学位論文要旨



No 121551
著者(漢字) 野崎,芳胤
著者(英字)
著者(カナ) ノザキ,ヨシタネ
標題(和) 腎排泄課程を介した薬物間相互作用の定量的評価系の確立
標題(洋)
報告番号 121551
報告番号 甲21551
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1194号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 楠原,洋之
 東京大学 講師 富田,泰輔
 東京大学 講師 樋坂,章博
内容要旨 要旨を表示する

序論

薬物療法においては複数の薬剤を併用することが一般的であるが、その組み合わせによっては薬物の消失遅延を引き起こし、薬効の増強ならびに副作用を発生するおそれがある。このような薬物間相互作用を事前に予測することは、薬物療法における安全性を確保するために必須である。肝代謝および肝排泄を相互作用部位とする薬物間相互作用については、ヒト肝ミクロソーム、ヒト肝細胞、ヒト胆管側膜ベシクルなどヒト組織を用いた評価系が確立されている。一方で、腎排泄過程を介した薬物間相互作用の解析は、動物実験が中心であり、ヒト組織を用いた評価系の確立は立ち後れているのが現状である。

葉酸アナログであるMethotrexate (MTX) は抗癌剤としてのみならず、低投与量でリウマチなどにも適用される薬剤であるが、過去にprobenecid、penicillin系抗生物質、非ステロイド性抗炎症治療薬 (NSAIDs) との併用によりMTXの消失遅延とそれに起因する副作用の発生が臨床報告されている。MTXは腎排泄型薬剤であり、本相互作用は併用薬によるMTXの尿細管分泌過程阻害が一因と考えられた (図. 1)。私は修士課程でMTXの腎取り込み過程をラット腎切片にて解析し、rat Organic anion transporter 3 (rOat3) およびreduced folate carrier (RFC-1)が関与していること、さらにsalicylateなどのNSAIDsによる阻害効果は、臨床非結合型濃度で部分的であり、臨床で報告されている薬物間相互作用を取り込み過程のみで説明することは難しいことを明らかにした。しかし、腎取り込みに関わるトランスポーターの寄与率に種差がみられる場合もあり、本相互作用を定量的に解析する上でヒト腎組織を用いることが不可欠と考えた。そこで本研究ではヒト腎切片を有機アニオン輸送評価系として確立し、これを用いて本相互作用の定量的解析を試みた。

また、側底膜を介して腎に取り込まれた薬物は刷子縁膜を介して尿中へと排泄されるため、刷子縁膜側の腎排泄過程の阻害も消失遅延を引き起こす可能性を有している。MTXの排泄にはABCトランスポーターファミリーに属するBreast cancer resistance protein (Bcrp)、Multidrug resistance-associated protein 2 (Mrp2)、Mrp4の関与が示唆されている。そこで各トランスポーターを過剰発現させた細胞から調製した膜ベシクルを用いてATP依存的な輸送を測定し、臨床上相互作用が報告されている薬物の阻害効果を評価した。また、おのおのの寄与率を遺伝子ノックアウトマウス、変異ラットを用いたin vivo実験により評価し、薬物間相互作用部位としての可能性を検討した。

本研究は腎取り込み・排泄の両輸送過程に対する併用薬の阻害効果を定量的に解析することで、本相互作用が腎排泄過程阻害により引き起こされうるものであるかを検証するとともに、腎排泄過程における薬物間相互作用の定量的解析法を提示していきたいと考えている。

方法および結果

ヒト腎切片を用いた有機アニオンの腎取り込み過程の評価

腎側底膜側有機アニオントランスポーターhOAT1, hOAT3の典型的な基質を用いて、輸送実験を行った。hOAT1の典型的基質であるp-aminohippurate (PAH)、2,4-dichlorophenoxyacetate (2,4-D)、hOAT3の典型的基質benzylpenicillin (PCG)およびdehydroepiandrosterone sulfate (DHEAS)のヒト腎切片への取り込みは飽和性輸送を示し。速度論的解析の結果、PAHおよび2,4-DのKm値 (それぞれ14 - 48、0.7 - 4.4 M)はin vitro hOAT1発現系から算出されたKm値と、PCGのKm値(14 - 90 M)はhOAT3発現系から算出されたKm値と比較的近い値を示した。PAHおよびPCGをそれぞれhOAT1、hOAT3の選択的阻害剤として用いた結果、ヒト腎切片へのPAH、2,4-Dの取り込みはPAHにより、PCG、DHEASの取り込みはPCGにより強く阻害されたことから、PAHおよび2,4-Dの腎取り込みにはhOAT1が、PCGおよびDHEASの取り込みにはhOAT3が関与するという結果を強く支持する。ヒト腎組織切片でOAT1、OAT3の機能評価が可能であることを確認した。

