学位論文要旨



No 121593
著者(漢字)
著者(英字) Rojviboonchai,kultida
著者(カナ) ロットウィブンチャイ,グンティダー
標題(和) 複数経路通信プロトコルに関する研究
標題(洋) A Research on Multi-path Communication Protocols
報告番号 121593
報告番号 甲21593
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第175号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

現在通信ネットワークに利用されているアプリケーションは3つの種類に分けられることができる。1つ目は信頼できるデータ転送(例えば、FTP、WWW。)である。これらのアプリケーションはデータ損失を許されないため、フロー制御や輻輳制御などのサービスが必要である。このようなサービスをアプリケーションに提供するために、TCP(Transmission Control Protocol:伝送制御プロトコル)というトランスポートプロトコルは広範囲に使われている。2つ目はマルチメディアストリーミング(例えば、ビデオ・オン・デマンド、ビデオ会議。)である。これらのアプリケーションはデータ損失を許されるが、厳しいジッター、遅延、スループットを要求する。このようなサービスをアプリケーションに提供するためにUDP(User Datagram Protocol:ユーザー・データグラム・プロトコル)というトランスポートプロトコルは広範囲に使われている。フロー制御と輻輳制御の仕組みはアプリケーション層に任せる。アプリケーション層では、ネットワーク状態を知るためにRTP(Real-time Transport Protocol:リアルタイム・トランスポート・プロトコル)が使われている。RTPからのネットワークの状態(損失率や遅延など)によってTFRC(TCP-Friendly Rate Control:TCPフレンドリー・レート・コントール)というプロトコルがストリーミングのレートを調節する。3つ目はトランザクション(例えば、RPC(Remote Procedure Call:遠隔手続き呼び出し)である。これらのアプリケーションは1つ目の種類と同様にデータ損失を許されない。但し、遅延に大変敏感である。このようなアプリケーションをサポートするためにT/TCP(Transactional TCP:トランザクショナルTCP)は提案される。

上記に述べたようにそれぞれのアプリケーションは要求が異なる。従って,異なったプロトコルは設計され、それぞれのアプリケーションのために使用される。それにもかかわらず、上記に述べた標準プロトコルは複数経路同時通信に対応できるように設計されていない。複数経路同時通信を行ったら、それらの標準プロトコルの性能は大幅に低下してしまう。

そこで、この論文は複数経路通信プロトコルに注目する。一般的には、複数経路通信は単一経路通信より下記の利点が得られる。第一は、複数経路をバックアップとして使い、より良い経路冗長性と障害耐久性が得られる。第二は、複数経路の帯域幅の使用によってより高いスループットが達成できる。第三は、より少ないフローの断続率と高い安定したレートが得られる。特にモバイル無線ネットワークには断続率がもっと少なく、レートがもっと高く安定になる。

この論文では,2つの複数経路通信プロトコルを提案する。1つ目の提案のプロトコルはR-M/TCP(Rate-based Multi-path Transmission Control Protocol:レートに基づいた複数経路通信プロトコル)と呼ばれ、インターネット上に複数経路データ転送を行うために設計された。R-M/TCPのプロトコルの設計は2つの条件を満たす必要がある。1つ目の条件は標準のプロトコルであるTCPとの互換性を持つことである。2つ目の条件はネットワークインフラを変更せずに複数経路ストリーミングを行うことである。1つ目の条件を満たすためには、コネクション確立の時に通信相手が複数経路通信に対応できるかどうかを通信相手と確認する。対応できれば、複数経路通信を行う。対応できなければ、標準のTCP で単一経路通信を行う。2つ目の条件を満たすためには、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)内に変更しないが、エンド・ホスト側に変更が必要である。まず、エンド・ホストには複数ゲートウェイに接続する。それぞれのゲートウェイは違うISPに接続する。これはインターネット上で複数経路を確立するためである。次に、複数経路通信をサポートするためにエンド・ホストのトランスポートレーヤを変更する必要がある。つまり、エンド・ホストにソフトをインストールすることである。R-M/TCPの重要なコンポーネントは損失回避の輻輳制御、帯域幅の推定、キューの長さの推定、レート制御である。既存のTCPのように損失回復の輻輳制御を使用せずに、損失回避の輻輳制御を使用し、ロングファットパイプの環境でプロトコルの性能を向上するためである。

