学位論文要旨



No 121548
著者(漢字) 高河原,周一
著者(英字)
著者(カナ) タカガハラ,シュウイチ
標題(和) ASK1を介した新たなストレス応答シグナル伝達経路の探索
標題(洋)
報告番号 121548
報告番号 甲21548
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1191号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

ASK1(apoptosis signal-regulating kinase 1)はMAPKKKファミリーに属し、JNKおよびp38経路を活性化する。ASK1は酸化ストレスをはじめとする様々なストレスによって活性化され、アポトーシスの誘導など多様な生理機能を発揮することでストレス応答において重要な役割を担っていると考えられている。しかしASK1の活性化機構の解析が進む一方で、ASK1がどのような経路でストレス応答のシグナルを下流へと伝達しているかについては不明な点が多い。そこで本研究では、ショウジョウバエを用いた遺伝学的解析法を用いてASK1の下流で機能する分子を探索する系を確立し、ASK1を介した新たなストレス応答シグナル伝達経路を見出すことを目的とした。さらに、その結果見出されたシグナル伝達系の哺乳類細胞における機能を解析し、種を越えて保存されたストレス応答シグナル伝達経路としての意義を明らかにし、ストレスが引き金または増悪因子となる疾患への理解と治療法の確立につなげたいと考えた。

[方法と結果]

DASK1の異所性発現を用いたスクリーニング系の確立

ショウジョウバエにおいては哺乳類ASK1の相同分子であるDASK1が存在し、哺乳類細胞と同様にアポトーシスの制御に関わっていることが明らかとなっている。まず、哺乳類ASK1の知見に基づいてDASK1タンパク質のN末端を欠失させた「恒常活性化型DASK1(DASK1ΔN)」を作製し、DASK1の活性化が誘導するショウジョウバエ各組織における表現型をUAS/GAL4システムを用いて探索した。転写因子GAL4の標的配列であるUAS配列の下流にDASK1遺伝子を挿入したUAS-DASK1ΔNを導入したショウジョウバエ系統を作製し、組織特異的プロモーター依存的にGAL4を発現する各種ドライバー系統と交配することによりDASK1シグナルを異所性に活性化させ、その表現型を観察した。全身に発現させると致死となり、各臓器に限局して発現させると顕著な表現型が得られない傾向であったが、唯一、背側正中線領域にGAL4を発現するドライバーであるpnr-GAL4を用いてDASK1ΔNを発現させたところ、成虫においてDASK1ΔN発現領域に一致した明らかな黒色の色素沈着が認められた(Fig.1)。そこで、この表現型を指標としてDASK1の下流で機能する分子の探索を試みた。

DASK1によるtyrosine hydroxylase(TH)の発現誘導

ショウジョウバエの全ゲノムの約85%をカバーする染色体欠失系統とDASK1ΔN発現系統(pnr>DASK1ΔN)との交配を行い、色素沈着の表現型を示すために必要な遺伝子をスクリーニングした。その結果得られた候補遺伝子群には、ショウジョウバエにおけるメラニン合成に関わる遺伝子が含まれていた。そこでFig.2に示したメラニン合成経路に関するこれまでの知見をもとに、メラニン合成に異常を示す変異系統との交配実験を行った結果、この表現型がdopaならびにdopamineから誘導されるメラニンの合成亢進によるものであることが確認された。さらに、tyrosineからdopaを産生する律速酵素であるtyrosine hydroxylase(TH)がDASK1ΔNの発現に依存して転写レベルで誘導され、TH遺伝子を標的とするdouble strand RNA(dsRNA)の発現によって内在性THをノックダウンすることで、DASK1ΔNの発現による色素沈着がほぼ完全に抑制された(Fig.3)。これらの結果から、DASK1からTHの発現誘導に至るシグナル伝達経路がショウジョウバエにおいて機能していることが明らかとなった。

