学位論文要旨



No 121632
著者(漢字) 武居,周
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,アマネ
標題(和) 大規模有限要素解析に基づく高周波環境電磁波の定量評価
標題(洋)
報告番号 121632
報告番号 甲21632
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第214号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

本研究の背景

今日の経済社会における継続的発展の背景には、高度に発達した電気・電子工学を基盤とした技術の発達がある。例えば、近年急速な発達を遂げた電子・情報通信技術の根幹をなす半導体テクノロジー、種々の電子計算機をはじめとするOA機器、また情報通信技術を複合的に用いた携帯電話等のモバイル・コンピューティング機器やその接続環境など、その例は枚挙にいとまがない。一方、社会に生きる我々人間の生活空間は多種多様な環境影響の下にある。都市の大気汚染問題やヒートアイランド現象問題などの、ある意味古典的な環境影響問題に加えて、近年新たに電気・電子情報通信機器から発生する高周波電磁波による環境影響が社会的な関心を集めている。これらの機器は、今日の我々の生活や産業の根幹となるインフラを形成しており、現代社会において不可欠となっている。したがって今後、職場環境において更なる増強が予想される電子計算機や、一般生活環境においても発達の一途を辿るであろう情報通信機器との共生を、我々は余儀なくされると考えられる。

このような日進月歩の技術革新と同じ速度で環境中の高周波電磁波問題も深刻さが増しており、様々な観点による精密な影響検証が必要となりつつある。それに対して、その人体などへの影響検証は実験や疫学手法が中心となり、またその結果により安全基準値が定められている。一方、従来の実験および経験的手法に加えて数値解析手法に基づく手法を用いて環境中の高周波電磁波による影響を算出しようとする気運が高まりつつある。これは、近年、電気電子工学において回路設計を行う際のEMC対策等に盛んに用いられている高周波電磁波シミュレーション技術を応用したものである。本研究では実際の生活環境を実スケールでモデル化を行い、数値シミュレーション手法により環境中の高周波電磁波を定量的に算出した上で、既定の環境安全許容基準と比較することによって、環境アセスメントの一助とすることにより、環境中の高周波電磁波に関する安全性向上に寄与することを目的とする。

数値解析手法の検討

現在、環境中の高周波電磁波解析を行う手法としては、理論体系が明快であり、かつYee格子内で電磁波伝播の物理的描象を表現しており、直感的にシミュレーションを行うことが可能なFDTD法が多く用いられている。しかしながら、実環境に基づいて計算モデル作成を行った場合、部分的に微細構造となり、FDTD法で用いられているような直方格子によるメッシュ分割は、場合によっては適切でないこともある。よって、非構造格子を用いて境界適合性を確保するほうが、より望ましい。一方、環境電磁波問題はその評価の際、本質的に瞬時値より着目周波数における時間平均値が重要となる。したがって、ある特定の周波数における時間定常問題として取り扱うほうが、時間非定常解析を行い全周波数を計算する場合と比較して効率的である。これらの観点からは、FDTD法よりも有限要素法か境界要素法を数値解析手法として選択するほうが有利であると考えられる。しかし、解析領域の大きさは10〜20[m2]程度(体積約40〜80[m3])の空間を実環境スケールでモデル化を行うため、境界要素法では、方程式を解く際の密行列計算で相当な苦労を要する可能性がある。この観点では、有限要素法の係数行列のような疎行列を反復法で解くような手法か、陽解法を用いているFDTD法を選択するのが望ましいと考えられる。以上より、本研究においては有限要素法が最も適切な数値解析手法であると考える。

