学位論文要旨



No 121595
著者(漢字) 笠原,寛史
著者(英字)
著者(カナ) カサハラ,ヒロシ
標題(和) 高誘電率プラズマにおける高次高調速波を用いた電子加熱実験
標題(洋) Electron heating experiments using the high-harmonic fast wave in high dielectric constant plasmas
報告番号 121595
報告番号 甲21595
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第177号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 村重,淳
 東京大学 助教授 杉田,精司
内容要旨 要旨を表示する

序論

核融合を目指すには高温状態の粒子を閉じ込め、さらに加熱する必要がある。レーザー爆縮、磁場閉じ込め方式などが研究されており、現在トカマクプラズマが核融合炉への最有力候補となっている。トカマクプラズマでは波動、中性粒子入射などの加熱手法が研究されているが、融合炉レベルの高温、高密度プラズマを加熱する手法は未だ確立されていない。イオンの高次高調速波(High harmonic fast wave)を用いた加熱実験が、プリンストン大学(PPPL)を主体に始まり、東大・集団現象物理研究室でもHHFWによる波動伝搬・加熱効率の劣化原因の究明・効果的な電子加熱条件の探求を研究し始めた。本研究はHHFWによる電子加熱条件を調べることで、HHFW加熱手法が核融合炉レベルの高誘電率プラズマ加熱に有効かを研究する。

高次高調速波(伝搬特性・加熱機構)

HHFWの伝搬特性はイオンサイクロトロン周波数より高次の速波であるため、イオンへの減衰が行われにくく、高密度プラズマに対し中心まで伝搬可能である。

主加熱機構は、電子ランダウ減衰(ELD)、走行磁気時間減衰(MP)である。ELD、MPはともに電磁波の位相速度ω/kと電子の熱速度VTeに強い依存性を持つため、効果的な電子加熱を行うには上の値を適切に選ぶ必要がある。

電磁波の励起方法として導体(ストラップ)に電流を流すことにより行うため、比較的広範囲なスペクトルが励起される。またプラズマ中心へ電磁波が伝搬する過程で波数が変化(トロイダルモード保存)すると言った複雑な条件が加わるため、熱プラズマの加熱効果を調べるためには計算による評価が必要となる。

一次元電子加熱計算

(ア)高βプラズマでの波動伝搬と減衰

Fig.1はTe=400eV(電子温度),ne=2.0×1019m-3(電子密度),BT=0,3T(トロイダル磁場),βe〜4%(=電子の圧力/磁場エネルギー),周波数f=21MHzの電磁波の伝搬特性を示す計算結果である。横軸は磁場に平行方向な波数の成分を示し、(a),(b)はそれぞれ垂直方向の波数の実数成分、虚数成分を表す。(a)が正の値を持つことから、高誘電率プラズマ下でもHHFWは伝搬可能なことが分かる。(b)は波動の虚数成分表しているため、値が大きいほど、減衰が生じプラズマを加熱することが出来る。一点鎖線が虚数成分だが、その内訳を示すために点線(MP)、波線(ELD)、実線ELD・MPによるクロス項)を会わせて載せた。減衰による効果はMPがELDに比べ圧倒的に大きく、Kparallel〜13m-1で最大値を迎えていることから、最適な条件が存在することが分かる。しかしプラズマが変化することによってKparallelを変更するアンテナの設計は現実的ではなく、プラズマの変化に対してKparallelを変えずに効率的な加熱が行うことが出来るかどうかが核融合レベルのプラズマ加熱にHHFWが有効かどうかの焦点となる。

