学位論文要旨



No 121602
著者(漢字) 鈴木,元治郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ゲンジロウ
標題(和) 酵母の形態形成における Akr1p およびその周辺因子に関する研究
標題(洋) Studies of Akr1p and its related proteins in yeast morphogenesis
報告番号 121602
報告番号 甲21602
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第184号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 助教授 青木,不学
 東京大学 助教授 小嶋,徹也
内容要旨 要旨を表示する

序論

全ての細胞において、適切な形態を形成することは細胞の機能にきわめて重要である。単細胞真核生物である出芽酵母の形態は比較的単純な楕円球型であるが、その形態形成には様々なタンパクが複雑に相互作用し制御している。そのため出芽酵母の形態に異常が生じる変異株の解析により、様々なタンパクの様々な機能に関する情報が得られると期待される。我々の研究室では情報生命専攻の森下研究室と共同で出芽酵母の遺伝子破壊株形態情報データベースを構築した。これは出芽酵母の全非必須遺伝子破壊株のアクチン、核、細胞壁を染色・撮影し、その画像を画像処理プログラムによって処理することで得られた定量的な形態情報を有するデータベースである。これにより出芽酵母の形態形成制御メカニズムに関する様々な知見が見出されることが期待されるが、これには正確に画像処理されない変異株が存在するという欠点が存在している。著しく異常な形態を示す変異株は画像処理プログラムで正しく認識されないことがある。しかし、そのような変異株こそ出芽酵母の形態形成の制御に大きな欠損があると期待され、本研究ではそのような変異株の解析から形態形成制御メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。全4,722遺伝子破壊株のうち、細胞が著しく凝集していた4株はプログラムで認識することが出来なかった。また、多くのパラメーターで異常を示す変異株のうちakr1変異株は非常に奇異な形態を示し、多くの細胞がプログラムで正しく認識されていなかった。そこで本研究ではakr1変異株に着目し、この変異株を詳細に解析することにより形態形成制御の一端を明らかにすることを目指した。

結果と考察

akr1部分欠失変異株の解析

Akr1pは、真核生物で広く保存されたタンパクで、ヒトではホモログとしてHIP14が知られており、6つのankyrinrepeat、6つの膜貫通ドメイン、DHHCシステインリッチドメインを持つ(図1)。Akr1pの機能はタンパクのシステイン基にパルミトイル酸を付加するパルミトイル酸転移酵素であり、カゼインキナーゼIであるYck2pをパルミトイル化し、細胞膜へ局在させることが知られている。まずAKR1遺伝子の一部を欠失した欠失変異株を作成し、その表現型を解析した。図1に示すような変異株を作成し、各変異株について細胞形態、高温での生育、Yck2pの局在について解析を行った。細胞形態の表現型を定量的に解析するために、アクチン、核、細胞壁を染色・撮影し、プログラムで解析することにより501のパラメーターからなる定量的データを得た。それらのうち各変異株の特徴を表していると考えられる二つのパラメーター(母細胞の核の大きさ、母細胞の細長さ)を利用して、各変異株の平均値をプロットしたところ、作成したakr1変異株の形態は4つのグループに分けることができた(図2)。グループIは野生型と変わらない形態を示し、グループIIは核の大きさが大きくなる傾向があった。グループIIIは細長い形態を示し、Δakr1株を含むグループIIIは両方のパラメーターが大きく変化していた。またグループIII及びIVの全ての変異株は温度感受性を示した。次に全ての変異株でYck2pの局在を調べたところ、グループI及びIIの全ての変異株では正常に細胞膜へ局在したが、グループIII及びIVの全ての変異株では局在が異常になっていた。