解析コード開発と検証

本研究において、新たに高周波環境電磁波向け解析システムの開発を行った。定式化に関しては、解析領域の構成材料が空気やプラスチック、水のような誘電材料であるため変位電流を無視することが出来ないことから、波動方程式を解くべき方程式とした。材料定数である透磁率および誘電率は本研究で考える周波数特性より、線形、非分散性として扱うことが妥当であることからすべて定数とした。また、有限要素離散化によって得られる係数行列が実定数行列となるような定式化を行った。本解析コードの検証を簡単な検証用アンテナモデルを作成して解析解との比較を行った結果、環境電磁波の定量評価を行うには十分な精度が保証されていることが確認された。

解析コードによる環境中の高周波電磁波の評価

本研究において開発した環境電磁波解析コードを用いて環境安全評価を行う手法に関して、実環境に基づいて作成した計算モデルを用いて計算を行った結果と、既定の許容基準との比較を行うことによって、環境アセスメントを行う手法を示した。本手法の適用例として、実環境問題で最も典型的かつ重要な、コンピュータ等のOA機器が設置されている職場環境、および通勤電車車内での携帯電話の使用を想定した一般生活環境における高周波電磁波に関する安全評価を行う問題を取り上げた。実環境に基づいて作成された計算モデルを用いて環境電磁波解析コードにより計算を行い、本解析コードが複数材料で構成される複雑形状を有する大規模モデルを用いた高精度な解析が可能であることを示した。続いて、得られた磁場強度分布および電場分布をもとに、それぞれの場について定められている許容基準値との比較を行った上で、想定されるリスク評価を行うことにより、環境中の高周波電磁波に関する安全評価を行うことが可能であることを示した。

結言

本研究では、環境電磁波の評価手法に関して、数値解析手法を取り入れることの必要性を考察するとともに、環境電磁波解析手法における現状とその問題点を分析することで、新たに環境電磁波解析コードの開発を行う必要があるという結論を得た。その実現のために、環境電磁波問題が持つ性質に着目し、数値解析手法の選択および解くべき方程式、解析条件等の検討をおこない、数値解析手法として有限要素法を選択することとした。

また、本研究において、開発・構築を行った環境電磁波解析システムに関して、詳細検討を行った結果について述べ、本解析システムを用いた環境アセスメント手法を提示した。これらの結果より、開発した解析コードは環境電磁波計算・評価ツールとして十分な精度が補償されていることを示した。また、本解析コードにより、実環境に基づいて構築した計算モデルを用いた解析が可能であることを示した上で、解析結果を元に、既定の環境中の高周波電磁波に関する許容基準値と比較を行うことにより、環境アセスメントを行う手法を提示した。評価指標として、環境中の磁場強度(磁束密度)および電場強度を用いて許容基準との比較を行い、また、想定されるリスク検討を行うことにより、安全評価を行った。本手法は、本研究で取り上げた以外の問題においても、その環境に基づいた計算モデルを構築することにより適用可能であり、数値解析手法を用いた新たな環境安全評価手法となりうる見通しを得た。

審査要旨 要旨を表示する

今日の経済社会における継続的発展の背景には、高度に発達した電気・電子工学を基盤とした技術の発達がある。例えば、電子・情報通信技術の根幹をなす半導体テクノロジー、種々のコンピュータをはじめとするOA機器、携帯電話等のモバイル・コンピューティング機器やその接続環境など、枚挙にいとまがない。こうした日進月歩の技術革新と同じ速度で、これらの機器から生じる高周波電磁波による環境影響問題も深刻さが増してきている。従来、高周波電磁波が人体へ与える影響の検証には実験や疫学手法が主に用いられてきており、それらの結果に基づき安全基準値が定められてきた。近年、従来の実験および経験的手法に加えて数値解析手法を用いて環境中の高周波電磁波による影響を算出しようとする気運が高まりつつある。本研究では、環境電磁波の特徴に着目した新しい定式化に基づく大規模有限要素法解析コードを開発し、それを用いて実生活環境中の高周波電磁波を定量的に算出し、その結果に基づく環境アセスメント手法を提案することにより、環境中の高周波電磁波に関する安全性向上に寄与することを目的としている。

