No | 121614 | |
著者(漢字) | 藤森,玉輝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジモリ,タマキ | |
標題(和) | 強光下で2つの光化学系を協調させる調節メカニズムの解明 | |
標題(洋) | Regulatory mechanism for maintaining the balance of two photosystems in response to high light | |
報告番号 | 121614 | |
報告番号 | 甲21614 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第196号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 シアノバクテリアは進化の過程で、2つの光化学系を持つことによって、地球上に普遍的に存在する水を光合成の基質として利用することを可能にし、その生育範囲を全地球上に広げることができた。一方、このために2つの光化学系を協調させる必要性が生じた。絶えず変動する自然環境下で、2つの光化学系を協調させるメカニズムは主に2つ知られている。長期的な応答としての光化学系量比調節および短期的な応答として光アンテナから2つの光化学系へのエネルギー分配である。本研究では、これら2つのメカニズムの解明を目的とした。 光化学系量比調節のメカニズムの解析 光合成電子伝達では、光化学系IIと光化学系Iが協調して働いているため、光化学系IIとIの量比は、環境中の光強度の変化に応答して適切に調節されていなければならない。例えば光強度が強くなる場合には、光化学系IIに対して光化学系Iの量を大きく減少させることが知られている。これまで、光化学系量比が調節できない変異株として、pmgA mutantが単離され解析されてきた。このpmgA mutantでは、強光が長時間続いた場合に光化学系I反応中心サブユニットをコードする遺伝子の発現を抑制できない。これが光化学系量比調節の欠損の原因であると予想されるが、それ以上の詳細なメカニズムは不明のままである。そこで、そのメカニズムの解明のため、新たな光化学系量比調節の欠損株を単離解析を試みた。 pmgA mutantと同様のクロロフィル蛍光挙動を示す変異株を単離した 当研究室の以前の研究結果により、クロロフィル蛍光強度の時間変化を観察した場合、同じ機能に欠損がある変異株は似た表現型を示すことが示されていた。そこでクロロフィル蛍光を指標に、pmgA mutantとよく似たクロロフィル蛍光強度の時間変化を示す変異株0205-79 mutantを単離した。 強光下で0205-79 mutantは光化学系量比調節ができない 低温蛍光スペクトルにおける光化学系II(F695)とI(F725)の蛍光ピークの比から、光化学系量比(光化学系II/光化学系I)の指標となるF695/F725を計算した。野生株では、強光移行後24時間で光化学系Iの減少に伴いF695/F725が0.4から1に増加するが、0205-79mutantではこの増加は見られなかった(Fig.1)。この結果から、0205-79 mutantはpmgA mutantと同様に強光下で光化学系量比を調節できないことが明らかになった。 0205-79 mutantの光化学系I反応中心サブユニット量は強光下で十分に減少しない 強光下では光化学系Iの量を積極的に減少させることによって、光化学系量比調節が行われている。そこで、光化学系I反応中心サブユニットPsaABの量をウエスタン解析で調べた。弱光下では野生株と0205-79 mutantで細胞あたりのPsaAB量には違いは見られなかった(Fig.2)。一方、強光下では、0205-79 mutantでは野生株と比較してPsaAB量の減少が部分的に抑制されていた。同様の結果はpmgA mutantにおいても報告されている。 0205-79 mutantではpsaA遺伝子の発現は強光下で抑制されている pmgA mutantでは長時間の強光下でpsaAの発現が十分に抑制できないことがすでに報告されている。リアルタイムRT-PCRでpsaAのmRNA量を調べると、0205-79 mutantでは野生株と同様にpsaAのmRNA量は強光下で十分に抑制されていた。したがって、0205-79 mutantではpmgA mutantと異なりPsaABの翻訳あるいは翻訳後調節に欠損があると考えられる。 光化学系量比の調節は長時間の強光下の生育に重要である 0205-79 mutantは強光移行後24時間では光化学系Iの量が多いため野生株と比較してやや生育がよかったが、48時間後、72時間後では生育阻害が見られた。 sll1961遺伝子の破壊によって光化学系量比の調節が欠損する 0205-79 mutantではsll1961のORF内に抗生物質耐性カセットが挿入されていた。また、新たにsll1961 mutantを作製し、低温蛍光スペクトル測定により強光下における光化学系量比調節を調べた。新しいsll1961 mutantは0205-79 mutantと同様の表現型を示した。これらの結果から、sll1961遺伝子が強光下の光化学系量比調節に関与していることが明らかになった。 DNAマイクロアレイによってSll1961の下流因子を探索した Sll1961は転写調節因子と相同性があり、Sll1961は下流因子を転写調節していると考えられる。そこで、DNAマイクロアレイ解析で下流因子を調べたところ弱光培養条件では0205-79 mutantと野生株の間で発現に差がある遺伝子は認められなかった。