グループIIおよびIIIの変異株で形態形成に重要な役割を果たしているセプチンの局在を調べたところ、グループIIに属するΔ206-242変異株ではセプチン形成に異常を示す細胞が多く存在した。セプチンに異常が生じる変異株ではWEE1ホモログであるSWE1を破壊することにより異常な形態が抑圧されることが報告されている。そこでグループII、III、IVからΔ206-242、Δ174-207、Δakr1においてSWE1との二重破壊株を作成しその形態を調べた。図3に示すようにΔ206-242はグループIIからIへ、Δakr1はグループIVからIIIへ動いたが、Δ174-207はグループIIIに留まったままだった。以上より、グループIIおよびIVの変異株では、セプチン形成に異常があり、Swelp依存的な制御機構により細胞形態が異常になっていると考えられる。グループIIIおよびIVの全ての変異株ではYck2pの局在が異常であったため、細胞が細長くなっているのはこの局在異常が原因ではないかと考えた。そこでAkr1p非依存的に膜へ局在できるYCK2CCIISを変異株に導入したところ、全ての変異株でYck2pの細胞膜への局在が回復した。次にその時の形態変化を定量的に解析するため、Δ206-242、Δ174-207、Δakr1においてYCK2CCIISを発現させた時の形態を調べた。図3に示すようにΔ174-207はグループIIIからIへ、Δakr1はグループIVからIIへ動いたが、Δ206-242はグループIIに留まったままだった。以上より、グループIIIおよびIVの変異株でみられる細胞が細長くなる形態の異常は、Yck2pの局在異常が原因であると考えられる。

以上の結果からAkr1pはSwelp依存的な機構とYck2pの局在制御に関わる機構の少なくとも二つの系を介して形態形成制御に関わっており、Δakr1変異株ではこれらの複合的な欠損が生じ、他の変異株には観察されない著しい形態異常を示したと考えられる。

細胞極性制御におけるカゼインキナーゼYck2pの働き

出芽酵母は適切な形態の芽を形成するために、G1/S期においては前方向へ成長し、G2/M期になると等方向成長へと成長方向を切り替え楕円型の芽を形成する。グループIIIおよびIVに属するakr1変異株では細胞形態が細長くなり、この表現型はYck2pの局在に依存的であることから、Yck2pが細胞の形態形成、特に芽の成長方向の切り替えに重要な役割を果たしているのではないかと考えた。そこで温度感受性を示し制限温度下で形態異常を示すことが知られているyck2-2変異株の制限温度下における芽の形成を定量的に解析した。図4に示すように、非制限温度下ではある時期から芽の細長さが一定に保たれていることから、成長方向の切り替えが正常に起こり、等方向成長をしていることがわかる。一方、制限温度下では殆どの細胞で芽の細長さが1をはるかに越えてしまうことから、Yck2pの機能が失われると成長方向の切り替えができず、前方向への成長が続いてしまうと考えられる。成長方向の切り替えはM期サイクリンClb2pとCDKの複合体によって引き起こされると考えられている。しかし核分裂が終了した細胞でもアクチンが先端に局在する異常な極性のものが多数見られ芽の細長さが増加している事(図4)、Clb2p/CDKの活性を阻害するSWE1を破壊しても極性異常が抑圧されないことから、yck2-2変異株ではClb2p/CDKが活性化されても先端成長をしていると予想される。以上の事から、Yck2pはCDKの活性制御とは異なる機構で成長方向の切り替えにおいて働いていると考えられる。

分裂酵母における細胞極性制御

単細胞真核生物である分裂酵母は、出芽酵母同様モデル生物として利用されてきた。分裂酵母は棹体状の形態をしているが、細胞の形態形成は出芽酵母同様に厳密な制御を受けている。分裂酵母細胞は分裂直後には単極成長を、G2期には両極成長をし、核分裂が終了すると成長を停止し細胞分裂を行う。細胞の形態制御機構の保存性を検証するため、出芽酵母で今回明らかになった各因子が、分裂酵母の形態形成にも関与しているかを調べた。まず、分裂酵母の細胞形態を定量的に解析するために、出芽酵母の形態認識プログラムを基に、分裂酵母の形態認識プログラムを澤井博氏と共同で開発した。次に分裂酵母のAKR1ホモログであるSPAC2F7.10の破壊株を作成し、その表現型を観察したところ、倍数化しやすくなるという表現型は見出せたが、形態に大きな変化は見出せなかった。次にカゼインキナーゼIが分裂酵母の形態形成に関与しているかを調べた。分裂酵母にはYCK2のホモログとしてcki1+、cki2+、cki3+の3つの遺伝子が知られている。まず、それぞれの遺伝子を単独で破壊したが、それらの変異株では顕著な表現型は観察されなかった。次にcki遺伝子間で二重破壊株を作成し、形態を定量的に解析したところ、cki1cki2、cki2cki3変異株では細胞が長くなることがわかった。細胞の増殖をプレート上で経時的に観察したところ、cki1cki3変異株では成長方向の制御に欠損を持っていることがわかった。以上の結果からカゼインキナーゼIは分裂酵母の形態形成においても何らかの役割を果たしていることがわかった。

