学位論文要旨



No 121585
著者(漢字) 秋田,大輔
著者(英字)
著者(カナ) アキタ,ダイスケ
標題(和) 太陽風を利用した深宇宙探査用磁気セイルの推進性能および技術実証衛星システム
標題(洋) Magnetic Sail in Solar Wind for Deep Space Exploration: Thrust Performance and Spacecraft system for Technology Demonstration
報告番号 121585
報告番号 甲21585
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第167号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 藤田,和央
内容要旨 要旨を表示する

外惑星や太陽系外縁などの深宇宙探査は,その場観測によって,太陽系や宇宙そして生命の起源や進化を知る上で科学的に重要な手掛かりを得ることができるだけでなく,先進的推進システム/航行や探査機の高度な自動化,超長距離通信など,様々な革新的技術が要求され,宇宙科学的および工学的ともに重要なミッションである.しかし,このような深宇宙探査において問題となるのが,ミッション期間の長期化と,それにともなう莫大な開発/運用コストである.NASAのVoyagerなど,主な現行の探査機では,惑星の重力を利用したスイングバイが用いられているが,得られる速度は2-3AU/yearであり,打ち上げから27年経過して,いまだその飛行距離は94AU程度である.また,推進システムとしてJAXAの探査機"はやぶさ"で採用されているような電気推進を利用すれば高排気速度(数千秒)を得ることができ,低燃費であるものの,推力電力比が小さく(数十mN/kW),消費電力の面からミッション期間の大幅な短縮は難しい.このように超長距離探査のミッション期間を大幅に短縮するためには既存のシステムの能力向上ではなく,何らかの新しい推進システムを開発する必要がある.

1980年代後半,Zubrinらによって提案された磁気セイルは,従来の推進システムのように衛星に搭載した推進剤の噴射によって推進するのではなく,衛星の周囲に存在する高速希薄プラズマ流である太陽風(地球公転軌道付近で速度〜400km/sec,数密度-5/cm3)の運動量を推進力に変換する宇宙推進システムである.図1に示すように,衛星のまわりにコイルによって磁場を印加し,太陽風との電磁気的干渉により発生する力の反作用によって推進する.太陽由来の運動量を利用するため,光圧を利用して推進するソーラーセイルと同様,推進剤を必要としない推進システムである.ソーラーセイルや磁気セイルは,それぞれを駆動する太陽光と太陽風のエネルギー密度が低いため,衛星が十分な加速を得るためには,ともに大規模でかつ軽量な"帆"の展開とその保持が必要となる.しかし,磁気セイルの場合,磁場が"帆"となるため,磁場を印加するためのコイルは必ずしも巨大である必要はない.

現在の磁気セイルの研究課題は,推進力の定量的な把握とその実証の段階にある.本研究では,構造的また磁場生成技術的に妥当な小型(直径数m)の磁気セイルについて,太陽風と電磁場の干渉を数値シミュレーションにより解析するとともに推進力の見積もりを行い,磁気セイルまわりの太陽風流れ場および電磁場構造と推進力の相関を考察する.また,その結果をもとに,磁気セイルによる推進技術を実証するための概念的なミッションの検討と衛星のシステム設計を通じて,現在の技術レベルで実現可能な磁気セイルを利用した衛星システムを示し,磁気セイルの実現性や実ミッションへの適用性など,宇宙推進システムとしての可能性を明らかにする.

