No | 121552 | |
著者(漢字) | 廣内,幹和 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒロウチ,マサカズ | |
標題(和) | 肝血管側膜における薬物排出輸送トランスポーターの解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121552 | |
報告番号 | 甲21552 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1195号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 肝臓に取り込まれた薬物は代謝酵素、抱合酵素によって解毒代謝を受け、循環血中、あるいは胆汁中へと排泄される。肝臓の実細胞である肝細胞の血管側膜には生体異物の取り込みに働くトランスポーターであるOATP1B1やOATP1B3、OAT2、OCT1が、胆管側膜には胆汁中への排泄に働くABC トランスポーター、MDR1、BCRP、MRP2が発現しており、肝細胞における異物排泄メカニズムとして重要な役割を担っている (Fig. 1)。一方、血管側膜における排出過程も、薬物の血中からの消失の律速段階を規定する重要な要因であるが、この過程におけるトランスポーターに関する知見はほとんど得られていなかった。近年、肝細胞の血管側膜にはABCトランスポーターであるMRP3, MRP4が発現していることが示された。MRP3は、グルクロン酸抱合体を含む種々有機アニオン系薬物や一価の胆汁酸などを良好な基質とする。ラットでは胆汁うっ滞時において発現が誘導されることから、胆汁うっ滞時に胆汁中に排泄できない胆汁酸や生体異物を循環血中に排泄することで、肝臓への蓄積を防ぐ生体防御機構の一つと考えられていた。しかし、マウスやヒトにおいては、MRP3は恒常的に肝血管側膜に高発現していることが明らかとされ、正常時においても血液中への異物排泄を行っていると考えられる。MRP4は抗ウィルス薬などの核酸アナログをはじめとする種々有機アニオン類や胆汁酸などを良好な基質とする。また、重度の胆汁うっ滞を主症状とする進行性家族性肝内胆汁うっ滞 (PFIC) 患者の肝臓でMRP4の発現が誘導されることから、生理的にMRP4は、MRP3とともに血管側への胆汁酸の排泄トランスポーターとして機能すると考えられている。これまで肝胆系輸送機構のin vitro評価系として、取り込み側トランスポーターOATP1B1、排泄側トランスポーターMRP2を極性細胞であるMDCK II細胞のそれぞれbasal側、apical側に同時に発現させたdouble transfectantが構築されている。このin vitroモデルはMRP3, MRP4をはじめとした肝臓から循環血中への排出を考慮していない。そこで本研究では、肝血管側膜に発現するMRP3, MRP4について、肝血管側膜における排出輸送を評価できるin vitro評価系の確立を目指した。次に、この評価系とin vivoとの対応を明らかにするために、Mrp3 (-/-)マウスを用いたin vivo実験を行った。 本論 OATP1B1/MRP2 double transfectantにMRP3およびMRP4を発現させたtriple transfectantの構築とその機能評価 MRP3, MRP4による有機アニオンの肝臓中から循環血中への排出を評価するin vitroモデルとして、double transfectantにrecombinant adenovirusを感染させ、MRP3またはMRP4を発現させたtriple transfectantを構築した。MRP3、MRP4はともにbasal膜に局在し、MDCK II細胞に発現させた全てのトランスポーターが肝細胞と同じ膜局在を示す発現系を得た。本細胞を用いて、種々化合物の経細胞輸送を測定した。グルクロン酸抱合体であるE217 G, E3040G, TGZ-G、抗癌剤であるSN38, MTX, ACE阻害薬であるtemocaprilat、HMG-CoA還元酵素阻害薬pravastatin, pitavastatinは、double transfectantにおいてはvector細胞と比較して、有意に大きなbasal→apicalへの経細胞輸送が観察された (Fig. 2)。 E217 G, E3040G, TGZ-G, MTX, SN38, temocaprilatは、MRP3 triple transfectantにおいて、basal→apicalへの方向性輸送がdouble transfectantと比較して有意に低下していた(Fig. 2)。SN38を除く全ての化合物について、MRP2発現膜ベシクルとMRP3発現膜ベシクルでのATP依存的な取り込みが確認され、MRP3の方がより高い輸送活性を示した (Fig. 3)。また、E217 G, SN38, MTXはMRP4 triple transfectantにおいて、basal→apicalへの方向性輸送がdouble transfectantと比較して有意に低下しており (Fig. 2)、全ての化合物でMRP2発現膜ベシクルとMRP4発現膜ベシクルでのATP依存的な取り込みが確認され、MRP4の方がより高い輸送活性を示した (Fig. 3)。