学位論文要旨



No 121621
著者(漢字) 渡部,美紀
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ミキ
標題(和) 高度耐熱性DNAメチル化酵素M.PabIの発現と機能解析
標題(洋) Expression and Characterization of Hyperthermophilic DNA methyltransferase M.PabI
報告番号 121621
報告番号 甲21621
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第203号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 客員教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 伊藤,耕一
 東京大学 助教授 田口,英樹
内容要旨 要旨を表示する

序論

DNAメチル化酵素とその役割:

DNAのメチル化は、DNA修復・複製、遺伝子発現の制御、そして外来DNAに対する区別といった生物学的過程に関与する重要な要素である。このDNAメチル化反応を行う酵素がDNAメチル化酵素である。DNAメチル化酵素は、S-アデノシルメチオニン(AdoMet)をメチル基供与体として、基質DNAの塩基に対しメチル基転移反応を行う。

DNAメチル化酵素多くは、3種の反応生成物、シトシン5位のメチル化(m5C)、シトシン4位のNのメチル化(m4C)、そしてアデニン6位のNのメチル化(m6A)のいずれかを生じる。このうちm4Cとm6Aを与えるメチル化酵素では、アミノ酸の配列において9つのモチーフ(活性サイト、AdoMet結合領域)が保存されており、それらとTRD(target recognition domain)の並び方をもとに、主にαβ,γのグループに分類される。

RMシステムにおけるDNA修飾酵素:

多くの原核生物におけるDNAメチル化酵素は、制限修飾システム(RMシステム)を構成している。この制限修飾システムはType I, Type II, Type III等に分類されている。このうち、II型の制限酵素は、特定の短い認識配列を認識してDNAの2重鎖切断を起こす。その認識配列をメチル化によって制限酵素による切断から保護するのが修飾酵素である。ほとんどの場合、その遺伝子(m)にパートナーとなる制限酵素の遺伝子(r)が隣接している。これら制限修飾系は侵入DNAを攻撃するための細胞防御の道具と考えられてきた。ところが、私たちの研究室は、制限修飾遺伝子がウイルスゲノムやトランスポゾンのような「利己的な動く遺伝子」単位としてふるまう場合がある事を明らかにしてきた。

比較ゲノムによって見つけられたPyrococcusゲノムの制限修飾システム:

これまでに、「利己的な動く遺伝子」単位としてふるまうRMシステムの可動性に関する証拠が、Pyrococcusの解析からも得られている。

Pyrococcus属は、およそ100℃の深海熱水孔に生息する超好熱古細菌である。このような超好熱菌由来の耐熱性タンパク質は、生理学、酵素学およびバイオテクノロジーへといった分野への応用が期待されるものである。全ゲノム配列が明らかとなったPyrococcus abyssiとPyrococcus horikoshiiのゲノム比較において、大きなゲノム多型が制限修飾遺伝子と連鎖している例が示された(Chinen et al. Gene 2000)。

更に、P.abyssiゲノム中において、ゲノム多型に関与する制限修飾系らしいORF群が見つかり、そのうちPAB0105遺伝子が、制限酵素活性を持つことが報告された(Ishikawa et al. Nucleic. Acids Res. 2005)。しかし、制限酵素遺伝子PAB0105と隣接するPAB2246遺伝子が、DNA修飾酵素として、その酵素活性を示すか否かについての報告は成されておらず、P.abyssiゲノム中の、ゲノム多型に関与する制限修飾系として成立するかどうかは明らかではない。そこで本研究では、このDNA修飾酵素をコードすると推定されている遺伝子に注目し、その産物の発現と精製を行い、それが修飾酵素である証拠を得、その反応の詳細な生化学的解析をおこなった。

結果

BLASTP検索の結果、Related Structureとして、Thermus aquaticus YTI由来DNA修飾酵素であるM.TaqIが得られた。更に、ゲノムにコードされる全タンパク質の配列データを解析したデータベースGTOP (GTOP:http://spock.genes.nig.ac.jp/%7Egenome/gtop.html)においても、M.PabIは、M.TaqIと立体構造上、最も高い相同性を示した。

更に、DNA修飾酵素によく保存されている9つのモチーフの並び方から、M.TaqIはgroup γに分類されている。M.PabIにおいても、これら9つのモチーフはよく保存されていた。従ってM.PabIはDNA修飾酵素の中でgroup γに分類されることが明らかとなった。

