学位論文要旨



No 121584
著者(漢字) 松浦,宏行
著者(英字)
著者(カナ) マツウラ,ヒロユキ
標題(和) 金属酸化物の選択的塩化揮発反応の物理化学
標題(洋)
報告番号 121584
報告番号 甲21584
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第166号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 大谷,義近
 東京大学 教授 森田,樹
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
内容要旨 要旨を表示する

日本では鉄鋼製錬プロセスより年間約500万トンの製錬ダストが発生しており、その有効活用は資源の高効率利用および環境負荷低減の観点から極めて重要である。高炉一転炉法からは年間約450万トンの各種製錬ダストが発生し、製精錬プロセスでの精錬剤や他産業での原料として有効活用が図られているが、電気炉法から発生する約50万トン/年の製鋼ダストにはスクラップ由来の亜鉛や鉛が含まれるため、そのまま再利用することができない。さらに塩素を主とするハロゲンが含有されるため、ダスト中の亜鉛や鉛は貴重な二次資源でありながら有効利用に限界があり、現在は発生量の約30%は埋立処理によって処分されている。したがって、電気炉ダストの有効利用法の開発は希求の技術的課題である。本研究では電気炉製鋼プロセスにおいて発生する、鉄とともに亜鉛や鉛を多く含む電気炉ダストの有効利用法として、廃ポリ塩化ビニルを塩素源とした電気炉ダストからの亜鉛および鉛の選択的塩化揮発回収プロセスの提案を目的とし、はじめにダスト中に含まれる亜鉛および鉛の酸化物であるZnO、PbOおよびZnFe2O4の各酸化物の塩化反応速度を測定し、塩化反応機構について検討した。さらに、これらの測定結果をもとに電気炉ダストを模擬した混合酸化物を試料として選択塩化揮発反応速度を測定し、各金属酸化物の挙動について検討した。以上の結果をもとに廃ポリ塩化ビニルを塩素源とした電気炉ダストの選択的塩化揮発回収プロセスを提案し、現行プロセスとの比較を行った。

第1章では、日本における鉄鋼生産と副産物発生の現状についてまとめ、本研究で着目している鉄鋼製錬ダストの処理の現状について調査し、現行プロセスの問題点を明らかにした。次に、亜鉛と鉛の世界的需給動向についてまとめ、亜鉛や鉛のリサイクルが重要であることを明確にした。また、日本における廃プラスチックの発生と有効利用について調査し、廃ポリ塩化ビニルは塩素を含むためにその処理プロセスにおいて様々な問題を抱えていること、および年間100万トンを越える発生量の観点から有効利用法の開発が重要な課題であることを明らかにした。さらに、塩化反応を利用した金属製錬プロセスおよびリサイクルプロセスについてまとめ、塩化反応が効率的な製錬・リサイクル技術として幅広い応用可能性を持つことを明らかにした。これらの調査結果をふまえて、本研究で対象としている鉄、亜鉛、鉛系酸化物の選択塩化反応についての熱力学的検討を行い、ダストに含まれる亜鉛や鉛のみを選択的に塩化揮発させて回収するプロセスが原理的に可能であることを示し、廃ポリ塩化ビニルを塩素源とした電気炉ダストの選択的塩化揮発回収プロセスの提案を目的とすることを述べた。

第2章ではAr-Cl2-O2ガスによるZnOの塩化反応速度を1023Kから1273Kで測定し、ZnOの塩化反応の律速段階がZnOにC12が吸着して生成する中間生成物の分解反応であり、その活性化エネルギーが58kJ/molであることを明らかにした。塩化反応速度は酸素分圧の増加によってわずかに大きくなり、ZnCl2とともに亜鉛オキシクロライドが生成するためであると考えられた。亜鉛オキシクロライドの生成を確認し、その影響を定量的に評価するため、気体流動法を用いてZnOとAr-Cl2-O2ガスとの平衡を1073Kで測定した。測定結果から、亜鉛オキシクロライドをZnOClと仮定して計算した結果より、ZnOの塩化反応において亜鉛オキシクロライドはZnCl2の次に主要な生成物であることを明らかにした。