salicylate、indomethacin、probenecidによるヒト腎切片におけるMTXの取り込み阻害

ヒト腎切片へのMTXの取り込みは飽和性輸送を示し、そのKm値 (49 μM) はhOAT3に対するKm (21 μM) と比較的近い値を示した。hOAT1の選択的阻害剤であるPAH、hOAT3の選択的阻害剤であるPCGは濃度依存的にMTXの飽和性輸送の大部分を阻害するが、RFC-1の選択的阻害剤である還元型葉酸 (5-methyltetrahydrofolate) は部分的な阻害効果を示すのみであった。したがって、有機アニオントランスポーターとRFC-1が同程度の寄与をもつラットとは対照的に、ヒトではMTXの腎取り込みに対してRFC-1の寄与は小さく、飽和性輸送の大部分をhOAT1あるいはhOAT3が占めていることが示唆された。MTXと薬物間相互作用を引き起こすことが過去臨床報告されているsalicylate、dicolofenac、indomethacin、ketoprofen、probenecid、ciprofloxacinのMTXのヒト腎切片への取り込みに対する阻害効果を観察したところ、saicylate、indomethacin、probenecidは臨床非結合型濃度で十分MTXの取り込みを阻害し、阻害の程度はラットよりも大きかった (図. 2)。didlofenac、ketoprofen、ciprofloxacinは臨床濃度でMTXの取り込みを阻害しなかった。

NSAIDsはhuman MRP4を介したMTXの輸送を臨床非結合型濃度で阻害する

hBCRP、hMRP2、hMRP4の過剰発現細胞から膜ベシクルを調製し、MTXのATP依存的な輸送を観察した。hBCRP、MRP2、MRP4はいずれもMTXを良好な基質とし、そのKm値はそれぞれ5.2、1.5、0.1 mMであった。種々NSAIDsのhuman BCRP、MRP2、MRP4に対する阻害効果を観察した。MRP2に対しては阻害効果を示さなかった。BCRPに対する阻害効果は一部観察されたが、臨床非結合型濃度を考慮するとその阻害は臨床上重要ではない。MRP4はNSAIDsにより強く阻害され、salicylate、indomethacinは臨床非結合型濃度でMRP4を阻害した。

MTXはMrp2、Bcrpを介して尿中に排泄される

Bcrpノックアウト(KO)マウス、Mrp4 KOマウス、Mrp2を先天的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)を用いてMTXの腎排泄過程におけるBcrp、Mrp2、Mrp4の寄与率を評価した。[3H] MTXを静脈内持続投与し、定常状態における速度論的パラメータを算出した (表)。Bcrp KOマウスでは全身クリアランス (CLtot, plasma)および腎クリアランス (CLrenal, plasma) が有意に低下し、また腎臓濃度基準の分泌クリアランス (CLsec, kidney) も有意に低下していた。Mrp2を遺伝的に欠損したEHBRでも、MTXのCLtot, plasma、CLrenal, plasma、CLsec, kidneyが有意に低下していた。一方、Mrp4 KOマウスではMTXのCLrenal, plasmaおよびCLsec, kidneyに有意な変化は観察されなかった。したがってrodentではMrp2およびBcrpがMTXの腎排泄過程に寄与していることが明らかとなった。

ヒト腎臓におけるBcrp、Mrp2、Mrp4の蛋白発現

マウス、ラット、ヒト腎臓よりホモジネートおよび刷子縁膜ベシクル (BBMV) を調製し、Bcrp、Mrp2、Mrp4の蛋白発現をWestern blot法により検討した。Mrp2およびMrp4はいずれの動物種のホモジネートからも検出され、その発現はBBMVに濃縮されていた。Bcrpはマウスおよびラット腎臓では検出されたが、ヒトでは検出されなかった。このことからBcrpの発現には種差があり、ヒトでの発現量が低いことが示唆された。

