学位論文要旨



No 121586
著者(漢字) 今村,宰
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,オサム
標題(和) 微小重力下における液滴燃焼に及ぼす直流電界の影響
標題(洋)
報告番号 121586
報告番号 甲21586
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第168号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

火炎の電気的な性質については比較的古くから知られており様々な研究報告例がある.特に外部から電界を印加することによって予混合気中を伝播する火炎の伝播速度が変化することや,電界がすすの生成に影響を及ぼすことなどがよく知られている.これらは火炎中にイオンや電子が含まれるためである.また負電荷の担い手はほとんどが電子であること,すす粒子の多くは正に帯電していることなどが知られている.このような過去の電界が燃焼に及ぼす影響に関する研究報告は,燃焼場に電界を印加することによって燃焼の制御が可能であることを示唆している.

一方,実用上広く用いられている燃焼形態として噴霧燃焼がある.噴霧燃焼は液体燃料の燃焼形態として工業的な応用が広く,ガスタービンやディーゼルエンジンなどに用いられており,工業的な側面から精力的に研究が行われている.噴霧の最も基本的なモデルである液滴燃焼に関しても科学的な側面からも多くの研究報告がなされており,特に微小重力環境を用いて行われた研究からは有用な知見が多々得られている.

今後の燃焼の研究においてはエネルギー問題および環境問題に関する配慮から,機関の高効率化と環境汚染物質の低減,ひいては燃焼の制御という観点が重要であるが,そのためには基礎的な知見の蓄積が必要な上,燃焼現象の理化学的に深い理解なしにはその制御は困難である.他方,実際の燃焼器には音響振動などが存在するため,液滴燃焼に外力が及ぼす影響に関する基礎的な研究は,熱機関の高効率化や安全性の向上,燃焼制御の観点から非常に興味深いといえる.このような背景から本研究では外力として電界に注目し,電界中で燃料液滴の燃焼実験を行った.液滴燃焼に及ぼす電界の影響に関しては本研究によって初めて調べられ,上記の命題に対して以下の基礎的な知見を得た.

第一に平行に配した2枚の平板状電極の間で単一液滴の燃焼実験を行った.実験はすべて東京大学工学部の落下塔を用いて得られた微小重力環境下で行われ,燃焼の様子や液滴の蒸発挙動は落下筐体に搭載されたCCDカメラによって観察された.雰囲気気体は大気圧・室温の空気であり,直流電界は0〜140kV/m(電極間隔50mmで印加電圧は0〜7kV)の範囲である.液滴は石英線によって支持されており,初期の液滴径は約0.7mm程度である.燃料はエタノール,正オクタン,トルエンの3種類を用いており,これは燃料のすす生成特性による電界の影響の差異について調べるためである.液滴の燃焼においては燃焼促進の程度を示すパラメーターとして液滴の蒸発速度を示す燃焼速度定数があるが,全ての燃料で電界印加に伴い燃焼速度定数が増加した.燃焼速度定数の最大増加率は,本論中の範囲内においてエタノール,正オクタン,トルエン,それぞれおよそ10%,15%,50%程度であった.また,電界印加に伴い,エタノールでは青炎,正オクタンおよびトルエンでは輝炎の変形が確認され,火炎(青炎および輝炎)は慨して陰極側に引き付けられるように変形した.火炎に外部電界を印加すると火炎中の分子は電界によって加速された正イオン,負イオン,電子の衝突から力を受けるが,負イオンは少数であり,電子の衝突数が少ないため,一般には正イオンの移動と同じ向きに,すなわち陽極から陰極に向かう向きに火炎が変形したためと思われる.また,正オクタンおよびトルエンでは,火炎両端から陰極,陽極,両極板へのすすの放出が確認された.陽極への放出されるすすは負に帯電しているものと推測された.火炎形状から燃焼速度定数の増加は電界によって誘起された流れによる液滴への熱伝達の増加が主要因だと思われた.

次に液滴燃焼中のすすに及ぼす電界の影響について調べるため,トルエン燃料において,透過光減衰方を用いて火炎中に含まれるすす量について調べた.実験装置などは前述のものとほぼ同様であり,実験はすべて微小重力環境下で行われた.実験結果から,電界印加によってすす殻の崩壊が確認され,火炎中のすす量が半分以下にまで減少していることが確認された.これは電界印加によるすすおよびその前駆体の滞留時間の変化と電界によって誘起された流れ(イオン風)による影響が主要因であると考えられる.特にすす量の減少は比較的低い印加電圧(2kV以下)においても顕著であり,低い印加電圧において燃焼速度定数の増加が顕著なことから,火炎中のすす量の減少やすす殻の崩壊が燃焼速度定数の増加の一因であることが示唆された.すす殻は液滴への熱および物質の伝達を妨げるとの指摘もあり,このような効果が電界印加によるすす殻の崩壊によって取り除かれたものと思われる.また,電界印加により火炎輝度の上昇が観察された.これは低温域に存在していたすすが電界の印加によって高温域に移動したこと,およびイオン風に起因する火炎温度上昇が主なる要因と考えられる.

