7受容体特異的アンタゴニストの影響

Fig.5 ATP誘導性p38MAPK活性化におけるP2X7受容体C末端の必要性

Fig.6 5mM ATPおよび0.3 mM H2O2 6hr刺激によるアポトーシス誘導

(A)caspase-3活性(B)histone-associated-DNA-fragments量

Fig.7 マクロファージにおけるATP誘導アポトーシスシグナル伝達モデル

審査要旨 要旨を表示する

マクロファージが種々の刺激を受けて細胞死を引き起こす現象は、アポトーシスの代表的な例として良く知られている。しかしながらその詳細な分子メカニズムの解明はこれまでほとんど為されてこなかった。ATPもこのようなマクロファージにアポトーシスを誘導する刺激分子の一つとして以前から認知されていた。ATPはあらゆる細胞に多量に存在する生体のエネルギー源であるが、近年その細胞外シグナル伝達分子としての広範な役割が注目を集めている。

Apoptosis Signal-regulating Kinase(ASK)1は酸化ストレスなど様々なストレス刺激を感受して、Mitogen-Activated Protein Kinase(MAPK)ファミリーメンバーであるc-Jun NH2-terminalKinase(JNK)やp38 MAPKを活性化するMAPK kinase kinaseとして機能し、アポトーシスなどの生理応答を誘導することが知られている。最近、ASK1がマクロファージの自然免疫において重要な機能を制御していることが明らかになるなど、マクロファージの生理応答制御へのASK1の積極的な関与が示されつつあった。本研究はマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスの分子メカニズムを、ASK1-p38経路の関与を中心に詳細に解析したものである。以下に本研究によって得られた主要な知見をまとめる。

ATPはROS産生を介してp38経路の活性化、及びアポトーシスを誘導する

マクロファージ系celllineであるRAW264.7細胞では、ATP処理によってアポトーシスが引き起こされる。本細胞を用いてアポトーシスに対するMAPK経路の関与を検討したところ、ATP誘導性アポトーシスがp38を介していることが強く示唆された。更なる検討の結果ATP誘導性アポトーシスが活性酸素種(Reactive Oxygen Species ; ROS)の産生を介していることが抗酸化剤実験、及びROS特異的な蛍光プローブを用いた実験によって明らかとなった。また、阻害剤を用いた実験によって、このROSはミトコンドリア由来である可能性が強く示唆された。

P2X7受容体がATPによるp38依存性アポトーシスに必要である

細胞外のATPは主として細胞膜表面上に多種類存在するP2プリン受容体を介して細胞内にシグナルを伝達する。特にマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスでは、細胞内シグナル伝達機構は未知であったものの、P2X7受容体が主に働いていることがわかっていた。P2X7受容体アンタゴニスト及び各種P2受容体アゴニストを用いた検討によって、ATPによるp38の活性化はP2X7受容体を介していることが明らかとなった。また、P2X7受容体アンタゴニストがATPによるROSの産生を抑制したことより、ROSの産生からp38活性化に至る一連の経路の最上流にはP2X7受容体が位置し、ATP誘導性アポトーシスを制御している可能性が示唆された。分子生物学的解析の結果、このP2X7受容体を介したp38の活性化はそのC末端領域を介して引き起こされ、アポトーシスを誘導していると考えられた。

ASK1がATP誘導性アポトーシスに必要である

脾臓由来の初代培養マクロファージ細胞(Spleen-derived macrophages ; SDMs)を用いて更に検討すると、ATP依存的なp38の活性化はほぼASK1特異的に制御されていることが明らかとなった。そこでATP誘導性アポトーシスについてASK1の寄与を検討したところ、ASK1+/+と比較してASK1-/-SDMsではアポトーシスが顕著に減弱していた。またROSを模倣するH2O2刺激においてもATP同様、ASK1依存的なアポトーシスが観察された。ASK1+/+およびASK1-/-SDMsにおいてP2X7受容体発現量、ROS産生量に差が認められなかったことから、ASK1-/-SDMsにおけるアポトーシスの減弱はASK1-p38経路の欠失に起因するものと考えられた。したがって、マクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスおよびp38の活性化に、ASK1が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

以上より本研究によって、これまで未解明であったマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシスが、以下のような経路を介していることが明らかとなった。すなわち細胞外のATPがP2X7受容体に認識され、受容体のC末端がミトコンドリアからのROSの産生を惹起する。産生したROSはASK1の活性化を経てp38を活性化し、さらにその下流でcaspase-3を活性化してアポトーシスを誘導する。

近年マクロファージのアポトーシスの生理的意義の一つとして、炎症反応の終結に重要である可能性が示唆されている。最近ASK1がマクロファージからの各種炎症性サイトカインの産生誘導に関与していることが明らかとなっているが、その一方でマクロファージのアポトーシスをもASK1が制御しているという今回の結果は、炎症惹起から終結に至るまでの一連の自然免疫応答の制御にASK1-p38経路が働いていることを示す結果であり、非常に合目的的である可能性を提示したものである。

本研究はASK1の新たな生理的刺激としてATPを見いだし、これまで未知であったマクロファージにおけるATP誘導性アポトーシス制御機構を詳細に解明した報告である。MAPK経路と自然免疫系路との複雑なクロストークの解析を進めるにあたって非常に重要な礎となり得る点において画期的であり、またp38依存的なアポトーシス誘導シグナル伝達機構解明への方向性を示した点でも意義深いことから、本研究を博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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