学位論文要旨



No 121616
著者(漢字) 松本,匠
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,タクミ
標題(和) テロメア特異的 non-LTR レトロトランスポゾンSART1のORF1タンパク質の機能解析
標題(洋) Functional Analysis of ORF1 Protein of Telomere-Specific Non-LTR Retrotransposon, SART1
報告番号 121616
報告番号 甲21616
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第198 番
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 松本,直樹
 東京大学 助教授 鈴木,匡
内容要旨 要旨を表示する

序論

近年、様々な生物のゲノムプロジェクトが完了し、高等生物のゲノムには膨大な数の"利己的遺伝子"が蓄積されている実態が明らかになりつつある。遺伝子領域は2%程度であるのに対して、約40%は逆転写を介して転移コピーを増やすレトロエレメントである。レトロエレメントとは逆転写を介して自らのコピーを増幅させる転移因子で、2つのグループに大別される。一つは細胞質で逆転写を行うLong Terminal Repeat(LTR)エレメントであり、その構造、細胞内の生活環はレトロウイルスに類似している。もう一つはほとんどの真核生物ゲノムに存在し、核内で逆転写を行うと考えられるnon-LTRレトロトランスポゾン(LINEとも呼ばれる)である。LINE転移はゲノムの改変・再編成に大きく寄与していることが示唆されているが、その転移機構には不明な点が多い。ほとんどのnon-LTRレトロトランスポゾンは2つのOpen Reading Frame(ORF)を持ち、ORF2には酵素ドメインをコードしているが、ORF1タンパク質の機能はほとんど分かっていない。

通常、non-LTRレトロトランスポゾンはランダムな場所に転移するが、カイコには(TTAGG)nというテロメア反復配列に特異的に転移するSART1(図1)というnon-LTRレトロトランスポゾンが存在する。カイコではテロメア反復配列を維持するテロメラーゼ活性が検出されないため、SART1が染色体末端に転移することによりテロメアの短小化を防いでいる可能性が考えられる。従来低頻度に起こるnon-LTRレトロトランスポゾンのランダムな転移の検出は困難だったが、SART1はテロメアにのみ転移するため、PCRによる転移検出システムが確立されている。そこで私は、SART1をモデルエレメントとして、これまでアプローチすることの難しかったORF1の機能を解析し、non-LTRレトロトランスポゾンの生活環の全容や、SART1のテロメア特異的転移機構の解明を目指すことにした。

SART1 ORF1タンパク質は核移行とテロメア結合を制御する

ORF1の機能を類推する目的でまず、SART1 ORF1タンパク質(ORF1p)が細胞内のどこに局在するかをGFPとの融合タンパク質を作成して調べた。その結果、ORF1タンパク質は核内にドット状に局在することが分かった。さらにこの核移行活性がORF1内のどの部位に存在するのかを調べたところ、N末領域を含むもののみが核へ局在した。N末領域には核移行シグナル様配列が確認できたため、この配列に変異を加えたところ核移行が起こらなくなった。

次に、このNLSがSART1の転移にどのような影響を及ぼすかを解析した。SART1を培養細胞に導入・発現させ、その転移をSART1の3'側とテロメア反復配列をプライマーとするPCRにより検出した。SART1のwild type(WT)では転移が検出されるのに対し、NLSに変異を入れたSART1ではほとんど転移しないことが分かった(図2,NLS-less)。NLSの無いSART1とWTのORF1pのみを同時に発現させると、相補され転移が復活した(NLS-less+ORF1p)。以上の結果から、SART1の転移にはORF1のN末に存在するNLSが必須であることが明らかになった。LINEにおいて転移の活性に直接関わるNLSを同定したのは初めてのことである。他にORF1pが核内への局在を示すと報告されるnon-LTRレトロトランスポゾンは現時点ではショウジョウバエのテロメア特異的UNEであるHeT-AとTARTだけである。カイコやショウジョウバエではテロメラーゼ活性が検出されないことから、NLSによるテロメア特異的なエレメントの活発な転移が、"宿主のテロメア長維持機構"と"利己的遺伝子の増幅"を共存させている可能性がある。

核内でSART1 ORF1pはなぜドット状に存在するのか?私はSART1がテロメア反復配列のみに転移するという事実から、そのORF1pがテロメアヘの局在を制御しているのではないかと考えた。この仮説を検証するため、ゲルシフトアッセイ法を用いて精製SART1 ORF1pとテロメア反復配列との結合実験を行った。その結果、SART1 ORF1pは二本鎖のテロメア反復配列に強力に結合することが分かった。また、競合剤として過剰に非テロメア反復配列、テロメア反復配列を加えたところ、テロメア反復配列を入れた場合のみ結合の阻害が確認された(図3)。以上の結果から、SART1 ORF1pはカイコテロメア反復配列に特異的に結合することが示された。

