学位論文要旨



No 121603
著者(漢字) 五十嵐,亮二
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,リョウジ
標題(和) 出芽酵母の細胞壁チェックポイントに関与する Dynactin 複合体に関する研究
標題(洋) Study of dynactin complex involved in cell wall integrity checkpoint in Saccharomyces cerevisiae
報告番号 121603
報告番号 甲21603
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第185号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 青木,不学
 東京大学 助教授 松本,直樹
内容要旨 要旨を表示する

序論

細胞周期が秩序正しく進行するために、真核細胞は細胞周期チェックポイント制御機構を有している。既に先行研究によって、DNAの複製や損傷、アクチン細胞骨格の動態、紡錘体の形成などを監視し、それらの過程に異常が生じた場合、細胞周期の進行を一時的に停止させることにより正常な細胞周期の進行を保障することが知られている。

出芽酵母は細胞の最も外側を細胞壁によって覆われており、細胞壁の構成成分は出芽部位において合成され、再構築される。我々は出芽酵母において、この細胞壁の形成過程が新しい細胞周期チェックポイント制御により監視されていることを明らかにし、「細胞壁チェックポイント」と名づけて、その分子機構の解明に向けて研究を行ってきた。細胞壁チェックポイントは1,3-β-グルカンやマンノプロテインなどの細胞壁成分の合成を監視し、異常があれば細胞周期をG2期で停止させる制御機構である。さらに、細胞壁チェックポイントの変異株(wacl株=Cell wall integritycheckpoint欠損)を取得し、解析を行ったところ、この変異株は細胞壁合成の停止時に細胞周期の進行を止めることができずに、娘細胞の形成が不完全な状態でM期へと進行してしまうことが示された。また、この変異株ではアクチンに相同性を持つタンパク質Arp1pの268番目のアミノ酸残基に置換が起きていることが明らかになり、Arp1pがチェックポイントの制御において重要な役割を担っている可能性が示唆された。しかしながら細胞壁チェックポイントがArp1pを介してどのようにチェックポイント制御を行っているのかについては明らかになっていなかった。そこで本研究では、細胞壁チェックポイントにおいてArp1pがどのようにして機能しているのかを調べることにより、このチェックポイントの分子メカニズムの一端を明らかすることを目的とした。

結果と考察

Dynein/Dynactinおよびその関連因子の細胞壁チェックポイントへの関与

一般に、Arp1pはNip100pやJnm1pを始めとした複数のタンパク質を結合してDynactinと呼ばれる複合体を形成することが出芽酵母をはじめとした複数の生物で知られている。出芽酵母ではDynactin複合体は、微小管のモータータンパク質複合体であるDynein(Dyn1p,Pac11p)の活性化を行い、Num1p,Pac1p,Bik1pと協同して芽の先端から微小管を通じて核を引き寄せることによりM期における核の娘細胞への移行、分配の過程に機能している。そこで本研究では、まず始めにDynein/Dynactinおよびその関連因子が細胞壁チェックポイントに必要であるかどうかを調べた。そのために、これらの因子の遺伝子破壊株を作製して解析を行った。

FKS1は細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカンの合成酵素の触媒サブユニットをコードしており、グルカン合成に欠損を持つfks1-1154温度感受性変異株を制限温度下で培養すると、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は紡錘体形成の直前のG2期で細胞周期を停止する。一方、細胞壁チェックポイントの欠損株では細胞周期の進行を停止することができずに紡錘体を形成した細胞が蓄積する。細胞をG1期で同調させ、制限温度で培養し経時的に紡錘体を形成した細胞の割合を観察することにより、変異株がチェックボントに欠損を示すかどうかを調べたところ、wac1(arp1P268L)変異株やarp1破壊株と同様にDynactin複合体の構成因子であるnip100破壊株、jnm1破壊株においても紡錘体を形成した細胞の蓄積が見られた(図1)。このことはArp1pだけではなくNip100pとJnm1pを含むDynactin複合体が細胞壁チェックポイントの機能に必要であることを示唆している。それに対して、Dyneinの構成因子およびNum1p,Pac1p,Bik1pの破壊株はチェックポイントに欠損を示さなかった(図1)。さらに、微小管の重合阻害剤であるNocodazoleを添加した場合でも、チェックポイント制御は正常に起こった。このことから、Dynactin複合体は、Dyneinおよびその関連因子を介さないメカニズムでチェックポイント制御に機能している可能性が考えられた。

