学位論文要旨



No 121546
著者(漢字) 小室,美子
著者(英字)
著者(カナ) コムロ,ヨシコ
標題(和) プロテインホスファターゼとして新たな一次構造をもつ分子PGLMの同定とそのASK1シグナル経路における機能解析
標題(洋)
報告番号 121546
報告番号 甲21546
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1189号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 岩坪,威
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

MAPキナーゼカスケードは外界からの刺激を伝達する重要な細胞内情報伝達経路であり、その中でもMAPKKKに位置するASK1は種々のストレスによって活性化され、下流のp38、JNK経路を活性化してアポトーシスをはじめとするストレス応答を引き起こすことが示されている。これまでにASK1と結合する分子が数多く同定され、その解析がASK1の機能を解明する手がかりとなってきており、当研究室でも主にyeast two-hybrid法を用いてASK1の活性化機構に重要な役割を担っている分子を同定してきた。しかしながら、ASK1の活性制御機構およびASK1の生理機能に関しては依然不明な点が多く残されている。本研究において私は、HEK293細胞に発現させたASK1と結合する分子をPull-down法にて探索した結果、新規ASK1結合分子としてPGLMを同定した。ASK1との機能的相互作用について解析を行ったところ、PGLMはプロテインホスファターゼとして機能し、ASK1の活性化に関わることが明らかとなった。哺乳類のプロテインホスファターゼはセリン・スレオニンホスファターゼとチロシンホスファターゼの各ファミリーに大きく二分されるが、PGLMは既知のプロテインホスファターゼとは一次構造上の類似性をもたず、全く新しいプロテインホスファターゼファミリーの一員としてストレス応答シグナルの制御に関わる可能性が考えられる。

【方法と結果】

Pull-down法によるASK1結合分子の同定

HEK293細胞にFlag-ASK1を過剰発現させ、抗Flag抗体により免疫沈降した。この免疫沈降物をFlagペプチドにて溶出し、プロテアーゼ処理した後に質量分析(LC-MS/MS)により解析した。その結果、新規ASK1結合分子としてhypothetical protein MGC5352を同定した。MGC5352は哺乳類からショウジョウバエや線虫に至るまで非常によく保存された分子で,N末端に膜貫通領域と予想される部位,C末端側にphosphoglycerate mutase(PGAM)に相同性の高い領域(PGLMドメイン)を有していることからPGLM(PGAM-like protein containing a putative trans-membrane domain)と命名した。HEK293細胞における過剰発現系でPGLMとASK1との結合を確認したところ、両者の結合が確認された(Fig.1)。Northern blottingによって解析したところ、PGLMはmRNAレベルでユビキタスな組織に発現していることがわかった。

ASK1の活性に対するPGLMの影響

HEK293細胞にPGLMを単独で発現させると、内在性のJNKならびにp38が活性化された。また、PGLMとASK1を共発現させると、ASK1の活性化に必須である活性化ループ内のThr残基のリン酸化(p-Thr838)が亢進し、下流のJNKならびにp38も、ASK1またはPGLMを単独で発現させた際と比較して非常に強く活性化された。PGLMは、ASK1のキナーゼ活性欠損体(K709R)との共発現ではこのような作用を示さないことから、ASK1の自己リン酸化による活性化を誘導し、ASK1によるJNK/p38経路の活性化を増強することが示唆された(Fig.2)。

PGLMの細胞内局在

PGLMのTMドメインの役割を解明するためにVenusタグをつけたPGLMWTおよびTMドメインを欠損した変異体PGLMΔTMをHEK293細胞に発現させ、細胞内局在を観察した。その結果PGLMWTは主にミトコンドリアに局在したがPGLMΔTMは細胞質にdiffuseに存在したことからTMドメインがPGLMのミトコンドリアへの局在に重要であることが示唆された(Fig.3)。またΔTMはASK1との結合がWTと比較して非常に弱く、ASK1の活性を増強させる能力もほとんどないことから、PGLMによるASK1の活性化には両者の結合が必要であることが示唆された。

