No | 121547 | |
著者(漢字) | 小山,隆太 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コヤマ,リュウタ | |
標題(和) | 脳由来神経栄養因子(BDNF)による海馬苔状線維の異常発芽 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121547 | |
報告番号 | 甲21547 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1190号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 歯状回顆粒細胞は、嗅内野皮質からの入力を海馬に中継する神経細胞である。同細胞は発火閾値が高く、バースト状発火も維持され難いため、歯状回は外部からの興奮性入力を制御する関門となる。しかし、側頭葉てんかん患者の歯状回では顆粒細胞の軸索である苔状線維が異常発芽し、反回性興奮回路を再編成するため、この制御システムが乱され、発作の悪化に繋がる。従って、異常発芽を防止できれば、てんかん状態の悪化を阻止できる可能性がある。 本研究では異常発芽を軸索誘導異常と捉え、そのメカニズム解明を目的とした。本来非常に特異的な軸索誘導の制御を受けている苔状線維が異常発芽するためには、歯状回門における何らかの因子の急峻な発現上昇が必須であるとの仮説の基に、側頭葉てんかん患者の歯状回において発現量が上昇する脳由来神経栄養因子(BDNF)に着目した。同分子による異常発芽誘起の可能性を検証するため、生後6日齢のラットより摘出した海馬切片に「てんかん様状態」を誘起した培養系、及び顆粒細胞の分散培養系を利用した。 【本論】 内因性BDNFによる苔状線維の異常発芽 培養海馬切片に「てんかん様状態」を模した異常興奮状態を誘起するため、ピクロトキシン(GABAA受容体阻害薬)の処置下にて培養をおこなった。培養10日後、苔状線維の終末をTimm染色法によって染色した結果、側頭葉てんかんにおける海馬の構造的特徴である異常発芽が確認された(Fig.1A)。また、苔状線維を歯状回門部位で刺激したところ、同疾患における機能的特徴であるてんかん様発火が顆粒細胞において観察された(Fig.1B,C)。さらに、ELISA法及び免疫染色法により、培養切片内の苔状線維走行領域においてBDNF蛋白質の発現量上昇が確認された(Fig.1D)。これらの結果から、本系において、異常発芽メカニズムの検討に適した「てんかん様状態」が誘起されていると判断し、以降の実験を遂行した。 培養切片内のBDNF蛋白質発現量の上昇は、テトロドトキシン(電位活性化Na+チャネル阻害薬)又はニカルジピン(L型Ca2+チャネル阻害薬)の処置によって抑制されたことから、神経活動に伴うCa2+の細胞内への流入に依存することが確認された。また、異常発芽もニカルジピンの処置によって阻止されたため、この現象へのBDNFの関与が推察された。そこで、BDNFの高親和性受容体であるTrkB受容体を含む、Trk受容体の阻害薬であるK252a又はBDNFの機能阻害抗体をピクロトキシンと共処置したところ、異常発芽が阻止された。この結果は、神経活動に伴って蛋白質発現量が上昇したBDNFが細胞外に放出された後に、異常発芽を誘起する可能性を強く示唆した。 外因性BDNFによる苔状線維の異常発芽 BDNFが苔状線維を異常発芽させ、顆粒細胞にてんかん様状態を誘起するという作業仮説を検討するため、BDNFを含有させたデキストランビーズ(BDNFビーズ)を培養切片上に配置してBDNFの局所的投与を試みた。その結果、興味深いことに、ビーズを歯状回門上に配置した場合にのみ異常発芽が起こり(Fig.2)、顆粒細胞はてんかん様の発火を有したが、その他の部位に配置した場合には異常発芽は確認されなかった。さらに、BDNFを培養液中に処置した場合にも異常発芽は観察されなかった。また、同系における異常発芽はK252a及びBDNF機能阻害抗体によっては阻止されたが、テトロドトキシンや各種グルタミン酸受容体の阻害薬、そしてニカルジピンによっては影響を受けなかった。