学位論文要旨



No 121618
著者(漢字) 梅影,創
著者(英字)
著者(カナ) ウメカゲ,ソウ
標題(和) 大腸菌蛋白質合成過程におけるリボソーム再生機構の解明
標題(洋)
報告番号 121618
報告番号 甲21618
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第200 番
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 助教授 鈴木,穣
内容要旨 要旨を表示する

序論

原核生物における蛋白質生合成システム(翻訳)は、開始、伸長、終結、リサイクリングの4つの反応から構成される。生体内では、一つのmRNA上にいくつものリボソームが連続して翻訳しているため、翻訳過程が終結したリボソームのmRNA上からの解離は、スムーズな翻訳サイクルを保障する。また、原核生物においては、一つのmRNA上に複数の遺伝子が連続してコードされている場合が多く、上流遺伝子の翻訳終結とその直下の遺伝子の開始反応は連動していると考えられており、リサイクリング過程はスムーズな翻訳サイクルを保障すると同時に、下流遺伝子の翻訳制御を担う重要な過程であると考えられている。

ポリペプチド鎖の伸長とそれに続く加水分解(終結反応)の後のリボソーム複合体、すなわちPサイトにdeacylated tRNAが位置し、ストップコドンがAサイト上に位置するポスト終結複合体(PTC)がリサイクリング過程の出発点となる。このポスト終結複合体の解体には、リボソーム再生因子(RRF)とelongation factor G (EF-G)によるGTP加水分解が必須であると知られている。RRFはPTCのA/Pサイト近傍に結合し、EF-Gと協同的にリボソームをmRNA上から放す役割を持つが、詳細な反応機構については十分に把握されていない。また、リボソームのmRNAからの解離様式に関しても、1)70Sとして解離する、 2)サブユニットとして解離するがただちに再会合して70Sとなる、3)50SのみがmRNA上から解離し、30SはmRNA上に結合したままである、の3つの説が存在している状態である。このような相違が生じた原因としては、材料調製法すなわちPTCの調製法に違いがあるためである。PTCは非常に不安定であるため、ポリペプチド鎖が加水分解される寸前の終結複合体(TC)を調製する必要があるが、終結因子(RF)の存在下ではTCは速やかにPTCになるために、生体内から、あるいは従来の菌体抽出液由来の生体外蛋白質合成系をもちいてTCを調達することは原理的に困難(RFやヌクレアーゼの排除が不可能)であることに起因する。したがって、詳細なメカニズムを解明するためには、新たな手法を確立することが必要となる。

本研究では、RFの含まないRF-free systemを確立し、単一なナチュラルmRNAを有するTCを調製することに成功した。これによって得られたTCを用いてリボソームのリサイクリング過程を段階を追って観察することに成功した。

終結因子を含まない生体外タンパク質合成系(RF-free system)の確立

当研究室で開発された、必須因子のみから構成される生体外蛋白質合成系であるPURESYSTEMを改良することを行った。通常のリボソーム調製法では終結因子が付着した状態で得られるため、この調製法を検討し終結因子や他の翻訳因子の含まないリボソーム調製法を確立した。RFを含まないリボソームを使うことでRF-free systemが確立された。この系では、翻訳が1ラウンドでストップしている、つまりリボソームがmRNA上にストールしているが、新たにRFを添加することによって終結、リサイクリングが起こりマルチラウンドの翻訳の回復が見られた。このことから、このRF-freeシステムではリボソームはストップコドン上でしっかりストールした状態、すなわち終結複合体(TC)を形成していることが示された(図1-1レーン5)。また、このシステムによって翻訳した後、ショ糖密度勾配遠心(SDG)することで反応系の翻訳因子などを除き、TCを含むdisome画分(1つのmRNAに対してリボソームが2個結合しており、内1つがTC)を回収した。得られたTCは、mRNAとリボソームが除かれているPURESYSTEMにおいて、TC由来のmRNAから翻訳産物が合成されたことから、不活化されることなくTCが回収されていることを確認した(図1-2)。

サイクリング過程の解析

終結複合体(TC)に終結反応に必要なRF2とRF3を添加させポスト終結複合体(PTC)にし、RRFとEF-Gなどの因子を加え、SDGすることで、リボソームの解離に必須な因子を検討したところ、RRFとEF-Gが必須であるのに対して、IF3は必要ではないことが明らかとなった(図2-1)。リボソームの解離にはEF-GによるGTP加水分解が必須であることを確認するとともに、チオストレプトンがリサイクリング過程を阻害する要因はこれまでの推定とは異なり、EF-GのPTCへの結合を阻害することが原因であることを支持する結果を得た。また、反応時間と共に70S画分は上昇するが、サブユニット画分の変化は見られないことから、50Sのみが解離するというモデルを支持しない結果となった。リサイクリングで70Sとして解離した後、IF3によってサブユニット化され、開始反応へリボソームがリサイクルされるというモデルが存在するが、PURESYSTEM上でのIF3の最適量(図2-2)や生体内での存在量を考慮すると、IF3によるサブユニット化は殆ど起こらないことが示された。したがって、70Sのまま開始反応へリサイクルされることが示唆された。