単一液滴の燃焼実験における燃焼速度定数の増加(燃焼促進の効果)は電界によって誘起される流れによる影響が大きいと考えられたため,液滴周りの流れ場の性状の測定を試みた.電界中であるため流れ場の正確な把握は非常に困難であったが,二つの実験によって間接的な示唆を得た.一つは鉛直電界を用いた地上での液滴燃焼実験である.火炎に及ぼされる電界の影響は体積力として働くため,体積力と浮力を擬似的に釣り合わすことによって電界によって生ずる電磁気力の見積もりを行った.実験条件は単一液滴の燃焼実験とほぼ同一である.実験結果から,上方の電極に+4kV程度の電圧が印加された場合,エタノールおよび正オクタンの火炎はほぼ上下対称となり,また燃焼寿命が最大となった.またすすを生成する正オクタンおよびトルエンにおいては,非常に大きなすす塊が観察され,対流が非常に弱いことが示唆された.これから電磁気力によって見かけの浮力が低減し,燃焼が抑制されたことが確認された.実験結果は火炎全体として浮力と電磁気力が釣り合っているということを示したわけではないが,微小重力環境下の実験においても印加電圧が4kV程度で自然対流程度の流れが生ずることが予想された.他方,上方の電極に負の電圧を印加した場合は見かけの浮力の増加が予期されたが,そのような結果は得られず,負イオンの影響を考慮する必要が示唆された.

次に微小重力環境下において粒子追跡法(PTV)を用いた流れ場の測定を行った.トレーサー粒子として酸化アルミと火炎内に元来存在するすす粒子を用いた.トレーサー粒子,すす粒子ともに電界方向に移動したが,陽極,陰極双方に向かうものが観察され,観察の結果から主流は陽極から陰極の方に向かうが,局所的には陰極方向に向かう流れが存在することが予想された.実際の中性ガスの流れの絶対値については,トレーサー粒子の帯電を否定できないため不明な点も多いが,帯電していると思われるトレーサー粒子の挙動から火炎の存在による電界の変化は大きくなく,電極のシースが十分に長いという結論が得られた.

液滴周りの流れの影響について検討するため,微小重力環境下において二液滴の干渉燃焼実験を行った.この研究は噴霧燃焼への適応という観点からも重要である.実験条件は単一液滴の燃焼実験とほぼ同等であるが,実験は液滴を十分に離して電極間に電界方向に配置して行った.この配置においては,他方の火炎から飛来するイオンや電子の影響によって,流れ場が生ずることが考えられる.実験結果から陰極側火炎は陰極側に引き付けられるように変形し,陽極側端では輝炎やすすの放出が確認されず青炎のみが観察された.また,単一液滴の燃焼の場合よりも大きい燃焼速度定数の増加が確認された.燃焼速度定数の増分は,青炎の輝度上昇や輝炎色の変化と矛盾しないものであった.陰極側火炎の火炎形状は対流下での液滴燃焼との類似性が見られ,燃焼速度定数の増分に関しては液滴への対流による熱伝達の上昇として定量的に議論し,過去の研究との整合がみられた.一方で,陰極側火炎も基本的に陰極方向に引き付けられるように変形したが,陽極側端は輝炎であった.もう一方から飛来する負イオンもしくは電子による効果であると推察された.燃焼速度定数は増加していており火炎色の考察からその妥当性については議論できたが,その増分は陰極側火炎の増分に比べると小さかった.

このような陽極側端輝炎の影響について考慮するため,針電極と平板電極で生成される不平等電界中において単一液滴の燃焼実験を行った.不平等電界を用いることで針電極からの電子もしくはイオンの放出が考えられ,火炎に意図的にイオンもしくは電子を挿入することが可能であると思われる.実験は微小重力環境を用いて行われ,実験条件は単一液滴の場合とほぼ同様である.実験の結果,針電極が陽極の場合には火炎の陽極側端は青炎となったが,針電極が陰極の場合には火炎の陽極側端には輝炎が観察された.また同一の印加電圧においても,陽極側端の輝炎の大きさと燃焼速度定数に幾分のばらつきが観察され,陽極側端の輝炎が大きくなるほど燃焼速度定数が小さくなるという相関が得られた.この相関は二液滴燃焼の陽極側火炎についても同様であることから,陽極側端の輝炎の存在が燃焼速度定数の増加を抑制している効果が考えられる.

