学位論文要旨



No 121622
著者(漢字) 鵜川,信
著者(英字)
著者(カナ) ウガワ,シン
標題(和) 北八ヶ岳縞枯山における林分の発達と外生菌根菌相の変化
標題(洋) Change of ectomycorrhizal fungal community with stand development in Mt. Shimagare
報告番号 121622
報告番号 甲21622
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第204号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 教授 大澤,雅彦
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 鈴木,和夫
内容要旨 要旨を表示する

ほとんどの木本植物の根には、外生菌根菌と呼ばれる菌類が共生している。宿主個体は、その共生体「外生菌根」を通して、外生菌根菌に光合成産物を与える。一方、外生菌根菌は宿主個体の養水分の吸収を補助し、その成長を促進させる。このことから、外生菌根菌は、森林の成立や維持に大きな役割を果たしていると考えられる。その機能を理解するためには、まず、様々な森林における外生菌根菌相の動態を明らかにする必要がある。とくに、林分の発達にともなう外生菌根菌相の変化を明らかにすることは、森林の成立過程の解明に欠かせない。一次遷移における外生菌根菌相の変化はほぼ明らかにされているが、二次遷移におけるそれは、多様な生物種を含む生態系の複雑さゆえ未だ不明な点が多い。また、これまでの研究は、断片的な複数の発達段階の林分を対象としたものに留まり、林分の発達にそった外生菌根菌相の変化を連続的に明らかにしたものはない。そこで、本研究では、連続的な林分の発達にともなう外生菌根菌相の変化パターンを明らかにすること、そして、その外生菌根菌相の変化と関係する林分の構成要素および環境要因を明らかにすることを目的として、一連の林分発達をトレースできる縞枯林分において、群落属性、群落構造、細根密度、土壌因子(以下、パラメーター)、外生菌根菌相の調査を行った。

第2章では、調査地とした長野県北八ヶ岳縞枯山の縞枯林分について概説を行い、調査区の設置方法を説明した。縞枯山では標高2000m以上にシラビソとオオシラビソから成る亜高山帯針葉樹林が広がっている。その南西斜面には、縞枯現象という特殊な更新様式によって形成された縞枯林分がみられる。縞枯林分では、稚樹帯から斜面下方向に向けて、連続した発達段階の林分が配置されている。この縞枯林分において、斜面方向85〜100m、斜面水平方向5mの3つのトランセクト(T1〜T3)を設置した。これらのトランセクトは、斜面方向5mずつに区切り、17〜20のコドラートに分割した。そして、1つのコドラートを1つの発達段階の林分とみなした。

第3章では、毎木調査、細根密度の調査、土壌調査を行い、林分の発達にともなう各パラメーターの変化を明らかにした。本調査地では、5種の高木に加え、3種の低木が観察された。各コドラートの群落属性から、林分の発達にともなう樹体サイズの増加と、それにともなう胸高断面積合計(以下、BA)の単調増加が確認された。また、葉重量も林分の発達にともなって増加した。一方、立木密度は、発達初期の林分で高く、発達中期で一旦低下し、発達後期に再び増加するという傾向がみられ、さらに、攪乱前の林分で著しく減少した。群落構造については、耐陰性が高く稚樹バンクを形成するオオシラビソが、発達初期の林分において優占するが、林分の発達にともなって、伸長成長量が多いシラビソへと優占種が交代することが明らかになった。細根については、シラビソとオオシラビソの根が形態によって他の樹種と区別できることと、細根の直径が0.7mm以下であることが明らかになるとともに、発達初期の林分では細根密度が高い場合と低い場合の2つのパターンがあることが分かった。その後、細根密度は高い値で一様であるが、攪乱前の林分では低下することが示された。また、細根密度は、葉重量や各土壌因子との間に有意な相関を示した。土壌因子については、局所的なばらつきがみられるのみで、林分の発達にともなう一連の変化は確認できなかった。

第4章では、菌根性子実体の発生調査と外生菌根群集の調査によって、林分の発達にともなう外生菌根菌相の変化を明らかした。発生した菌根性子実体には、同定が困難なベニタケ属やフウセンタケ属が多くみられたが、12種の菌根性子実体を識別することができた。これらの菌根性子実体の発生小区画数の変化を、DCA解析によって3つの軸に統合したところ、第2軸において、林分の発達にともなう一連の変化が確認され、第2軸を代表する種群の発生傾向が明らかにされた。すなわち、第2軸と正の相関を示すクロチチタケの発生量は、林分の発達初期と発達後期において増加した。