太陽風は,水素の原子核陽子と電子を主成分とする高速希薄プラズマ流である.直径4mの超伝導コイルで構成される磁気セイルを考え,太陽風との電磁気的な干渉スケールを見積もると,この場合の太陽風流れは,粒子性が顕著であることがわかる.そのため,太陽風と磁場の干渉は,これまで地球磁気圏構造の解析なのでよく行われてきたようなMHDモデルによる解析では不適当で,イオンおよび電子の粒子的な運動スケールまで解像する必要がある.そこで,本研究では太陽風と磁気セイルとの干渉を,イオンと電子をともに粒子として扱う,完全粒子法(FullPIC法)により解析した.図2に,解析のフローチャートを示す.完全粒子法では,粒子の運動軌道と電磁場を,電荷密度,電流密度を介して交互に解きカップリングさせる.粒子の空間分布や速度から,電荷密度および電流密度を求めMaxwell方程式を解き,その結果をLorentz力のかたちで粒子の運動に反映させ,プラズマの振る舞いを数値的に解析する.本解析では,イオンおよび電子をともに粒子的に扱うことで,熱的平衡や電気的中性を仮定する必要がなく,粒子軌道が重要となる現象や,空間的な電荷分離を原因として生じる静電場を扱うことができる.しかし,一方で,デバイ長やプラズマ振動,粒子のラーマー運動を解像する必要があり,計算格子幅と時間刻みが厳しく制限され,多大な計算コストを要することになる.本研究では,大型計算機NECSX6(共有分散メモリ型ベクトル計算機)を使用して解析を実施した.

図3,4に,磁気セイルまわりの太陽風流れ場の解析結果を示す.一辺500mの計算領域の中心に,半径2m,中心磁場0.06Tが印加されるコイルを,軸が流れに対向する向きに配置している.図3,4は,それぞれ中心軸を含む断面における電子とイオンの数密度分布および平均流線を示している.電子とイオンでは,質量と熱速度の違いから,流れ場が大きく異なり,印加磁場の影響領域に一桁程度の差がある.電子(図3)に比べるとイオン(図4)はあまり印加磁場の影響を受けずに磁気セイル後流に流れ去っている.結果,電子に比べ,イオンはより磁気セイル近傍まで到達し,電荷分離が生じる.電荷分離によって,磁気セイル付近で最大+50V程度の静電ポテンシャルが誘導される.電子はそれを打ち消すように,磁気セイル中心へ引き寄せられるが,イオンに対しては流れの運動エネルギーが1keV程度であるため,比較的その影響は小さい.この場合,イオン粒子の総運動量変化から見積もった磁気セイルの推力は10-3mN程度,一様流動圧とコイル面積で無次元化した抗力係数は100程度となった.抗力係数が比較的大きな値をとるのは,磁気セイルの太陽風に対する実効的な大きさがコイル自体の大きさに比べ大きいためである.

宇宙航行では,飛行軌道の自由度を高めるために,推進方向の制御が重要となる.磁気セイルの場合,推進方向は基本的に太陽風の流れ方向,つまり太陽から遠ざかる方向近傍に限定されるが,コイルによる印加磁場を傾けることで,推力ベクトルを制御できる可能性がある.図5は,コイルの軸を傾けた場合に,磁気セイルに働く各方向の力を動圧とコイル面積で無次元化して示している.CDは一様流の流れ方向,CLはコイルの軸を傾ける面内の流れに垂直な方向,CYはその面外の垂直方向である.コイルの軸を傾けると,流れ場の非対称性にともなって流れと垂直方向に流れ方向の25%〜30%程度の力が発生することがわかる.その場合,磁場の傾きに対して,推力ベクトルは面内だけでなく面外へも傾く.つまり,磁気セイルの推力ベクトルを,コイル磁場の傾きのみで制御した場合,磁気セイルの軌道は黄道面外への飛行をともない3次元的になると考えられる.また,磁気セイルが迎角を有した場合に働くモーメントを調べると,コイルの軸が流れに対し垂直となる姿勢で静安定が得られることがわかった.ただし,その場合の推力ベクトルは上記のように面外に傾くことになる.

太陽風の条件について太陽からの距離を変化させた場合に,磁気セイルに働く推力を調べた.その結果,磁気セイルの推力および太陽風の動圧とコイル面積で無次元化した抗力係数は,より太陽に近く太陽風の動圧が大きいほど増加し,推力を得る効率が高いことがわかった.

