学位論文要旨



No 121544
著者(漢字) 長田,祥秀
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,ヨシヒデ
標題(和) 老人斑アミロイド結合蛋白質CLACがAβの蓄積と毒性に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 121544
報告番号 甲21544
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1187号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)の脳には、神経細胞脱落に加えて、老人斑、神経原線維変化という2種類の病理学的変化が出現する。老人斑はアミロイドβペプチド(Aβ)からなるアミロイド線維の細胞外蓄積がその本態であり、(1)老人斑の形成はADの最初期病変であること、(2)家族性ADに連鎖した病因遺伝子変異はAβの産生もしくは凝集を亢進させること、(3)線維化したAβは神経細胞毒性を示すことなどの知見から、AβをAD発症の原因と考える「アミロイド仮説」が支持されている。

CLAC(collagenous Alzheimer amyloid plaque component)は老人斑に蓄積する主要な非Aβ成分の1つである。CLACは神経細胞特異膜結合コラーゲンであるCLAC前駆体蛋白(CLAC-P)がfurinにより切断を受け、分泌された細胞外部分(sCLAC)がアミロイドに結合・蓄積したものである(図1)。CLACはAD脳に豊富な原始老人斑に多量に蓄積するが、初期のびまん性老人斑や進行期に出現する典型的アミロイドには少ないという特異な性質を示す。これらの観察結果から、CLACはAβの蓄積過程に作用し、老人斑アミロイドの蓄積やADの発症に影響を及ぼす可能性が考えられてきた。

私はこれまでにsCLACとAβのin vitro結合実験系を確立し、sCLACと線維化Aβが静電的な相互作用により結合することを明らかにした。そこでCLACとAβの関係をさらに解明するため(1)sCLACとAβの結合にかかわるサブドメインの同定、(2)sCLACがAβの細胞毒性に与える影響の解析を行い、さらに(3)CLACがAβの蓄積に及ぼす影響をin vivoで検討するために、複眼にAβを蓄積するトランスジェニックショウジョウバエを作出し、組織学的解析を行った。

sCLACとAβの結合領域の同定

これまでの検討で、CLAC-P恒常発現HEK293細胞の培養上清中に分泌されたsCLACが線維化Aβと結合することをin vitro Aβ結合アッセイにより確認した。CLAC-Aβの結合は塩濃度依存的な解離を示すことから、静電的相互作用によるものと考えられた。そこでsCLACのAβ結合領域として、CLAC-Pのコラーゲン様Gly-X-Y配列内に存在する塩基性アミノ酸クラスターに注目した。CLAC-PにはCOL1領域、COL2領域に各1ヶ所、COL3領域に2ヶ所塩基性アミノ酸クラスター領域が存在する(図1)。そこでそれぞれの領域のリジン及びアルギニン残基をプロリンに置換したCLAC-P変異体を作出し、in vitroAβ結合アッセイによりNaCl添加による結合阻害のパターンを解析した。その結果COL2、COL3変異体では、NaCl添加による結合阻害曲線は野生型と変わらなかったのに対し、COL1領域(126 GKRGKRGRR 134)の変異体では、低濃度のNaCl添加により両者の結合が阻害され、Aβとの結合能が消失した(図2)。この結果からCOL1領域の塩基性アミノ酸クラスターがAβとの結合に重要な役割を果たすことがわかった。

次に様々な長さのAβ部分ペプチドを用いて、Aβ配列内に存在するsCLACとの結合領域の同定を試みた。sCLACを予め線維化したAβ(1-42)ペプチドとプレインキュベートした後にin vitro Aβ結合アッセイを行うと、フリーのsCLACは減少し、固相上に固定した線維化Aβとの結合は減少した。しかしAβ(17-42)ペプチドは線維形成するにもかかわらずsCLACと結合しなかった。この結果から、酸性アミノ酸が豊富なAβのアミノ末端側(1-16)がsCLACとの結合に重要であることが示唆された。

sCLACの結合が線維化Aβの細胞毒性に及ぼす影響

線維化したAβは神経細胞ならびに各種の非神経細胞に対し毒性を発揮することが示されている。sCLACは線維化したAβと特異的に結合することから、Aβの細胞毒性に何らかの影響を与える可能性を想定した。そこで精製sCLACが、HEK293細胞に対するAβの毒性に及ぼす影響を検討した。

予め線維化させた1μMのAβに10nMの精製sCLACを結合させた後、HEK293細胞に添加し、24時間後の細胞生存率をMTTアッセイ法で解析した。その結果、細胞生存率は線維化Aβ単独投与の場合には約60%に減少したが、sCLACの添加により約80%まで回復した(図3)。sCLACによる細胞生存の改善は、1mMの過酸化水素添加による細胞毒性に対しては見られなかった。さらにAβとの結合能を持たないCOL1変異体ではこの効果は約70%に減弱した(図3)。これらの結果から、sCLACの抗Aβ毒性効果は、sCLACとAβの結合を介するものと考えられた。