外生菌根のタイプ分類は、形態と分子生物学的手法(ITS terminal RFLP)を用いて行った。4つのサンプルについては、DNA断片が増幅されなかったが、それ以外のサンプルは、DNA断片長により、68タイプに分類された。外生菌根タイプの多様性は林分の発達にかかわらず、ほぼ一様であった。また、外生菌根形成率は50〜60%であり、発達初期の林分では低く、その後、林分の発達にともなって増加するが、発達後期の林分では再び低くなることが明らかになった。外生菌根のタイプ組成については、クラスター分析によって、林分の発達にともなうタイプ組成の変化過程が明らかにされた。すなわち、発達初期から発達中期にかけてタイプ組成が変化していくが、発達後期には、発達初期の林分のタイプ組成に戻ることが示された。さらに、各外生菌根タイプの相対優占度(Relative number of root tips、以下、RRT)の変化を、DCA解析によって、3つの軸に統合したところ、第1軸、第2軸を代表する種群の発生傾向が明らかにされた。すなわち、第1軸と正の相関を示すタイプ群(オオキツネタケの外生菌根を含む)のRRTは、発達初期と発達後期の林分において高くなった。逆に 第1軸と負の相関を示すタイプ群(シーノコッカムの外生菌根を含む)のRRTは、発達中期の林分において高くなった。第2軸においても、正の相関を示すタイプ群と負の相関を示すタイプ群のRRTの変化は、第1軸を代表するタイプ群のものと同様であったが、その傾向は弱かった。菌根性子実体の発生傾向と外生菌根のタイプ組成との間には、オオウスムラサキフウセンタケなど一部の外生菌根菌について関係が認められたが、ほとんどの外生菌根菌においては地上部と地下部の関係は確認できなかった。

第5章では、菌根性子実体の発生小区画数から求められたDCA軸のスコアと、外生菌根のタイプ組成から求められたDCA軸のスコアを用いて、外生菌根菌相と各パラメーターとの関係を調べた。菌根性子実体のDCA第1軸のスコアは、土壌炭素含有率、土壌C/N比と1%で有意な相関を示し、第2軸のスコアは、立木密度、BAと1%で有意な相関を示した。しかし、第3軸のスコアは、どのパラメーターとも1%で有意な相関は示さなかった。このことから、第1軸を代表する種群の菌根性子実体の発生は、土壌因子と関係し、第2軸を代表する種群については、立木密度やBAと関係していることが明らかとなった。

外生菌根形成率は、BA、葉重量、シラビソおよびオオシラビソの相対優占度、細根密度と1%で有意な相関を示し、外生菌根の群集属性自体が各パラメーターと関係していることが明らかになった。また、外生菌根のタイプ組成のDCA第1軸のスコアは、葉重量、シラビソおよびオオシラビソの相対優占度、細根密度、土壌の固相率、土壌窒素および炭素含有率、外生菌根形成率と1%で有意な相関を示した。とくに、細根密度との相関が最も強く、第1軸を代表するタイプ群のRRTと細根密度との間には1%で有意な相関がみられた(図参照)。第2軸のスコアは、土壌pHのみと1%で有意な相関を示し、第2軸を代表するタイプ群と土壌pHとの関係が明らかにされた。第3軸のスコアは、外生菌根形成率と1%で有意な相関を示した。

第6章では、第3章から第5章の結果を踏まえ、縞枯林分における林分の発達にそった外生菌根菌相の変化過程のモデルを提唱した。すなわち、林分の攪乱後、稚樹の更新が起こるが、更新個体が多く、土壌pHが3.5付近の林分では、細根密度が高く、シーノコッカムを含む外生菌根のタイプ群が優占する。一方、更新個体が少なく、土壌pHが4.0付近の林分では、細根密度が低く、オオキツネタケを含む外生菌根のタイプ群が優占する。これらのタイプ群の中には、オオシラビソの優占度と関係する外生菌根タイプも含まれる。その後、林分の発達にともなって、細根密度と葉量が増加し、シーノコッカムを含む外生菌根のタイプ群が優占していく。逆に、オオキツネタケを含むタイプ群の優占度は低下する。これらのタイプ群の中には、シラビソの優占度と関係するタイプも含まれる。また、このタイプ組成は、発達中期の林分まで継続される。しかし、卓越風などによる攪乱が開始され、徐々に宿主樹木が枯死すると、細根密度や葉重量が減少し、シーノコッカムを含む外生菌根のタイプ群の優占度は低下する。一方で、オオキツネタケを含むタイプ群が再び優占するようになる。このことから、オオキツネタケを含むタイプ群は、胞子による感染を行い、感染頻度が一定であるのに対し、シーノコッカムを含むタイプ群は、根外菌糸体による感染を行い、細根密度や葉量の増加が感染頻度の増加を引き起こすものと考えられる。縞枯林分においてみられる外生菌根タイプの中には、土壌因子と関係しているタイプ群があるが、林分の発達にかかわらず、局所的な土壌因子の変化に対応して、その優占度が変化する。外生菌根菌の中には、オオウスムラサキフウセンタケのように、地下部の外生菌根の優占によって、地上に菌根性子実体を形成するものがあるが、多くの外生菌根菌は、地下部の外生菌根の優占度に関係なく、宿主の立木密度やBAと対応して菌根性子実体の発生量が変化する。とくに、クロチチタケについては、発達初期と発達後期の林分における立木密度の増加にともなって、菌根性子実体が発生する。

