No | 121605 | |
著者(漢字) | 風間,裕介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カザマ,ユウスケ | |
標題(和) | 染色体末端サテライトDNAと黒穂菌を用いた雌雄異株植物ヒロハノマンテマの性染色体構造と性分化に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the sex chromosomes and the sexual differentiation in the dioecious plant Silene latifolia using satellite DNA at individual chromosome ends and the smut fungus Microbotryum violaceum | |
報告番号 | 121605 | |
報告番号 | 甲21605 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第187号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ナデシコ科の雌雄異株植物ヒロハノマンテマは、XY型の性染色体をもつ。Y染色体は中部動原体型で、その部分欠損変異体の解析から、(1)雌蕊(♀)の発達抑制領域、(2)雄蕊(♂)の初期発達促進領域、(3)葯の成熟促進領域、偽常染色体領域(PseudoAutosomalRegion:PAR)に分けられている(Westergaard 1940、Farbos et al 1999)。X染色体は、次中部動原体型で、短腕(p)と長腕(q)との長さの差が明瞭である。PARは、異型化したXY染色体が減数分裂時に対合する部位で、X染色体にも存在する。PARでは対合したXY染色体間で交差がおこる。 ヒロハノマンテマのY染色体の片末端とX染色体の両端にはサテライトDNA(satDNA)があることが知られている(Buzeck et al 1997)。satDNAは、数十から数百塩基対のDNA配列が、数kbから数Mbにわたって連続して反復する構造である。真核生物のゲノムDNAを塩化セシウム密度勾配遠心法で分画するとメインバンドの他にサテライトバンドが観察されるが、satDNAはその構成成分の1つとして同定された。通常性染色体は末端で対合するので、PARは性染色体の末端にあることになる。X染色体の両端にある2つのsatDNAのうちのいずれか一方が、Y染色体の末端にあるsatDNAと相同で、そこがPARだということになる。 雄蕊(♂)の初期発達促進因子(Stamen promoting factor:SPF)はY染色体にコードされているので、X染色体しかもたない雌(♀)には雄蕊(♂)を伸長させる能力はない。ところが、ヒロハノマンテマに黒穂菌(Microbotryum violaceum)が感染すると、雌花(♀)でも雄蕊(♂)が発達して両性花のようになる。これはリンネ(1707〜1778)の頃から知られていることで、黒穂菌は葯に胞子を形成するから、雌花(♀)で雄蕊(♂)を誘導するのは、黒穂菌の巧みな生存戦略の一つと考えられている(Uchida et al 2003,2005)。黒穂菌はY染色体の代わりをしていることになる。黒穂菌感染雌花(♀)で雄蕊(♂)が発達する機構を明らかにするため、ヒロハノマンテマの雄蕊(♂)発達に関わる遺伝子を単離しようと考えた。雄蕊(♂)の発達は本来Y染色体の雄蕊(♂)の初期発達促進領域で制御される。黒穂菌感染雌(♀)をカウンターパートとすることで、Y染色体の雄蕊(♂)発達制御機構の一端を明らかにできると期待される。 結果と考察 X染色体PAR領域と染色体末端satDNAの分布 染色体末端satDNAの単離・同定: X染色体PAR領域をマッピングするため、satDNAを構成する繰返し単位の配列の組成を調べた。BACライブラリーをスクリーニングし、計10個のBACクローンを単離した。