学位論文要旨



No 121559
著者(漢字) 村田,実貴生
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,ミキオ
標題(和) 2成分ソリトン系とパンルヴェ方程式
標題(洋) Two-component soliton systems and the Painlev e equations
報告番号 121559
報告番号 甲21559
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第281号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
 東京大学 助教授 ウィロックス,ラルフ
 神戸大学 教授 野海,正俊
内容要旨 要旨を表示する

P. Painleveは2階常微分方程式について研究し,動く特異点が極に限るような方程式を探した.この性質はパンルヴェ性として知られている.そしてパンルヴェ方程式として知られる6種の新たな方程式を発見した.

パンルヴェ方程式は線型微分方程式のモノドロミー保存変形の問題に現れる.F. Fuchsは4個の確定特異点を持つ2階線型微分方程式を考察した.そして彼はモノドロミーが特異点の位置と独立であるような解の基本系を線型微分方程式が有する条件をパンルヴェ6型方程式(PVI)が記述することを証明した.R. Garnierにより得られた結果は不確定特異点を持つ2階線型微分方程式のモノドロミー保存変形と関連する.彼は他の5種のパンルヴェ方程式(PI,PII, PIII,PIV,PV)が線型微分方程式の拡大系の完全積分可能条件から得られることを示した.L. Schlesingerは確定特異点を持つ1階微分方程式の線型系のモノドロミー保存変形を考察し,非線形微分方程式の完全積分系を得た.M. Jimbo,T. MiwaとK. Uenoは確定または不確定特異点を持つ1階線型常微分方程式の行列系のモノドロミー保存変形の一般論を構築した.そしてM. JimboとT. Miwaは変形の条件が各パンルヴェ方程式で与えられるような2×2行列型の線形方程式系を提出した.それらはパンルヴェ方程式のラックス対と呼ばれている.

パンルヴェ方程式はソリトン方程式の研究でも扱われる.その背後には等モノドロミー変形と等スペクトル変形の関係がある.M. JimboとT. Miwaはt関数の概念を用いて等スペクトル変形から等モノドロミー変形を矛盾なく得られる手順を述べた.その手順に従えば,パンルヴェ方程式自身だけでなく,そのラックス対も得ることができる.PIII及びPIVがそれぞれPohlmeyer-Lund-Regge方程式と非線型Schrodinger方程式から簡約を通して得られた.

我々はパンルヴェ方程式のラックス対を直接得ることができる等スペクトル変形を探すことを目的とする.特に,2×2行列型の線型系の特異点の型はパンルヴェ方程式の型と対応するので,我々は2×2行列型の線型系を扱う.それより大きいサイズの行列型の線型系とパンルヴェ方程式とのそのような対応を見出すのは困難である.また反自己双対Yang-Mills方程式の常微分方程式への簡約はパンルヴェ方程式を導出する.そのとき,反自己双対Yang-Mills方程式の2×2行列型の線型系もパンルヴェ方程式のラックス対に簡約される.よって多くの研究者がパンルヴェ方程式の研究のために2×2行列型のラックス対を扱った.我々はソリトン方程式の性質とパンルヴェ方程式の性質を関係付けることで,パンルヴェ方程式を研究することを目指す.そのような取り組みの基盤を構築するために,我々はホロノミック変形を佐藤理論を用いて定式化することを試みる.

本論文では,PVIの2×2行列型のラックス対を与える無限次元可積分階層を提案する.この階層は2成分KP階層の時間変数に依存するようなスペクトル変数を用いた拡張である.拡張とは導入した時間変数と独立であるように制限した階層は通常の2成分KP階層に等しいことを意味する.我々はこの拡張した階層を佐藤-Wilson形式を用いて定式化する.この定式化で我々は線型系の標準的な解である波動関数を巧妙に定義する.この波動関数はガウスの超幾何積分の被積分関数に類似している.

その後に,我々はホロノミック変形を等スペクトル変形と同様に考察する.拡張された階層の波動関数を用いてスペクトル変数に関する線型微分方程式系を構成する.佐藤-Wilson形式では階層の規則は佐藤-Wilson作用素についての佐藤方程式で与えられる.我々は変形を有する線型系の条件をスペクトル変数に関する佐藤方程式で与える.我々はこの線型系の完全積分可能条件を記述する系を得る.この無限次元系を1次元系に簡約し,その系からPVIが導出されることを示す.