有名なns2というネットワークシミュレータを使用し、シミュレーションを行った。シミュレーション結果によると、R-M/TCPはTCP Renoより高いスループットを達成できた。(早い経路を使ったTCP Renoに比べると、1.55倍のスループットが得られた。遅い経路を使ったTCPRenoに比べると、2.33倍のスループットが得られた。)しかし、R-M/TCPの性能は悪い経路に引っ張られた。原因は各経路の特徴を考慮せずにR-M/TCPが簡単にラウンドロビン手法でデータパケットを複数経路に分配するからである。そこで、R-M/TCPの性能を向上するためにパケット・スケジューリング・アルゴリズムを提案する。シミュレーション結果によると、パケット・スケジューリング・アルゴリズムを用いたR-M/TCPはラウンドロビン手法を用いたR-M/TCPより高いスループットを達成できた。

しかし、シミュレーション結果によると、R-M/TCPのスループットはまだ全経路の帯域幅を使い切れていなかった。原因は受信ウィンドウのブロックである。つまり、良い経路の輻輳ウィンドウはデータパケットの送信を許したが、実際に良い経路に何も送っていなかった時が多かった。今後の課題はこのようなブロック問題を解決する必要がある。

2つ目の提案のプロトコルはAMTP(Ad hoc Multi-path sTreaming Protocol:アドホック複数経路ストリーミングプロトコル)と呼ばれ、アドホックネットワーク上に複数経路マルチメディアストリーミングを行うために設計された。アドホックなネットワークでは、マルチメディア・ストリーミング・アプリケーションのエンドツーエンドQoSを向上するために、複数経路通信が有効な方法である。インターネットの既存のストリーミングプロトコルはTFRCである。TFRCはパケット損失を使用することによってネットワークのコンジェスションを検出する。次に、検出した結果に応じてストリーミングレートを増やす、または、減らす。TFRCはインターネット上で良い性能が得られるが、アドホックネットワーク上で性能が低下してしまう。それはパケット損失の理由がネットワークコンジェスションだけではないからである。アドホックネットワークでは、パケット損失の理由が4つある。1つ目はコンジェスションである。2つ目は無線チャンネルエラーである。3つ目は経路変更である。4つ目は経路切断である。パケット損失の理由を識別し、その理由に応じて最も適切なエラー・コントール及びリソース・アロケーションを行うことは、マルチメディアストリーミングアプリケーションに対してとても重要である。例えば、パケット損失率が増加しているときに、損失の理由はチャンネルエラーだったら、エラー・コントール・レベルを増やすべきであるが、損失の理由はコンジェスションだとすると、エラー・コントール・ラベルを増やしても効果がないので、そのときにストリーミングレートを減らすべきである。

マルチメディアストリーミングアプリケーションがエラー・コントール及びリソース・アロケーションを正しく行うようにするため、AMTPはネットワーク状態を検出することによってパケット損失の原因を区別することができる。そして、検出したネットワーク状態をアプリケーションに報告する。つまり、ネットワーク状態は経路変更だったら、その古い経路が切断される前に新しい経路を見つけ、見つかった経路の状態(帯域幅、エラー・レート)を上位レーヤであるマルチメディアアプリケーションに連絡する。新しい経路の状態を連絡してもらうので、その経路の状態に応じてマルチメディアアプリケーションは最も適切なエラー・コントール・ラベルとストリーミングレートを決められる。シミュレーション結果によると、複数経路ストリーミング手法は単一経路ストリーミング手法より高いスループットと高い安定したレートが得られた。(AMTPを用いた複数経路ストリーミング手法はTFRCを用いた単一経路ストリーミングより1.95倍のスループットを得られた。)

しかし、ある場合には、複数経路ストリーミングが単一経路ストリーミングより少ないスループットを達成した。原因は、AMTPが要求を満たす複数経路を見つからないときがあることである。見つかっても、その経路は近い場所に位置し、多くの相互干渉を持つときがある。それに関しては、今後の課題として、有効な複数経路ルーティングプロトコルを提案する必要がある。そのルーティングプロトコルはノード・ディスジョイトな複数経路を探すだけではなく、最も少ない相互干渉の複数経路を探す必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「A Research on Multi path Communication Protocols (複数経路通信プロトコルに関する研究)」と題し、各種のネットワークにおける耐故障性や品質を向上させるための有力な手段としての複数経路通信プロトコルに関して、有線と無線、高信頼データ転送とマルチメディアストリーミングという、性質の異なるネットワークおよびアプリケーションの組み合わせに関して、プロトコルの構成法を具体的に示し、シミュレーション評価を通じてその有効性を示したものであって、英文で書かれ、5章から構成されている。

