学位論文要旨



No 121624
著者(漢字) 藤田,直子
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ナオコ
標題(和) 都市における緑地としての社叢空間の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 121624
報告番号 甲21624
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第206号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 春山,成子
 東京大学 助教授 斉藤,馨
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、神社の空間を緑地という視点で評価することの意義と妥当性を明らかにすることである。そのために、まず"神社の屋外空間"に対する空間概念、及びその空間を表現するに相応しい語彙の明確化を行った。次に、都市を対象にその空間が緑地としてどのような特性を持っているのかを明らかにするために、複数のスケールを設定して定量的側面から分析することによって社叢空間の特性を明らかにした。

本論文は、4章で構成されている。

<第1章>においては、本研究の背景と目的ならびに位置づけを明らかにした。まず、問題の所在、本研究に反映させる問題意識を述べ、関連する研究の流れや位置づけを通覧し、それぞれの研究のアプローチ及び方法論を整理することによって、本研究の位置づけを試み、その目的及び方法を明らかにした。

設定した本研究の目的は、

(1)【自然に対する神道の空間認識が日本人の自然に対する空間概念の形成に関与していることを明らかにすること】

(2)【類義語の比較により"神社の屋外空間"に対する空間概念を明確化すること】

(3)【「社叢」という言葉の意味や使用されてきた意義を明らかにすること】

(4)【社叢空間の現況を複数の異なるスケールで定量的側面から明らかにすること】

の4点である。

<第2章>においては、文献資料調査によって社叢に関連する歴史や事象や問題点を明らかにし、本研究において『社叢』を対象とする意図を明らかにした。

まず、自然に対する神道の空間認識が日本人の自然に対する空間概念の形成に関与していることを明らかにするために、神道の空間認識における「自然」の位置づけの変遷や日本人の自然に対する空間の認識の関連を、言葉の解釈の変遷や西欧との比較を踏まえて分析した。その結果、日本における自然の概念と神道の精神や空間認識は通じるものが多く、自然に対する神道の空間認識が日本人の自然に対する空間概念の形成に関与していたことが明らかになった。

次に、"神社の屋外空間"に対する空間概念の差異を明らかにするために、類義語を比較して各々の言葉の意味や意義を分析した。その結果、「社叢」「鎮守」「社寺」と「森」や「林」といった語が組み合わされて用いられる傾向が強まったのは1970年代中盤以降であり、この時期を契機として神社の屋外空間を緑地空間として科学的に認識しようとする見方が顕在化してきたことが明らかになった。また、「鎮守の森」や「社寺林」が、後天的に自然や緑地といった概念を加えることで成立してきた空間概念であるのに対し、「社叢」は元来からそれ自体に自然や緑地といった概念を含む空間概念であるという差異が認められた。そのような中で「鎮守の森」は、古来から地霊を祀るための空間やその神に対して用いられてきた「鎮守」という語が、地域本来の潜在自然植生が生育する生態学的研究対象として着目されたことをはじめ多彩な意味づけが可能である空間として発展したことで、郷土性を含有するような自然的場所であれば神社に限らず広域的な空間概念であること、また「社寺林」は、明治期から大正期にかけて行われた土地政策や林野政策における森林の位置づけのひとつとして神社所有や寺院所有の森林に対いて用いられた語であり、経済的側面や機能的側面や政策上の対象としてのイメージを含む空間概念であること、そして「社叢」は、鎮守の森がイメージする空間概念以上に広域的な空間を対象とした解釈が存在する一方、神仏分離政策や国家神道という国策との関わりの中で、社と寺を区別し、あくまで神道の自然的空間や緑地を対象とする空間概念であるということが明らかになった。