satDNAの断片をプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行なったところ、7クローンがSacl処理でsatDNAに特有のラダーパターンを示したのに対し、KpnI処理でラダーパターンを示したのは#15B12のみであった。#15B12のインサート150kbには、約420回の繰返しに相当する130kbのsatDNAが存在した。そのうちサブクローニングした8.4kbの断片の塩基配列を決定した。全長8,371bpにはHaeIII,HinfI,KpnIなどの制限酵素サイトを基準とした繰返し単位が26回含まれていた。一方,SacIサイトは2ヵ所しかなかった。satDNAには、繰返し構造ごとに制限酵素サイトに偏りがあると考えられる。 染色体末端satDNAの分子系統解析: 繰り返し構造間の塩基配列を比較するため、各クローンから繰返し単位の配列を決定した。それぞれの繰返し単位は互いに83-94%相同であった。塩基配列の違いを検出するため、近隣結合法(NJ法)により系統樹を作製した。satDNAは、SacIサブファミリー、KpnIサブファミリー、#11F02サブファミリー、#16EO7サブファミリーに分類された。 satDNAを用いたマルチカラー競合FISH法によるX染色体PARのマッピング: 4種のサブファミリーの配列相同性と、各染色体末端での配列の分布を調べるため、マルチカラー競合FISHを行った。SacI、#11F02、KpnI、#16EO7サブファミリーの繰り返し単位をそれぞれ別々の蛍光色素でラベルし、同時にハイブリダイズさせた。SacIサブファミリーと#11F02サブファミリーとのシグナルは一致し、KpnIサブファミリーと#16EO7サブファミリーとのシグナルは一致した。KpnIサブファミリーとSacIサブファミリーのシグナルは各染色体末端でそれぞれ固有の色調と強度を示した。X染色体のq腕では赤いSacIサブファミリーのシグナルが強く、p腕では緑色のKpnIサブファミリーのシグナルが強かった。Y染色体のPAR上では緑色のKpnIサブファミリーのシグナルが強く、X染色体のp腕のシグナルと色調と強度ともに同じだった。1940年Westergaardによって、X染色体のq腕に位置づけられたPARは、p腕に存在することが示された(図1)。 Y染色体による雄蕊(♂)発達制御と黒穂菌感染雌(♀)における雄蕊(♂)の発達 ヒロハノマンテマの雄蕊(♂)の初期発達促進にかかわる制御遺伝子の探索: Y染色体の雄蕊(♂)の初期発達促進領域にコードされているのは雄蕊(♂)の発達制御に関わるMADSボックス遺伝子あるいはさらにそれを制御する遺伝子だろうと考えられる。黒穂菌はそれらの遺伝子の発現を撹乱している可能性がある。がく片、花弁、雄蕊(♂)、心皮の4つの花器官の決定はABCモデルで説明される(Coen and Meyerowitz 1991)。シロイヌナズナでは、雄蕊(♂)と花弁を決定するB遺伝子APETALA3(AP3)とPISTILLATA(PI)は雄蕊(♂)の成熟にも必要であることがわかっている。LEAFY(LFY)、UNUSUAL FLORAL ORGAN(UFO)、WUSCHEL(WUS)はB遺伝子を正に制御する。SUPERMAN(SUP)はB遺伝子の発現を負に制御する。これらの遺伝子のホモログ(S1LFY,S1UFO,S1WUS,S1SUP)を、縮重プライマーを用いたPCRでヒロハノマンテマから単離した。WUSホモログのSIWUSだけが2コピー(S1WUS1,S1WUS2)で後の遺伝子はシングルコピーだった。S1LFY、S1UFOとS1WUS2は雷特異的に発現していたが、S1WUS1は根や葉でも発現していた。S1SUPは雌(♀)の雷特異的に発現し、雄(♂)では発現していなかった。 SISUPの雄株(♂)、雌株(♀)、黒穂菌感染雌株(♀)における発現パターン: RACE法を用いてS1SUPの全長cDNAを同定した。予想されるアミノ酸配列のN末にはCys2/His2タイプのZincフィンガーモチーフがあった。