学位論文要旨



No 121625
著者(漢字) 原,卓也
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,タクヤ
標題(和) セメント産業を中心とする廃棄物のマテリアルリサイクルシステムに関する研究
標題(洋)
報告番号 121625
報告番号 甲21625
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第207号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 助教授 阿久津,好明
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 吉田,好邦
内容要旨 要旨を表示する

わが国のセメント産業はこれまで大量の廃棄物を原燃料として利用してきたことから,セメント産業を中心とする産業間での副産物・廃棄物のリサイクルシステムが廃棄物最終処分量の削減に大きく貢献することが期待されている.特にリサイクルが難しい焼却灰などの廃棄物を大量に利用できる可能性を持つという点でセメント産業によるリサイクルは重要な位置を占めると考えられる.本研究では,セメント産業を中心とする廃棄物のマテリアルリサイクルシステムに着目し,ライフサイクル分析,マテリアルフロー分析,産業連関分析を用いて,リサイクルシステムの環境負荷(最終処分削減効果とCO2削減効果)と経済性の観点から評価をおこなった.以下に各章の要旨を示す.

第1章では本研究の背景と目的を述べた.

第2章ではセメント産業におけるリサイクルと廃棄物処理の現状について概括し,廃棄物のセメント原料化リサイクルに関する研究の現状と課題について調査した.

第3章では各種廃棄物(高炉スラグ,石炭飛灰,一般廃棄物焼却主灰・焼却飛灰)のセメント原料化リサイクルについてライフサイクル分析をおこない,ライフサイクルCO2排出量およびライフサイクルコストを求めた.一般廃棄物焼却灰処理について,セメント原料化リサイクルと他の処分方法との比較をおこない,セメント原料化リサイクルの有効性を評価した.

以上の分析より次の知見が得られた.

(a)高炉スラグのセメント原料化は,高炉セメントの混合材として利用する場合とクリンカ原料として利用する場合でともにCO2削減に有効である.これは,高炉スラグがカルシウムを多く含有することから,石灰石の代替原料としての利用可能量が大きいためである.高炉スラグはもともと製鉄所で使用される石灰石に由来するため,高炉スラグ中のカルシウムと結合していたCO2は,製鉄所で大気中に放出されたCO2ということになる.このことから,高炉スラグをCO2削減に有効に利用することが合理的であると考えられる.土木材料などCO2削減にほとんど寄与しない方法で利用することは,脱CO2反応を経たカルシウムの利用方法としては合理的でないと考えられる.

(b)石炭飛灰・一般廃棄物焼却主灰・焼却飛灰のセメント原料化は,CO2排出量の削減には大きく寄与しないものの,少なくともCO2排出量の増加への影響はない.すなわち,これらの廃棄物のセメント原料化リサイクルは,CO2排出量を増加させることなく最終処分量の削減に有効なリサイクルである.

(c)一般廃棄物焼却主灰・焼却飛灰のセメント原料化は,コスト面で埋め立て処分に次いで安価な処分方法である.エコセメント・灰溶融など他の処理方法よりもコスト・CO2排出量の点で有利であるため,埋め立て処分場が逼迫した場合には,有望な代替オプションとなると考えられる.

第4章では拡張型産業連関モデルを構築し,セメント産業による廃棄物のマテリアルリサイクルの環境負荷削減ポテンシャルを推計した.シナリオ分析より,セメント産業による廃棄物利用量を1995年実績値から増加させることで,CO2排出削減,最終処分削減のどちらも可能であることが見出された.しかし,廃棄物の利用量がクリンカ製造プロセスでの廃棄物利用可能量の上限に達した場合には,ある廃棄物の利用量を増加させることは別の種類の廃棄物利用量を減少させることになるため,結果としてCO2排出削減と最終処分削減のどちらも満たすことはできなくなることが示された.

廃棄物の種類によりCO2排出削減効果が異なることにより廃棄物のセメント原料化リサイクルではCO2排出削減と最終処分削減の間にはトレードオフ関係が生じる.拡張型産業連関モデルを用いてトレードオフ関係を表すフロンティア曲線を得た.

第5章では日本全国のセメント工場と高炉一貫製鉄所,石炭火力発電所,および一般廃棄物焼却処理場の間の廃棄物輸送を考慮する廃棄物輸送・セメント生産モデルを構築し,構築したモデルを用いてシミュレーションをおこなった.シミュレーション分析から得られた主な知見は以下の通りである.