Arp1pの分子内におけるチェックポイントと核移行の機能分離

Arp1pはDyneinを介した核移行機能とは異なる分子機構によって細胞壁チェックポイントに機能しているのかどうかをさらに遺伝学的に検証するために、チェックポイントと核移行の機能がArp1pの分子内で分離可能かどうかを調べた。そのために、Arp1pのアミノ酸配列上で電荷を持つアミノ酸のクラスターを選択し、それぞれをアラニンに置換した32種類の変異アリルをもつ株を作製し、それぞれにおいてチェックポイントと核の移行機能が正常であるかどうかを調べた。

核の移行機能に欠損をもつ変異株ではM期後期において核の娘細胞への移行分配に欠損を示すため、母細胞に2核をもつ細胞が蓄積することが知られている。そこで同調細胞を用い、核分裂後に母細胞に2核をもつ細胞の割合を調べることにより核の移行機能の有無を判定した。また、チェックポイント機能については先の実験同様にグルカン合成を停止させ、紡錘体を形成した細胞の割合を調べることにより判定した(図2A,B)。

興味深いことに、32種類の変異株は、(1)チェックポイントと核の移行機能の両者に欠損をもつ変異株、(2)両者の機能とも正常である変異株、(3)チェックポイントの機能にのみ欠損をもつ変異株(wacl,arp1-233,-236,263)、 (4)核移行の機能にのみ欠損をもつ変異株(arp1-46,-251,-294,-326,-344,-368,-374)の4種類の表現型に分類できることが分かった。(3)や(4)のように、二つの機能のうち一方だけが欠損している表現型を示す変異株が得られたことから、Arp1pは細胞壁合成チェックポイントと核移行に必要な機能を分子上の互いに異なる領域にもつ分子であることが明らかになった。またArp1pの立体構造を予測して変異の部位を調べたところ、チェックポイント機能にのみ欠損を示すアリルでは変異部位が核の移行に関与する領域とは異なる部位でドメインを形成していることが分かった(図2C)。これらのことから細胞壁チェックポイントと核の移行機能は互いに独立して制御されており、Arp1pはその2つの機能に対して分子内の異なる機能領域で関与していることが示唆された。

核膜孔輸送系タンパク質のチェックポイントへの関与

Dynein非依存的な細胞壁チェックポイントの分子メカニズムを解明するために、チェックポイントに関与する新たな因子の取得を試みた。ダイナクチン複合体は多くのタンパク質と物理的に相互作用することが一般に知られており、出芽酵母においても網羅的two-hybridの研究などからArp1p,Nip100p,Jnm1pに結合する因子の候補として20種類以上のタンパク質が明らかになってきている。我々はこれらのタンパク質に注目し、細胞壁チェックポイントに必要であるかどうかを調べた。その中で、核膜孔を経由したタンパク質の核内輸送に関与するSrp1p(出芽酵母のImportinαホモログ)の温度感受性変異株(srp1-31株)において、グルカン合成の阻害剤EchinocandinB(EchB)を作用させたところ、紡錘体を形成した細胞の蓄積が見られることを見いだした(図3A)。ImportinαはImportinβと呼ばれる因子と協同してNLS (Nuclear Localization Signal)をもつタンパク質に結合することが知られている。そこで、出芽酵母におけるImportinβホモログであるKap95pの温度感受性アリルを用い、チェックポイントへの関与を調べた。すると、srp1-31株同様に、グルカン合成を停止させてからの時間経過とともに高頻度の紡錘体形成が見られた。これらの結果から、Dynactin複合体はSrp1p/Kap95pを介する核膜孔を通した核内輸送系を介して細胞壁チェックポイントに機能している可能性が初めて示された。