第3章ではAr-Cl2-O2ガスによるPbOの塩化反応速度を1023K、1073Kおよび1123Kで測定し、PbO塩化反応によって生成したPbCl2はPbOとPbO-PbCl2系オキシクロライド融体を形成して、融体からPbCl2が蒸発することを明らかにした。PbO塩化反応は反応開始後約7分以降は定常状態になり、定常状態におけるPbO-PbCl2系融体の塩化反応および蒸発の活性化エネルギーはそれぞれ35kJ/molおよび156kJ/molであった。PbO-PbCl2系融体の蒸発速度は雰囲気の酸素分圧の変化にほとんど影響されなかった。気相でのPbCl2および鉛オキシクロライドPbOClの生成自由エネルギーをもとに平衡計算を行った予測においてPbOCl生成量は極めて少なく、気相中の酸素分圧の変化が融体の蒸発速度に影響を与えない結果と一致した。一方、融体の蒸発速度は融体組成に大きく依存し、その組成依存性は融体中のPbCl2活量から予測した蒸発速度とおおむね一致するが、全組成範囲にわたって測定値は予測値より大きく、このことより融体中でのオキシクロライド生成がPbO-PbCl2系融体の蒸発を促進すると考えられることを示した。

第4章ではAr-Cl2-O2ガスによるZnFe2O4の塩化反応速度を1023K、1073Kおよび1123Kで測定し、酸化物中のZnが選択的に塩化揮発することを明らかにし、Feの揮発損失を抑制しながらZnのみを効率的に塩化揮発させるためには反応ガス中の酸素分圧の制御が重要であることを示した。ZnFe2O4塩化反応速度は塩素分圧の約0.5乗に比例し、また塩化反応の活性化エネルギーは35kJ/molであったことから、塩化反応の律速段階はZnFe2O4表面へのC12分子の解離吸着であると考えられた。また、酸素分圧の増加による塩化反応速度の低下は、ZnFe2O4表面の反応サイトがO原子によって占有されるためであり、反応速度は塩素分圧、酸素分圧の関数として〓として表されることを明らかにした。

第5章ではAr-Cl2-O2ガスによるFe2O3-ZnFe2O4-ZnO-PbO系酸化物の塩化反応速度を1073Kで測定した。塩化反応によってZnおよびPbが選択的に塩化揮発して除去され、Feは酸化物として残留し、塩化反応による除去限界はT.ZnO=0.1 mass%、PbO=0.03mass%であった。Ar-Cl2ガスによる塩化反応ではFeは反応初期よりゆるやかに塩化揮発し、ZnおよびPbが99%除去されたときのFe塩化揮発率は3-4%であった。Ar-Cl2-O2ガスによる塩化反応ではZnやPbの塩化揮発率を保持したまま、Feの揮発損失を0.5%まで抑制できることを明らかにし、高いZnとPbの選択分離効率を得るには雰囲気の酸素分圧の制御が重要であることを示した。

第6章では第2章から第5章で得られた結果をもとに、廃ポリ塩化ビニルを塩素源に用いた電気炉ダスト処理の新たなプロセスを提案し、新プロセスの物質収支およびエネルギー収支を予測して、現行のウェルツキルンプロセスと比較した。新プロセス全体における熱有効利用率が16.5%以上で現行のウェルツキルンプロセスよりコークス消費量の低減が可能であること、およびCO2排出量は提案したプロセスのままでは現行プロセスより必ず多くなることを示した。さらに、新プロセスでのZn、PbおよびFeの気相での存在形態について熱力学的に考察した。Znは主にZnCl2として、Pbは全量がPbCl4として存在することを予測した。また、Feは主にFeCl3として存在するが、約5%はFeCl2、約2%はFeZnCl4として存在すると予測された。プロセスへのわずかなH20の混入によって系内のHCl分圧が大きくなること、およびH20がZnCl2やPbCl2の回収の際に問題となる可能性について言及した。これらより、塩化揮発反応を利用したダストからのZn、Pbの除去、回収プロセスではできるだけH20の混入を防ぎ、不可避な混入に関してはその影響をあらかじめ検討することが重要であることを示した。

第7章では本研究を総括して述べた。

以上のように、本論文では亜鉛や鉛を含む電気炉ダストの有効利用法として廃ポリ塩化ビニルを塩素源に用いた亜鉛と鉛の選択的塩化揮発回収プロセスを構築するための物理化学的知見を明らかにし、廃ポリ塩化ビニルを用いた選択的塩化揮発回収プロセスによる電気炉ダストと廃ポリ塩化ビニルの同時処理および有効利用が可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、電気炉製鋼プロセスで発生するダストを有効利用することを念頭におき、ポリ塩化ビニルを塩素源としたダストからの亜鉛および鉛の選択的塩化揮発回収プロセスを検討するため、亜鉛および鉛の選択的塩化揮発反応の物理化学について明らかにした研究であり、7章からなる。