ORF1タンパク質は転移ユニットであるRNPを構築する

non-LTRレトロトランスポゾンの転移にはORF1p、ORF2p、自らのmRNAの3者が転移ユニットを構築すると推測されてきたが、ORF2pの発現が難しいなどの理由から、これまでその実体はほとんど分かっていなかった。そこで、タンパク質産生能力の高いバキュロウイルスを用いて、ORF1(His or HAタグ付加)、ORF2(HA タグ付加)、mRNAを細胞内で発現させ細胞内で複合体を再構成する実験を試みた。His-ORF1のみを発現し、Hisタグを用いて精製し密度勾配遠心法でその大きさを検定したところ、多量体を形成していることが確認できた(図4B ORF1pWT)。このORF1タンパク質同士の多量体化にはORF1C末の555-567a.a.が必須であった。次に、ORF1(Hisタグ)とHA-ORF2+3'UTR(HAタグ)を共発現させ、Hisタグで精製し、各タンパク質を抗タグ抗体で、SART1 RNAをRT-PCRで検出したところ、SART1 ORF1p、ORF2p、RNAは結合してRibonucleoprotein(RNP)複合体を形成していることが明らかとなった。このRNP複合体を、dNTP存在下でカイコテロメア反復配列を含むターゲットプラスミドと反応させると、in vitroでの転移が確認された。ORF1pとORF2p間の相互作用にはORF1p同士の多量体化に必須な領域を含む285-567a.a.が必要であった。SART1ORFタンパク質の結合に必須な555-567a.a.の二次構造は、レトロウイルスのカプシド多量体化ドメインであるMajor Homology Region(MHR)と類似していたため、同様の機構で結合している可能性がある。

SART1 ORF1のC末にはZinc finger motifの一種でレトロエレメントのみにしか見られないZinc knuckleが3つ存在する。他の多くのnon-LTRレトロトランスポゾンのORF1にも存在するが、機能は全く不明であった。そこで3つのmotifへそれぞれ変異を導入し、その転移活性を調べたところ、全てのZinc knuckleが転移に必須であった。上述した細胞内の再構成系で解析したところ、これらのmotifはORF1p-ORF1p、ORF1p-ORF2p相互作用のどちらにも関与していないことが分かった。RT-PCRにより精製複合体中のSART1 RNAを確認してみると、 Zinc knuckle変異体はRNP中にRNAを取り込んでいないことが明らかになった(図 4A H626P、H649A、H672A)。またWTの場合、SART1 RNAの複合体への取り込みは確認できるが、細胞中のribosomalタンパク質のrPL3 mRNAは検出できなかった(図 4A WT)。従って、ORF1のZinc knuckleはSART1 RNAの特異的な取り込みに関与することが示唆された。これらORFタンパク質、RNAとの相互作用に必須なC末領域を除去すると、密度勾配遠心法ではWTよりも低分子の分画に局在した(図 4B ORF1p ΔC末+ORF2/3')。以上の結果から、SART1 ORF1pはZinc knuckleを含むC末領域を用いてORF2p、自身のRNAとRNP複合体を形成することがnon-LTRレトロトランスポゾンで初めて示された。

結論

SART1をモデルとした本研究により、これまで不明だったORF1の機能と、細胞内におけるnon-LTRレトロトランスポゾンの挙動が明確となった(図5)。ORF1p同士は多量体化し、その結合にはC末領域555-567a.a.が必須であった。また、ORF1pとORF2pが結合することをnon-LTRレトロトランスポゾンでは初めて示し、それにはORF1p多量体化部位を含む中央領域285-567a.a.が必要であることを明らかにした。さらに、SART1はORF1pのZinc knuckleを用いてSART1 mRNAを取り込みRNP complexを形成し、in vitroでも転移可能な転移ユニットとなることを示した。加えて、また、SART1 ORF1のN末領域にはNLSが存在し、SART1の活発な転移を制御している可能性が示された。SART1 ORF1pは特異的にカイコテロメア反復配列に結合する能力を持ち、酵素ユニットのORF2pと鋳型となるmRNAを効率的に転移標的部位へ導いている可能性が示唆された。

図1. カイコテロメアとSART1の構造SART1はカイコテロメア反復配列である(TTAGG)nのみに転移する。一般的にnon-LTRレトロトランスポゾンは機能未知なORF1と、転移に直接関わる酵素ドメインをコードするORF2を持つ。多くのnon-LTRレトロトランスポゾンのORF1C末には3つのZinc knuckleが保存されている。

図2. ORF1のNLSがSART1の転移に及ぼす影響WTとNLS-less SART1を細胞に導入し、SART1の3'側とテロメア配列をプライマーとするPCRによって転移を観察した。WTでは活発な転移が見られる(矢頭)のに対し、NLS-lessではほとんど転移が見られなかった。また、WTのORF1のみを発現するベクターと、NLS-lessを共発現させるとその転移は復活した。

図3.ゲルシフトによるSART1 ORF1pとテロメア配列の結合実験精製したSART1 ORF1pとラベルしたカイコテロメア反復配列とを混ぜ、アガロースゲルで分離した。SART1 ORF1pはテロメア反復配列と結合した(左から2レーン目)。Competitorとして過剰量の非テロメア配列を加えた時は、結合はほとんど阻害されなかった(左)が、テロメア配列を加えた時(右)は結合が阻害された。