細胞壁チェックポイントにおけるDynactinの局在性の追跡

細胞壁チェックポイントにおけるDynactin複合体の機能を明らかにするために、その局在性に注目した。Dynactin複合体のサブユニットの一つであるJnm1pに2HAタグを融合させ、蛍光抗体で染色することにより、タグ付きJnm1pの細胞内局在をドット状の蛍光として観察することができた。EchBを用いてグルカン合成を停止させ、G1期で同調させた細胞を用いて経時的にJnm1pの局在性を追跡したところ、チェックポイント正常株であるFKS1株では細胞のリリース直後から120分程度まではほとんどのJnm1pが核表面に局在しており、それ以降になると核表面の局在は失われ、芽の先端付近に局在が集中することが解った(図4A)。一方、チェックポイント欠損株であるFKS1 wacl株ではG1期で核表面に局在しているJnm1pは時間を経過しても局在性を変化させず、核表面に存在していた(図4B)。また、同様に核膜孔を通した核内輸送系が異常となるチェックポイント欠損株であるsrp1-31株においては時間の経過とともに局在の消失が見られ、Δarp1株においては局在そのものが観察できなかった(図4C,D)。wac1株においてはJnm1pの局在性が観察され、Δarp1株では局在性が失われていたことからJnm1pの細胞内局在化にはDynactinが複合体として機能していることが必要である可能性が考えられた。興味深いことに、チェックポイント欠損株であるwac1,Δarp1,srp1-31株すべてに共通してJnm1pの芽の先端への局在性が失われていた。このことから細胞壁チェックポイントの確立にはDynactinが芽に局在していることが必要である可能性が考えられた。核と芽の先端への局在性をもつDynactin複合体が細胞壁からのチェックポイントシグナルを核へと伝える機能を担っているのかもしれない。

結論

以上の結果から、出芽酵母における細胞壁チェックポイントにはArp1p,Nip100p,Jnm1pから構成されるDynactin複合体が必要であることが明らかになった。一般にDynactin複合体はDyneinモータータンパク質およびその関連因子と協同してM期における核の移行分配に機能することが知られているが、これらの因子はチェックポイントには必要でなかった。また、Arp1pの分子内でチェックポイントと核の移行機能が分離できたことからDynactinが関与するチェックポイント機能はDynein非依存的なものであることが分かった。さらに、Dynactin結合因子の探索により核膜孔輸送系に機能するImportin α/βのホモログであるSrp1p/Kap95pがチェックポイント制御に必要であることが明らかになった。このことからDynactinによる細胞壁チェックポイントは核膜孔を通した核内移行のステップを介したものであると予想された。Jnm1pの局在性の追跡により、野生株のDynactinは細胞周期の進行とともに局在性を細胞の芽の先端へと変化させるが、チェックポイントの欠損株ではいずれも芽の先端への局在性が失われていることが分かった。このことからG2期までに芽の先端へと移動したDynactinが細胞壁からのシグナルを受け取り、核へと伝えることによってチェックポイント制御を行っている可能性が示された。

図1.Dynein/Dynactinおよびその関連因子の破壊株におけるチェックポイントへの影響。(A)エルトリエーションにより細胞をG1期で同調させ、制限温度下でグルカン合成を停止させた時の紡錘体の形成率。Dynactin複合体のサブユニットの変異株のみに高頻度の紡錘体の形成が見られた。(B)リリース後180分の細胞の核と紡錘体。

図2.ARP1へのボイントミューテーションの導入によるチェックポイントおよび核移行機能への影響。(A)特徴的な表現系を示した変異株における、グルカン合成停止後の紡錘体の形成率。(B)核分裂後に2核をもつ細胞の割合。(C)チェックポイントもしくは核移行のどちらか一方にのみ欠損を示した変異部位(アリル名)をアクチンの立体構造上にプロットした。

図3. 核膜孔輸送系タンパク質のチェックポイントへの関与。(A)SRP1の温度感受性変異株srp1-31株における紡錘体の形成率。同調細胞をグルカン合成の阻害剤であるEch B(4μg/ml)を含む培地でインキュベートし、経時的に観察した。(B)KAP95および温度感受性アリルのkap95-L63Aをもつプラスミドで導入した株における紡錘体の形成率。

図4.細胞壁チェックポイントにおけるJnm1pの局在性の追跡。(A)PKS1 JNM1-2HA株におけるJnm1p-2Hの局在部位。EchBを作用させた同調細胞を用いて、経時的に蛍光抗体、DAPIでそれぞれJnm1p-2HAと核を染色し、100以上の蛍光ドットについて局在部位を調べた。(D)FKS1 wac1株におけるJnm1p2HAの局在部位。(C)srp1-31株におけるJnm1p-2HAの局在部位。(D)ドット上の蛍光としてJnm1p-2HAが観察された細胞の割合。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一章からなる。その内容については以下のとおりである。

細胞周期が秩序正しく進行するために、真核細胞は細胞周期チェックポイント制御機構を有している。既に先行研究によって、DNAの複製や損傷、アクチン細胞骨格の動態、紡錘体の形成などを監視し、それらの過程に異常が生じた場合、細胞周期の進行を一時的に停止させることにより正常な細胞周期の進行を保障することが知られている。