リボソームの解離様式

PTCからリボソームは70Sで解離するという仮説と、サブユニットとして解離後ただちに再会合し70Sを形成するという仮説に決着をつけるため、50Sサブユニットにヒスチジンタグでラベルしたものをリサイクリング過程に共存させ、70S画分への取り込みを調べた。その結果、70Sリボソームはそれ自体、翻訳因子非依存的にサブユニット交換が起こるものの、リサイクリング過程では70Sとして解離することが確実なものとなった(図3)。

結論

翻訳終結後、リボソームのmRNA上からの解離はRRFとEF-GによるGTP加水分解が必要である。リボソームはサブユニット化することなく70SフォームのままmRNAから解離する。IF3は、解離したリボソームに残っているtRNAの排除を行うことで、新たな翻訳過程へのリサイクルを保障する側面も有する。解離したフリーな状態の70Sリボソームは、それ自身が翻訳因子非依存的にサブユニット交換を起こし、IF3非依存的な開始反応の可能性が示唆された。これまで、翻訳の開始は、IF3によるサブユニット化が必須なステップであるとされていたが、サブユニット化することなく、開始反応へリボソームがリサイクルされる、つまり終結から開始へはリボソームは殆ど70Sとしてリサイクルされることが示唆された。以上の発見は、これまでの翻訳過程に関する教科書のモデルを刷新するモデル(図4)であると確信している。また、今回のリサイクリング過程はモノシストロニックなmRNAの場合であるが、ポリシストロニックなmRNAの場合のリサイクリング過程や終結反応と下流遺伝子の開始反応がオーバーラップしたトランスレーショナルカップリング機構解明の足がかりとなることが期待される。

図1-1 RF-free systemレーン1,2はこれまでの調製法のリボソームであり、3,4,5は新たな調製法によるRF-free リボソームを使用している。レーン4では翻訳過程は1ラウンドであることを示している。レーン5ではレーン4と同条件で反応させた後、新たにRFを加え翻訳を続けたもの。

図1-2 得られたTCはアクティブであるSDGによって単離されたTCをサボソームとmRNAを除いたPURESYSTEMに投入し、反応させたもの。TCが確かにTCであり活性を持つならTC由来のリボソームによってTC由来のmRNAが翻訳に使われる。

図2-1 disome break downassaydisomeと翻訳因子を作用させた後、SDGしたもの。各反応条件はクロマトグラム上部に記載。RRFとEF-Gによって70Sとして解離するが、そのサブユニット化には多量のIF3が必要。

図2-2 IF3の添加効果IF3は添加しなくても翻訳が可能である。リボソーム1に対してIF3が1ないし2の時の合成量が最も高いIF3の量が過剰であると翻訳阻害が生じる。

図3 サブユニット交換実験ヒスチジンタグは50SサブユニットのL18についている。いずれもSDG後に70S画分のL18に対するウエスタンプロットを行ったもの。a) 因子依存的にサブユニット交換が起こらないことを示す。b) disome break down assayにタグ付50Sを加えて実験したもの。レーン1,2は自発的サブユニット交換(aと同様の実験)を示し、レーン3はTCのみ、レーン4はTCとタグ付 50Sを反応させたもの、レーン5,6はコントロールを示す。

図4 リボソームリサイクリングモデルTC,PTC & 1Cはそれぞれ終結複合体、ポスト終結複合体、開始複合体を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は1章からなり、大腸菌蛋白質合成系システムにおける第四番目の反応段階である、リサイクリング過程について述べられている。従来の研究手法では、ホモジニアスな終結複合体の調製が困難であるため、新規な生体外蛋白質合成法を新たに開発し、その調製を可能にした。生化学的な手法を用いることで、翻訳終了後のリボソームはmRNA上から、RRFとEF-Gによって因子依存的に解離することを示した。さらに、リボソームの解離様式には3説存在するが、新規な実験手法を開発することで、リボソームはサブユニット化することなく70SのままmRNAから解離することを明らかにした。また、これまで提唱されているモデルでは、開始反応にはIF3による因子依存的なサブユニット化が必要であるとされていたが、その可能性を否定し、開始反応においては必須な因子であるが、サブユニット化への寄与は殆んど無いことを示した。

なお、本論文は、上田卓也、清水義宏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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