これらの結果から、神経活動及びCa2+の流入はBDNFの下流で働くのではなく、歯状回門におけるBDNF蛋白質発現量の上昇に関与し、同部位で放出されたBDNFがTrkB受容体に直接作用して異常発芽を誘起することが推察された。また、BDNFビーズによる異常発芽はK252aが培養初日から処置された場合のみに阻止され、培養1日後から処置された際には阻止されなかったため、BDNFは異常発芽の初期段階、即ち苔状線維からの分枝形成に関与すると考察した。 BDNF−TrkBシグナリング活性化による、苔状線維の分枝形成 上記までの結果は、培養切片系を利用して獲得されたものであり、培養切片中には多種の細胞が混在するため、BDNFの標的細胞の確定は困難であった。そこで、顆粒細胞の分散培養系を利用して、BDNFが同細胞に直接的に作用する可能性を検証した。0−100ng/mlのBDNFを24時間処置したところ、濃度依存的に苔状線維の分枝形成を促進することが明らかになり、同作用は、K252aの処置によって抑制された。さらに、細胞内チロシンキナーゼ部位を消失したtruncatedTrkB受容体を顆粒細胞に強制発現させた場合にも、分枝形成作用は抑制された(Fig.3)。これらの結果は、顆粒細胞がBDNFの直接の標的細胞であり、そのTrkB受容体の活性化によって苔状線維に分枝を形成することを示すものである。 【総括】 本研究により、「てんかん様状態における神経細胞の異常興奮活動がCa2+の流入を促進させることが、BDNF蛋白質の発現量上昇へと繋がり、細胞外へ放出された同分子が顆粒細胞のTrkB受容体を活性化し、最終的に苔状線維が異常発芽すること」が明らかになった。この成果は、側頭葉てんかんの単純系モデルとして2種の培養システムを活用するというアイディアにより達成されたものであり、また、BDNFの異常発芽誘起能力を初めて示す重要な知見である。本論に示したように、BDNFビーズが歯状回門に配置された場合のみに異常発芽が観察されたことや、BDNFを培養液に添加するのみでは異常発芽誘起に不十分であることを考慮すると、同分子の発現部位や時間といった時空間的な情報をin vivoてんかんモデルに再拡張して検討する必要があろう。 Fig1: ピクロトキシン処置による海馬培養切片内でのてんかん様状態誘発。A,Timm染色像。ピクロトキシンによる異常発芽(矢印)がBDNF機能阻害抗体によって阻害された。B,C,ピクロトキシン処置群では顆粒細胞にてんかん様の発火が観察された。D,抗BDNF抗体による免疫染色像。ピクロトキシン処置により、苔状線維走行部位においてBDNFの発現が上昇している。 Fig.2: BDNF含有ビーズによる異常発芽。BDNFビーズを培養海馬切片の歯状回門部位に配置する事により、苔状線維の異常発芽が誘起された(矢印)。 Fig3: BDNFによる顆粒細胞の分枝形成。BDNF処置により、顆粒細胞の軸索部位に有意に多くの分枝(矢印)が形成された。また、この作用はtruncated TrkB受容体の強制発現により抑制された。 | |
審査要旨 | 歯状回顆粒細胞は、嗅内野皮質からの入力を海馬に中継する神経細胞である。同細胞は発火閾値が高く、バースト状発火も維持され難いため、歯状回は外部からの興奮性入力を制御する関門となる。しかし、側頭葉てんかん患者の歯状回では顆粒細胞の軸索である苔状線維が異常発芽し、反回性興奮回路を再編成するため、この制御システムが乱され、発作の悪化に繋がる。従って、異常発芽を防止できれば、てんかん状態の悪化を阻止できる可能性がある。 本研究では異常発芽を軸索誘導異常と捉え、そのメカニズム解明を目的とした。本来非常に特異的な軸索誘導の制御を受けている苔状線維が異常発芽するためには、歯状回門における何らかの因子の急峻な発現上昇が必須であるとの仮説の基に、側頭葉てんかん患者の歯状回において発現量が上昇する脳由来神経栄養因子(BDNF)に着目した。同分子による異常発芽誘起の可能性を検証するため、生後6日齢のラットより摘出した海馬切片に「てんかん様状態」を誘起した培養系、及び顆粒細胞の分散培養系を利用した。 内因性BDNFによる苔状線維の異常発芽 培養海馬切片に「てんかん様状態」を模した異常興奮状態を誘起するため、ピクロトキシン(GABAA受容体阻害薬)の処置下にて培養をおこなった。