学位論文要旨



No 121610
著者(漢字) 髙橋,修一郎
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,シュウイチロウ
標題(和) Plantago asiatica mosaic virus の病原性決定因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 121610
報告番号 甲21610
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第192号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 鈴木,匡
内容要旨 要旨を表示する

植物ウイルスは宿主植物に感染すると、葉にモザイク、斑点、奇形などの特徴的な病徴を生ずるだけでなく、時には植物体全体の萎縮や枯死を引き起こし、農業上甚大な被害をもたらす。しかし、植物ウイルスの病徴発現のメカニズムには不明な点が多く、それを分子レベルで解明することは、ウイルス-植物の複雑な相互作用の一端を明らかにするのみならず、植物ウイルスの有効な防除法の開発にも大きく寄与すると考えられる。

植物ウイルスの多くは一本鎖RNAをゲノムとしており、自らがコードする複製酵素(RNA-dependent RNA polymerase; RdRp)を用いて複製する。RdRpは修復機構を持たないため、植物ウイルスは単一の感染植物体内において、病原性等の性質が異なる変異株の集合として存在しているものと考えられる。本研究ではまず、ウイルスが感染したユリ一個体より分離されたウイルス6分離株(Li1〜Li6分離株)がユリ以外の種々の植物において多様な病原性を示すことを見出した。さらに、これらのウイルス分離株のゲノムRNAの全塩基配列の決定を行ったところ、すべて我が国で未記載のPlantago asiatica mosaic virus(PlAMV)であることを明らかにした。次いで、植物ウイルスの引き起こす病徴のうち最も激しいものである植物組織の壊死および植物体の枯死のメカニズムを明らかにすることを目的に、これらの分離株を用いた遺伝子操作系を構築し病徴決定因子を同定するとともに、感染植物体内における蓄積や移行、ならびに植物体の防御応答の解析を行った。

ウイルス分離株のゲノム配列の決定

Li1〜6分離株について、感染葉から精製したウイルス試料をもとに、抽出したゲノムRNAからcDNAを合成しクローニングした。ショットガンシークエンス法により各ゲノムcDNAの全塩基配列を決定した結果、これらのウイルス分離株のゲノム全長はいずれもpoly (A)を除いて6102塩基であった。ゲノムの5'末端からRdRp、3つの移行タンパク質(triple gene block protein; TGBp)、外被タンパク質(coat protein; CP)をコードしており、Potexvirus 属ウイルスに特徴的なゲノム構造を持っていた(図1)。Li1〜6分離株間の全塩基配列の相同性は99.5%以上と非常に高く、よって、これらの分離株は同一種に属すると考えられた。これらの配列を既知のPotexvirus属ウイルスの配列と比較したところ、ロシアにおいて発生が報告されているPlAMVと最も相同性が高く、全塩基配列で78%の相同性を示したことから、PlAMVと同定された。我が国におけるPlAMVの発生の確認はこれが初めてである。

キメラコンストラクトを用いた病徴決定領域の特定

Li1〜6 分離株はゲノム配列の相同性が互いに非常に高いにも関わらず、多様な病原性を示した。Nicotiana benthamiana においてLi1分離株は接種5 日後に接種葉に壊死斑を呈し、接種14日後に植物体は枯死した(枯死型)。一方、Li6 分離株は接種葉で無病徴であり、上葉において軽微なモザイクを呈した(モザイク型)。そこで、これらの病徴を決定するウイルスゲノム領域を詳細に解析するために、まずLi1、Li6分離株の感染性cDNAクローンpLi1、pLi6をそれぞれ構築した。このpLi1、pLi6をagroinfiltration法によりN.benthamianaに接種したところ、pLi1を接種した植物体においては接種5日後に接種領域が壊死し、14日後には植物体が枯死した。一方、pLi6を接種した植物体においては、接種領域は無病徴であり後に全身が軽微なモザイクを呈したことから、これらの感染性cDNAクローンが原病徴を再現することが確認された(図2)。そこで、これらの感染性cDNAクローンをもとに種々のキメラコンストラクトを構築し、N. benthamianaにおける病徴の解析を行ったところ、ゲノムのnt.3213〜4107の領域が「枯死型」の病徴を決定していることが判明した。pLi1、pLi6のゲノム配列の比較から、この領域には2カ所のアミノ酸相違が存在したため、さらに部位特異的変異導入による病徴の解析を行ったところ、RdRpの1154番目のアミノ酸がシステインである場合には「枯死型の病徴を示したのに対して、チロシンである場合には「モザイク型の病徴を示した(図3)。このことから、RdRpの1154番目のアミノ酸が病徴型を決定していることが明らかとなった。