また、M.PabIのN端228アミノ酸(メチル化活性に関与する9つのモチーフを含む領域)に対する、BLASTPサーチの結果、幾つかのTypeII DNA修飾酵素の他に、TypeI制限酵素のMサブユニットがヒットした。同様にM.PabIのC端210アミノ酸(TRDドメイン領域)に対し検討した結果、TypeI RMシステムにおいて、塩基認識に関与するSサブユニットがヒットした。このようなM.PabIのアミノ酸配列の特徴から、M.PabIをコードする遺伝子(PAB2246)が、TypeI RMシステムと進化的に近い可能性が示唆された。

M.PabIを大腸菌系(pETシステム)でHisタグをつけて大量発現させた。ソニケーションによる細胞破砕後、Ni-NTA,Heparinのアフィニティーカラムにかけ、Thrombinでタグを切り、Benzamidineカラムをとおすことで、thrombinを取り除き、およそ90%の純度でM.PabIを得ることができた。

精製されたM.PabIを用い、その認識配列及びメチル化される塩基を同定した。M.PabIの認識配列は、その隣接する制限酵素PabIと同じ認識配列(5'-GTAC-3')が期待された。そこで、M.PabIの認識配列を決定するために、同位体ラベルされたS-アデノシルメチオニン(14C-AdoMet)を用いて、この認識配列を持つオリゴDNA基質と持たないものに対し、メチル化活性の検出を試みた。その結果、前者にのみメチル化活性を示した。このことからM.PabIの認識配列は5'-GTAC-3'であると結論した。

更にM.PabIによってメチル化される塩基を同定するために、ラベルされたメチル化産物の加水分解によって得られる塩基について薄層クロマトグラフィー(TLC)を行った。アデニンDNA修飾酵素が示す移動度(Rf値)と同じ値を示した。従って、M.PabIはアデニン6位のNの修飾酵素であることが明らかとなった。

超好熱菌由来M.PabIのメチル化の至適条件(温度、pH、塩濃度)を検討した。その結果、M.PabIの至適条件は、温度65〜95℃,pH5.8〜6.7,塩濃度200〜500mMであることが明らかとなった。更に、M.PabIに対する二価カチオンの効果について検討した。M.PabIに対し、亜鉛が阻害効果を示した。

超好熱菌由来M.PabIが持つ耐熱性について検討した。酵素反応前に、あらかじめM.PabIを温度75, 85, 95度で保温し、それぞれの温度における活性を75度における時間変化で測定した。その結果、M.PabIの耐熱性の半減期は95℃: 9 min,85℃: 19 min,75℃: 38 minであることが明らかとなった。

温度75℃におけるM.PabIの分子活性(Kcat),KmDNA,KmAdoMetを求めた。その結果、Kcat=0.041sec-1,KmDNA=159 nM,KmAdoMet=1.28 μMであることが明らかとなった。

更に、37〜85℃におけるM.PabIのメチル化反応の速度定数を求め、アレニウスプロットを行った。その結果、この温度範囲におけるアレニウスプロットは直線的に変化したことから、この温度変化においてM.PabIは大きなコンフォメーション変化を伴わずにメチル化反応を行っていることが示唆された。また、75℃における熱力学的パラメーターを求め、高温におけるM.PabIによるメチル化反応が熱力学的にも安定な反応であることが示唆された。

考察

今回解析を行ったDNA修飾酵素M.PabIは、これまで報告されているDNA修飾酵素の中で最も耐熱性を示す酵素である。好熱菌由来で扱いやすいという点からDNAメチル化反応機構を詳細に解明及び、タンパク質工学といった分野への応用も可能であると思われる。また、古細菌ゲノムDNAとの相互作用の機構の解析にも適している。

Fig. 1 DNA修飾酵素によるメチル化反応

Fig. 2. メチル化の温度依存性

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、超好熱古細菌由来DNA修飾酵素の生化学的解析について述べられている。