DASK1によるTHの発現制御機構

哺乳類細胞においては、核内受容体NR4Aファミリー分子(Nurr1,Nur77,NOR1)がTHの発現制御に関わっていることが知られており、そのorthologであるDHR38をコードする遺伝子が前述のスクリーニングで得られた染色体欠失領域に含まれていた。DHR38をノックダウンした変異体においてはDASK1による色素沈着が抑制されたことから、ショウジョウバエにおいてもDHR38がTHの転写制御に寄与しているものと考えられた(Fig.4)。また、DASK1による色素沈着の表現型は、JNK経路の変異によっては抑制されずにドミナントネガティブ型p38の過剰発現によって抑制されたことから、DASK1がp38経路依存的にDHR38を介したTHの発現調節を行う新たなシグナル伝達経路の存在が強く示唆された。

哺乳類細胞におけるASK1-p38経路によるTHの発現誘導機構

ショウジョウバエにおいて見出されたこのようなシグナル伝達経路が、哺乳類細胞においても保存されているかを検討した。NR4Aファミリーの中でもTHの発現制御における生理機能が明らかとなっているNurr1に注目し、TH遺伝子プロモーター領域を含むレポーター遺伝子を用いてその転写活性能を検討した。その結果、Nurr1およびASK1ΔNそれぞれの単独発現によってある程度の転写活性が認められたが、両者の共発現によってTHの転写は相乗的に増強された(Fig.5)。このような現象はNor1やNur77についても認められたことから、ASK1はNR4Aファミリー分子すべての活性化に働くことが示唆された。また、このNurr1とASK1ΔNの共発現によるTHの転写の促進は、JNKの阻害剤によってはほとんど抑制されずにp38阻害剤によって抑制されたことから、ASK1ΔNはショウジョウバエと同様、おもにp38経路を介してNurr1を活性化し、THの転写を促進するものと考えられた。

p38によるNR4Aファミリー分子の活性化機構

一般的な核内受容体はリガンドとの結合に依存してその転写活性化能を亢進させる。一方、NR4Aファミリー分子についてはリガンド非依存的に活性を持つことが示されているものの、活性調節機構については不明な点が多い。ASK1-p38経路はキナーゼ活性に依存してNurr1を活性化することから、p38によるリン酸化によってNurr1の活性化が制御される可能性を検討した。p38の標的となる至適リン酸化モチーフを多数含むNurr1のN末端領域を基質としてin vitroキナーゼアッセイを行ったところ、Nurr1がp38によって直接リン酸化されることが分かった(Fig.6a)。また、細胞内においてもASK1ΔNとp38の共発現によってNurr1のリン酸化による顕著な電気泳動度の変化が観察された(Fig.6b)。さらにDHR38も哺乳類細胞内でp38によってリン酸化されたことから、NR4Aファミリー分子はASK1-p38経路によってリン酸化されることにより転写活性が増強するものと考えられた。そこで、Nurr1の活性化に必要なリン酸化部位を探索するために、予想リン酸化部位をAlaに置換した変異体を作製した。この結果、予想リン酸化部位の複数の部位をAlaに置換した変異体Nurr1においては野性型Nurr1と比較して、ASK1による転写能の活性化が部分的にではあるが抑制されることが観察された。よって、ASK1-p38経路によるNurr1の活性化にはリン酸化制御が実際に関与することが示唆された。

マウス個体におけるASK1のTHの発現制御

Nurr1は黒質-線条体のドーパミン神経においてTHの発現誘導を担っていると考えられていることから、生体内において実際にASK1がNurr1の活性を制御しているかを知るための手がかりとして、ASK1ノックアウト(ASK1-/-)マウスにおけるTHの発現を検討した。線条体を単離し、野生型マウス(WT)と比較した結果、ASK1-/-マウスにおいてはTHのタンパク量が減少していることが観察された(Fig.7)。よって、ASK1はTHの発現に必要であり、ASK1によるNurr1の活性化機構が実際に生体内で機能していることが示唆された。一方、線条体内のドーパミン量については、WTマウスとASK1-/-マウスにおいて差は認められなかったことから、THの発現量の減少の代償として、ドーパミン量を一定に保持するためにTHの機能亢進やドーパミンの代謝の抑制が行われている可能性が考えられる。

[まとめと考察]