考察

ヒト腎組織切片が有機アニオン化合物の輸送能を有しており、側底膜側の薬物輸送の評価系として利用可能であることを明らかにした。MTXの腎取り込み過程には顕著な種差が観察された。ラット腎ではrOat3およびRFC-1が同程度の寄与を示すが、ヒト腎ではRFC-1の寄与はほとんどなく、その輸送の大部分が有機アニオントランスポーターであるhOAT1あるいはhOAT3により説明されることが示唆された。その結果、ヒト腎切片へのMTXの取り込みはsalicylate、indomethacin、probenecidにより臨床非結合型濃度で阻害され、かつ阻害の程度はヒト腎組織切片で大きいことが明らかとなった。これはNSAIDsによりほとんど阻害されないRFC-1の寄与率がヒトでは小さいためと考えられる。これらの薬物については、腎取り込み過程の阻害が薬物間相互作用を引き起こす一因となり得る。MTXの腎取り込みに関わるトランスポーターの寄与率にラットとヒトで種差があるため、相互作用を定量的に評価するためにはヒト腎組織を用いることが必要である。

またMTXの刷子縁膜を介した腎排泄過程にはBcrpとMrp2が関与していることが遺伝子欠損動物を用いた解析から明らかとなったが、両トランスポーターは臨床濃度のNSAIDsで阻害されないことがベシクル輸送実験から明らかとなっている。したがって、本相互作用は刷子縁膜側の腎排泄過程阻害に起因するものではないと推察される。しかし、Bcrpの発現には種差が見られ、ヒトとラットやマウスでMTXの腎排泄に関わるトランスポーターの寄与率に種差がある可能性も否定できない。一部のNSAIDsはMRP4を臨床濃度で阻害することから、仮にヒトではMRP4の寄与率が高ければ、相互作用部位となりえる。この点については更に検討することが必要である。

diclofenac、ketoprofenなど過去にMTXと薬物間相互作用を引き起こすことが臨床報告されている薬物については、臨床濃度ではMTXの腎取り込みおよび排泄両過程を阻害しないと予測された。現状では、これら薬物との相互作用を説明することは困難であるが、これら薬物のグルクロン酸抱合代謝物によるトランスポーターの機能阻害、また腎障害の惹起やプロスタグランジン合成阻害による糸球体ろ過速度の低下など、他の間接的なメカニズムに関しても今後検討する必要がある。

図.1 MTXの尿細管分泌過程を介した薬物間相互作業の模式図

図.2 ヒト腎切片へのMTXの取り組みに対するsalicylate、indomethacin、probenecidの阻害効果

表.Bcrp-ノックアウトマウス,Mrp4-ノックアウトマウス,EHBR(Mrp2欠損ラット)におけるMTXの速度論的パラメータ

Nozaki Y, Kusuhara H, Endou H and Sugiyama Y. Quantitative evaluation of the drug-drug interactions between methotrexate and nonsteroidal anti-inflammatory drugs in the renal uptake process based on the contribution of organic anion transporters and reduced folate carrier. J Pharmacol Exp Ther. 2004 Apr;309 (1):226-34.
審査要旨 要旨を表示する

薬物療法において複数の薬剤を併用することが一般的であるが、併用薬により薬物の排泄経路が阻害され、血中消失の遅延による薬理作用の増強や副作用を発生するおそれがある。そのため、このような薬物間相互作用を事前に予測する評価法の確立することが必要である。肝代謝および胆汁排泄における薬物間相互作用の評価系としては、ヒト肝ミクロソーム、ヒト肝細胞、ヒト胆管側膜ベシクルなどをヒト組織を用いた実験法が確立されている。一方で、腎排泄過程を介した薬物間相互作用の評価は動物実験が中心であり、ヒト組織の利用は立ち遅れている。