出芽酵母は細胞の最も外側を細胞壁によって覆われており、細胞壁の構成成分は出芽部位において合成され、再構築されることが知られている。我々は出芽酵母において、この細胞壁の形成過程が新しい細胞周期チェックポイント制御により監視されていることを明らかにし、「細胞壁チェックポイント」と名づけて、その分子機構の解明に向けて研究を行ってきた。細胞壁チェックポイントは1,3-β-グルカンやマンノプロテインなどの細胞壁成分の合成を監視し、異常があれば細胞周期をG2期で停止させる制御機構である。さらに、細胞壁チェックポイントの変異株(wacl株=Cell wall integrity checkpoint欠損)を取得し、解析を行ったところ、この変異株は細胞壁合成の停止時に細胞周期の進行を止めることができずに、娘細胞の形成が不完全な状態でM期へと進行してしまうことが示された。また、この変異株ではアクチンに相同性を持つタンパク質Arp1pの268番目のアミノ酸残基に置換が起きていることが明らかになり、Arp1pがチェックポイントの制御において重要な役割を担っている可能性が示唆された。しかしながら細胞壁チェックポイントがArp1pを介してどのようにチェックポイント制御を行っているのかについては明らかになっていなかった。そこで本研究では、細胞壁チェックポイントにおいてArp1pがどのようにして機能しているのかを調べることにより、このチェックポイントの分子メカニズムの一端を明らかすることを目的とした。

一般に、Arp1pはNip100pやJnm1pを始めとした複数のタンパク質を結合してDynactinと呼ばれる複合体を形成することが出芽酵母をはじめとした複数の生物で知られている。 出芽酵母ではDynactin複合体は、微小管のモータータンパク質複合体であるDynein(Dyn1p,Pac11p)の活性化を行い、Num1p,Pacp,Bik1pと協同して芽の先端から微小管を通じて核を引き寄せることによりM期における核の娘細胞への移行、分配の過程に機能している。そこで本研究では、まず始めにDynein/Dynactinおよびその関連因子が細胞壁チェックポイントに必要であるかどうかを調べた。そのために、これらの因子の遺伝子破壊株を作製して解析を行った。

FKS1は細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカンの合成酵素の触媒サブユニットをコードしており、グルカン合成に欠損を持つfks1-1154温度感受性変異株を制限温度下で培養すると、芽の形成が抑えられた細胞が蓄積し、これらの細胞は紡錘体形成の直前のG2期で、細胞周期を停止する。一方、細胞壁チェックポイントの欠損株では細胞周期の進行を停止することができずに紡錘体を形成した細胞が蓄積する。細胞をG1期で同調させ、制限温度で培養し経時的に紡錘体を形成した細胞の割合を観察することにより、変異株がチェックボントに欠損を示すかどうかを調べたところ、wac1変異株やarp1破壊株と同様にDynactin複合体の構成因子であるnip100破壊株、jnm1破壊株においても紡錘体を形成した細胞の蓄積が見られた。このことはArp1pだけではなくNip100pとJnm1pを含むDynactin複合体が細胞壁チェックポイントの機能に必要であることを示唆している。それに対して、Dyneinの構成因子およびNum1p,Pac1p,Bik1pの破壊株はチェックポイントに欠損を示さなかった。さらに、微小管の重合阻害剤であるNocodazoleを添加した場合でも、チェックポイント制御は正常に起こった。このことから、Dynactin複合体は、Dyneinおよびその関連因子を介さないメカニズムでチェックポイント制御に機能している可能性が考えられた。

Arp1pはDyneinを介した核移行機能とは異なる分子機構によって細胞壁チェックポイントに機能しているのかどうかをさらに遺伝学的に検証するために、チェックポイントと核移行の機能がArp1pの分子内で分離可能かどうかを調べた。そのために、Arp1pのアミノ酸配列上で電荷を持つアミノ酸のクラスターを選択し、それぞれをアラニンに置換した32種類の変異アリルをもつ株を作製し、それぞれにおいてチェックポイントと核の移行機能が正常であるかどうかを調べた。

核の移行機能に欠損をもつ変異株ではM期後期において核の娘細胞への移行分配に欠損を示すため、母細胞に2核をもつ細胞が蓄積することが知られている。そこで同調細胞を用い、核分裂後に母細胞に2核をもつ細胞の割合を調べることにより核の移行機能の有無を判定した。また、チェックポイント機能については先の実験同様にグルカン合成を停止させ、紡錘体を形成した細胞の割合を調べることにより判定した。

