学位論文要旨



No 121619
著者(漢字) 加藤,有希子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユキコ
標題(和) 2'-デオキシリボヌクレオシド 5'-ホスファイトをモノマーユニットとする新規DNA合成法の開発
標題(洋)
報告番号 121619
報告番号 甲21619
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第201 番
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 助教授 津本,浩平
内容要旨 要旨を表示する

緒言

DNAオリゴマーやその誘導体は、PCRのプライマーや遺伝子変異導入などに日常的に使用されており、現在の生化学において必要不可欠な材料となっている。現在のDNAの化学合成では、オリゴマーの伸長方向である5'-水酸基をジメトキシトリチル基で保護し、3'位に反応性の高いP(III)原子を有する2'-デオキシリボヌクレオシドを用いる方法が主流となっている。

本研究では、2'-デオキシリボヌクレオシドの5'位に、保護基とP(III)原子を同時に有するホスファイトを新しいモノマーユニットとしてデザインし、DNAオリゴマー合成に用いることを検討した。

2'-デオキシリボヌクレオシドの5'-水酸基を選択的にホスフィチル化できれば、保護基とP(III)原子を同時にヌクレオシドに導入でき、一段階でモノマーユニットを合成できるものと考えた。

一方、本法の合成サイクル(Scheme 2)では、延長鎖の末端のホスファイトをH-ホスホネートモノエステルへと変換する新規反応の開発が必要である。

本研究では、モノマーユニット合成反応並びにホスファイトの脱保護反応の開発を行ない、これらを用いて固相法でオリゴマー合成を行なった。

第一級水酸基選択的ホスフィチル化反応の開発

従来のDNA合成法に用いられるモノマーユニットは、2'-デオキシリボヌクレオシドの位置及び官能基選択的な変換が困難であるため、適切な保護・脱保護の過程が必要であり、数段階の反応工程を必要としている。本法では、嵩高い置換基を有するホスフィチル化剤を用いて、2'-デオキシリボヌクレオシドの5'-水酸基を位置及び官能基選択的にホスフィチル化する反応を開発し、塩基部位無保護のモノマーユニットを合成する手法を考案した。はじめに、種々の置換基を有するホスフィチル化剤を合成し、酸性活性化剤であるビリジン塩酸塩の存在下、チミジンに対してビリジン中でホスフィチル化を行い、31P NMRによって反応の選択性を評価した(Scheme 3,Table 1)。

ホスフィチル化剤の合成の簡便さや目的物の分離精製の容易さを考慮して、ホスフィチル化剤としてジ(t-ブチル)N,N-ジエチルホスホロアミダイトを用いることにした。

次に、塩基部位の副反応がないチミジンを用いて位置選択的反応の検討を行なったところ、ホスフィチル化剤の当量が増加しても、3'-体の生成比は増加しないが、5',3'-ジホスファイトの生成比が増加することがわかった(Table 2)。

次に、他の塩基を有する2'-デオキシリボヌクレオシドを用いてホスフィチル化を行なったところ、2'-デオキシグアノシン、2'-デオキシシチジンは、ビリジンに対する溶解度が低く、溶媒に溶解した少量の基質に対して大過剰のホスフィチル化剤が反応したため、5',3'-ジホスファイトが主に生成した。しかし、塩基部位の環外アミノ基にはホスフィチル化は起こらなかった。そこで、シトシン塩基とグアニン塩基のアミノ基にジメトキシトリチル基(DMTr基)を導入することで溶解度を向上させたところ、選択性が飛躍的に向上した。これらの実験結果から、反応の選択性は、基質の溶解度が十分にあれば極めて高く、また、反応の選択性はモル比に依存することがわかった。

以上の結果から、2'-デオキシシチジン及び2'-デオキシグアノシンに関しては、基質を完全に溶解する溶媒を用いることで、位置選択的反応を実現できるものと考えて、種々の溶媒を検討した。その結果、N-メチルピロリドン(NMP)とビリジンの混合溶媒を用いることで選択的に5'-水酸基をホスフィチル化することができた(Table 3)。

脱保護条件の検討

次に、2'-デオキシリボヌクレオシド5'-ホスファイトの保護基の除去条件を検討した。

本法では、オリゴマーの合成サイクルでオリゴマーの末端をホスファイトからH-ホスホネートモノエステルへ変換することが必要となるが、このような反応はこれまでに知られていない。しかし、モノマーユニットの保護基として用いているt-ブチル基は最も単純な第3級アルキル基であり、酸性条件下El脱離によって除去できるものと考えた(Scheme 4)。

まずはじめに、塩基部位無保護DNAオリゴマー合成で5'-末端のジメトキシトリチル基を除去する条件として一般的に用いられるジクロロメタン中、1%トリフルオロ酢酸によって保護基の除去を試みた。1段階目は5分以内に迅速に進行したが、2段階目の反応の完了までには2時間と長時間を要した。従って、この条件は迅速なオリゴマー合成には適さないと考えた。

そこで、アセトニトリル中でトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート(IMSOTf)を用いて保護基の除去を試みたところ、各ステップ5分以内に定量的に反応が進行することが、31P NMRによって確認された。しかし、2'-デオキシアデノシンの誘導体を用いて脱保護反応を行なったところ、系中に発生するトリフルオロメタンスルホン酸によってアデニン塩基が脱離するデプリネーションが起こった(Scheme 5)。

そこで、デプリネーションが起こらないと報告されているZnBr2を用いて脱保護反応を行なったところ、5分以内に反応が終結することがわかった。本反応は迅速かつ定量的に進行し、塩基部位への副反応は観測されなかった(Scheme 6)。