私は本研究において、ショウジョウバエを用いた遺伝学的手法を用いてASK1の下流で機能する分子を探索するスクリーニング系を確立し、ASK1を介したシグナル伝達経路として新たにp38によるNR4Aファミリー分子のリン酸化による転写活性制御系を見出した(Fig.8)。この経路によるショウジョウバエの標的遺伝子がTHであることも明らかにしたが、一方でTHの過剰発現だけではDASK1ΔNの発現による色素沈着と同様の表現型は誘導されないことを確認している。つまり、今回見出した色素沈着の表現型を誘導するためにはDHR38によるTH以外の遺伝子発現や、DASK1やp38からの付加的なシグナルが必要であることを示しており、今回のスクリーニングによって得られた候補遺伝子群に新たなシグナル伝達経路を構成するものが多く含まれていることが予想され、今後の解析に期待がかかる。

ショウジョウバエにおけるTHの発現上昇はメラニン合成の亢進につながる。ショウジョウバエにおけるメラニン合成経路は異物の侵入に対する生体防御に働くことが知られている。哺乳類や線虫においてはASK1-p38経路が自然免疫応答の制御に深く関わっていることが示されていることから、NR4Aファミリー分子による転写制御も、病原微生物の感染を含めた様々なストレスに対する生体防御機構に重要な役割を果たしている可能性が考えられる。また、ASK1-/-マウスを用いた解析により、ASK1によるNurr1の活性制御機構が、THの発現制御を介して神経機能の制御にも働いている可能性も考えられる。今後、ASK1を介したNR4Aファミリー分子の活性制御がどのようなシグナルによって行われているかを明らかにすることで、パーキンソン病をはじめとする様々な疾患の発症メカニズムの解明や新たな治療標的の発見につながるのではないかと考えている。

Fig.1 DASK1ΔNの異所性の発現によって誘導される表現型

Fig.2 ショウジョウバエにおけるメラニン合成経路

Fig.3 DASK1によるTHの発現誘導(左)とメラニン合成におけるTHの必要性(右)

Fig.4 DASK1によるメラニン合成へのDHR38の必要性

Fig.5 ASK1によるNurr1の転写活性化能の増強

Fig.6 p38によるNurr1のリン酸化

(a)in vitroにおけるp38によるNurr1のリン酸化(b)電気泳動度の変化として捉えた細胞内におけるNurr1のp38によるリン酸化

Fig.7 線条体におけるTHの発現量

(a)..WTマウス,ASK1-/-マウスにおけるTHの発現

(b)..相対的なTHタンパクレベル

Fig.8 ASK1を介した新たなシグナル伝達経

審査要旨 要旨を表示する

ASK1(apoptosis signal-regulating kinase 1)はMAPKKKファミリーに属し、JNKおよびp38経路を活性化する。ASK1は酸化ストレスをはじめとする様々なストレスによって活性化され、アポトーシスの誘導など多様な生理機能を発揮することでストレス応答において重要な役割を担っていると考えられている。しかしASK1の活性化機構の解析が進む一方で、ASK1がどのような経路でストレス応答のシグナルを下流へと伝達しているかについては不明な点が多く残っている。本研究は、ショウジョウバエを用いた遺伝学的解析法を用いてASK1の下流で機能する分子を探索する系を確立し、ASK1を介した新たなストレス応答シグナル伝達経路を見出すことを目的とし、その結果見出されたシグナル伝達系の哺乳類細胞における機能を解析し、種を越えて保存されたストレス応答シグナル伝達経路としての意義を明らかにし、ストレスが引き金または増悪因子となる疾患への理解と治療法の確立につなげたいと考えて行った研究である。