本論文は6つの章から構成されている。

第1章は序論である。自然環境・人工環境に関する諸問題に加えて、近年新たに環境中の高周波電磁波の健康リスクへの影響に関する懸念が高まりつつあることから、環境電磁波に関連する諸問題とそれに対する従来の研究の取り組みについて概観を行っている。その上で、環境電磁波研究が目指すべき到達点を述べ、本研究の背景および課題、目的について述べている。

第2章では、既存の環境電磁波解析システムに関するサーベイとして、マックスウェル方程式を支配方程式とする電磁場の各種数値解法のうち、汎用性の高い時間領域差分法、有限要素法、境界要素法に関して、それぞれの特徴および性質の吟味を行い、環境中の高周波電磁波解析への適用性という観点から各手法の検討を行っている。本検討によって、環境中の高周波電磁波解析問題に対しては有限要素法が最も適当であることを確認している。

第3章では、高周波環境電磁波向け解析システムの開発および検証に関して述べている。環境中の高周波電磁波問題の観点から、解析領域を構成する材料や着目周波数に関する検討を行い、電場Eを未知変数とした時間調和型非同次波動方程式を解くべき方程式として導出した。透磁率および誘電率は本研究で対象とする現象の周波数特性より実定数として扱うことが妥当であると考え、加えて時刻t=0を基準としたうえで、解くべき方程式の変数を全て実数変数となるような独自の定式化がなされている。さらに、磁場Hおよび電磁波のエネルギー密度であるポインティングベクトルPは後処理で求め、その過程も全て実変数関数で処理することが可能であることが示されている。本研究においては、コード開発にあたってオープンソースの並列電磁場解析コードADVENTURE Magneticを基盤として採用し、それに波動項の導入等の独自の実装を行った。ADVENTURE Magneticには巨大な連立一次方程式の並列解法として階層型領域分割法が実装されており、大規模解析への対応がなされている。本解析コードの検証の目的で、基本的なアンテナモデルを作成して解析解との比較を行った結果、十分な精度を有することが確認された。

第4、5章では、本研究で開発した環境中の高周波電磁波解析コードの適用例として、職場環境および一般生活環境に関する環境安全評価を行った。職場環境としては、オフィス内に設置されたコンピュータの回路基板より漏洩する高周波電磁波の実スケール解析とその解析結果を用いた環境アセスメントを行った。また、一般生活環境としては、通勤電車車内における携帯電話使用を想定した高周波電磁波に関する安全評価問題を取り上げた。それぞれ、実環境を実スケールでモデル化し、数100万自由度の有限要素メッシュを構築し、それらに対して本解析コードを用いて解析を行い、十分な収束解が得られていることを確認するとともに、磁場、電場およびポインティングベクトルの計算と結果の可視化を行った。その結果、本解析コードが、これまでにない大規模な電磁波問題の解析に適用可能であることを示した。続いて、得られた電場強度、磁場強度および電力密度に関して、定められている環境電磁場の許容基準値との比較によって、環境アセスメントを行った。得られた結果は、ごく一部の条件に対するものにすぎないが、本解析コードを用いることにより、新しい環境電磁波安全評価が可能となることが実証された。

第6章は結論であり、上記の内容が総括され、提案手法の有効性および今後の展望についてまとめられている。

以上を要するに、本論文では、従来の環境電磁波解析および評価手法の問題点を指摘し、大規模有限要素法に基づく新たな定量評価手法の開発を行い、その際に環境電磁波問題の特徴に着目した独自の定式化および計算スキームの提案によって計算の効率化を図っており、計算電磁気学の観点から本論文の価値は高い。また、実環境の大規模かつ複雑形状を有する計算モデルを用いて解析を行い、その結果と電磁環境許容基準値との比較に基づく新しい環境アセスメント手法が示されており、人工環境の環境安全性評価の精度向上という観点からの寄与も少なくない。よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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