様々な生物学的過程に関与するDNAメチル化酵素は、S-アデノシルメチオニン(AdoMet)をメチル基供与体として、基質DNAの塩基シトシンの5位、シトシン4位のNあるいはアデニン6位のNにメチル基転移反応を行う。多くの原核生物におけるDNAメチル化酵素は、制限修飾系の修飾酵素であり、その遺伝子に制限酵素の遺伝子が隣接している。それらは対となる制限酵素の認識配列をメチル化して、制限酵素による切断から保護する。制限修飾系は侵入DNAを攻撃するための細胞防御の道具と考えられてきた。ところが、申請者の研究室は、制限修飾遺伝子が「利己的な動く遺伝子」としてふるまう事を明らかにしてきた。

申請者の研究室は、100℃の深海熱水噴出孔に生息する超好熱古細菌であるPyrococcus属の二つの種P.abyssiとP.horikoshiiの全ゲノム配列比較によって、制限修飾遺伝子らしいDNAがその一方(P.abyssi)へ挿入していることを発見し、その遺伝子の一つが、制限酵素活性を持つことを示した。しかし、隣接するPAB2246遺伝子産物が修飾酵素か否かは不明だった。そこで申請者は、本研究で、この遺伝子産物の発現と精製を行い、それが修飾酵素である証拠を得、その反応の生化学的解析をおこなった。

ホモロジーサーチの結果、Related Structureとして、好熱菌Thermus aquaticus由来のM.TaqI(II型修飾酵素)が得られた。更に、GTOPにおいても、M.PabIは、構造既知のタンパク質のうちではM.TaqIと最も高い類似性を示した。更に、保存されたメチル化に関係する9つのモチーフの並び方からM.PabIはM.TaqI同様groupγに分類された。

また、BLASTPの結果、M.PabIのN端側の半分(9つのモチーフを含む領域)には、幾つかのII型修飾酵素の他に、I型制限酵素のMサブユニットとの高い類似性が検出された。同様にM.PabIのC端側の半分(標的配列認識領域)には、TypeI制限酵素の塩基配列認識(S)サブユニットとの高い類似性が検出された。M.PabIがI型制限修飾酵系と進化的に近い可能性が示唆された。

M.PabIを、大腸菌系(pETシステム)でHisタグをつけて大量発現させた。Ni-NTA,Heparinのアフィニティーカラムを通し、Thrombinでタグを切り、Benzamidineカラムで、thrombinを取り除き、およそ90%の純度でM.PabIを得た。

精製されたM.PabIを用い、その認識配列及びメチル化される塩基を同定した。M.PabIの認識配列は、その隣接する制限酵素PabIと同じ(5'-GTAC-3')であることが予想された。この予想と一致して、14C-AdoMetによるメチル化は、この配列を持つオリゴDNAでは起きたが、別の持たないものでは起きなかった。ラベルされたメチル化DNAの加水分解によって得られる塩基を、薄層クロマトグラフィーで分離したところ、アデニン6位のNのメチル化産物と同じ移動度を示した。

M.PabIによるメチル化の至適条件は、温度65〜95℃,pH5.8〜6.7,塩濃度200〜500mMであった。二価カチオンの中では、亜鉛が阻害効果を示した。

M.PabIは高度の耐熱性をしめした。酵素反応前に、あらかじめM.PabIを温度75,85,95度で保温してから、75℃で活性を測定した。その結果、M.PabIの活性の半減期は95℃:9 min,85℃:19 min,75℃:38 minであることが明らかとなった。これまで報告されているDNA修飾酵素の中で最も耐熱性を示す酵素と考えられる。

温度75℃におけるM.PabIの分子活性(Kcat),KmDNA,KmAdoMetを求めた。その結果、Kcat=0.041 sec-1,KmDNA=159nM,KmAdoMet=1.28μMであることが明らかとなった。更に、37〜85℃におけるM.PabIのメチル化反応の速度定数を求め、アレニウスプロットを行った。この温度範囲におけるアレニウスプロットは直線的に変化したことから、この温度変化においてM.PabIは大きなコンフォメーション変化を伴わずにメチル化反応を行っていることが示唆された。また、75℃における熱力学的パラメーターを求め、高温におけるM.PabIによるメチル化反応が熱力学的にも安定な反応であることが示唆された。

申請者が、これらの研究を非常に独立性高く進めてきたことが、審査の過程で明らかになった。また、生化学についての高い知識、実験技術のレベルの高さ、困難な問題を解決する力量が明らかになった。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24333