(a)本モデルを用いて,2000年度の各セメント工場の生産能力,各廃棄物発生源での廃棄物発生量,セメント製品需要の諸データを与え,目的関数をコスト最小化にとって各セメント工場での廃棄物利用量を求めた.シミュレーションの結果と高炉スラグ・石炭飛灰の地域別利用内訳実績値を比較したところ,実績値とシミュレーション結果の地域ごとの大小関係が類似の傾向を示した.これよりコスト最小化によりリサイクルシステムの状態が決定されるという本モデルの仮定には一定の妥当性があるものと認められた.

(b)廃棄物利用量を2000年度実績値に固定して,コスト最小化とCO2排出量最小化という2つの目的関数のもとでシミュレーションをおこない,得られた結果を比較した.その結果,廃棄物輸送でのモーダルシフト(鉄道利用)でCO2を削減するより,低コスト化により廃棄物輸送量を増加させセメント工場での利用量を増加させた方がCO2削減効果は大きいことがわかった.

(c)このシミュレーション結果が意味するのは,リサイクルシステム全体を考慮して,廃棄物の利用を促進させることの方が効果が大きい場合には,輸送で環境負荷が多少増加するとしても低コストの輸送手段を用い,全体のコストを低下させてリサイクルを促進させたほうがよい,ということである.リサイクルシステムの研究において,輸送プロセスの環境負荷を低減させることを目的とした研究は多いが,輸送部門の最適化がコスト上昇・リサイクル進展の阻害により,結果として環境負荷の低減につながらないという可能性もあることから,システム全体の考慮が不可欠であると結論づけられた.

セメント産業が廃棄物を最大限に利用する状況を想定してシナリオ分析をおこない,廃棄物のセメント原料化リサイクルによる環境負荷削減効果,およびリサイクル促進に有効な政策について検討をおこなった.得られた結論は以下の通りである.

(a) CO2削減プロジェクトとしての高炉スラグのセメント原料化リサイクルは,費用効果の大きな削減プロジェクトである.345万t-CO2削減時の限界削減費用は3400円/t-CO2程度である.国内のCO2削減プロジェクトにより発生したCO2排出削減量を3400円/t-CO2程度の価格で買い取る制度の導入は,高炉スラグのセメント原料化リサイクルの促進に効果的な政策となる.

(b)セメント原料化リサイクルによる最終処分削減策は,削減ポテンシャルの大きな削減策である.限界削減費用は廃棄物の種類によって異なるが,3000〜7600円/t程度である.廃棄物のセメント原料化リサイクルシステムの基盤を整備することは,循環型社会形成を目的とする政策として重要であり,焼却灰前処理施設の初期投資への補助や輸送インフラ整備が効果的な政策となる.

第6章は本研究の総括である.

以上,本研究では,セメント産業を中心とする廃棄物リサイクルシステムが廃棄物最終処分削減及びCO2削減について費用効果的なシステムであることを示した.本研究で構築した廃棄物輸送・セメント生産モデルから,セメント産業を中心とする廃棄物のマテリアルリサイクルシステムについてシステム全体のコストが最小となる廃棄物排出源と受け入れ先のセメント工場のマッチング,両者をつなぐ廃棄物輸送ルート・輸送手段についての情報を得ることができることから,環境負荷低減に有効で経済効率的なリサイクルシステム構築の計画立案を支援することが期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

わが国のセメント産業はこれまで大量の廃棄物を原燃料として利用してきたことから、セメント産業を中心とする産業間での副産物・廃棄物のリサイクルシステムが廃棄物最終処分量の削減に大きく貢献することが期待されている。特にリサイクルが難しい焼却灰などの廃棄物を大量に利用できる可能性を持つという点でセメント産業によるリサイクルは重要な位置を占めると考えられる。本論文は、セメント産業を中心とする廃棄物リサイクルシステムに着目し、ライフサイクル分析、マテリアルフロー分析、産業連関分析を用いて、リサイクルシステムの環境負荷(最終処分削減効果とCO2削減効果)と経済性の観点から評価をおこなうものである。以下に各章の要旨を示す。

第1章では本研究の背景と目的を述べている。

第2章ではセメント産業におけるリサイクルと廃棄物処理の現状について概括し、廃棄物のセメント原料化リサイクルに関する研究の現状と課題について調査している。

第3章では各種廃棄物(高炉スラグ、石炭飛灰、一般廃棄物焼却灰主灰・飛灰)のセメント原料化リサイクルについてライフサイクル分析をおこない、ライフサイクルCO2排出量およびライフサイクルコストを求めている。一般廃棄物焼却灰処理について、セメント原料化リサイクルと他の処分方法との比較をおこない、セメント原料化リサイクルの有効性を評価している。