植物で同定されているCys2/His2タイプのZincフィンガーモチーフ59個を用いてNJ法で系統解析を行った。S1SUPは、シロイヌナズナのSUPとペチュニアのSUPホモログPhSUPと共通の独立したクレードを形成した。S1SUPの時間的・空間的な発現をin situハイブリダイゼーションで調べた。ヒロハノマンテマの花の発達段階は12のStageに分けられる(Grant et al 1994)。S1SUPのシグナルは、雄(♂)では観察されなかった。雌(♀)では、Stage 4の予定雄蕊(♂)領域でシグナルが検出された。Stage8では、S1SUPは抑制雄蕊(♂)の基部で発現しており、stage 12では、抑制雄蕊(♂)全体で発現していた。S1SUPは雄蕊(♂)の発達を抑制しているので、雌雄異株植物のヒロハノマンテマでは、雌(♀)の抑制雄蕊(♂)で発現が顕著となることがわかった。黒穂菌感染雌(♀)のS1SUPの発現をRT-PCRで調べると、S1SUPは、雌(♀)と感染雌(♀)の雷のいずれの場合でも発現していた。雄蕊(♂)が伸長する感染雌(♀)でS1SUPが発現することから、黒穂菌感染によって撹乱されるのは、S1SUPによる雄蕊(♂)発達抑制よりも下流であることがわかる(図2)。 結論 シロイヌナズナを含め植物の約90%が雌雄同株(両性花)であるため、植物の雌雄の性分化や性染色体についてはあまり多くのことはわかっていない。今回、XY型の性染色体をもつ雌雄異株植物ヒロハノマンテマを用いて以下のことを明らかにした。 1.染色体末端satDNAには4つのサブファミリーが存在する。 2.X染色体の偽常染色体領域PARはp腕に存在する。 3.シロイヌナズナの雄蕊(♂)伸長抑制遺伝子SUPERMANのホモログS1SUPは、雌(♀)の雄蕊原基で発現するが雄(♂)では発現しない。 4.黒穂菌感染雌(♀)のつぼみでもS1SUPは発現することから、黒穂菌はS1SUPによる雄蕊(♂)発達抑制よりも下流を制御していることになる。 5.B機能遺伝子SLM2は、Stage3の雄(♂)、雌(♀)、感染雌(♀)では、予定花弁、雄蕊(♂)領域で発現するが、Stage 8では雌(♀)の雄蕊原基で発現しなくなっていた。感染雌(♀)ではStage 8になってもSLM2が発現し続け雌花(♀)にもかかわらず雄蕊(♂)が発達する。 図1ヒロハノマンテマX染色体PAR領域Westergaard(1940)によると偽染色体領域(PAR)はX染色体のq腕に存在する(A)。本研究のFISHではYと同様のシグナルはp腕にみられた(B)。X染色体のPARはこれまでの見解とは逆向きのp腕に存在することがわかった(C)。 図2Y染色体にコードされた仮想的な雄蕊初期発達促進因子(SPF)とSISUP、SLM2、黒穂菌による性分化制御正常雄(♂)では、SPFが雄蕊伸長抑制遺伝子S1SUPの発現を抑制する。雄蕊原基でSLM2が発現し、雄蕊(♂)が伸長する(A)。正常雌(♀)ではS1SUPが発現し、SLM2の発現が抑制され、雄蕊伸長が抑制される(B)。黒穂菌感染雌(♀)では、S1SUPの発現は抑制されないが、黒穂菌による何らかのSLM2発現誘導因子(SAF)によりSLM2が発現し、雄蕊伸長が起こる(C)。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり、第1章ではヒロハノマンテマの染色体末端サテライトDNAにKpnIサブファミリーが存在すること、第2章ではヒロハノマンテマの染色体末端サテライトDNAの4種類のサブファミリーの局在と染色体末端の識別、第3章ではヒロハノマンテマのSUPERMAN様遺伝子の雌特異的発現、第4章ではヒロハノマンテマのB機能遺伝子SLM2発現の黒穂菌によって受ける影響について述べられている。 Y染色体をもつ植物は少なく、植物の性染色体の進化や機能についての情報も少ない。誕生して約2,000万年という比較的新しい性染色体をもつヒロハノマンテマを用いた研究によって、性染色体が構築された起源が明らかにされると期待される。