一方、例えば、E3040GやTGZ-GはMRP4の基質となるにも関わらず、MRP4のtriple transfectantにおいてbasal→apicalへの方向性輸送がdouble transfectantと同程度であった。すなわち、ベシクル実験によりMRP3やMRP4の基質となった場合でも、apical側のMRP2との相対的輸送活性により、triple transfectantにおける方向性輸送の変動を説明できることが示された。これらのことから、triple transfectantがMRP3およびMRP4の肝臓中から循環血中への排出を考慮に入れたin vivo胆汁排泄能を評価できるin vitro実験系となりうることが示唆された。 MRP3, MRP4の肝臓から循環血中への排出の関与 MRP3 triple transfectantにおいてMRP3によるbasal側からの排出の関与がみられたMTXや種々グルクロン酸抱合体をはじめとするいくつかの有機アニオンについて、in vivoにおいてもMrp3が肝臓から循環血中への排泄に関与しているかを明らかにすることを目的として、Mrp3 (-/-)マウスを用いたin vivo実験を行った。 MRP3 triple transfectantにおいて方向性輸送の低下がみられた化合物はtemocaprilatを除いて、Mrp3 (-/-)マウスにおいて血漿中濃度が低下している傾向がみられた (Fig. 4)。temocaprilatはMRP3のtriple transfectantにおいては最も方向性輸送の低下率が低かった化合物であり、MRP3 triple transfectantにおけるMRP3が、実際のin vivoにおけるMrp3の発現量と比較し、過剰に発現しているために、in vitro系においては差が見えている可能性も考えられる。また、pravastatinはtriple transfectant評価系において、方向性輸送の低下に有意差が確認できず、in vivoにおいてもMrp3 (-/-)マウスでの血中濃度の低下は観察されなかった。 ヒト肝サンプルから細胞膜画分を調製し、ヒト肝細胞膜におけるMRP3, MRP4の蛋白発現量とtriple transfectantにおけるMRP3, MRP4の蛋白発現量をWestern blot法により比較した。MRP3についてはヒト肝サンプルとtriple transfectantのband密度がほぼ同程度であったのに対し、MRP4についてはtriple transfectantと比べ、ヒト肝サンプルのband密度が著しく低かった (Fig. 5)。MRP4 triple transfectantではbasal→apicalへの方向性輸送が低下する基質化合物が複数見つかったが、triple transfectantではin vivoと比較し、過剰に発現しているため、in vivoにおける寄与率はin vitroから予測されるよりも低いことが予想される。 結論 MDCK II細胞を宿主細胞として、肝取り込みトランスポーター(OATP1B1)、肝胆管側排泄トランスポーター(MRP2)、肝血管側排泄トランスポーター(MRP3)を発現させたtriple transfectantを構築した。in vitro系のMRP3 triple transfectantにおいてbasal→apical方向の経細胞輸送が、double transfectant に比べて有意な減少が見られた化合物については、Mrp3 (-/-)マウスで低い血漿中濃度を示し、in vivoにおいてもMrp3が肝臓から血液中への排出トランスポーターとして重要な役割をしている事が確認できた。本系は、これまで困難であった、薬物の肝臓から血管側への排出輸送を評価できるin vitroモデル系となるものと考えている。また、種々グルクロン酸抱合体だけでなく、MTXのような有機アニオン系薬物においても、肝臓から循環血中への排泄にMrp3が大きく関わっていることが明らかになった。薬物やその代謝物の体内動態、およびそれらの肝腎振り分け機構についての重要な知見を与えるものであると考えられる。更に、肝血管側の排出クリアランスをin vivoで評価し、in vitroとin vivoの相関を定量的に補正していくことで、より精密な予測がin vitro輸送実験から可能になるものと考えている。 同様に、MRP4 triple transfectantを構築した。MRP4 triple transfectantにおいて、basal→apical方向の経細胞輸送の低下が観察される化合物も見出された。しかし、正常時の肝臓のMrp4における有機アニオン類の肝臓から循環血中への排出の関与は小さいと考えられた。胆汁うっ滞など病態時では、MRP3やMRP4の肝血管側膜での発現誘導が起こることが報告されており、MRP3や正常時には寄与が小さかったMRP4の機能がさらに重要になってくる可能性も考えられる。 Fig.1 肝細胞に発現するトランスポーター Fig.2 triple transfectantにおけるMTXの経細胞輸送 Fig.3 発現系ベシクルにおけるMTXの輸送活動 Fig.4 Mrp3(-/-)マウスにおけるMTXの血中濃度推移 Fig.5 ヒト肝細胞膜における MRP3,MRP4の蛋白発現量に比較 | |