以上の分析より次の知見を得ている。

(1)高炉スラグのセメント原料化はCO2削減に有効である。これは高炉スラグがカルシウムを多く含有することから、石灰石の代替原料としての利用可能量が大きいためである。高炉スラグをCO2削減に有効に利用することは、土木資材などCO2削減にほとんど寄与しない方法で利用することより合理的である。

(2)石炭飛灰のセメント原料化リサイクルは、CO2排出量を増加させることなく最終処分量の削減に有効なリサイクルである。

(3)一般廃棄物焼却灰のセメント原料化は、コスト面で埋め立て処分に次いで安価な処分方法である。エコセメント・灰溶融など他の処理方法と比較して、廃棄物の長距離輸送を考慮してもコスト・CO2排出量の点で有利であるため、埋め立て処分場が逼迫した場合には、有望な代替オプションとなる。

第4章では、ライフサイクル分析で有効性が確認されたセメント産業による廃棄物のマテリアルリサイクルのわが国全体での環境負荷削減ポテンシャルを、本研究で構築した拡張型産業連関モデルにより推計している。シナリオ分析より、セメント産業による廃棄物利用量を1995年実績値から増加させることで、CO2排出削減、最終処分削減のどちらも可能であることが見出されている。しかし、廃棄物の利用量がクリンカ製造プロセスでの廃棄物利用可能量の上限に達した場合には、ある廃棄物の利用量を増加させることは別の種類の廃棄物利用量を減少させることになるため、結果としてCO2排出削減と最終処分削減のどちらも満たすことはできなくなることが示されている。

廃棄物の種類によりCO2排出削減効果が異なることにより廃棄物のセメント原料化リサイクルではCO2排出削減と最終処分削減の間にはトレードオフ関係が生じる。拡張型産業連関モデルを用いてトレードオフ関係を表すフロンティア曲線を得ている。

第5章では、リサイクル量の増加に伴う廃棄物輸送距離・輸送コストの増加の影響を考慮するため、日本全国のセメント工場と高炉一貫製鉄所、石炭火力発電所、および一般廃棄物焼却処理場の間の廃棄物輸送を考慮する廃棄物輸送・セメント生産モデルを構築している。構築したモデルを用いてシミュレーションをおこない、リサイクルの促進に有効な施策を提案している。

シミュレーションから得られた主な知見は以下の通りである。

(1)CO2削減プロジェクトとしての高炉スラグのセメント原料化リサイクルは、費用効果の大きな削減プロジェクトである。345万t-CO2削減時の限界削減費用は3400円/t-CO2程度である。国内のCO2削減プロジェクトにより発生したCO2排出削減量を3400円/t-CO2程度の価格で買い取る制度の導入は、高炉スラグのセメント原料化リサイクルの促進に効果的な政策となる。

(2)セメント原料化リサイクルによる最終処分削減策は、削減ポテンシャルの大きな削減策である。限界削減費用は廃棄物の種類によって異なるが、3000〜7600円/t程度である。廃棄物のセメント原料化リサイクルシステムの基盤を整備することは、循環型社会形成を目的とする政策として重要であり、焼却灰前処理施設の初期投資への補助は他の焼却灰処理施設への投資と比較して費用効果的である。

第6章は以上を総括し本論文の結論を述べている。

本研究の新規性としては、廃棄物のセメント原料化リサイクルによる環境負荷削減量(CO2削減量と最終処分削減量)と追加費用の関係を、日本全国のセメント工場と廃棄物排出源の間の廃棄物輸送を考慮する廃棄物輸送・セメント生産モデルを用いて定量的に評価している点があげられる。本モデルによりコスト最適な廃棄物輸送ルート・輸送手段についての情報を得ることができ、広域リサイクル計画の策定にも寄与することが期待される。また、廃棄物のセメント原料化リサイクルに関して、混合セメント(高炉スラグ・石炭飛灰を混合したセメント)によるボルトランドセメント(普通セメント)の代替が進行する場合を想定していた既往の研究に対し、廃棄物をクリンカ原料として利用するというより現実的で大きなポテンシャルを有するリサイクルの環境負荷削減効果を対象とした点があげられる。

以上、本研究は、内容がオリジナルであることに加えて、リサイクル促進による環境負荷削減に有効な政策を提案するという社会的意義を持つものである。

なお、本論文第3、4、5章は、松橋隆治、吉田好邦、島裕和との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/7001