培養10日後、苔状線維の終末をTimm染色法によって染色した結果、側頭葉てんかんにおける海馬の構造的特徴である異常発芽が確認された。また、苔状線維を歯状回門部位で刺激したところ、同疾患における機能的特徴であるてんかん様発火が顆粒細胞において観察された。さらに、ELISA法及び免疫染色法により、培養切片内の苔状線維走行領域においてBDNF蛋白質の発現量上昇が確認された。これらの結果から、本系において、異常発芽メカニズムの検討に適した「てんかん様状態」が誘起されていると判断し、以降の実験を遂行した。 培養切片内のBDNF蛋白質発現量の上昇は、テトロドトキシン(電位活性化Na+チャネル阻害薬)又はニカルジピン(L型Ca2+チャネル阻害薬)の処置によって抑制されたことから、神経活動に伴うCa2+の細胞内への流入に依存することが確認された。また、異常発芽もニカルジピンの処置によって阻止されたため、この現象へのBDNFの関与が推察された。そこで、BDNFの高親和性受容体であるTrkB受容体を含む、Trk受容体の阻害薬であるK252a又はBDNFの機能阻害抗体をピクロトキシンと共処置したところ、異常発芽が阻止された。この結果は、神経活動に伴って蛋白質発現量が上昇したBDNFが細胞外に放出された後に、異常発芽を誘起する可能性を強く示唆した。 外因性BDNFによる苔状線維の異常発芽 BDNFが苔状線維を異常発芽させ、顆粒細胞にてんかん様状態を誘起するという作業仮説を検討するため、BDNFを含有させたデキストランビーズ(BDNFビーズ)を培養切片上に配置してBDNFの局所的投与を試みた。その結果、興味深いことに、ビーズを歯状回門上に配置した場合にのみ異常発芽が起こり、顆粒細胞はてんかん様の発火を有したが、その他の部位に配置した場合には異常発芽は確認されなかった。さらに、BDNFを培養液中に処置した場合にも異常発芽は観察されなかった。また、同系における異常発芽はK252a及びBDNF機能阻害抗体によっては阻止されたが、テトロドトキシンや各種グルタミン酸受容体の阻害薬、そしてニカルジピンによっては影響を受けなかった。これらの結果から、神経活動及びCa2+の流入はBDNFの下流で働くのではなく、歯状回門におけるBDNF蛋白質発現量の上昇に関与し、同部位で放出されたBDNFがTrkB受容体に直接作用して異常発芽を誘起することが推察された。また、BDNFビーズによる異常発芽はK252aが培養初日から処置された場合のみに阻止され、培養1日後から処置された際には阻止されなかったため、BDNFは異常発芽の初期段階、即ち苔状線維からの分枝形成に関与すると考察した。 BDNF−TrkBシグナリング活性化による、苔状線維の分枝形 上記までの結果は、培養切片系を利用して獲得されたものであり、培養切片中には多種の細胞が混在するため、BDNFの標的細胞の確定は困難であった。そこで、顆粒細胞の分散培養系を利用して、BDNFが同細胞に直接的に作用する可能性を検証した。0−100ng/mlのBDNFを24時間処置したところ、濃度依存的に苔状線維の分枝形成を促進することが明らかになり、同作用は、K252aの処置によって抑制された。さらに、細胞内チロシンキナーゼ部位を消失したtruncated TrkB受容体を顆粒細胞に強制発現させた場合にも、分枝形成作用は抑制された。これらの結果は、顆粒細胞がBDNFの直接の標的細胞であり、そのTrkB受容体の活性化によって苔状線維に分枝を形成することを示すものである。 本研究では、「てんかん様状態における神経細胞の異常興奮活動がCa2+の流入を促進させることが、BDNF蛋白質の発現量上昇へと繋がり、細胞外へ放出された同分子が顆粒細胞のTrkB受容体を活性化し、最終的に苔状線維が異常発芽すること」を明らかにした。この成果は、側頭葉てんかんの単純系モデルとして2種の培養システムを活用するというアイディアにより達成されたものであり、また、BDNFの異常発芽誘起能力を初めて示す重要な知見である。このように本研究は神経科学分野の進展に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値すると結論された。 | |
UTokyo Repositoryリンク |