PGLMは脱リン酸化によってASK1を活性化する

PGLMはリン酸基の分子内転移を触媒する酵素として知られている(Fig.4a)。一方PGAMのこの酵素反応は、糖リン酸エステルを基質に脱リン酸化、リン酸化を行っているとも捉えられる。PGLMに存在するPGLMドメインにおいては、PGLMの酵素活性中心を構成するアミノ酸がよく保存されていることから、PGLMがリン酸化タンパク質を基質に脱リン酸化もしくはリン酸化反応を触媒する可能性を考えた。そこでHis105(酵母PGLMの活性に必須のHis8に相当)に変異を加えたPGLMを作製し、ASK1の活性に対する影響を検討した。その結果、PGLMのHis105変異体であるH105AおよびH105FはASK1を活性化できず、下流のp38、JNKも活性化されなかったことから、PGLMはその酵素活性によってASK1を活性化させていることが示唆された(Fig.4b)。またPGLMと共発現させたASK1にSDS-PAGE上での顕著な泳動度の促進が認められたことから、ASK1がThr838のリン酸化以外に何らかの修飾を受けていると考えられた。ASK1の各種欠損変異体をPGLMと共発現させて電気泳動度の変化を観察したところ、PGLMによる修飾部位はASK1のC末端領域(CT)に存在することが示された。ASK1 CTを発現させた細胞抽出液をλPPase処理すると電気泳動度が促進し(Fig.4c、lane1と3の比較)、この泳動度の促進はPGLMとの共発現の際と同等である(Fig.4c、lane1と3、lane1と2の比較)ことからPGLMによるASK1の修飾は脱リン酸化であることが示唆された。以上のことからASK1は、定常状態ではC末端領域がリン酸化を受けてその活性が負に制御されているが、PGLMはその領域を脱リン酸化することによってThr838の自己リン酸化を亢進させ、ASK1を活性化すると考えられた。

PGLMはセリン・スレオニンホスファターゼである

以上の結果より、PGLMはin vivoにおいてASK1を脱リン酸化することによって活性化することが示唆されたことから、実際にPGLMがホスファターゼとして機能するかをin vitroにおいて検証した。大腸菌からリコンビナントPGLMを精製し、p-nitrophenyl phosphate(pNPP)を基質として脱リン酸化活性を測定したところ、PGLMはホスファターゼ活性をもち、この活性はHis105の変異体では失われることがわかった(Fig.5a)。さらにPGLMがタンパク質に対して脱リン酸化能をもつかを検証するためにリン酸化ペプチドに対する脱リン酸化活性を測定したところ、PGLMはphospho-Ser/Thr特異的に働くホスファターゼとして機能し、phospho-Tyrに対しては脱リン酸化能を持たないことが明らかとなった。一方、PGLMはどちらに対しても脱リン酸化能を持たなかった(Fig.5b)。

PGLMによるASK1の活性化を引き起こす分子メカニズム

ASK1の活性制御にはチオレドキシンやTRAF6といった結合分子との相互作用が重要な役割を担っている。そこでPGLMによるASK1の活性化にこれらの分子が関与するかを検討した。その結果、PGLMの過剰発現によってASK1とTRAF6の複合体形成が増強された(Fig.6)が、TrxとASK1の結合に変化は見られなかった。

PGLMの生理的意義

PGLMが生体内でどのような役割を果たすのかを知るための手がかりとして酵素活性のpHプロファイルを検討したところ、PGLMは既知のセリン・スレオニンホスファターゼと異なり、酸性領域に至適pHをもつことが明らかとなった(Fig.7a)。様々な細胞傷害性ストレスは細胞質のpH低下を引き起こすことが知られており、PGLMはそのような細胞内pH変動のセンサーとなることが考えられた。実際にASK1は酸性条件下で活性化される(Fig.7b)ことからもPGLMが細胞内pHの変化を感知してASK1を活性制御に関わる可能性が示唆された。

【まとめと考察】

本研究において私は新規ASK1結合分子としてPGLMを同定し、ASK1の活性化に関与することを示した。Fig.8に示すように、ASK1は定常状態ではC末端領域がリン酸化されておりその活性は負に制御されていると考えられる(P:negative)。PGLMはセリン・スレオニンホスファターゼとしてそのリン酸基を外すことによってASK1の活性化に必要なリン酸化の亢進を促し(P:positive)、ASK1の活性化を引き起こすものと考えられる。PGLMは既知のプロテインホスファターゼに一次構造上の類似性をもたず、またPGLMドメインをもつ分子として初めてセリン・スレオニンホスファターゼ活性をもつことが明らかとなった。興味深いことに、PGLMは他のプロテインホスファターゼと比較して酸性領域に至適pHをもつことがin vitroの実験で明らかとなり、ASK1も酸性条件下で活性化されることが示された。様々な細胞傷害性ストレスは細胞質内のpHの低下を引き起こすことが知られていることから、PGLMはそのようなpH変動を感知してストレス応答に関与する可能性が考えられる。またPGLMの基質としてはASK1以外にも様々なものが存在すると考えられ、その解析は細胞内シグナル伝達に新たな知見を与えるものと期待される。