第1章「Introduction(序論)」では、アプリケーションの種別によりプロトコルに要求される品質が異なること、および、耐故障性、品質向上の手段としての複数経路通信の位置づけについて述べた後、本論文の構成を紹介している。

第2章「Multi-path Communication Protocols (複数経路通信プロトコル)」では、インターネット環境とアドホックネットワーク環境のそれぞれにおいて、通信の耐故障性や品質を向上させるためにこれまでに提案されているHSRP(Hot Standby Routing Protocol)、SCTP(Stream Control Transmission Protocol)、MRTP (Multi-flow Real-Time Protocol)、ADTFRC(Ad Hoc TCP Friendly Rate Control)などについて紹介し、それらの利点および欠点を整理している。

第3章「Protocol Design for Multi-path Communication System over the Internet(インターネット上の複数経路通信システムのためのプロトコル設計)」は、有線ネットワーク上で高信頼データ転送を行うためのプロトコルについて述べた章である。まず、第2章での議論をふまえ、プロトコル設計にあたって、インターネット中に存在するルータのソフトウェアに変更を加える必要がなく、通信経路の混雑の状況に柔軟に対応するためトランスポート層の機能として実現すること、特に、従来のTCPプロトコルを用いている多くの既存ソフトとの互換性を維持するために、TCPのオプションとして実装すること、という基本方針が述べられている。続いてM/TCP(Multi-path Transmission Control Protocol)と命名した複数経路通信オプションに関して、レイヤ構造、オプション形式、データ転送方法、確認応答方式、再送方式などについて論じ、プロトコルを設計している。ネットワークシミュレータns2上にM/TCPを実装し、シミュレーション評価を行った結果、M/TCPは単一経路の通信と比べて高いスループットを得られることが確認できたが、単なるラウンドロビンスケジューリングの下ではコネクション間のスループットのばらつきが大きくなることがわかったため、遅延を考慮したスケジューリング手法とECNExplicit Congestion Notification)を用いる手法を提案し、改善されることを確認している。

しかし、M/TCPの基本転送原理は従来のTCPから引き継いだものであるため、帯域遅延積の大きなネットワーク(ロングファットパイプ)の環境においては、輻輳ウィンドウサイズが大きくなるまでに時間がかかり、十分なスループットが得られないこと、輻輳ウィンドウ内のパケットを一度に送ろうとするため輻輳を引き起こしやすいことなどの欠点を有している。そこで、経路中のボトルネックリンクの帯域を推定し、それに応じてパケット間隔を空けて転送を行うことによりこれらの問題を解決するR-M/TCP(Rate-based Multi-path Transmission Control Protocol)を提案している。宛先ホストにパケットができるだけ順序通りに到着するようなスケジューリングを行うことにより、輻輳している経路があってもその影響を受けることなく高いスループットを得ることができることを、シミュレーション評価により確認し、既存の複数経路通信技術との比較において、M/TCPおよびR-MTCPがTCPと互換性を保ちつつ各経路の状態を把握してその性能を最も良く引き出すことのできる方式であることを述べている。

第4章「Protocol Design for Multi-path Communication Systems over Ad Hoc Networks(アドホックネットワーク上の複数経路通信システムのためのプロトコル設計)」では、まず、アドホックネットワークにおけるパケット損失の原因の分析を行い、それ基づきアドホックネットワーク上で複数経路通信を行う場合のアーキテクチャを提案したうえで、具体的なプロトコルとしてAMTP(Ad hoc Multi-path sTreaming Protocol)を提案している。AMTPでは下位層からの情報などに基づきパケット損失の原因が輻輳、経路変更、切断、チャネルエラーのいずれであるか判断することにより、適切な送信レート制御を行うようにしている。シミュレーション評価の結果、AMTPのスループットは単一経路通信プロトコルであるTFRCやADTFRCを大きく上回り、遅延特性や制御のオーバヘッドもADTFRCとほぼ同等であることが確認された。

第5章「Conclusion(結論)」では、本論文の成果をまとめるとともに残された課題を整理している。

以上のように本論文は、有線ネットワーク上の高信頼データ通信とアドホックネットワーク上のマルチメディアストリーミングを例としてとり上げて、通信の信頼性と品質を向上させる手段としての複数経路通信プロトコルを具体的に設計し、シミュレーション評価を通じてその有効性を確認したものであって、情報学の基盤に貢献するところが少なくない。

よって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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