病徴型とウイルス蓄積量の関係

病徴型の異なるウイルスの感染組織内における蓄積量を比較解析する目的で、「枯死型のpLi1、pLi6-1154Cおよび「モザイク型のpLi6、pLi1-1154Y をagroinfiltration法により接種し、接種領域におけるウイルスのゲノムRNAおよびCPの蓄積をそれぞれノーザンブロット法およびウェスタンブロット法により解析した。その結果、pLi1 においてはpLi6に対して約50倍のウイルスゲノムRNAの蓄積が見られたのに対して、pLi1-1154Y、pLi6-1154CにおいてはpLi6に対して約20倍の蓄積を示した(図4)。同様の結果が、CPの蓄積量についても確認された。従って、RdRpの1154番目のアミノ酸の変異により病徴型だけでなくウイルスRNAおよびCPの蓄積量も変化するが、病徴型と蓄積量は相関しないことが示された。

病徴型とウイルス長距離移行の関係

ウイルスの病徴型と長距離移行の関係を調べる目的で、pLi1、pLi1-1154Y、pLi6-1154C、pLi6の上葉への長距離移行をRT-PCR法およびimmuno-tissue blot法により日を追って比較した。その結果、いずれのウイルスも接種5日後に接種葉においては検出されたが上葉においては検出されず、長距離移行は認められなかった。一方、接種7日後には、いずれのウイルスも接種葉および上葉の双方において検出され、ウイルスの長距離移行が認められた(図5)。このことから、病徴型と長距離移行の間に関連は認められなかった。

病徴型とPCD誘導能の関係

接種葉に壊死病斑を生じる例として、プログラム細胞死(programmed cell death;PCD)の誘導による防御応答反応である過敏感反応(hypersensitive response; HR)が知られている。そこで、「枯死型」の病徴を示すpLi1、pLi6-1154Cの接種により観察される接種領域の壊死斑とPCD誘導との関係を解析した。pLi1、pLi1-1154Y、pLi6-1154C、pLi6を接種したN.benthamiana葉を用いて、PCDの指標とされている活性酸素種の検出をDAB染色により行ったところ、枯死型の病徴を示すpLi1、pLi6-1154Cの接種領域においてのみ活性酸素種の発生が認められ、これらの壊死がPCDによるものであることが示唆された(図6)。このことから、pLi1、pLi6-1154Cによる接種領域の壊死、および連続的に引き起こされる植物体の枯死に植物が誘導する防御応答反応が関与していることが示唆された。

結論

本研究では、ウイルスに感染したユリ一個体から単離された複数のウイルス分離株が、そのゲノム配列において非常に高い相同性を示すにも関わらず、種々の植物において多様な病原性を示すことを明らかにした。次いで、これらの分離株を用いることで局部的壊死および植物体全体の枯死を決定するウイルスゲノム上の領域を解析し、RdRpの1154番目の1アミノ酸がこれらの病徴型を決定していることを明らかにした。これらの病徴と感染組織における蓄積量や上葉への移行には関連は認められなかったが、「枯死型」の病徴を示すウイルスの接種領域においては活性酸素種が検出され、植物の防御応答であるPCDの誘導が示唆された。以上の結果から、植物体の枯死につながる局部壊死が植物の防御応答と関連しており、この防御応答の誘導の有無がRdRpの1アミノ酸により決定されていることが示唆された。本研究は、一個体内に共存するウイルス配列の多様性により植物における防御応答誘導能が大きく異なることを示唆した点において、植物とウイルスの研究に新規な視点を与えるものであり、植物の防御応答反応を利用した耐病性植物の開発に有用な示唆を与えるものと考えられる。