興味深いことに、32の変異株は、(1)チェックポイントと核の移行機能の両者に欠損をもつ変異株、(2)両者の機能とも正常である変異株、(3)チェックポイントの機能にのみ欠損をもつ変異株(wac1,arp1-233,-236。263)、(4)核移行の機能にのみ欠損をもつ変異株(arp1-46,-251,-294,-326,-344,-368,-374)の4種類の表現型に分類できることが分かった。(3)や(4)のように、二つの機能のうち一方だけが欠損している表現型を示す変異株が得られたことから、Arp1pは細胞壁合成チェックポイントと核移行に必要な機能を分子上の互いに異なる領域にもつ分子であることが明らかになった。またArp1pの立体構造を予測して変異の部位を調べたところ、チェックポイント機能にのみ欠損を示すアリルでは変異部位が核の移行に関与する領域とは異なる部位でドメインを形成していることが分かった。これらのことから細胞壁チェックポイントと核の移行機能は互いに独立して制御されており、Arp1pはその2つの機能に対して分子内の異なる機能領域で関与していることが示唆された。

Dynein非依存的な細胞壁チェックポイントの分子メカニズムを解明するために、チェックポイントに関与する新たな因子の取得を試みた。ダイナクチン複合体は多くのタンパク質と物理的に相互作用することが一般に知られており、出芽酵母においても網羅的two-hybridの研究などからArp1p,Nip100p,Jnm1pに結合する因子の候補として20種類以上のタンパク質が明らかになってきている。我々はこれらのタンパク質に注目し、細胞壁チェックポイントに必要であるかどうかを調べた。その中で、核膜孔を経由したタンパク質の核内輸送に関与するSrp1p (出芽酵母のInportin αホモログ)の温度感受性変異株(srp1-31株)において、グルカン合成の阻害剤Echinocandin B(EchB)を作用させたところ、紡錘体を形成した細胞の蓄積が見られることを見いだした。Importin αはImportin βと呼ばれる因子と協同してNLS (NuclearLocalizationSignal)をもつタンパク質に結合することが知られている。そこで、出芽酵母におけるImportin βホモログであるKap95pの温度感受性アリルを用い、チェックポイントへの関与を調べた。すると、srp1-31株同様に、グルカン合成を停止させてからの時間経過とともに高頻度の紡錘体形成が見られた。これらの結果から、Dynactin複合体はSrp1p/Kap95pを介する核膜孔を通した核内輸送系を介して細胞壁チェックポイントに機能している可能性が初めて示された。

細胞壁チェックポイントにおけるDynactin複合体の機能を明らかにするために、その局在性に注目した。Dynactin複合体のサブユニットの一つであるJnm1pに2HAタグを融合させ、蛍光抗体で染色することにより、タグ付きJnm1pの細胞内局在をドット状の蛍光として観察することができた。EchBを用いてグルカン合成を停止させ、G1期で同調させた細胞を用いて経時的にJnm1pの局在性を追跡したところ、チェックポイント正常株であるFKS1株では細胞のリリース直後から120分程度まではほとんどのJnm1pが核表面に局在しており、それ以降になると核表面の局在は失われ、芽の先端付近に局在が集中することが解った。一方、チェックポイント欠損株であるFKS1 wac1株ではG1期で核表面に局在しているJnm1pは時間を経過しても局在性を変化させず、核表面に存在していた。また、同様に核膜孔を通した核内輸送系が異常となるチェックポイント欠損株であるsrp1-13株においては時間の経過とともに局在の消失が見られ、Δarp1株においては局在そのものが観察できなかった。wac1 株においてはJnm1pの局在性が観察され、Δarp1株では局在性が失われていたことからJnm1pの細胞内局在化にはDynactinが複合体として機能していることが必要である可能性が考えられた。興味深いことに、チェックポイント欠損株であるwac1,Δarp1,srp1-31株すべてに共通してJnm1pの芽の先端への局在性が失われていた。このことから細胞壁チェックポイントの確立にはDynactinが芽に局在していることが必要である可能性が考えられた。核と芽の先端への局在性をもつDynactin複合体が細胞壁からのチェックポイントシグナルを核へと伝える機能を担っているのかもしれない。

なお、本論文は五十嵐 亮二、鈴木雅也、野上識、大矢禎一の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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