一方、強光移行後3時間では、0205-79mutantで野性株と比較しsll1773の発現が誘導され、slr0364、slr2057、slr2076の発現が抑制されていた。sll1773はpirin-like protein、slr0364はunknown protein、slr2057はwater channel protein、slr2076は60-kD chaperoninをコードしている。 強光下でslr0364 mutantは光化学系量比調節に部分的な欠損がある slr0364の発現は強光下で誘導されることが報告されていたので、slr0364に注目し、slr0364の破壊株を作成し強光下における光化学系量比を調べた。F695/F725は細胞を弱光から強光へ移行すると0.4から0.7まで増加した。この結果から、slr0364 mutantでは強光下の光化学系量比調節に部分的な欠損があることが明らかになった。 結論 強光下での光化学系量比調節に関与する新たな因子Sll1961を明らかにし、その下流でSlr0364が働いている可能性を示した。今後Sll1961の解析を進めることにより、強光下で光化学系Iを減少させるメカニズムにおけるPsaAB量の翻訳あるいは翻訳後調節の役割を明らかにできると考えている。 光アンテナから2つの光化学系へのエネルギー分配のメカニズムの解析 シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803の光アンテナであるフィコビリソームから2つの光化学系(光化学系Iと光化学系II)へのエネルギー分配は、環境中の光強度の変化に応答して適切に調節されている。弱光下では、フィコビリソームで吸収された光エネルギーは主に光化学系IIへ伝達されるのに対して、強光下では光化学系IIだけでなく光化学系Iにも伝達される。これまで、このエネルギー伝達に関して、光アンテナであるフィコビリソーム側のコンポーネントに関しては研究が進められてきたが、光化学系側については全く解析がなされなかった。 強光下でPsaK2サブユニットが光化学系I複合体内へ組み込まれる 強光下では、光化学系Iのサブユニットをコードするほとんどの遺伝子の発現が抑制されるのに対して、psaK2遺伝子の発現は誘導されている、という報告から、光化学系IサブユニットPsaK2に着目した。まず、強光下における光化学系I複合体中のPsaK2サブユニット量を調べた。弱光条件もしくは強光条件で培養した細胞から、ショ糖密度勾配遠心と非変性ゲル電気泳動を行って光化学系I複合体を精製し、SDSゲル電気泳動によりサブユニット組成を調べた。弱光下ではPsaK1量が多く、PsaK2量は痕跡量しか認められなかったが、強光下ではPsaK2量が著しく増加していた(Fig.3)。 強光下でPsaK2はフィコビリソームから光化学系Iへのエネルギー伝達に関与している 強光下でのPsaK2の機能を調べるために、野生株と遺伝子破壊株(psaK1 mutant、psaK2 mutant)を弱光および強光下で24時間培養し、パルス変調蛍光法を用いて光合成を測定した。強光培養した野生株およびpsaK1 mutantではpsaK2 mutantよりも光合成電子伝達に利用される以外の原因による蛍光強度の低下を表すNonphotochemical quenching(qN)は高い値を示していた。弱光培養した株ではこの差は見られなかった。一方、他の光合成パラメーターについては弱光および強光において株間の違いは観察されなかった。シアノバクテリアではqNはフィコビリソームから光化学系Iへエネルギーが伝達されることによる蛍光強度の低下を表している。したがって、この結果は、強光下でPsaK2がフィコビリソームから光化学系Iへのエネルギー伝達に関与していることを示している。このことは、低温蛍光スペクトルの測定によっても確かめられた。 psaK2 mutantでは強光下における生育が阻害される 野生株、psaK1 mutantおよびpsaK2 mutantの培養液を培地にスポットし、弱光および強光下で生育を調べた。弱光下では、株間で大きな違いは見られなかったが、強光下ではpsaK2 mutantの著しい生育阻害が観察された。 結論 PsaK2は強光下で光化学系I複合体へ組み込まれ、フィコビリソームから光化学系Iへのエネルギー伝達を引き起こすことが明らかになった。また、このエネルギー伝達は、強光下における生育に必須である。 Fig.1 強光順応過程におけるF695/F725(光化学系II/光化配系I)の時間変化 ●野生株 ○0205-79(sll1961)mutant Fig.2 弱光および強光下における野生株および0205-79(sll1961)mutantのPsaASの量 Fig.3 弱光および強光下における光化学系I内のPsaK1とPsaK2の量 | |
審査要旨 | 本論文は2章からなり、第1章は光化学系複合体の量比調節について、第2章は光アンテナから2つの光化学系複合体へのエネルギー分配について、述べられている。これらの内容は、シアノバクテリアの強光応答メカニズムの解明に多大な貢献をしていると考えられる。 第1章の内容はPlant Physiologyに投稿し、すでに受理されている。第2章の内容はJournal of Biological Chemistryに投稿し、すでに受理されている。 なお、これらの論文については、論文提出者が主体となってほとんど全てを行っていて、第一著者になっている。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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