第1章は序論であり、鉄鋼製錬ダストの処理の現状などについて調査した結果を述べている。さらに、鉄、亜鉛、鉛系酸化物の選択塩化反応についての熱力学的検討を行い、亜鉛、鉛のみを選択的に塩化揮発回収するプロセスの可能性を示し、本研究を行う背景、重要性、目的について述べている。

第2章では、Ar-Cl2-O2ガスによるZnOの塩化反応速度について検討した結果について述べている。ZnOの塩化反応速度を1023Kから1273Kで測定し、塩化反応の律速段階はZnOにCl2が吸着して生成する中間生成物の分解反応であることを明らかにした。また気体流動法によりZnOとAr-Cl2-O2ガスとの平衡を1073Kで測定し、ZnOの塩化反応では亜鉛オキシクロライドがZnCl2の次に主要な生成物であることを見出した。これらの結果から、塩化反応速度が酸素分圧の増加によってわずかに大きくなることを、亜鉛オキシクロライドが生成する反応機構により説明している。

第3章では、Ar-Cl2-O2ガスによるPbOの塩化反応速度について検討した結果について述べている。PbOの塩化反応速度を1023K、1073K、1123Kで測定し、生成したPbCl2はPbOとPbO-PbCl2系オキシクロライド融体を形成して、融体からPbCl2が蒸発することを明らかにした。融体の蒸発速度は融体組成より大きく変わり、全組成範囲にわたって測定値は予測値より大きくなった。この現象について、融体中でのオキシクロライド生成がPbO-PbCl2系融体の蒸発を促進するという反応機構により説明している。

第4章では、Ar-Cl2-O2ガスによるZnFe2O4の塩化反応速度について検討した結果について述べている。ZnFe2O4の塩化反応速度を1023K、1073K、1123Kで測定した。反応ガス中の酸素分圧を制御することにより、Feの揮発損失を抑制しながらZnのみを選択的に塩化揮発できることを明らかにした。ZnFe2O4の塩化反応速度は塩素分圧の約0.5乗に比例することから、塩化反応の律速段階はZnFe2O4表面へのCl2分子の解離吸着であり、酸素分圧の増加による塩化反応速度の低下は、ZnFe2O4表面の反応サイトがO原子によって占有されるという反応機構を提案して説明している。

第5章では、Ar-Cl2-O2ガスによるFe2O3-ZnFe2O4-ZnO-PbO系酸化物の塩化反応速度について検討した結果について述べている。1073KでZnおよびPbが選択的に塩化揮発して除去されており、Feは酸化物として残留し、塩化反応による除去限界はT.ZnO=0.1 mass%、PbO=0.03 mass%であることを示した。これらの実験結果から、ZnやPbの塩化揮発率を保持したまま、Feの揮発損失を0.5%まで抑制できることを明らかにし、高いZnとPbの選択分離効率を得るには雰囲気の酸素分圧の制御が重要であると結論している。

第6章では、第2章から第5章で得られた結果をもとに、ポリ塩化ビニルを塩素源に用いた電気炉ダスト処理の新たなプロセスを検討した結果について述べている。プロセスの物質収支およびエネルギー収支の計算から、提案するプロセスにおける熱有効利用率が16.5%以上で、現行のウェルツキルンプロセスよりコークス消費量の低減が可能であること、およびCO2排出量は提案したプロセスのままでは現行プロセスより必ず多くなることを示している。また、プロセスへのわずかなH20の混入によって系内のHCl分圧が大きくなることから、塩化揮発反応を利用したダストからのZn、Pbの除去、回収プロセスではできるだけH20の混入を防ぎ、不可避な混入に関してはその影響をあらかじめ検討することが重要であることを提案している。

第7章は本論文の統括である。

以上のように、本論文では亜鉛や鉛を含む電気炉ダストを有効利用するため、種々の化合物の塩化反応について検討し、その反応機構を明らかにし、廃ポリ塩化ビニルを塩素源に用いた亜鉛と鉛の選択的塩化揮発回収プロセスを提案して、物理化学的に重要な新たな知見を得ており、本研究の成果はマテリアルプロセス工学への寄与が大きい。

なお、本論文第2章は月橋文孝、第3章は月橋文孝、第4章は濱野翼、月橋文孝、第5章は濱野翼、月橋文孝、第6章は月橋文孝との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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