葉酸アナログであるmethotrexate (MTX)は抗癌剤としてのみならず、低投与量でリウマチなどにも適用される薬剤である。過去にprobenecid、penicillin系抗生物質、非ステロイド性抗炎症治療薬(NSAIDs)との併用によりMTXの消失遅延とそれに起因する副作用の発生が臨床報告されている。MTXは腎排泄型薬剤であり、本相互作用は併用薬によるMTXの尿細管分泌過程阻害が、この薬物間相互作用のメカニズムと考えられた。申請者は修士課程においてMTXの腎取り込み過程をラット腎切片を用いて解析し、rat Organic anion transporter 3 (rOat3)とreduced folate carrier (RFC-1)が関与していること、さらにsalicylateなどのNSAIDsがMTXの腎取り込み過程を臨床非結合型濃度で部分的に阻害するものの、その阻害の程度は弱く、臨床での薬物間相互作用を取り込み側の阻害のみでは説明できないことを明らかにしている。本研究では、ヒト組織(腎切片)を有機アニオン輸送評価系として確立し、これを用いて本相互作用の定量的解析が行われた。側底膜を介して腎に取り込まれた薬物は刷子縁膜を介して尿中へ排泄されるため、刷子縁膜を介した腎排泄過程阻害も薬物の消失遅延を引き起こす。MTXの排泄にはABCトランスポーターファミリーに属するBreast cancer resistance protein (Bcrp)、Multidrug resistance-associated protein 2 (Mrp2)、Mrp4の関与が示唆されており、膜ベシクル実験系を用いて臨床上相互作用が報告されている薬物の阻害効果が測定されている。また、排泄に関わるトランスポーターを明らかにするために、遺伝子ノックアウトマウス、変異ラットを用いたin vivo実験が行われた。

ヒト腎切片への有機アニオンの取り込み

側底膜側有機アニオントランスポーター(hOAT1,hOAT3)の典型的な基質を用いて、ヒト腎切片への取り込みが解析された。hOAT1の典型的基質であるp-aminohippurate (PAH)、2,4-dichlorophenoxyacetate (2,4-D)、hOAT3の典型的基質benzylpenicillin (PCG)およびdehydroepiandrosterone sulfate (DHEAS)について、ヒト腎切片へ飽和性の取り込みが観察された。速度論的解析の結果、PAHおよび2,4-DのKm値はin vitro hOAT1発現系から算出されたKm値と、PCGのKm値はhOAT3発現系から算出されたKm値と比較的近い値を示した。PAHおよびPCGをそれぞれhOAT1、hOAT3の選択的阻害剤として用いた結果、ヒト腎切片へのPAH、2,4-Dの取り込みはPAHにより、PCG、DHEASの取り込みはPCGにより強く阻害されたことから、PAHおよび2,4-Dの腎取り込みにはhOAT1が、PCGおよびDHEASの取り込みにはhOAT3が寄与していることが示唆されている。

ヒト腎切片を用いた薬物間相互作用の定量的解析

ヒト腎切片へのMTXの取り込みは飽和性輸送を示し、そのKm値はhOAT3に対するKmと比較的近い値を示した。hOAT1の選択的阻害剤であるPAH、hOAT3の選択的阻害剤であるPCGはMTXの飽和性輸送の大部分を阻害するのに対して、RFC-1の選択的阻害剤である還元型葉酸(5-methyltetrahydrofolate)は部分的な阻害効果を示すのみであった。したがって、有機アニオントランスポーターとRFC-1が同程度の寄与をもつラットとは対照的に、ヒトではMTXの腎取り込みに対してRFC-1の寄与は小さく、飽和性輸送の大部分をhOAT1あるいはhOAT3が占めていることが示唆された。MTXと薬物間相互作用を引き起こすことが過去臨床報告されているsalicylate、dicolofenac、indomethacin、ketoprofen、probenecid、ciprofloxacinのMTXのヒト腎切片への取り込みに対する阻害効果を評価した結果、salicylate、indomethacin、probenecidは臨床非結合型濃度でMTXの取り込みを阻害し、阻害の程度はラットよりも大きかった。diclofenac、ketoprofen、ciprofloxacinは臨床濃度でMTXの腎取り込みを阻害しないことが明らかにされた。