図4. SART1 RNP複合体の解析A.RT-PCRによる精製SART1複合体中のSART1 RNAの検出WTでは複合体にSART1 RNAが取り込まれるのに対し、Zinc knuckle変異体(H626P、H649A、H672A)ではRNAの取り込みが起こらなかった。B.グリセロール密度勾配遠心法を用いたSART1 RNP複合体の解析ORF1pだけでも多量体を形成する。RNP複合体形成に必要なC末を除去すると、低分子量の分画に局在する。

図5.想定されるSART1の挙動とORF1内の責任領域左にSART1 ORF1のFunctional map、右にSART1の細胞内の挙動を示した。(1)〜(3)は責任領域と対応したステップを表している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章はテロメア特異的non-LTR型レトロトランスポゾンSART1がどのようにして転移部位へ向かうのかについて、第2章はSART1がどのような複合体を形成して転移を行っているのかについて述べられている。

論文提出者は、第1章において、SART1の機能未知タンパク質ORF1がテロメアという特異的な標的への移動を担っていると考え、ORF1と緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質を発現させ、細胞内での局在を解析した。この融合タンパク質が核に局在したことから、ORF1には核への移行を制御する核移行シグナル(NLS)が存在することを想定した。さらに、ORF1タンパク質は核内にて特徴的なドット状となることから、このシグナルがSART1転移標的のテロメアであるという仮説も立てている。これを裏付けるように、細胞分裂期にこのドット状シグナルが染色体像と挙動を共にしていることを示している。提出者はまず、ORF1タンパク質の核移行がどの領域に担われているのかを様々な変異体を用いて調べている。その結果、ORF1のN末領域が核移行に必須であり、さらにこの領域に機能的なNLSを発見している。また発見されたNLSがSART1の転移に必須であることも示している。non-LTRレトロトランスポゾンにおいて初めてNLSを同定し、転移における影響を示した点は評価に値する。次に、ORF1タンパク質とテロメアとの相互作用を生化学的な実験により解析している。その結果、サウスウエスタンブロット、ゲルシフト法により、ORF1タンパク質はテロメア反復配列に特異的に結合することを示している。以前までnon-LTRレトロトランスポゾンの標的特異性はDNA切断酵素が担っていると考えられてきたが、この研究により他のドメインもそれに寄与しているという新たな知見が得られた点はこの分野の研究発展において大きな意義がある。

第2章では、SART1がどのような複合体を形成して転移をするのかについて解析した。SART1のORF1、ORF2、3'UTRを含む全長を細胞内で発現させ、ORF1タンパク質で精製した画分はin vitroで転移可能であることが確認されている。提出者はこの画分に酵素ドメインをコードするORF2タンパク質や逆転写の鋳型であるRNAが含まれると考え、それぞれウエスタンプロットやRT-PCRで検出に成功している。また、 ORF1タンパク質同士は多量体を形成することも証明している。さらにORF1-ORF1、ORF1-ORF2の相互作用にはORF1C末に存在するヘリックス-ターンーヘリックス構造が関与する可能性を示唆している。ORF1にはzinc finger motifの一種であるZinc Knuckleが3つ存在するが、本研究でそれらが全て転移に必須であることを示している。同時にこの構造はSART1のmRNAを特異的に転移複合体に取り込む際に必須であることを示しているが、SART1にはtransに発現させたORFタンパク質、鋳型mRNAが互いに認識し合い転移するという特徴的な性質があり、この現象の解明に大きく寄与したことは間違いない。これらSART1複合体形成に必要なドメインを除去すると複合体は全く形成されなくなることを密度勾配遠心法でも確認している。さらに、SART1複合体の形成は細胞内においてのみ形成され、独立に精製したORFタンパク質を混ぜ合わせただけでは形成されないことを示している。この結果は複合体形成に宿主因子が関与している可能性を示しており、大変興味深いものである。

non-LTRレトロトランスポゾンは高等真核生物ゲノムの大部分を占め、ゲノムの改変に寄与するなど生物学的に重要なエレメントにもかかわらず、レトロウイルスなどと比較して転移機構や生活環の解明が大きく遅れていたが、本論文は細胞内でどのような複合体が形成されるかを明らかにした点と、形成された複合体がどのように転移部位へ向かうのかについて新たな知見を与えた点が高く評価される。また、同時に未知であったnon-LTRレトロトランスポゾンのORF1の機能の多くが明らかとなった。予備的なデータとして、SART1のORF1タンパク質はDNA鎖のアニーリングを促進する核酸シャペロン活性が存在することを確認している。本論文の結果から、non-LTRレトロトランスポゾン独自の転移機構とそれに付随するゲノム進化の全容解明につながることが期待される。

なお、本論文の内容は藤原晴彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験・解析を行ったもので、論文提出者の貢献が充分であったと判断する。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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