DASK1の異所性発現を用いたスクリーニング系の確立

ショウジョウバエにおいては哺乳類ASK1の相同分子であるDrosophilaASK1(DASK1)が存在し、哺乳類細胞と同様にアポトーシスの制御に関わっていることが明らかとなっている。まず、哺乳類ASK1の知見に基づいてDASK1タンパク質のN末端を欠失させた「恒常活性化型DASK1(DASK1ΔN)」を作製し、DASK1の活性化が誘導するショウジョウバエ各組織における表現型をUAS/GAL4システムを用いて探索した。転写因子GAL4の標的配列であるUAS配列の下流にDASK1遺伝子を挿入したUAS-DASK1ΔNを導入したショウジョウバエ系統を作製し、組織特異的プロモーター依存的にGAL4を発現する各種ドライバー系統と交配することによりDASK1シグナルを異所性に活性化させ、その表現型を観察した。全身に発現させると致死となり、各臓器に限局して発現させると顕著な表現型が得られない傾向であったが、唯一、背側正中線領域にGAL4を発現するドライバーであるpnr-GAL4を用いてDASK1ΔNを発現させたところ、成虫においてDASK1ΔN発現領域に一致した明らかな黒色の色素沈着が認められた。この表現型を指標としてDASK1の下流で機能する分子の探索を試みた。

DASK1によるtyrosine hydroxylase(TH)の発現誘導

ショウジョウバエの全ゲノムの約85%をカバーする染色体欠失系統とDASK1ΔN発現系統(pnr>DASK1ΔN)との交配を行い、色素沈着の表現型を示すために必要な遺伝子をスクリーニングした。その結果得られた候補遺伝子群には、ショウジョウバエにおけるメラニン合成に関わる遺伝子が含まれていた。そこで、ショウジョウバエにおけるメラニン合成経路に関するこれまでの知見をもとに、メラニン合成に異常を示す変異系統との交配実験を行った結果、この表現型がdopaならびにdopamineから誘導されるメラニンの合成亢進によるものであることが確認された。さらに、tyrosineからdopaを産生する律速酵素であるtyrosine hydroxylase(TH)がDASK1ΔNの発現に依存して転写レベルで誘導され、TH遺伝子を標的とするdouble strand RNA(dsRNA)の発現によって内在性THをノックダウンすることで、DASK1ΔNの発現による色素沈着がほぼ完全に抑制された。これらの結果から、DASK1からTHの発現誘導に至るシグナル伝達経路がショウジョウバエにおいて機能していることが明らかとなった。

DASK1によるTHの発現制御機構

哺乳類細胞においては、核内受容体NR4Aファミリー分子(Nurr1,Nur77,NOR1)がTHの発現制御に関わっていることが知られており、そのorthologであるDHR38をコードする遺伝子が前述のスクリーニングで得られた染色体欠失領域に含まれていた。DHR38をノックダウンした変異体においてはDASK1による色素沈着が抑制されたことから、ショウジョウバエにおいてもDHR38がTHの転写制御に寄与しているものと考えられた。また、DASK1による色素沈着の表現型は、JNK経路の変異によっては抑制されずにドミナントネガティブ型p38の過剰発現によって抑制されたことから、DASK1がp38経路依存的にDHR38を介したTHの発現調節を行う新たなシグナル伝達経路の存在が強く示唆された。

哺乳類細胞におけるASK1-p38経路によるTHの発現誘導機構

ショウジョウバエにおいて見出されたこのようなシグナル伝達経路が、哺乳類細胞においても保存されているかを検討した。NR4AファミリーのなかでもTHの発現制御における生理機能が明らかとなっているNurr1に注目し、TH遺伝子プロモーター領域を含むレポーター遺伝子を用いてその転写活性能を検討した。その結果、Nurr1およびASK1ΔNそれぞれの単独発現によってある程度の転写活性が認められたが、両者の共発現によってTHの転写は相乗的に増強された。このような現象はNor1やNur77についても認められたことから、ASK1は種を問わずNR4Aファミリー分子の活性化にはたらくことが示唆された。また、このNurr1とASK1ΔNの共発現によるTHの転写の促進は、JNKの阻害剤によってはほとんど抑制されずにp38阻害剤によって抑制されたことから、ASK1ΔNはショウジョウバエと同様、おもにp38経路を介してNurr1を活性化し、THの転写を促進するものと考えられた。