Fig.1

(a)PGLMの構造。TM:膜貫通領域、PGAM:phosphoglycerate mutaseドメイン。

(b)293細胞におけるASK1とPGLMの結合。

Fig.2 PGLMはASK1-p38/JNK経路を活性化する。

Fig.3 PGLMの細胞内局在。

Fig.4

(a)PGLMの反応機構。

(b)PGLMのHis105変異体はASK1および下流を活性化できない。

(c)PGLMによるASK1の修飾は脱リン酸化である。

Fig.5

(a)PGLMはpNPPに対してホスファターゼ活性をもつ。

(b)PGLMはセリン・スレオニンホスファターゼである。

(左)■:p-Ser/Thrペプチド、■□:p-Tyrペプチドに対する脱リン酸化活性。(右)測定に用いたタンパク質の発現。

Fig.6 PGLMはASK1-TRAF6の結合を増強する。

Fig.7 PGLMのpHセンサーとしての可能性。

(a)PGLMのpHプロファイル。

(b)ASK1は酸性条件下で活性化される。

Fig.8 PGLMによるASK1の活性化制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

MAPキナーゼカスケードは外界からの刺激を伝達する重要な細胞内情報伝達経路であり、その中でもMAPKKKに位置するASK1は種々のストレスによって活性化され、下流のp38、JNK経路を活性化してアポトーシスをはじめとするストレス応答を引き起こすことが示されている。これまでにASK1と結合する分子が数多く同定され、その解析がASK1の機能を解明する手がかりとなってきており、当研究室でも主にyeast two-hybrid法を用いてASK1の活性化機構に重要な役割を担っている分子を同定してきた。しかしながら、ASK1の活性制御機構およびASK1の生理機能に関しては依然不明な点が多く残されている。本研究では、HEK293細胞に発現させたASK1と結合する分子をPull-down法にて探索した結果、新規ASK1結合分子としてPGLMが同定された。ASK1との機能的相互作用について解析を行ったところ、PGLMはプロテインホスファターゼとして機能し、ASK1の活性化に関わることが明らかとなった。哺乳類のプロテインホスファターゼはセリン・スレオニンホスファターゼとチロシンホスファターゼの各ファミリーに大きく二分されるが、PGLMは既知のプロテインホスファターゼとは一次構造上の類似性をもたず、全く新しいプロテインホスファターゼファミリーの一員としてストレス応答シグナルの制御に関わる可能性が考えられる。

Pull-down法によるASK1結合分子の同定

HEK293細胞にFlag-ASK1を過剰発現させ、抗Flag抗体により免疫沈降した。この免疫沈降物をFlagペプチドにて溶出し、プロテアーゼ処理した後に質量分析(LC-MS/MS)により解析した。その結果、新規ASK1結合分子としてhypothetical protein MGC5352を同定した。MGC5352は哺乳類からショウジョウバエや線虫に至るまで非常によく保存された分子で、N末端に膜貫通領域と予想される部位(TMドメイン)、C末端側にphosphoglycerate mutase(PGAM)に相同性の高い領域(PGAMドメイン)を有していることからPGLM(PGAM-like protein containing a putative trans-membrane domain)と命名した。HEK293細胞における過剰発現系でPGLMとASK1との結合を確認したところ、両者の結合が確認された。Northern blottingによって解析したところ、PGLMはmRNAレベルでユビキタスな組織に発現していることがわかった。

ASK1の活性に対するPGLMの影響

HEK293細胞にPGLMを単独で発現させると、内在性のJNKならびにp38が活性化された。また、PGLMとASK1を共発現させると、ASK1の活性化に必須である活性化ループ内のThr残基のリン酸化(p-Thr838)が亢進し、下流のJNKならびにp38も、ASK1またはPGLMを単独で発現させた際と比較して非常に強く活性化された。PGLMは、ASK1のキナーゼ活性欠損体(K709R)との共発現ではこのような作用を示さないことから、ASK1の自己リン酸化による活性化を誘導し、ASK1によるJNK/p38経路の活性化を増強することが示唆された。

PGLMの細胞内局在

PGLMのTMドメインの役割を解明するためにVenusタグをつけたPGLM WTおよびTMドメインを欠損した変異体PGLM ΔTMをHEK293細胞に発現させ、細胞内局在を観察した。その結果PGLM WTは主にミトコンドリアに局在したがPGLM ΔTMは細胞質にdiffuseに存在したことからTMドメインがPGLMのミトコンドリアへの局在に重要であることが示唆された。またΔTMはASK1との結合がWTと比較して非常に弱く、ASK1の活性を増強させる能力もほとんどないことから、PGLMによるASK1の活性化には両者の結合が必要であることが示唆された。