審査要旨 | 肝臓に取り込まれた薬物は代謝酵素、抱合酵素によって解毒代謝を受け、循環血中、あるいは胆汁中へと排泄される。肝臓の実細胞である肝細胞の血管側膜には生体異物の取り込みに働くトランスポーターであるOATP1B1やOATP1B3、OAT2、OCT1が、胆管側膜には胆汁中への排泄に働くABCトランスポーター、MDR1、BCRP、MRP2が発現しており、肝細胞における異物排泄メカニズムとして重要な役割を担っている。一方、血管側膜における排出過程も、薬物の血中からの消失の律速段階を規定する重要な要因であるが、この過程におけるトランスポーターに関する知見はほとんど得られていなかった。近年、肝細胞の血管側膜にはABCトランスポーターであるMRP3,MRP4が発現していることが示された。MRP3は、グルクロン酸抱合体を含む種々有機アニオン系薬物や一価の胆汁酸などを良好な基質とする。ラットでは胆汁うっ滞時において発現が誘導されることから、胆汁うっ滞時に胆汁中に排泄できない胆汁酸や生体異物を循環血中に排泄することで、肝臓への蓄積を防ぐ生体防御機構の一つと考えられていた。しかし、マウスやヒトにおいては、MRP3は恒常的に肝血管側膜に高発現していることが明らかとされ、正常時においても血液中への異物排泄を行っていると考えられる。MRP4は抗ウィルス薬などの核酸アナログをはじめとする種々有機アニオン類や胆汁酸などを良好な基質とする。また、重度の胆汁うっ滞を主症状とする進行性家族性肝内胆汁うっ滞(PFIC)患者の肝臓でMRP4の発現が誘導されることから、生理的にMRP4は、MRP3とともに血管側への胆汁酸の排泄トランスポーターとして機能すると考えられている。これまで肝胆系輸送機構のin vitro評価系として、取り込み側トランスポーターOATP1B1、排泄側トランスポーターMRP2を極性細胞であるMDCK II細胞のそれぞれbasal側、apical側に同時に発現させたdouble transfectantが構築されている。このinvitroモデルはMRP3,MRP4をはじめとした肝臓から循環血中への排出を考慮していない。そこで本研究において、肝血管側膜に発現するMRP3,MRP4について、肝血管側膜における排出輸送を評価できるin vitro評価系を目指して研究が行われた。次に、この評価系とin vivoとの対応を明らかにするために、Mrp3 (-/-)マウスを用いたin vivo実験が行われた。 OATP1B1/MRP2 double transfectantにMRP3およびMRP4を発現させたtriple transfectantの構築とその機能評価 MRP3,MRP4による有機アニオンの肝臓中から循環血中への排出を評価するin vitroモデルとして、double transfectantにrecombinant adenovirusを感染させ、MRP3またはMRP4を発現させたtripletransfectantが構築された。MRP3、MRP4はともにbasal膜に局在し、MDCK II細胞に発現させた全てのトランスポーターが肝細胞と同じ膜局在を示す発現系が得られた。本細胞を用いて、種々化合物の経細胞輸送が測定された。グルクロン酸抱合体であるE217βG,E3040G,TGZ-G、抗癌剤であるSN38,MTX,ACE阻害薬であるtemocaprilat、HMG-CoA還元酵素阻害薬pravastatin,pitavastatinは、double transfectantにおいてはvector細胞と比較して、有意に大きなbasal→apicalへの経細胞輸送が観察された。E217βG,E3040G,TGZ-G,MTX,SN38,temocaprilatは、MRP3triple transfectantにおいて、basal→apicalへの方向性輸送がdouble transfectantと比較して有意に低下していることが示された。SN38を除く全ての化合物について、MRP2発現膜ベシクルとMRP3発現膜ベシクルでのATP依存的な取り込みが確認され、MRP3の方がより高い輸送活性を示した。また、E217βG,SN38,MTXはMRP4 triple transfectantにおいて、basal→apicalへの方向性輸送がdoubletransfectantと比較して有意に低下しており、全ての化合物でMRP2発現膜ベシクルとMRP4発現膜ベシクルでのATP依存的な取り込みが確認され、MRP4の方がより高い輸送活性を示した。一方、例えば、E3040GやTGZ-GはMRP4の基質となるにも関わらず、MRP4のtriple transfectantにおいてbasal→apicalへの方向性輸送がdouble transfectantと同程度であった。すなわち、ベシクル実験によりMRP3やMRP4の基質となった場合でも、apical側のMRP2との相対的輸送活性により、tripletransfectantにおける方向性輸送の変動を説明できることが示された。