(イ)電子加熱の最適化

電子加熱の最適化を考える上で、Fig1.(b)の様な極大値を持つのはプラズマ分散関数に関係していることを考え、ζ0=(ω/Kparallel)/ VTeで計算を整理し、最適解を調べた(ω=2π×21MHz,プラズマパラメーターはFig.1と同じ)Fig.2からELD、MPの極大となるζ0が異なることが分かるIm(k⊥))の極大値はELDよりMP側に有るが、MPとの極大値とは一致しておらず、ELDとMPの割合によって決まっている。様々なβeによる最適なζ0,Im(k⊥)の値を調べることにより、効果的なHHFW加熱条件のプラズマ依存性を調べた。Fig.3は横軸βe,縦軸が(a),(c)がIm(k⊥),(b),(d)がζ0optである。βはneとTbの積であるため、(a),(b)はTeを変化、(c),(d)はneを変化させたることでβeを変更した。同じβeに対するIm(K⊥)の値は高neの方が大きいため、HHFWはneの高いプラズマの加熱に特に優れていることが分かった。また(a),(c)よりβeが高くなるにつれ減衰が強くなるため、核融合レベルのプラズマを加熱するには都合がよく、βeが5%を越えた辺りからζ0optの値が変わらず、HHFWの高βeプラズマでの最適解はζ0opt〜0.7に有り、βeに強く依存しない。Fig.4はFig.3によって最適化されたζooptをもとにfを変更することで、HHFWの伝搬(a)・減衰特性(b)がどのように変わるかを調べたグラフである(Te=400eV,ne=2.2×1019m3,BT=0.3T,βe〜4%)。周波数が100MHz近辺にIm(k⊥)の最大値を持つが70〜120MHzではあまり差が無い。50MHz以下では周波数に比例した減衰変化を示し、周波数依存性を調べることが出来る。Fig.1〜Fig.3はKparallelを変更することで電子加熱の最適化を行った。直接Kparallelを見るのではなく、ζ0optを考えることで、依存性を見やすくすることに成功し、高誘電率プラズマに対してHHFWによる電子加熱が有効である知己を得た。最適化されたζ0optに対し、その要素であるfを変化させることで、周波数21MHzの時と比べ周波数の増加によって更なる加熱効果の増加が期待できることも分かった。

HHFWを用いた電子加熱実験

(ア)Large Helical Device(LHD)

Fig.5は核融合科学研究所にあるLHD装置に取り付けられたイオン加熱用アンテナである。幅の広いシングルストラップ構成になっているため、励起されるスペクトルがブロードであり、高出力を入射可能なため、高調波を作る条件(磁場、周波数、イオン)を調整することによって、 HHFW電子加熱実験が可能となる。Fig.6はトムソン散乱、結晶分光によって計測された中心電子温度(Te)、イオン温度(Ti)の時間変化のグラフである。HHFWを入射後の変化は、Tiは殆ど変化しておらず、電子密度の高い場合ではTeは最高1keV弱増加(ne=1.8×1019m-3)した。これに対し電子温度が増加しなかったのはne=1.3×1019m-3の時である。一次元波動計算によるSingle Pass減衰Pabs.singleを評価すると、電子温度が増加しないときはPabs.single=0.6%、増加したときはPabs.single=3.3%と5倍以上の差がある。ne×3.0×1019m-3まで増加させると、Pabs.single=17.2%となり、neの約2.3倍に対し、Pabs.singleが約29倍になる。低い電子密度の時、明確な電子加熱が生じなかったことは、計算によるPabs.singleの値に一致し、HHFWによる電子加熱には高neが重要であることが実験的にも確認された。また10月下旬から、11月上旬にかけてHHFWの密度、f依存性を調べる実験を予定しており、これによってne・fに依存して加熱効率が増加することを確認する。

(イ) Tokyo Spherical Tokamak-2(TST-2)

Fig.7は現在TST-2に設置されているHHFW用アンテナである。このアンテナは2本のストラップを持ち、周囲に不正磁場除去用のファラデーシールド、プラズマリミター用のMoタイルから成り立つ。LHDのアンテナと違いストラップが複数本になったため、励起波動スペクトルの幅が狭くなっている。現在このアンテナに変更を加え、Kparallel可変アンテナの実験準備を行っている。これにより計算で求めζ0optに対し、2変数ω,kへの依存性を実験的にも調べることができる。