以上のような考察から,単一液滴燃焼の燃焼速度定数の増加は基本的には電界によって誘起された流れによる液滴への熱伝達促進と考えられるが,陽極へのすす放出は燃焼速度定数の増加を抑制する効果があるものと思われる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり,第1章は本研究の背景および目的,第2章は実験施設および実験装置,第3章は一様電界中での単一液滴の燃焼実験,第4章はすすに及ぼす電界の影響,第5章は液滴周りの流れ場に関する検討,第6章は火炎形状と燃焼速度定数の相関に関する検討,第7章は結論について述べられている.

多くの実用燃焼器では液体燃料が用いられ,噴霧燃焼が採用されている.噴霧燃焼は,燃料の微粒化・蒸発・混合・燃焼といった現象が関係した複雑な現象であり,その機構解明は未だ十分とは言えない.噴霧燃焼の簡略モデルの中で,単一液滴の燃焼は噴霧構成微粒子が単独で燃焼するとする極限モデルであり,液体燃料の基本的な燃焼特性を明らかにすることを目的として,多くの研究が行われてきた.一方,電界が火炎に及ぼす影響については様々なものが知られており,火炎中のイオンの移動によって誘起されるイオン風の影響,電界がすすの生成過程に及ぼす影響等が調べられている.これらの研究により,電界は外力として燃焼現象を変化させることが明らかにされているが,液滴の燃焼特性に及ぼす電界の影響に関する知見はほとんど得られていない.

以上のような背景から,本論文では,直流電界中における液滴燃焼現象に関する基礎的な知見を得ることを目的としている.微小重力環境を用いることで,自然対流による影響を除去し,火炎形状,燃焼速度定数などの液滴燃焼特性に及ぼす電界の影響を明らかにするとともに,それらの影響について液滴周囲の流れ場の挙動を基に考察を加えている.

第1章では,微小重力環境下における液滴燃焼および電界が火炎に及ぼす影響について,現在までに行われてきた研究を概観するとともに,本研究の意義と目的を明確にしている.

第2章では,本研究で用いられた実験施設および実験装置について述べてられており,微小重力実験の手法や手順,実験条件について説明されている.

第3章では,一様直流電界中における単一液滴燃焼実験に関し,電界印可による火炎の変形および燃焼速度定数の増加について記述されている.火炎形状の変形から,燃焼速度定数の増加は主として電界によって誘起される流れに起因することが明らかにされている.また,すすの生成特性により燃焼速度定数に及ぼす電界の影響が異なることに言及している.

第4章では,トルエン液滴を対象として,電界が火炎中に含まれるすすに及ぼす影響について調べられている.電界印加による火炎内のすす量の減少および火炎輝度の増大が明らかにされ,これらの実験結果から,すす粒子温度の増加や電界により誘起される流れの影響などが検討されている.また第3章で得られた結果との比較から,燃焼速度定数の増加とすす量の低減との関係について考察が加えられている.

第5章では,電界により誘起される液滴周りの流れ場について検討するための,二種類の実験について述べられている.第一の実験は,通常重力下において浮力と電気力を釣り合わせる試みであり,これから電気力によって生じる流れの挙動を評価している.第二の実験は,微小重力環境下におけるPTVを用いた液滴周りの流れの計測である.すす粒子の移動から液滴周りの電界の変化を検討するとともに,この結果を基に液滴周りの流れ場に関して考察を加えている.

第6章では,火炎変形と燃焼速度定数の増加の相関を検討するため,正オクタンを燃料として二つの実験が行われている.第一は直流電界中での二液滴の燃焼実験であり,.火炎形状および燃焼速度定数の変化が陽極側,陰極側の火炎で異なることが明らかにされている.第二は,針電極と平板電極を用いた不平等電界中での単一液滴の燃焼実験であり,二液滴の実験結果とあわせて陽極側輝炎の形状と燃焼速度定数の増加の間に相関を見出している.また,陽極側の輝炎形状から,第5章で得られた実験結果から見積もられた液滴周りの対流の効果に比べて,第3章にて得られた燃焼速度定数の増分が小さい理由は,陽極側の液滴周りに存在する陽極に向かう局所的な流れにより液滴への熱伝達が抑制されるためであると結論づけている.

第7章では,本論文で得られた結果を要約して結論を述べている.

以上要するに,本論文は液滴燃焼に及ぼす直流電界の影響を実験的に明らかにするとともに,すす生成や液滴周りの流れ場などの検討を通して,電界中における液滴燃焼機構の基礎的解明を行ったものであり,先端エネルギー工学,特に燃焼工学に貢献するところが大きい.

なお,本論文第3章は,植田毅氏,久保康之氏,岡井敬一氏,佐藤順一氏,津江光洋氏,河野通方氏との共同研究であり,また第4章および第5章は久保康之氏,大坂淳氏,佐藤順一氏,津江光洋氏,河野通方氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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