図1. PlAMVのゲノム構造

図2. pLi1、pLi6のN. benthamianaにおける病徴

図3. 各種変異株のコンストラクトと病徴型

図4. 接種4日後における(A)ノーザンブロット解析、(B)ウェスタンブロット解析。

図5. 各種変異体の長距離移行の比較

図6. 接種4日後の接種領域におけるDAB染色(A)染色前、(B)染色後

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、5章から構成され、各章の概要は以下の通りである。

第1章においては、本研究の背景、着眼点が詳細に述べられている。植物ウイルスの多くは一本鎖RNAをゲノムに持ち自身のコードするRdRpを用いてゲノムの複製を行うが、RdRpは修復機構を持たないことからウイルスは感染植物体において少しずつゲノムに変異を持つウイルスの集団として存在する。しかし、このような感染植物体内におけるウイルスのゲノム配列および病原性の多様性について注目した研究は少ない。本研究は、同一の植物体内に存在するこのような擬似種ウイルスの多様な病原性について解析を行うことを目的とした。

第2章においては、モザイク症状を呈するコオニユリ(Lilium maximowiczii)より単離されたウイルス6分離株の病原性およびゲノム塩基配列の特徴について述べられている。様々な宿主植物への接種試験より、6分離株が多様な病原性を示し、特に、Nicotiana benthamianaにおいては、これらの分離株は「枯死型」の病徴を示すLil-3分離株と「モザイク型」の病徴を示すLi4-6分離株に大別されることを見出した。これらの6分離株のゲノム塩基配列を決定したところ、これらの分離株は互いに99.5%以上のidentityを示す同一種のウイルスであり、既知のウイルスの塩基配列との比較からPlantago asiatica mosaic virus(PlAMV)であることを明らかにした。本研究は、我が国におけるPlAMVの初めての報告である。さらに、アミノ酸配列のidentityによる頻度分布解析の結果からこのウイルスが同一種別系統間において配列が多様化しているウイルスであることを見出した。

第3章においては、N.benthamianaにおける病徴型を決定するウイルス因子の解析について述べられている。「枯死型」および「モザイク型」を示すウイルス分離株よりそれぞれLil、Li6分離株を用い、病徴型を決定しているウイルス因子の解析を行った。それに先立ちまず感染性cDNAクローンを構築し、これらのクローンにより原病徴が再現することを確認した。次いで、これらの感染性cDNAクローンをもとに種々のキメラコンストラクトを構築しN.benthamianaにおける病徴の解析を行うことにより、ゲノムのnt.3213〜4107の領域が病徴型を決定していることを明らかにした。さらに、Li1、Li6分離株のゲノム配列の比較からこの領域に2カ所のアミノ酸相違を見出し、部位特異的変異導入による病徴の解析により、RdRpの1154番目のアミノ酸がシステインである場合には「枯死型」の病徴を示し、チロシンである場合には「モザイク型」の病徴を示すことを明らかにした。

第4.章においては、このような病徴型の違いを発現に関わる因子について述べられている。まず、病徴型の異なるウイルスの感染組織内における蓄積量を比較解析する目的で、それぞれの病徴型を示す感染性cDNAクローンを接種し、接種領域におけるウイルスのゲノムRNAおよびCPの蓄積をそれぞれノーザンブロット法およびウェスタンブロット法により解析した。その結果、RdRpの1154番目のアミノ酸の変異により病徴型だけでなくウイルスRNAおよびCPの蓄積量も変化するが、病徴型と蓄積量は相関しないことを明らかにした。次いで、immuno-tissueblot法およびRT-PCRによりウイルスの長距離移行を解析したところ、病徴型と長距離移行に関連は認められなかった。さらに、病徴型と植物の防御応答反応であるプログラム細胞死(programmed cell death;PCD)との関連をDAB染色およびイオンリークアッセイにより解析したところ、「枯死型」の病徴型においてPCD誘導が認められた。

第5章においては、本研究における実験結果をふまえて、単一植物体内に存在する擬似種ウイルスにおける病徴型決定因子についての考察が述べられ、さらに、枯死型の病徴における宿主植物の防御応答反応の誘導に関する考察が述べられている。

本研究は、単一個体内に共存するウイルスの多様性により植物における防御応答誘導能が大きく異なることを示唆した点において新規な視点を与えるものである。

以上の知見は、植物ウイルス学のみならず広くウイルス学に貢献するものであり、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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