p38によるNR4Aファミリー分子の活性化機構

一般的な核内受容体はリガンドとの結合に依存してその転写活性化能を亢進させる。一方、NR4Aファミリー分子についてはリガンド非依存的に活性を持つことが示されているものの、活性調節機構については不明な点が多い。ASK1-p38経路はキナーゼ活性に依存してNurr1を活性化することから、p38によるリン酸化によってNurr1の活性化が制御される可能性を検討した。p38の標的となる至適リン酸化モチーフを多数含むNurr1のN末端領域を基質としてin vitroキナーゼアッセイを行ったところ、Nurr1がp38によって直接リン酸化されることが分かった。また、細胞内においてもASK1ΔNとp38の共発現によってNurr1のリン酸化による顕著な電気泳動度の変化が観察された。さらにDHR38も哺乳類細胞内でp38によってリン酸化されたことから、NR4Aファミリー分子はASK1-p38経路によってリン酸化されることにより転写活性が増強するものと考えられた。そこで、Nurr1の活性化に必要なリン酸化部位を探索するために、予想リン酸化部位をAlaに置換した変異体を作製した。この結果、予想リン酸化部位の複数の部位をAlaに置換した変異体Nurr1においては野性型Nurr1と比較して、ASK1による転写能の活性化が部分的にではあるが抑制されることが観察された。よって、ASK1-p38経路によるNurr1の活性化にはリン酸化制御が実際に関与することが示唆された。

マウス個体におけるASK1のTHの発現制御

Nurr1は黒質-線条体のドーパミン神経においてTHの発現誘導を担っていると考えられていることから、生体内において実際にASK1がNurr1の活性を制御しているかを知るための手がかりとして、ASK1ノックアウト(ASK1-/-)マウスにおけるTHの発現を検討した。線条体を単離し、野生型マウス(WT)と比較した結果、ASK1-/-マウスにおいてはTHのタンパク量が減少していることが観察された(Fig.7)。よって、ASK1はTHの発現に必要であり、ASK1によるNurr1の活性化機構が実際に生体内で機能していることが示唆された。一方、線条体内のドーパミン量については、WTマウスとASK1-/-マウスにおいて差は認められなかったことから、THの発現量の減少の代償として、ドーパミン量を一定に保持するためにTHの機能亢進やドーパミンの代謝の抑制が行われている可能性が考えられる。

本研究は、ショウジョウバエを用いた遺伝学的手法を用いてASK1の下流で機能する分子を探索するスクリーニング系を確立し、ASK1を介したシグナル伝達経路として新たにp38によるNR4Aファミリー分子のリン酸化による転写活性制御系を見出した報告である。この経路によるショウジョウバエの標的遺伝子がTHであることも明らかにしたが、一方でTHの過剰発現だけではDASK1ΔNの発現による色素沈着と同様の表現型は誘導されないことを確認している。つまり、今回見出した色素沈着の表現型を誘導するためにはDHR38によるTH以外の遺伝子発現や、DASK1やp38からの付加的なシグナルが必要であることを示しており、今回のスクリーニングによって得られた候補遺伝子群に新たなシグナル伝達経路を構成するものが多く含まれていることが予想され、今後の解析に期待がかかる。

ショウジョウバエにおけるTHの発現上昇はメラニン合成の亢進につながる。ショウジョウバエにおけるメラニン合成経路は異物の侵入に対する生体防御に働くことが知られている。哺乳類や線虫においてはASK1-p38経路が自然免疫応答の制御に深く関わっていることが示されていることから、NR4Aファミリー分子による転写制御も、病原微生物の感染を含めた様々なストレスに対する生体防御機構に重要な役割を果たしている可能性が考えられる。また、ASK1-/-マウスを用いた解析により、ASK1によるNurr1の活性制御機構が、THの発現制御を介して神経機能の制御にも働いている可能性も考えられる。本研究の成果によって、ASK1を介したNR4Aファミリー分子の活性制御が、パーキンソン病をはじめとする様々な疾患の発症メカニズムの解明や新たな治療標的の発見につながることが大いに期待される。本研究は多様な生理機能を有するASK1を介するシグナル伝達経路に新たな知見を与えるものであり、その理解に大いに貢献するものとして、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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