以上の結果を踏まえ,軌道上で磁気セイルによる推進技術を実証するための衛星システムとミッションの検討を行った.上で述べたように,磁気セイルの姿勢はコイルの傾きに対して静安定が得られるため,スピン安定のみで積極的な姿勢や推力ベクトルの制御などは行わず,完全に受動的な飛行を行うものとする.磁気セイルの飛行軌道をトラッキングし,磁気セイルに働いた力を逆算することで,推進性能の実証を試みる.

技術実証機は,必要最低限の構成からなる小規模な衛星とし,母船と磁気セイル本体から構成され,軌道上で分離される.磁気セイルは,母船に搭載した冷凍機で77K程度以下に冷却され,永久電流モードに励磁された状態で,フェアリング内に搭載しロケットで打ち上げられる.予定軌道で,母船と分離され,推進実証飛行を開始する.太陽風の環境は軌道や時間により大きく変動するため,母船は磁気セイルが受ける太陽風の環境をモニタリングしつつ,磁気セイルへ測距信号を送信する.磁気セイルが母船から送信される測距信号をダウンリンクで送り返すことで,母船を中継して,太陽風を受けて変化する磁気セイルの軌道をトラッキングする.母船は,測距データと観測した太陽風の環境データを地上局に送信し,そのデータをもとに,磁気セイルに働いた力を逆算して,磁気セイルの働いた力を推算する.また,磁気セイルは状態監視(HK)としてコイルの印加磁場を測定し,測距信号とともに母船に送信する.

磁気セイルのコイルには,高温超伝導材を使用する.高温超伝導材には,長尺化や歪み特性,高温での磁場特性等を考え,銀マトリクス多芯構造のBi-2223を採用する.製作性や耐フープ電磁力強度,臨界電流密度や耐磁場特性を考慮し,直径2m,断面直径20mmのコイルでその中心に0.06T程度の磁場を生成する.また,ここで採用した超伝導材の臨界温度を77K程度とし,超伝導コイルの温度管理にいては,軌道上での積極的な冷却は行わず,太陽に対してコイルの周囲に熱シールドを設置することで低温状態を維持する.地球公転軌道上でのコイルの幅射平衡温度の見積もりから,コイルの外側内側それぞれ0.03mの位置に幅0.3mの円筒状の熱シールドを配置することで,角度マージン10deg.で超伝導コイルを臨界温度以下に維持できることが確認できた.熱シールドや超伝導コイル本体の他,熱シールド上に設置する薄膜状太陽電池,トランスポンダ,磁場測定器などの搭載機器を含め,衛星全備重量は約28kgと推算された.また,以上の重量推算と前の推力に関する解析結果をもとに,磁気セイルの軌道計算を行い,100日程度で母船から十分観測可能な軌道の変動があることを確認した.図6に磁気セイルの概念図を示す.

本研究では,磁気セイルの推進性能とそれを軌道上で実証するための衛星システムについて検討した.その結果,現在の技術レベルで実現可能な磁気セイルを利用した衛星システムを示し,磁気セイルによる宇宙推進は,現在その技術を検証可能な段階にあることが明らかとなった.

図1 磁気セイル

図2 完全粒子法フローチャート

図3 磁気セイルまわりの太陽風電子数密度分布と流線

図4 磁気セイルまわりの太陽風陽子数密度分布と流線

図5 コイル軸の傾きに対する推力特性の変化

図6 技術実証用磁気セイルの概念図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「太陽風を利用した深宇宙探査用磁気セイルの推進性能および技術実証衛星システム(Magnetic Sail in Solar Wind for Deep Space Exploration: Thrust Performance and Spacecraft System for Technology Demonstration)」と題し、5章より構成されている。