これらのことから、tripletransfectantがMRP3およびMRP4の肝臓中から循環血中への排出を考慮に入れたin vivo胆汁排泄能を評価できるin vitro実験系となりうることが示唆された。 MRP3,MRP4の肝臓から循環血中への排出の関与 MRP3 triple transfectantにおいてMRP3によるbasal側からの排出の関与がみられたMTXや種々グルクロン酸抱合体をはじめとするいくつかの有機アニオンについて、in vivoにおいてもMrp3が肝臓から循環血中への排泄に関与しているかを明らかにすることを目的として、Mrp3 (-/-)マウスを用いたinvivo実験が行われた。 MRP3 triple transfectantにおいて方向性輸送の低下がみられた化合物はtemocaprilatを除いて、Mrp3(-/-)マウスにおいて血漿中濃度が低下している傾向がみられた。temocaprilatはMRP3のtripletransfectantにおいては最も方向性輸送の低下率が低かった化合物であり、MRP3 triple transfectantにおけるMRP3が、実際のin vivoにおけるMrp3の発現量と比較し、過剰に発現しているために、invitro系においては差が見えている可能性も考えられる。また、pravastatinはtriple transfectant評価系において、方向性輸送の低下に有意差が確認できず、in vivoにおいてもMrp3 (-/-)マウスでの血中濃度の低下は観察されなかった。 ヒト肝サンプルから細胞膜画分を調製し、ヒト肝細胞膜におけるMRP3,MRP4の蛋白発現量とtriple transfectantにおけるMRP3,MRP4の蛋白発現量をWestern blot法により比較した。MRP3についてはヒト肝サンプルとtriple transfectantのband密度がほぼ同程度であったのに対し、MRP4についてはtriple transfectantと比べ、ヒト肝サンプルのband密度が著しく低かった(Fig. 5)。MRP4 tripletransfectantではbasal→apicalへの方向性輸送が低下する基質化合物が複数見つかったが、tripletransfectantではin vivoと比較し、過剰に発現しているため、in vivoにおける寄与率はin vitroから予測されるよりも低いことが予想される。 以上本研究では、MDCK II細胞を宿主細胞として、肝取り込みトランスポーター(OATP1B1)、肝胆管側排泄トランスポーター(MRP2)、肝血管側排泄トランスポーター(MRP3)を発現させたtripletransfectantが構築された。in vitro系のMRP3 triple transfectantにおいてbasal→apical方向の経細胞輸送が、double transfectantに比べて有意な減少が見られた化合物については、Mrp3 (-/-)マウスで低い血漿中濃度が示され、in vivoにおいてもMrp3が肝臓から血液中への排出トランスポーターとして重要な役割をしている事が確認された。本系は、これまで困難であった、薬物の肝臓から血管側への排出輸送を評価できるin vitroモデル系となるものと考えられる。また、種々グルクロン酸抱合体だけでなく、MTXのような有機アニオン系薬物においても、肝臓から循環血中への排泄にMrp3が大きく関わっていることが明らかとなった。薬物やその代謝物の体内動態、およびそれらの肝腎振り分け機構についての重要な知見を与えるものであると考えられる。更に、肝血管側の排出クリアランスをin vivoで評価し、in vitroとin vivoの相関を定量的に補正していくことで、より精密な予測がin vitro輸送実験から可能になるものと考えられる。 同様に、MRP4 triple transfectantが構築された。MRP4 triple transfectantにおいて、basal→apical方向の経細胞輸送の低下が観察される化合物も見出された。しかし、正常時の肝臓のMrp4における有機アニオン類の肝臓から循環血中への排出の関与は小さいと考えられた。胆汁うっ滞など病態時では、MRP3やMRP4の肝血管側膜での発現誘導が起こることが報告されており、MRP3や正常時には寄与が小さかったMRP4の機能がさらに重要になってくる可能性も考えられる。 以上のように、本研究では、肝血管側膜に発現するトランスポーターMRP3,MRP4の機能解析を可能とするin vitroモデルを構築し、さらに、Mrp3が種々グルクロン酸抱合体だけでなく、MTXのような有機アニオン系薬物の体内動態にも影響を与えることを明らかとした。現在までに肝血管側膜を介した薬物の肝臓から血中への排出についての詳細な研究はほとんどないことから、本研究は、肝血管側膜に発現するトランスポーターの体内動態における重要性を示した大変興味深い研究であり、また構築されたin vitroモデル系はそのようなトランスポーターの機能解析を容易に可能とする新たなモデル系であると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
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