複眼にβアミロイド蓄積を生じるトランスジェニックショウジョウバエの作出とCLACがアミロイド斑形成に及ぼす影響の検討

CLACをはじめとする非Aβ老人斑構成成分がアミロイド蓄積に及ぼす影響をin vivoで評価することを目的に、複眼にβアミロイド蓄積を生じるトランスジェニックショウジョウバエ(Tg fly)を作出して検討した。

ショウジョウバエはAβ前駆体蛋白APPおよびAβのアミノ末端切り出し酵素BACEを内因性に持たない。そこでGal4-UASシステムを用いてヒトAPP、ヒトBACE、さらにAβ蓄積を促進するために家族性AD変異型ショウジョウバエpresenilin(Psn)の3遺伝子を複眼特異的に発現するTg flyを作出した。48日齢のTg fly複眼を抗Aβ抗体で免疫染色すると、陽性を示す斑状構造物の出現が認められた(図4)。この構造物はβシート構造を認識する蛍光色素thioflavin Sに陽性を示すことから、βアミロイドと考えられた(図4)。次にCLAC-P、または代表的な老人斑非Aβ成分であり、in vivoでアミロイド形成の促進効果が知られるapolipoprotein E(apoE)を複眼に過剰発現するTg flyを作出し、APP,BACE,Psn3重発現Tg flyと交配した。得られた4重Tg flyの複眼を40日齢で観察すると、CLACまたはapoEの共発現によりβアミロイド斑の出現個体の頻度は上昇した(図5)。このときAPP、BACE、Psnの蛋白発現量は変化しておらず、CLACあるいはapoEの発現がAβの蓄積を促進したものと考えられた。

本研究において私は、sCLACと線維化Aβが、sCLACのCOL1領域に存在する塩基性アミノ酸クラスターとAβのアミノ末端を介して静電的に結合することをin vitroの結合実験から実証した。そしてsCLACはAβ線維との結合を介して、Aβの細胞毒性を阻害することを明らかにした。さらにTg flyを用いたin vivoの検討により、CLACあるいはapoEがβアミロイド斑形成を促進することを示した。

これらの結果から、AD脳の老人斑においてβアミロイドと共存するCLACは、線維化したAβに結合することにより、その毒性を緩和すると同時に、Aβの老人斑への隔離(sequestration)を促す因子である可能性が示唆される。今後Tg flyを用いた遺伝学・病理学的検討により、Aβ細胞毒性のメカニズム、ならびにCLACの病的機能を明らかにしてゆきたい。

図1. CLAC-Pの構造

図2. 変異型sCLACとAβの結合の塩濃度感受性

図3. sCLACがAβ毒性に及ぼす影響

図4. Tg fly複眼におけるβアミロイド斑形成

図5. βアミロイド斑形成個体の比率(40日齢)

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)の脳には、神経細胞脱落に加えて、老人斑、神経原線維変化という2種類の病理学的変化が出現する。老人斑はアミロイドβペプチド(Aβ)からなるアミロイド線維の細胞外蓄積がその本態であり、(1)老人斑の形成はADの最初期病変であること、(2)家族性ADに連鎖した病因遺伝子変異はAβの産生もしくは凝集を亢進させること、(3)線維化したAβは神経細胞毒性を示す等の知見から、AβをAD発症の原因と考える「アミロイド仮説」が支持されている。

CLAC(collagenous Alzheimer amyloid plaque component)は老人斑に蓄積する主要な非Aβ成分の1つである。CLACは神経細胞特異膜結合コラーゲンであるCLAC前駆体蛋白(CLAC-P)がfurinにより切断を受け、分泌された細胞外部分(sCLAC)がアミロイドに結合・蓄積したものである。CLACはAD脳の原始老人斑に多量に蓄積するが、初期のびまん性老人斑や進行期の典型的アミロイドには少ないという特質を示す。これらの結果から、CLACはAβの蓄積過程に作用し、老人斑アミロイドの蓄積やADの発症に影響を及ぼす可能性が考えられてきた。

申請者はこれまでにsCLACとAβのin vitro結合実験系を確立し、sCLACと線維化Aβが静電的な相互作用により結合することを明らかにした。そこでCLACとAβの関係をさらに解明するため(1)sCLACとAβの結合にかかわるサブドメインの同定、(2)sCLACがAβの細胞毒性に与える影響の解析を行い、さらに(3)CLACがAβの蓄積に及ぼす影響をin vivoで検討するために、複眼にAβを蓄積するトランスジェニックショウジョウバエを作出し、組織学的解析を行った。