性染色体は、1対の常染色体が組換え抑制を起こして誕生したといわれている。本論文では、染色体末端に存在する反復配列、サテライトDNAを細胞遺伝学的マーカーとして用いて、X染色体に転座が起こった末端と、Y染色体と相同な末端(Pseudo Autosomal Region=PAR)をマッピングした。第1章では、サテライトDNAを含むBACをスクリーニングし、130kbにわたって反復単位が繰り返す領域を単離した。そのうち8.4kbの塩基配列を決定したところ、既知の反復単位とは15%配列が異なるサブファミリーが存在することを明らかにした。植物のサテライトDNAにサブファミリーが存在することが発見された。 第2章では、10個のBACクローンから合計120の反復単位を同定した。反復単位の配列を近隣結合法で比較し、サテライトDNAが4種のサブファミリーに細分化できることを明らかにした。さらに、サブファミリー同士のわずかな配列の違いを利用したマルチカラー競合FISHを開発した。これまで識別できなかった染色体末端同士をシグナルの色調の違いで見分けることに成功した。Y染色体のPARのシグナルは、X染色体のp腕のシグナルと相同であり、PARがX染色体のP腕であることを視覚的に示した。この結果は、1940年にWestergaardによって提唱されたX染色体のPARの位置を修正するものであった。 ヒロハノマンテマに黒穂菌(Microbotryum violaceum)が感染すると、雌花であるにもかかわらず、雄蕊が伸長する。このヒロハノマンテマ特有の現象を利用して、第3章、第4章では、雌雄異株植物の雄蕊伸長制御機構を明らかにしている。第3章では、シロイヌナズナのSUPERMAN遺伝子(SUP)のホモログSlSUPが、ヒロハノマンテマで雌の雷特異的に発現することを示した。SUPは、細胞の伸長を制御して過剰な雄蕊の伸長誘導を抑制する遺伝子である。SlSUPは、雌花において抑制された雄蕊原基で発現していた。この結果は、SlSUPは雌花で雄蕊伸長を抑制することを示す。雄や感染雄では発現しなかったことから、SlSUPはY染色体上の雄蕊促進領域によって発現が抑制されていると考えられる。 第4章では、B機能遺伝子SLM2の発現を調べている。SLM2は、シロイヌナズナのPISTILLATA(PI)のホモログである。PIは、花器官のうち花弁と雄蕊の形成に関わる遺伝子である。SUPはPIの発現を抑制する機能をもつといわれている。ヒロハノマンテマの雷の発達段階は12のステージに分けられる。SLM2はステージ3から発現し始め、ステージ7までは、雄、雌、感染雌ともに雄蕊原基と花弁原基で発現していた。ステージ8では、雄では花弁同様に雄蕊でも発現するのに対し、雌では、雄蕊での発現が停止していた。感染雌では、SLM2は雄蕊で発現しつづけ、雄同様の発現を示した。Y染色体をもつ雄では、SlSUPは発現せず、SLM2が雄蕊で発現し続ける。Y染色体がない雌では、SlSUPが雄蕊原基で発現し、ステージ8においてSLM2の発現が抑制される。黒穂菌感染雌ではSISUPは雄蕊で発現するが、黒穂菌感染の影響で、SLM2が雄蕊で発現し続ける。Y染色体はSlSUPの発現を制御することによって雄蕊を伸長させ、黒穂菌はSlSUPの下流の遺伝子SLM2の発現を誘導することで雄蕊を伸長させることが明らかとなった。 ヒロハノマンテマは雌雄異株植物のモデル生物とはいえ、分子生物学的研究が容易とはいえない。ゲノムサイズが4,000Mbと巨大で、形質転換系が確立されていないのである。本論文では、マルチカラー競合FISHや、黒穂菌感染系といった独創的な研究手法を用いてこれらの困難を克服している。そして、X染色体の方向性を修正し、Y染色体による雄蕊伸長の制御機構の一端を明らかにしている。これらの成果は、論文提出者が博士の学位を受けるのに十分な学識を持つことを示す。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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