結論

本研究では著しい形態異常を示すためプログラムに正しく認識されないΔakr1変異株に着目し、Akr1pを中心に酵母の形態形成制御機構に関する知見を得ることを目的とした。部分欠失変異株を利用した定量的形態解析から、Akr1pは少なくとも二つの機構、セプチン形成に関する機構とYck2pの局在制御に関する機構、を通じて形態形成に関与していることがわかった。部分欠失変異株およびyck2温度感受性変異株の定量的形態解析よりカゼインキナーゼIであるYck2pは出芽酵母の芽の形成における成長方向の切り替えについて重要な役割を果たしていることが示唆された。分裂酵母のカゼインキナーゼIであるcki遺伝子の破壊株の解析から、カゼインキナーゼIは分裂酵母においても細胞の形態形成において重要な役割を果たしていることが示唆された。

図1. akr1部分欠失変異株の作成(上)Akr1pの持つドメイン。(下)作成したakr1変異株。

図2.akr1部分欠失変異株の形態(上)母細胞の細長さ(横軸)と母細胞の核の大きさ(縦軸)の2つのパラメーターを利用して、作成したakr1変異株の各パラメーターの平均値をプロットしたもの。(下)上記のプロットによりグループ化された各グループの代表的な変異株における細胞と核の形態。

図3. akr1部分欠失変異株の形態異常の抑圧Δakr1,Δ206-242においてSWE1を破壊したときの形態変化を実線の矢印で、Δakr1,Δ174-207においてYck2pの局在を回復させたときの形態変化を破線の矢印で示した。

図4. YCK2温度感受性変異株(yck2-2)の形態(左)yck2-2を非制限温度下(25℃)で培養したときの芽の形態。上の図は芽の形成過程における芽の細長さを調べたもの。横軸は芽の大きさの順番に細胞を並べたものであり、右の細胞ほど芽が大きい。縦軸は芽の細長さ(芽の長軸の長さ/芽の短軸の長さ)を示している(0は出芽前の細胞)。また薄いグレーは1核の細胞を、濃いグレーは2核の細胞を表している。下は細胞形態。細胞壁、アクチン、核をそれぞれFITC-ConA、Rh-ph、DAPIで染色したもの。(右)yck2-2を制限温度下(37℃)で2時間培養したときの芽の形態上の図は芽の形成過程における芽の細長さを調べたもの。下は細胞形態。核分裂後もアクチンが芽の先端に局在していることがわかる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一章からなる。その内容については以下のとおりである。

全ての細胞において、適切な形態を形成することは細胞の機能にきわめて重要である。単細胞真核生物である出芽酵母が体細胞分裂時に示す形態は比較的単純な楕円球型であるが、その形態形成には様々なタンパク質が複雑に相互作用し制御している。そのため出芽酵母の形態に異常が生じる変異株の解析により、様々なタンパクの様々な機能に関する情報が得られることが期待される。我々の研究室では情報生命専攻の森下研究室と共同で出芽酵母の遺伝子破壊株形態情報データベースを構築した。これは出芽酵母の全非必須遺伝子破壊株のアクチン、核、細胞壁を染色・撮影し、その画像を画像処理プログラムによって処理することで得られた全変異株の定量的な形態情報を有するデータベースである。このデータベースにより出芽酵母の形態形成制御メカニズムに関する様々な面白い知見が見出されることが期待されるが、これには一つの欠点が存在している。それは、少数ではあるが正確に画像処理されない変異株が存在するという点である。著しく異常な形態を示す変異株は、その特異な形態ゆえに画像処理プログラムで正しく認識されないことがある。しかし、そのような変異株こそ出芽酵母の形態形成の制御に大きな欠損があると期待され、本研究ではそのような変異株の解析から形態形成制御メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。全4,722遺伝子破壊株のうちプログラムで認識することが出来なかったのはace2,snf2,tpd3,tus1の4株であり、これらの変異株では細胞が著しく凝集していた。また、多くのパラメーターで異常を示す変異株のうちakrl変異株は非常に奇異な形態を示し、多くの細胞がプログラムで正しく認識されていないことがわかった。そこで本研究ではakr1変異株に着目し、この変異株を詳細に解析することにより形態形成制御の一端を明らかにすることを目指した。