また,我々は通常の2成分KP階層から他のパンルヴェ方程式を扱う統一的な方法を示す.各項で我々は異なる波動関数を定義する.この定義は2成分KP階層には影響を及ぼさないが,ホロノミック変形には影響を及ぼす.すなわち,スペクトル変数に関する異なる佐藤方程式が定義される.各波動関数を用いてスペクトル変数に関する線型微分方程式系を構成する.この線型系の完全積分可能条件を記述する系を得る.この無限次元系を1次元系に簡約し,その系から各パンルヴェ方程式が導出されることを示す.このことから非線型Schrodinger方程式の簡約でPIVだけでなく新たにPVやPIIIが得られることが分かる.

第2節では,2成分KP階層の拡張を佐藤-Wilson形式を用いて構成する.第3節では,その拡張された階層をもとにホロノミック変形を考察しその変形条件を記述する系を得る.その系からPVIが導出されることを示す.第4節では,通常の2成分KP階層を含むようなホロノミック変形を調べ,その変形の条件を記述する系から各パンルヴェ方程式,PV,PIV,PIIIおよびPIIが導出されることを示す.

以下では,拡張された2成分KP階層からPVIが導出される過程の概略を示す.

佐藤-Wilson作用素を

とする.微分作用素

を定義し,差分作用素の係数を用いて定義される行列作用素

が佐藤方程式

を満たすことを要請する.波動関数を

と定義する.このとき次の定理が成り立つ.

定理1もし行列作用素Wが佐藤方程式を満たせば,波動関数Ψ(λ)は次の線型方程式系を満たす.

定理2もし行列作用素Wが佐藤方程式を満たせば,Wから得られる行列作用素BおよびBnは次のZakharov-Shabat系を満たす.

微分作用素

を定義し,この微分作用素の係数を用いて定義される行列作用素

が簡約条件の方程式∂λW=AW-WSを満たすことを要請する.このとき次の定理が成り立つ.

定理3もし行列作用素wが簡約条件の方程式を満たせば,波動関数Ψ(λ)は

次の線型方程式を満たす.∂λΨ(λ)=AΨ(λ)

定理4もし行列作用素Wが佐藤方程式を満たせば,Wから得られる行列作用素A,BおよびBnは次のZakharov-Shabat系を満たす.

特に〓と置くことで,このZakharov-Shabat系から

を得る.この系からパンルヴェ6型方程式を導出することができる.

審査要旨 要旨を表示する

パンルヴェ方程式の特徴付として,線型微分方程式のモノドロミー保存変形がある。歴史的には,先ずR. Fuchsは4個の確定特異点を持つ2階線型微分方程式を考察し,そのモノドロミーが特異点の位置と独立であるような解の基本系を持つ条件が,パンルヴェ6型方程式(PVI)により与えられることを発見した。さらに,R. Garnierは不確定特異点を持つ2階線型微分方程式で,そのモノドロミーやストークス係数が保存される条件から,他の5種のパンルヴェ方程式(PI,PII,PIII,PIV,PV)が得られることを示した。一方,L. Schlesingerは確定特異点を持つ1階微分方程式の線型系のモノドロミー保存変形を考察し,非線形微分方程式の完全積分系を得た。この結果は,M. Jimbo-T. Miwa-K. Uenoにより一般化され,特にM. Jimbo-T. Miwaは変形の条件である非線型完全積分可能系が各パンルヴェ方程式に帰着するような2×2行列型の線形方程式系を調べている。それらはパンルヴェ方程式のラックス対と呼ばれている。このような高階線型常微分方程式あるいは線型常微分方程式系の変形をここではホロノミック変形と呼ぶ。