次に、「社叢」という言葉の意味や使用されてきた意義を明らかにするために、史蹟名勝天然紀念物保存法の成立・運用の過程における社叢というものの位置づけや、社叢という言葉の使われ方の変遷を分析した。その結果、「社叢」が史蹟名勝天然紀念物保存法の要目の筆頭に採用されたのは、単に植物学・生態学上優れた森林としてのみならず、社叢を複合された価値を有する場として保存していく必要があるという意識と、当時巻き起こった神社合祀令への反対とが相まった結果であることが明らかになった。更には、その後時代を経るにつれ「社叢」という言葉に含まれる意味は変化してゆき、それに対する複合的な意味合いは消え忘れられ、次第に原始林に準ずる森林かつ神社に所属するものを「社叢」として指すようになったことが明らかになった。

以上の研究により、第2章では、神社の屋外空間に対する空間概念を明確化しその空間を表現するに相応しい語彙が示されたことで、意味的側面から神社の空間を緑地という視点で評価することの意義と妥当性を明らかにした。

<第3章>においては、都市における社叢の実態を明らかにするために、異なる3つのスケールを設定し、現地調査データと数値情報をもとにGISを用いて定量的に都市の社叢を分析した。

まずマクロスケールでは、神社の分布形態の特性及び地形との関係を明らかにするために、平面的分布形態と分布地点の地形的特徴に関する「神社」「寺院」「公園」「施設緑地」の分布形態の特徴と相違点の分析を行った。その結果、各々の立地点の分布には、平面的分布形態には神社及び公園が分散傾向、寺院が凝集傾向であることが明らかになった。一方、分布地点の地形的特徴を求めると、ポイントデータの平坦地部分及び斜面地部分の単位面積あたりの分布は、神社は65%が斜面地部分に立地しており、地形に変化がみられる場所に立地する傾向が高いことが示された。寺院は55%で、特異的な傾向は見られなかった。公園は49%で、地形に依存する事無く立地していることが示された。これらの結果から、神社の立地は分布の偏りが無くどの地域にも存在するため、あらゆる地域において最も身近な緑地空間になり得る側面を持ち、なお且つ他の施設に比べて地形との結びつきが強いため、地形の変化や自然性に優れた緑地になり得る側面を持つ空間として評価されることが明らかになった。

次にメソスケールでは、緑地に関わる社叢と地形との関係を明らかにするために、社叢と周辺の緑地の連担性に着目した配置特性の分析を行った。本研究において連担性とは、社叢と周辺の緑地が拡大することによって連なり,相互に融合すること、と定義し、連担性を持つ緑地を緑地ユニットと称した。緑地ユニットは社叢ポリゴンと周辺緑地のバッファを作成することにより形成されたポリゴンとした。また地形指標データはDEMの解析により標高・傾斜・ラプラシアン・開度の4つの指標を作成して用いた。緑地ユニットと地形指標データとの関係性を分析した結果、連担性が高い社叢の特徴は、地形が変局し且つ斜面地であること、または地形が変局し且つ開けているという傾向が明らかになった。この地形的な特徴には、社叢が景観的にみて重要な場所に立地していることを示すものであった。景観上、周辺から見えやすい場所に立地しているという特徴は、社叢がもつ優位な点として評価することができるものと考えられる。社叢にはその地域のランドマークとして、緑地形成のための拠点性としての機能を有していることが明らかになった。

次にミクロスケールでは、斜面立地型神社における社叢空間の位置による緑地維持機能の効果を明らかにするために、緑地内部の現況分析や、社叢空間の位置による緑地の特性の分析を行った。その結果、丘陵状の地形に立地する場合と斜面の遷緩線側に社殿がある場合が特に優れた緑地維持機能を果たすことが明らかになった。それに対して、斜面の遷急線側に社殿がある場合は緑地維持機能が高いものと低いものに傾向が分かれたが、この差を生み出した原因としてはいずれのタイプにおいても参道と斜面の傾斜との関係性が推測された。

以上の研究により、第3章では、都市における社叢の実態とその空間の緑地としての優位な点と役割を明確化することができ、定量的側面から神社の空間を緑地という視点で評価することの意義と妥当性が明らかになった。

<第4章>においては、前章までの結果をふまえ、都市における緑地としての社叢の評価を整理し、本研究の結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、4章からなり、第1章では、本研究の背景と目的について述べている。背景として本研究が、なぜ神社空間特に社叢を研究対象としたかの理由を説明し、目的として社叢を緑地として評価することの意義と妥当性を明らかにすることを述べている。