図 各トランセクトにおける各コドラートの細根密度と外生菌根タイプ群の相対優占度(RRT)林分はコドラートQ1からx軸正方向に向けて発達した。DCA第1軸と1%で有意な正の相関を示した外生菌根タイプをタイプ群1+、DCA第1軸と1%で有意な負の相関を示した外生菌根タイプをタイプ群1-とした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は序論、第2章は調査地の記載、第3章は林分の発達に伴う群落属性、群落構造、細根密度および土壌因子の変化、第4章は林分の発達に伴う外生菌根相の変化、第5章は外生菌根相と群落属性、群落構造、細根密度および土壌因子との関係、第6章は総合考察となっている。

ほとんどの植物の根には、菌根菌と呼ばれる菌類が共生している。宿主は菌根菌に光合成産物を与え、外生菌根菌は宿主個体の養水分の吸収を補助し成長を促進する。このことから、外生菌根菌は、森林の成立や維持に大きな役割を果たしていると考えられる。すなわち、林分の発達にともなう外生菌根菌相の変化を明らかにすることは、森林の成立過程の解明に欠かせない。これまでの外生菌根菌の動態研究は、断片的な複数の発達段階の林分を対象としたものに留まり、林分の発達にそった外生菌根菌相の変化を連続的に明らかにしたものはない。そこで本論文では、林分発達にともなう外生菌根菌相の変化パターンの全体像を明らかにすることと、外生菌根菌相の変化と関係する林分の構成要素および環境要因を明らかにすることを目的とした。

第2章では、調査地とした長野県北八ヶ岳縞枯山の縞枯林分について概説を行い、調査方法を説明した。縞枯山では標高2000m以上にシラビソとオオシラビソから成る亜高山帯針葉樹林が広がっており、南西斜面では縞枯更新によって斜面下方に向かって連続した発達段階の林分が連続的に配置され、更新から撹乱まで全ての過程が観察できる。この縞枯林分を調査対象地とした。

第3章では、毎木調査、細根密度の調査、土壌調査によって、林分の発達にともなう林分構造と林分発達に関する各パラメーターの変化を明らかにした。

第4章では、菌根性子実体の発生調査と外生菌根群集の調査によって、林分の発達にともなう外生菌根菌相の変化を明らかした。調査地に発生した12種の菌根性子実体について林分の発達にともなう発生量の変化を明らかにした。

土壌中の外生菌根は、形態と分子生物学的手法(ITS terminal RFLP)により68タイプに分類された。菌根のタイプ組成のクラスター分析によって、菌根タイプ組成は、発達初期および撹乱直前の発達後期にみられるタイプ組成Aと、発達中期にみられるタイプ組成Bに大別された。さらに、各菌根タイプの相対優占度(Relative root tips、以下、RRT)にもとづきDCA解析を行なったところ、第1軸と正の相関を示すタイプ群(オオキツネタケを含む)のRRTは、発達初期と発達後期の林分において高く、逆に第1軸と負の相関を示すタイプ群(シーノコッカムを含む)のRRTは、発達中期の林分において高かった。

第5章では、外生菌根菌相と林分の各パラメーターとの関係を調べた。外生菌根タイプ組成のDCA第1軸を代表する種群は、細根密度や葉量の増減と対応して変化していた。一方、DCA第2軸を代表する種群は林分発達とは関係なく局所的な土壌pHの変化に対応して変化していた。

第6章では、第3章から第5章の結果を踏まえ、縞枯林分における林分の発達にそった外生菌根菌相の変化過程のモデルを提唱した。すなわち、林分の撹乱後、稚樹の更新が起こるが、発達初期には細根密度が低いためオオキツネタケを含む種群が優占する。更新後の林分発達にともなって、細根密度と葉量が増加すると、シーノコッカムを含む種群が優占するようになる。さらに、擾乱によって細根密度や葉重量が減少すると、ふたたびオオキツネタケを含む種群が優占する。子実体を形成せず根外菌糸のみで感染するシーノコッカムのような種群は、細根密度や葉量が大きくなる発達中期において細根への感染に有利となるのに対して、胞子による感染を主とするオオキツネタケのような種群は、細根密度の低い林分で有利となることから、菌根菌の種間の細根への感染をめぐる競争関係が、林分発達に伴う菌根菌相の変化をひきおこすメカニズムと推測された。

以上のように、林分発達に伴う外生菌根菌相の変化を連続的に明らかにしたこと、さらに細根密度や葉量の変化と外生菌根相の変化との関係を明らかにしたことは、きわめてオリジナリティの高い成果と評価できる。

なお、本論文のうち、第4章における外生菌根の分類手法にその結果を取り入れた福田との共同研究については、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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