ベシクル輸送実験を用いた薬物間相互作用の解析

human Bcrp、Mrp2、Mrp4の過剰発現細胞から膜ベシクルを調製し、輸送実験が行われ、Bcrp、Mrp2、Mrp4はいずれもMTXを良好な基質とすることが明らかとなった。輸送のKm値はそれぞれ5.2、1.5、0.1 mMと求められた。種々NSAIDsのhuman Bcrp、Mrp2、Mrp4に対する阻害実験が行われた。Mrp4はNSAIDsにより強く阻害され、salicylate、indomethacinは臨床非結合型濃度でMrp4を阻害した。これに対して、Mrp2に対しては阻害効果を示さず、Bcrpに対する阻害効果は一部観察されたが、臨床非結合型濃度ではその阻害効果は非常に弱いことが明らかにされた。

遺伝子欠損動物を用いたMTXの腎排泄過程の解析

MTXの腎排泄過程におけるトランスポーターを明らかにするために、Bcrpノックアウト(KO)マウス、Mrp4 KOマウス、Mrp2を先天的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)を用いたin vivo実験が行われた。[3H]MTXを静脈内持続投与し、定常状態における速度論的パラメータが算出された。Bcrp KOマウスでは全身クリアランス(CLtot,plasma)および腎クリアランス(CLrenal,plasma)が有意に低下し、また腎臓濃度基準の分泌クリアランス(CLsec,kidney)も有意に低下していた。Mrp2を遺伝的に欠損したEHBRでも、MTXのCLtot,plasma、CLrenal,plasma、CLsec,kidneyが有意に低下していた。一方、Mrp4 KOマウスではMTXのCLrenal,plasmaおよびCLsec,kidneyに有意な変化は観察されなかった。したがってrodentではMrp2およびBcrpがMTXの腎排泄過程に寄与していることが明らかとなった。

ヒト腎臓におけるBcrp、Mrp2、Mrp4の蛋白発現

マウス、ラット、ヒト腎臓よりホモジネートおよび刷子縁膜分画を調製し、Bcrp、Mrp2、Mrp4の発現がWestern blotにより検討された。Mrp2およびMrp4はいずれの動物種のホモジネートからも検出され、その発現は刷子縁膜分画濃縮されていた。Bcrpはマウスおよびラット腎臓では検出されたが、ヒトでは検出されなかった。このことからBcrpの発現には種差があり、ヒトでの発現量が低いことが示唆された。

以上のように、申請者はヒト腎切片を用いた輸送実験法を確立し、これを用いてトランスポーターを介した腎取り込み過程における薬物間相互作用の定量的評価を行った。腎薬物輸送において、これまでにこのような定量的解析法はなく、今後本実験系はヒトにおける有機アニオン化合物の腎取り込み過程解析評価系、あるいは腎取り込み過程を介した薬物間相互作用の定量的予測系として利用されることが期待される。申請者は実際に本実験系を用いて、抗癌剤MTXとNSAIDsの薬物間相互作用を定量的に解析し、一部のNSAIDsがMTXの腎取り込み過程を臨床濃度で阻害することを明らかとした。この結果は、より安全な化学療法を達成する上で重要な知見となるに違いない。刷子縁膜を介した腎排泄過程の阻害も薬物の消失遅延につながりうる。申請者は遺伝子欠損動物を用いてMTXの腎排泄に関わるトランスポーターの寄与の算出を試み、Bcrpに加え新たにMrp2が寄与していることを明らかにした。Mrp2は薬物の胆汁排泄に関わっていることが広く知られているが、腎排泄過程における重要性はほとんど明らかとなっていなかった。申請者の結果は腎排泄過程におけるMrp2の重要性を示唆するものであり、薬物の腎排泄過程の解明に大きく貢献するものと言える。また、一部のNSAIDsが臨床濃度でMrp4を阻害することを明らかとした。Mrp4はプリンヌクレオシドやセファロスポリンなどの腎排泄に関わっていることから、このような阻害剤との併用によりMrp4を介した薬物の排泄が遅延する可能性がある。本研究は今後の薬物間相互作用研究の展開に大きな影響を与えるものと考えられた。

このように本研究は薬物動態領域の研究発展に大きく貢献するのみならず、より安全な化学療法を目指す上でその研究意義は大きく、よって博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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