そして具体的には「神道の空間認識と日本人の自然に対する空間概念形成との関係」および「社叢空間の概念」を明らかにし、さらに「空間スケールごとの社叢空間の実態と特徴」を把握することを目的とすることを述べている。

第2章では、緑地と社叢空間の関係および変遷について分析考察を行っている。

まず、関連する文献を渉猟し、神道の空間認識における自然の位置づけと日本人の自然に対する空間の認識の関連を言葉の解釈の変遷や西欧との比較を踏まえて分析し、日本人の自然に対する空間概念の形成に神道の空間認識が強く関与していることを明らかにしている。

また、明治以降の文献検索を行い鎮守の森、社寺林、社叢を題名に含む文献を全て抽出し、それら類義語の比較によって各語の意味を分析している。その結果、鎮守の森は古くから地霊を祀るための空間やその神に対して用いられた鎮守の意味から、1970年以降、生態学的研究対象とされたことを契機にして郷土生を含む自然的場所の意味に拡大し、社寺林は明治期から大正期にかけて行われた土地政策や林野政策によって経済的機能を含む森林の意味が付与され、さらに神仏分離政策や国家神道という国策の影響も受けている。一方、社叢は、一貫して神道の自然的空間や緑地を対象とした空間概念であることを明らかにしている。

さらに、社叢という言葉の意味や使用されてきた意義を明らかにするために、史跡名勝天然記念物保存法の成立・運用過程の詳細な分析の結果、社叢が史跡名勝天然記念物保存法の要目の筆頭に採用されたのは、単に植物・生態学上優れた森林としてのみならず、神社合祀令への反対が背景にあったことがあり、その後時代を経るにつれ次第に原始林に準ずる森林かつ神社に属するものを指すようになったことを明らかにしている。

3章では、東京都を調査対象として都市における社叢空間の実態分析を行って、定量的側面からその緑地としての評価を試みている。

調査分析に当たっては、スケールの異なったマクロ、メソ、ミクロの3つの空間レベルを設定している。方法は現地調査と数値情報をもとにGISを用いている。

まず、マクロスケールでは、東京23区において、分布形態と分布地点の地形的特徴について神社(586)、寺院(1366)、公園(1081)の比較を行っている。その結果、平面的分布形態では公園と神社が分散傾向、寺院は凝集傾向があることを明らかにし、分布地点の地形的特徴では、神社は斜面地に多く存在し、地形に変化が見られる場所に立地していることを示している。これらの結果から、神社の立地は地域的偏りがなくどの地域においても身近な緑地空間になる可能性と地形との結びつきの強さから自然性に優れた緑地となる可能性を指摘している。

メソスケールでは、東京都山手線内の社叢と周辺の緑地との連担性に着目して配置特性の分析を行っている。連担性は社叢と周辺の緑地が拡大することによって連なり相互に融合することと定義し、そのユニットと地形指標データとの関係を分析し、連担性の高い社叢の特徴は地形が変局しかつ斜面地もしくは地形が変局し開けている傾向を見出し、その結果から社叢が景観的に地域のランドマークになり緑地の拠点性を有することを明らかにしている。

ミクロスケールでは、斜面立地型神社を対象として、社叢の緑地維持機能を検討し、社殿が斜面に対してどの位置に配置されるかで機能に差があることを明らかにしている。特に、社殿が遷緩線側に配置と緑地維持機能が高くなることを示している。

4章では、各章の結論に総合考察を加え本研究の結論を述べている。

以上、本論文は、神社の屋外空間とくに社叢空間を都市の緑地として評価することの意義を詳細な文献調査をもとに明らかにし、さらに東京都を対象に実態分析を通じて身近な緑地として、さらに都市の緑地機能を向上充実させる拠点性、連担性を有することを実証している。本研究の成果は、自然環境学分野における学術的価値が高く、都市緑地計画への応用面からも評価できる。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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