Akr1pは、真核生物で広く保存されたタンパクで、ヒトではホモログとしてHIP14が知られている。Akr1pは6つのankyrin repeat、6つの膜貫通ドメインを持ち、またDHHCシステインリッチドメインと呼ばれるドメインを持つ。Akr1pの機能としてはターゲットタンパクのシステイン基にパルミトイル酸を付加するパルミトイル酸転移酵素であることがわかっており、カゼインキナーゼIであるYck2pをパルミトイル化し、細胞膜へ局在させることが知られている。まずAKR1遺伝子の一部を欠失した欠失変異株を作成し、その表現型を解析することとした。図2に示すような変異株を作成し、各変異株について細胞形態、高温での生育、Yck2pの局在について解析を行った。細胞形態の表現型を定量的に解析するために、アクチン、核、細胞壁を三重染色した細胞の写真を撮影し、プログラムで解析することにより501のパラメーターからなる定量的データを得た。それらのうち各変異株の特徴を良く表していると考えられる二つのパラメーター(D14-1;母細胞の核の大きさ、C115;母細胞の細長さ)を利用して、各変異株の平均値をプロットした。作成したakr1変異株の形態は大きく4つのグループに分けることができた。グループIでは野生型と変わらない形態を示し、これらの株は温度感受性を示さなかった。グループIIは核の大きさが大きくなる傾向がある変異株であり、表現型の強さに従って温度感受性を示した。グループIIIは細長い形態を示す変異株であり、これらの株は温度感受性を示した。Δakr1株を含んでいるグループIVは二つのパラメーターが大きく変化している変異株であり、全ての株で温度感受性を示した。次に全ての変異株でYck2pの局在を調べたところ、グループIII及びIVの全ての変異株では局在が異常になっていたが、グループI及びIIの全ての変異株では正常な細胞膜への局在が観察された。

グループIIの変異株ではネックが太くなる傾向も観察されたため、細胞質分裂に重要な役割を果たしているセプチンの形成に異常が生じているのではないかと考えた。そこでグループIIに属するΔ206-242おいてセプチンの局在を調べたところ、この株ではセプチン形成に異常を示す細胞が多く存在した。セプチンに異常が生じる変異株では出芽酵母のWEE1 ホモログであるSWE1を破壊することにより異常な形態が抑圧されることが報告されている。そこでグループ、II、III、IVからΔ206-242、Δ174-207、Δakr1においてSWE1との二重破壊株を作成しその形態を調べた。図4に示すようにA206-242はグループIIからIへ、Δakr1はグループIVからIIIへ動いた。しかしΔ174-207はグループIIIに留まったままだった。以上より、グループIVおよびIIIの変異株では、セプチン形成に異常があり、Swe1p依存的な制御機構により細胞形態が異常になっていると考えられる。

グループIIIおよびIVの全ての変異株ではYck2pの局在が異常であったため、細胞が細長くなっているのはこの局在異常が原因となっているのではないかと考えた。そこでYck2pがAkr1p非依存的に膜へ局在できるようRas2pのC末を付加したYCK2CCIISを全ての変異株に導入したところ、全ての変異株でYck2pの細胞膜への局在が回復した。次にその時の形態変化を定量的に解析するため、Δ206-242、 Δ174-207、 Δakr1においてYCK2CCIISを発現させた時の形態を調べた。図4に示すようにΔ174-207はグループIIIからIへ、 Δakr1はグループIVからIIへ動いた。しかしΔ206-242はグループIIに留まったままだった。したがって、グループIIIおよびIVの変異株でみられる細胞が細長くなる形態の異常は、Yck2pの局在異常が原因であると考えられる。