PGLMは脱リン酸化によってASK1を活性化する

PGAMはリン酸基の分子内転移を触媒する酵素として知られている。一方PGAMのこの酵素反応は、糖リン酸エステルを基質に脱リン酸化、リン酸化を行っているとも捉えられる。PGLMに存在するPGAMドメインにおいては、PGAMの酵素活性中心を構成するアミノ酸がよく保存されていることから、PGLMがリン酸化タンパク質を基質に脱リン酸化もしくはリン酸化反応を触媒する可能性を考えた。そこでHis105(酵母PGAMの活性に必須のHis8に相当)に変異を加えたPGLMを作製し、ASK1の活性に対する影響を検討した。その結果、PGLMのHis105変異体であるH105AおよびH105FはASK1を活性化できず、下流のp38、JNKも活性化されなかったことから、PGLMはその酵素活性によってASK1を活性化させていることが示唆された。またPGLMと共発現させたASK1にSDS-PAGE上での顕著な泳動度の促進が認められたことから、ASK1がThr838のリン酸化以外に何らかの修飾を受けていると考えられた。ASK1の各種欠損変異体をPGLMと共発現させて電気泳動度の変化を観察したところ、PGLMによる修飾部位はASK1のC末端領域(CT)に存在することが示された。ASK1 CTを発現させた細胞抽出液をλPPase処理すると電気泳動度が促進し、この泳動度の促進はPGLMとの共発現の際と同等であることからPGLMによるASK1の修飾は脱リン酸化であることが示唆された。以上のことからASK1は、定常状態ではC末端領域がリン酸化を受けてその活性が負に制御されているが、PGLMはその領域を脱リン酸化することによってThr838の自己リン酸化を亢進させ、ASK1を活性化すると考えられた。

PGLMはセリン・スレオニンホスファターゼである

以上の結果より、PGLMはin vivoにおいてASK1を脱リン酸化することによって活性化することが示唆されたことから、実際にPGLMがホスファターゼとして機能するかをin vitroにおいて検証した。大腸菌からリコンビナントPGLMを精製し、p-nitrophenyl phosphate(pNPP)を基質として脱リン酸化活性を測定したところ、PGLMはホスファターゼ活性をもち、この活性はHis105の変異体では失われることがわかった。さらにPGLMがタンパク質に対して脱リン酸化能をもつかを検証するためにリン酸化ペプチドに対する脱リン酸化活性を測定したところ、PGLMはphospho-Ser/Thr特異的に働くホスファターゼとして機能し、phospho-Tyrに対しては脱リン酸化能を持たないことが明らかとなった。一方、PGAMはどちらに対しても脱リン酸化能を持たなかった。

PGLMの生理的意義

ホスファターゼにはacid phosphataseやalkaline phosphataseのようにその活性がpHに依存するものが知られていることから、PGLMの酵素活性のpHプロファイルを検討した。その結果、PGLMは既知のセリン・スレオニンホスファターゼと異なり、酸性領域に至適pHをもつことが明らかとなった。様々な細胞傷害性ストレスは細胞質のpH低下を引き起こすことが知られており、PGLMはそのような細胞内pH変動のセンサーとなることが考えられた。実際にASK1は酸性条件下で活性化されることからもPGLMが細胞内pHの変化を感知してASK1の活性制御に関わる可能性が示唆された。

本研究では、新規ASK1結合分子としてPGLMを同定し、ASK1の活性化に関与することを示した。ASK1は定常状態ではC末端領域がリン酸化されておりその活性は負に制御されていると考えられる。PGLMはセリン・スレオニンホスファターゼとしてそのリン酸基を外すことによってASK1の活性化に必要なリン酸化の亢進を促し、ASK1の活性化を引き起こすものと考えられる。PGLMは既知のプロテインホスファターゼに一次構造上の類似性をもたず、またPGAMドメインをもつ分子として初めてセリン・スレオニンホスファターゼ活性をもつことが明らかとなった。PGLMは他のプロテインホスファターゼと比較して酸性領域に至適pHをもつことがin vitroの実験で明らかとなり、ASK1も酸性条件下で活性化されることが示された。様々な細胞傷害性ストレスは細胞質内のpHの低下を引き起こすことが知られていることから、PGLMはそのようなpH変動を感知してストレス応答に関与する可能性が考えられる。

以上の結果はPGAMドメインをもつ分子がプロテインホスファターゼとして機能することを示したはじめての例であり、またそのような分子が細胞内pHの変動を感知してストレス応答につなげるセンサーとして働いている可能性を示唆した全く新しい知見である。今後PGLMの生理的な重要性や、ASK1以外のPGLMの基質となるタンパク質との関係について解析が進むことで、細胞内シグナル伝達に新たな知見が得られるものと大いに期待される。以上のことから本研究は博士(薬学)の学位に十分値するものと判定した。

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