他方,パンルヴェ方程式のいくつかがソリトン方程式のある種の簡約から得られることは以前から知られていた。ソリトン方程式は線型常微分方程式系の等スペクトル変形が特徴付けているから,この変形とホロノミック変形との関係を調べることは自然な発想である。M. Jimbo-T. Miwaはt関数の概念を用いて,等スペクトル変形からホロノミック変形を矛盾なく得る手順を述べている。その手順に従えば,パンルヴェ方程式自身だけでなく,そのラックス対も得ることができる。例えば,PIII及びPIVがそれぞれPohlmeyer-Lund-Regge方程式と非線型Schrodinger方程式から簡約を通して得られた。

また反自己双対Yang-Mills方程式の常微分方程式への簡約はパンルヴェ方程式を導出する。そのとき,反自己双対Yang-Mills方程式の2×2行列型の線型系もパンルヴェ方程式のラックス対に簡約される。よって多くの研究者がパンルヴェ方程式の研究のために2×2行列型のラックス対を扱った。

本論文ではパンルヴェ方程式のラックス対を直接得ることができる等スペクトル変形を探すことを目的とする。特に,2×2行列型の線型系の特異点の型はパンルヴェ方程式の型と対応するので,2×2行列型の線型系を対象としている。具体的にはソリトン方程式の性質とパンルヴェ方程式の性質を関係付けることにより,パンルヴェ方程式を研究することを目指している。そのために,ホロノミック変形を佐藤理論を用いて定式化することを試みている。このような研究はソリトン方程式の研究の初期に良く行われていたが,最近になって,PVIが8×8行列型の線型系から得られるなどの結果が出て,新しい研究が再開されたところである。パンルヴェ方程式が2×2行列型の線型系のホロノミック変形で特徴付けられることを考えれば,ソリトン系とパンルヴェ系を2×2行列型の線型系の変形,すなわちラックス対の構成,という枠内で考察することは自然な発想である。

以下,本論文の結果を述べる。ここでは,PVIの2×2行列型のラックス対を与える無限次元可積分階層を提案している。この階層は2成分KP階層の時間変数に依存するようなスペクトル変数を用いた拡張で,新しい時間変数を導入し,これと独立であるように制限した階層が通常の2成分KP階層に等しくなっている。新しい変数についての変形は等スペクトルではない。この拡張した階層は佐藤-Wilson形式を用いて定式化されている。ここでは線型系の標準的な解である波動関数を巧妙に定義しているが,これはガウスの超幾何積分の被積分関数に類似したものである。

その後ホロノミック変形を等スペクトル変形と同様に考察し,拡張された階層の波動関数を用いてスペクトル変数に関する線型微分方程式系を構成する。佐藤-Wilson形式では階層の規則は佐藤-Wilson作用素についての佐藤方程式で与えられるが,本論文でも変形を有する線型系の条件をスペクトル変数に関する佐藤方程式で与えている。

本論文で得られた結果のうち,特に興味のあるPVIに関するものは以下の通りである。佐藤-Wilson作用素から,行列作用素,W,A,Bを定義しこれらについて次の結果を示す。

定理1もし行列作用素Wが佐藤方程式を満たせば,Wから得られる行列作用素A,BおよびBnは次のZakharov-Shabat系を満たす。〓

特にtn≡0(n〓1)と置くことで,このZakharov-Shabat系から〓

を得る。この系からパンルヴェ6型方程式を導出することができる。

さらに本論文では通常の2成分KP階層から他のパンルヴェ方程式を扱う統一的な方法を与えている。非線型系のレベルでも,ソリトン方程式とパンルヴェ系の新しい関係が得られている。

本論文の結果をまとめれば,

1 2成分KP階層の,必ずしも等スペクトルではない拡張を構成したこと,

2 上記の階層からPVIのラックス対を導出したこと,

3 2成分KP階層の簡約からパンルヴェ系のラックス対を統一的に導いたこと,となる。

本論文で扱われている問題はパンルヴェ系の研究においては自然なものであるが,特にPVIのラックス対を新しい視点を導入して得たことは注目に値する。ここで与えられた方法は,パンルヴェ系の一つの特徴付にもなったいるが,それだけでなくガルニエ系などの非線型完全積分可能系の研究にも発展する道を与えている。これらは今後の課題となるであろうが,その研究の発展が期待される。

よって,論文提出者 村田実貴生は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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