sCLACとAβの結合領域の同定

CLAC-P恒常発現HEK293細胞の培養上清中に分泌されたsCLACが線維化Aβと結合することをin vitro Aβ結合アッセイにより確認した。CLAC-Aβの結合は塩濃度依存的な解離を示すことから、静電的相互作用によるものと考えられた。そこでsCLACのAβ結合領域として、CLAC-Pのコラーゲン様Gly-X-Y配列内に存在する塩基性アミノ酸クラスターに注目した。CLAC-PにはCOL1領域、COL2領域に各1ケ所、COL3領域に2ケ所塩基性アミノ酸クラスター領域が存在する。各領域のリジン及びアルギニン残基をプロリンに置換したCLAC-P変異体を作出し、in vitroAβ結合アッセイによりNaCl添加による結合阻害のパターンを解析した。その結果COL2、COL3変異体では、NaCl添加による結合阻害曲線は野生型と不変であったのに対し、COL1領域の変異体では、低濃度のNaCl添加により両者の結合が阻害され、Aβとの結合能が消失した。この結果からCOL1領域の塩基性アミノ酸クラスターがAβとの結合に重要であることがわかった。

次に様々な長さのAβ部分ペプチドを用いて、Aβ配列内に存在するsCLACとの結合領域の同定を試みた。sCLACを予め線維化したAβ(1-42)ペプチドとプレインキュベー卜した後にin vitroAβ結合アッセイを行うと、フリーのsCLACは減少し、固相上に固定した線維化Aβとの結合は減少した。しかしAβ(17-42)ペプチドは線維形成するにもかかわらずsCLACと結合しなかった。この結果から、Aβのアミノ末端側(1-16)がsCLACとの結合に重要であることが示唆された。

sCLACの結合が線維化Aβの細胞毒性に及ぼす影響

線維化したAβは神経細胞ならびに各種の非神経細胞に対し毒性を発揮することが示されている。sCLACは線維化したAβと特異的に結合することから、Aβの細胞毒性に何らかの影響を与える可能性を想定した。そこで精製sCLACが、HEK293細胞に対するAβの毒性に及ぼす影響を検討した。予め線維化させた1μMのAβに10nMの精製sCLACを結合させた後、HEK293細胞に添加し、24時間後の細胞生存率をMTTアッセイ法で解析した。その結果、細胞生存率は線維化Aβ単独投与の場合には約60%に減少したが、sCLACの添加により約80%まで回復した。sCLACによる細胞生存の改善は、1mMの過酸化水素添加による細胞毒性に対しては見られなかった。さらにAβとの結合能を持たないCOL1変異体ではこの効果は約70%に減弱した。これらの結果から、sCLACの抗Aβ毒性効果は、sCLACとAβの結合を介するものと考えられた。

複眼にβアミロイド蓄積を生じるトランスジェニックショウジョウバエの作出とCLACがアミロイド斑形成に及ぼす影響の検討

CLACをはじめとする非Aβ老人斑構成成分がアミロイド蓄積に及ぼす影響をin vivoで評価することを目的に、複眼にβアミロイド蓄積を生じるトランスジェニックショウジョウバエ(Tg fly)を作出して検討した。ショウジョウバエはAβ前駆体蛋白APPおよびAβのアミノ末端切り出し酵素BACEを内因性に持たない。そこでGal4-UASシステムを用いてヒトAPP、ヒトBACE、さらにAβ蓄積を促進するために家族性AD変異型ショウジョウバエpresenilin(Psn)の3遺伝子を複眼特異的に発現するTg flyを作出した。48日齢のTg fly複眼を抗Aβ抗体で免疫染色すると、陽性を示す斑状構造物の出現が認められた。この構造物はβシート構造を認識する蛍光色素thioflavin Sに陽性を示すことから、βアミロイドと考えられた。次にCLAC-P、または代表的な老人斑非Aβ成分であり、in vivoでアミロイド形成の促進効果が知られるapolipoprotein E(apoE)を複眼に過剰発現するTg flyを作出し、APP、BACE、Psn3重発現Tg flyと交配した。得られた4重Tg flyの複眼を40日齢で観察すると、CLACまたはapoEの共発現によりβアミロイド斑の出現個体の頻度は上昇した。このときAPP、BACE、Psnの蛋白発現量は変化しておらず、CLACあるいはapoEの発現がAβの蓄積を促進したものと考えられた。

以上の如く本研究において申請者は、sCLACと線維化Aβが、sCLACのCOL1領域に存在する塩基性アミノ酸クラスターとAβのアミノ末端を介して静電的に結合することをin vitroの結合実験から実証した。そしてsCLACはAβ線維との結合を介して、Aβの細胞毒性を阻害することを明らかにした。さらにTg flyを用いたin vivoの検討により、CLACあるいはapoEがβアミロイド斑形成を促進することを示した。これらの結果から、AD脳の老人斑においてβアミロイドと共存するCLACは、線維化したAβに結合することにより、その毒性を緩和すると同時に、Aβの老人斑への隔離(sequestration)を促す因子である可能性が示唆される。以上本研究はアミロイド結合蛋白質CLACの機能を生化学・細胞生物学的手法を駆使して解明したものであり、アルツハイマー病の病態解明に資するところ大であり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した

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