第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。衛星が作る印加磁場により太陽風プラズマ粒子の軌道を変え、その反作用で推進力を得る磁気セイルは、推進剤不要で無限大の比推力が得られるため、外惑星や太陽系外縁への深宇宙探査に適している。しかし、従来の研究では、希薄な太陽風から十分な推進力を得るため直径数十kmの超伝導コイルといった非現実的規模の機体が想定されていたため、その実現性が評価できなかった。上記を踏まえ、現在の技術レベルで実現可能な直径数mのコイル電流を用いた磁気セイルを対象とする研究の必要性を強調し、本研究の意義を明らかにしている。

第2章は「磁気セイル推進に関する現象のスケール評価と解析モデルの選択」と題し、数値解析用の参照モデルの設定と、現象のスケール評価にもとづく解析手法の選定について述べている。まず、太陽風動圧と印加磁気圧が釣合う磁気境界面を磁気セイルの実効的な帆であると考える簡易推算法により、コイル半径と推力の関係を見積っている。つぎに、地球公転軌道上を想定し、そこでの太陽風粒子(電子、陽子)と電磁場との各種干渉に関する時間と空間のスケールを評価している。その結果、打ち上げロケットへの搭載を考え、コイル直径を4mとし、中心に0.06Tの磁場を発生させる参照モデルを設定した場合、機体と磁気境界面で考えた巨視的な干渉スケールは、長さ、時間ともに電子のサイクロトロン運動のスケールより小さく、連続流体や電気的中性が仮定できないことを明らかにしている。従って、磁気セイルまわりの太陽風プラズマ流れの数値解析にはイオン、電子ともに粒子として扱う完全粒子法(Full PIC法)が必要であると述べ、適切な時間と空間の解像度を算出している。

第3章は「磁気セイルまわりの太陽風流れの基本特性と推進性能の評価」と題し、計算法と設定条件を説明した後に、数値解析結果の詳細な検討を行い、コイルの姿勢や太陽風速度など各種パラメータが推進性能に及ぼす影響について述べている。イオンの流れ場と電子の流れ場を比較し、印加磁場による影響領域は後者が前者より1桁程度大きいこと、その結果、電荷分離が生じ静電ポテンシャル場が形成されること、また、磁気セイル近傍では太陽風粒子の速度分布関数がマクスウェル分布から大きく逸脱すること、などを見出している。つぎに、粒子の運動量変化から磁気セイルに働く力を評価している。コイルの姿勢や太陽風条件の影響について詳細に調べ、コイルの姿勢によっては軌道面外を向く力が作用すること、コイルの軸を軌道面に垂直とすることで静安定な姿勢となること、太陽風動圧に対する推進効率は太陽に近いほど上がること、など次章で磁気セイル衛星のシステムを検討する上で重要な知見を得ている。

第4章は「磁気セイル推進技術を実証するための衛星システムとミッションの検討」と題し、人工衛星を用いた磁気セイル推進性能実証ミッションを検討している。衛星は、母船と磁気セイル機の2機で構成され、地球公転軌道に投入される。前者が太陽風計測と後者の軌道追跡を行う。磁気セイルの諸元は上記参照モデルと同じとし、コイルの超伝導材の選択などセイル機の構成が具体的に検討されている。その結果、コイルは姿勢静安定が得られるよう軸を公転面に垂直とし、内側と外側に円筒状の熱シールドを設ければ能動的冷却なしに超伝導状態が保てること、コイルは電流の有無にかかわらず十分な強度を持つこと、100日程度の飛行で十分計測可能な軌道のずれが起こり、磁気セイルに働く推力の逆算が可能であること、が示されている。以上から、磁気セイルによる宇宙推進は現状の技術で実証可能な段階にあると述べている。

第5章は結論であり、本論文の研究成果をまとめている。

以上要するに、本論文は磁気セイルまわりの太陽風流れの基本特性を粒子法による数値解析で明らかにするとともに、機体に働く力と各種パラメータの影響を解明し、それにもとづき技術実証衛星を提案するものであり、これらの結果は、先端エネルギー工学、特に宇宙工学に貢献するところが大きい。

なお、本論文の第2章から第4章は、鈴木宏二郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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