以上の結果から、ZnBr2を用いた固相法によるオリゴマー合成が可能と考えた。

固相法の検討

サクシニルリンカーを介して高架橋ポリスチレンに担持したチミジンに対して、アンモニウムt-ブチルホスホネートを用いてホスホニル化を行ない、ZnBr2を用いて伸長鎖の末端をH-ホスホネートモノエステルへと誘導した。その後、モノマーユットとの縮合とZnBr2による脱保護を繰り返すことでオリゴマー合成を行なった。逆相HPLCによる分析の結果、チミジル酸4量体が良好な収率で生成していることがわかった。

結論

本研究では、嵩高い置換基を有するホスフィチル化剤を用いて、2'-デオキシリボヌクレオシドの第一級水酸基を84%以上の高選択性でホスフィチル化する新しい手法を開発した。また、ホスファイトに導入した保護基であるt-ブチル基を、ZnBr2を用いて迅速かつ定量的に脱保護する反応を初めて開発した。これらの反応を用いて、固相法によってチミジル酸4量体を良好な収率で合成することができた。本法で得たDNAは、塩基部位無保護H-ホスホネートDNAオリゴマーを中間体として合成している。塩基部位無保護H-ホスホネートDNAオリゴマーは、塩基性条件下不安定な種々のリン原子修飾型DNAの中間体として有用であり、本法はこれらDNA類縁体の新規合成法として期待される。

Figure 1. Structures of monomer uints.

Scheme 1. Synthesis of monomer uints.

Scheme 2. Chain elongation cycle for the present method.

Scheme 3. 5'-O-Selective psphitylation of 2'-deoxyribonucleosides.

Table 1. Phosphitylation of thymidine by various phosphitylating reagents.

Table 2. Phosphitylation of thymidine by di(t-buty1)N,N-diethylphosphoramidite in C5D5N-C5H5N(1:4,v/v)

Table 3. Chemo- and regioselective phosphitylation of 2'-deoxyribonucleosides.

Scheme 4. Deprotection of a phosphite into an H-phosphonate monoester.

Scheme 5. Deprotection of a phosphite by TMSOTf

Scheme 6. Removal of t-Bu groups introduced to a phosphite by ZnBr2.

Scheme 7. Solid-phase synthesis of DNA oligomers.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、2'-デオキシリボヌクレオシド 5'-ホスファイトをDNA合成の新しいモノマーユニットとしてデザインし、このモノマーユニットを用いてDNAオリゴマーを合成するための新規反応を見出し、これらを用いた固相法によるDNAオリゴマーの合成法の開発に関する研究について述べたものであり、4章より構成されている。

第1章は序論であり、まず既存のDNA合成法に用いられているモノマーユニットのデザイン及び合成法とDNAオリゴマー合成について述べ、引き続いて本研究で用いるモノマーユニットのデザイン及びDNAオリゴマー合成の手法と必要となる新規反応について述べることで本研究の目的と意義を述べている。

第2章では、モノマーユニットとしてデザインした塩基部位無保護の2'-デオキシリボヌクレオシド 5'-ホスファイトの合成法として考案した、2'-デオキシリボヌクレオシドの位置及び官能基選択的ホスフィチル化反応について検討した結果について述べている。まず、2'-デオキシリボヌクレオシドの位置及び官能基選択的反応を行なうために、種々の嵩高い置換基を有するホスフィチル化剤をデザインし、合成した。次に、これらのホスフィチル化剤を、塩基部位に保護基を必要としないチミジンと反応させて置換基の位置選択的反応に及ぼす影響について検討した結果、嵩高い置換基を導入したホスフィチル化剤を用いることで高い位置選択性が発現することを見出した。次に、チミジンで最適化した条件を用いて、その他の2'-デオキシリボヌクレオシドの位置及び官能基選択的ホスフィチル化反応を行なった結果、嵩高い置換基を導入したホスフィチル化剤を用いることで位置選択的かつ官能基選択的な反応が進行することに成功している。

第3章では、デザイン・合成したモノマーユニットを用いてDNAオリゴマーを合成する上で必要となる、ホスファイトからH-ホスホネートモノエステルへの迅速かつ定量的な脱保護反応の開発について述べている。核酸合成へ適用可能でかつ反応速度が速いという制約条件を考慮し、種々の反応を試みた結果、ニトロメタン中で臭化亜鉛を用いることでこれらの条件を満たす新規反応が進行することを見出している。

第4章では、第2章で合成したモノマーユニットと第3章で開発した脱保護反応を用いた、固相法によるDNAオリゴマー合成について述べている。本法ではモノマーユニットの塩基部位が無保護であり、縮合反応中に塩基部位が副反応する可能性があるが、塩基部位のアミノ基よりもモノマーユニットの3'-水酸基の縮合反応が迅速に進行する特性を利用して水酸基選択的に縮合を行なうことで、塩基部位無保護でDNAオリゴマー合成ができる可能性をd(ApT)2量体の合成を行なうことで示している。さらに、チミジル酸4量体を高純度で合成し、長鎖DNAオリゴマーの合成への適用可能性について示している。

第5章は本論文の総括であり、考案した新規DNAオリゴマー合成法の特徴と有用性を述べるとともに、本研究で開発した素反応の新しい核酸医薬合成への展開などの将来展望について述べている。

以上のように、4種類の核酸塩基を含む2'-デオキシリボヌクレオシド 5'-ホスファイトの化学的合成法とホスファイトの新規脱保護反応を確立し、これらが固相法によるDNAオリゴマーの合成に応用できることを明らかにしている。これらの成果は、有機合成化学、核酸化学、医学、薬学など諸分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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