まとめ

ζ0に着目することで、電子加熱の最適化条件(βe>5%ではβ0〜0.7)を導いた。計算から等βeのプラズマなら、電子温度が高いプラズマより電子密度の高いプラズマの方が効果的な加熱が出来き、高密度プラズマに対する良好な加熱特性を証明し、核融合炉レベルのプラズマを加熱するのにHHFWが有効であることが分かった。LHDによる電子加熱実験では、密度の差による電子温度変化の明確な差として観測され、計算を裏付ける結果が得られた。追加実験として、TST-2ではKparallelの依存性を調べる電子加熱実験準備を準備している。計算によりζ0、アンテナ励起モードに対する最適化を行うだけでなく、ζ0の要素であるk,ωに対する加熱の依存性を評価するためのシステムを作り上げる予定である。

審査要旨 要旨を表示する

核融合発電を実現するためには、高誘電率プラズマの波動による加熱法の確立が重要である。本論文では、高次高調速波(HHFW)による電子加熱法を開発するため、計算による加熱条件の最適化を行った。電子加熱には、波の位相速度と電子の熱速度の比ζ0の最適値が存在することを示し、吸収を最適化するトロイダルモード数を求めた。大電力を用いた電子加熱実験はLHDおよびTST-2の二装置で行った。LHDでは電子温度が十分高いβ〜1%のプラズマで、中心電子温度の1keV程度の増加を観測した。高誘電率をもつTST-2プラズマの加熱実験では、HHFW入射時にR=0.2m〜0.44mの広範囲にわたる軟X線放射の増加が観測され、広範囲にわたる吸収が示唆された。またストラップ本数の違いにより軟X線放射強度に若干の差があることや、HHFWを切った直後の減衰の速さが位置によって違うことが観測され、吸収分布に関する情報が得られた。

本論文は、"Electron heating experiments using the high-harmonic fast wave in high dielectric constant plasmas" [和文題目:高誘電率プラズマにおける高次高調速波による電子加熱実験]と題し、全10章より成る。

第1章では、核融合、トカマクおよび球状トカマクを含む磁場閉じ込めプラズマ、HHFWを解説し、本研究の位置づけおよび目的を明確にしている。

第2章では、波動を特徴づける分散関係を解説し、速波の励起、伝播、吸収の定式化を行っている。

第3章では、有限温度を考慮した一次元波動計算を用い、HHFWの伝播、吸収特性の電子温度、密度、ベータに対する依存性を調べ、TST-2実験におけるトロイダルモード数の最適化を行っている。

第4章では、核融合科学研究所のLHD装置の紹介、第5章では、LHDの高周波システムの解説を行っている。

第6章では、LHDにおける速波を使った電子加熱実験について詳述している。電子温度が十分高い場合にプラズマ中心で電子加熱が起こった。吸収効率は30%程度であった。この条件下ではシングルパス吸収が5%以下と小さいため、周辺部での損失との競合が重要となる。密度の高い場合の方が電子温度上昇が高いのは理論計算結果と一致している。

第7章では、東京大学のTST-2装置の紹介、第8章では、TST-2の高周波システムおよびアンテナの解説を行っている。

第9章では、TST-2におけるHHFWを使った電子加熱実験について詳述している。高パワー入射に成功したこと、これに必要であるインピーダンス整合のとり方、軟X線放射分布計測に基づく電子加熱の推定を行っている。

第10章では、本論文で得られた結果をまとめ、世界的にも新しい重要な結果が得られたことを指摘し、今後の研究の方向性が示されている。

以上のように、本論文は高誘電率プラズマにおける高次高調速波による電加熱の実験により、高誘電率プラズマ中の波動の理解に関して大きな成果を上げ、複雑理工学上貢献するところが大きい。なお、本論文第6章は核融合科学研究所ICRFグループとの共同研究、8章、9章はTST-2グループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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