以上の結果からAkr1pはSwe1p依存的な機構とYck2pの局在制御に関わる機構の少なくとも二つの系を介して形態形成制御に関わっていると考えられるΔakr1変異株ではこれらの複合的な欠損が生じており、他の変異株には観察されない著しい形態変異を示したと考えられる。

出芽酵母は適切な形態の芽を形成するために、G1/S期においては前方向へ向かい成長し、G2/M期になると等方向成長へと成長方向を切り替え楕円型の芽を形成する。グループIIIおよびIVに属するakr1変異株では細胞形態が細長くなり、この表現型はYck2pの局在に依存的であることから、Yck2pが細胞の形態形成、特に芽の成長方向の切り替えに重要な役割を果たしているのではないかと考えた。そこで温度感受性を示し制限温度下で形態異常を示すことが知られているyck2-2変異株の制限温度下における芽の形成を定量的に解析した。図5に示すように、非制限温度下ではある時期から芽の細長さが一定に保たれていることから、成長方向の切り替えが正常に起こり、等方向成長をしていることがわかる。一方、制限温度下では殆んどの細胞で芽の細長さが1をはるかに越えてしまうことから、 Yck2pの機能が失われると成長方向の切り替えができず、前方向の成長が続いてしまうと考えられる。成長方向の切り替えはM期サイクリンClb2pとCDKの複合体によって引き起こされると考えられている。しかし核分裂が終了した細胞でもアクチンが先端に局在する異常な極性のものが多数見られること(図5)、Clb2p/CDKの活性を阻害するSWE1を破壊することにより極性異常が抑圧されないことから、yck2-2変異株ではClb2p/CDKが活性化されても先端成長をしていると予想される。したがって、Yck2pはCDKの活性制御とは異なる機構で成長方向の切り替えにおいて働いていると考えられる。

単細胞真核生物である分裂酵母は、出芽酵母同様モデル生物として利用されてきた。分裂酵母は悼体状の形態をしているが、細胞の形態形成過程には出芽酵母同様に厳密な制御を受けている。分裂直後の分裂酵母細胞は単極方向へ向かって成長するが、G2期の頃に両極方向への成長に切り替わり、核分裂が終了すると成長を停止し細胞分裂を行う。細胞の形態制御機構の保存性を検証するため、出芽酵母で今回明らかになった各因子が、分裂酵母の形態形成にも関与しているかを調べることにした。まず、出芽酵母同様に分裂酵母の細胞形態を定量的に解析するために、出芽酵母の形態認識プログラムを基にして、分裂酵母用の形態認識プログラムを澤井博氏と共同で開発した。次に分裂酵母のAKR1ホモログであるSPAC2F7.10を破壊した株を作成し、その表現型を観察した。その結果、倍数化しやすくなるという表現型は見出せたが、形態に大きな変化は見出せなかった。次にカゼインキナーゼIが分裂酵母の形態形成に関与しているかどうかを調べた。分裂酵母にはYCK2のホモログとしてcki1+、cki2+、cki3+の3つの遺伝子が知られている。まず、それぞれの遺伝子を単独で破壊したが、それらの変異株では顕著な表現型は観察されなかった。次にcki遺伝子間での二重破壊株を作成し、形態を定量的に解析したところ、cki1cki2、cki2cki変異株では細胞形態が長くなることがわかった。また、cki1cki3変異株で、細胞の増殖をプレート上で経時的に観察したところ、この変異株では成長方向の制御に欠損を持っていることがわかった。以上の結果から分裂酵母の形態形成においてもカゼインキナーゼIが何らかの役割を果たしていることがわかった。

なお、本論文は鈴木元治郎、野上識、佐野史、大矢禎一の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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