No | 121634 | |
著者(漢字) | 蜂須賀,啓介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハチスカ,ケイスケ | |
標題(和) | 人体を伝送路とする通信方式に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121634 | |
報告番号 | 甲21634 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第216号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は,「人体を伝送路とする通信方式に関する研究」と題し,人体を信号伝送路として利用し,触ることによってはじめて通信が可能になる新しい通信方式(人体内通信)に関する基礎研究をまとめたものであり,全6章から成る. 第1章は序論であり,Personal Area Network(PAN)の必要性,人体内通信の定義づけ,および本研究の目的と研究の流れについて述べた.PANとは,人体を一つのネットワークと考え,人体表面や人体から近距離の位置にあるウェアラブル情報機器間の情報伝達を行うという,新しい個人内ネットワークのことである.近年,表面実装技術・超LSI技術・マイクロマシニング技術などが急速に進歩しており,情報機器がポータブルからウェアラブルへと進化しつつある流れの中で,PANの重要性が高まってきた.ここで,PANを有線で構築しようとすると,配線が絡まるなど日常生活における動作の妨げになるため,無線PANの構築が必須となる.本研究では,無線PAN技術の中で耐ノイズ性や秘匿性に優れる人体内通信に着目し,各種センサやウェアラブル情報機器間の人体内通信を実現するため,人体の信号伝送モデルの提案および人体内通信デバイスの開発を行うことを研究の主眼としている. 第2章では,人体内通信に関する先行研究を調査した.先行研究では,さまざまな送受信電極配置・搬送周波数・サイズ・変調方式・通信速度を採用した人体内通信デバイスが試作されている.信号伝送モデルに関してもさまざまなモデルが提案されているが,静電結合により閉回路を構成するモデルと,人体上に電界を生じさせるモデルの2つに大別される.ここで,どのモデルにもいくつかの疑問点が存在したが,特に閉回路を構成するための空間的な結合の強度についてはすべてのモデルに共通の疑問点であったため,詳細に検討した.その結果,先行研究で考案されているモデルに含まれている結合は数pF程度の浮遊容量であり,回路やグラウンド線を構築できるほどの強固な結合ではないことが確認された.従来のモデルでは人体内通信を正確に説明することができないため,人体内通信に関する新たなモデルの構築が必要になった. 第3章,第4章では,人体の電磁波吸収特性を考慮して,人体内通信に適すると考えられる数十MHz以下の周波数帯域における信号伝送モデルとして,閉回路を構成しないモデルの考案を行った. まず,第3章では,人体内部のみが信号伝送に寄与すると考え,送受信機の4つの電極すべてが人体に接触する開放端のない電極配置において,入出力間で回路網を形成するモデルについて検討した.最初に,人体を均質なインピーダンス(抵抗とキャパシタの並列回路)の集合と考え,腕部を平面近似したモデルを作成して信号入出力ゲインを計算した.しかし,電極を信号伝送方向に沿った向きに配置した場合にゲインがゼロと計算され,実際の現象と異なる結果が得られた.この差異は均質なモデルを想定したために生じたと考え,不均質なインピーダンスも考慮できる四端子回路網モデルを作成した.ゲイン特性ではモデルの妥当性を検証するのが困難であったため,電極配置を変えたときの位相特性の変動を調べた.回路網であれば電極配置の反転により位相も反転すると予想されたが,電極配置を反転させても位相が反転しなかったことから,人体のみが信号伝送に寄与すると考えた回路網による信号伝送モデルのみでは,人体内通信を十分に説明することはできないことがわかった. 次に,第4章では,人体を良導性の誘電体とみなし,送信機を給電点とする線状アンテナへの給電にならった伝送モデル(良導性誘電体伝送モデル)を考案した.このモデルでは,人体内部だけでなく人体近傍の空間も含めて,人体に垂直な電界が人体表面を伝搬する.このモデルを適用することで,回路網モデルでは説明できなかった開放端を含む,人体へのあらゆる電極接触状態における信号伝送について,ゲイン変動を定性的に説明できるようになった.また,電極間距離・電極面積・電極方向・信号伝送距離・姿勢・伝送経路と逆側に存在する物体の大きさ・衣服の有無などの影響を予想し,実験によって予想が正しいことを確認した.得られた知見としては, 送信機は2電極,受信機は1電極のみを接触させる電極接触状態が,最も大きいゲインが得られる 送信機2電極の電極間距離・電極面積,および受信機1電極の電極面積・電極位置に関わらずゲインは一定であり,電極は人体に接触しさえすればよい 2電極を接触させる場合には,信号伝送方向に沿った向きに電極を並べると信号伝送が可能になるが,信号伝送方向に垂直な向きに電極を並べると信号は伝送できない 消費電力を小さくするためには,人体に接触する送信機2電極の電極間距離を大きくするほうがよい 受信機の人体に接触していない電極が大きいほど受信電圧が大きくなる 伝送経路と逆側に存在する人体あるいは送受信機ケースが大きいほど,大きいゲインが得られる 信号伝送経路内に物体が接触すると,信号の吸い取りが生じてゲインが小さくなる 電界は人体表面全体に分布するので,送受信機が同一平面状になくても通信が可能である 信号伝送経路の方向が180度反転するような場合には,発生する電界の干渉が起きてゲインが小さくなる 人体内通信では,必ずしも送受信機が人体に接触している必要はなく,人体に近接していて送信機からの電界変化が人体にも誘起される程度の距離であれば,受信感度を上げることにより通信が可能である などが挙げられる. 第5章では,前章までで得られた知見をもとに,実用レベルに近い人体内通信デバイスの開発を行った.電極配置は,送信機2電極・受信機1電極で,送信電極は信号伝送方向に沿った方向に配置した.変調方式は,外部ノイズに強い周波数変調方式を採用した.開発したデバイスを図1に示す.基板サイズは30mm×30mm,質量は約5g,DC 3V乾電池1つで駆動する.このデバイスを用いて,まず,アナログデータの伝送実験として,右手から左手まで一個人内での音声帯域信号の伝送に成功した.次に,デジタルデータの伝送実験として,指輪型パルスオキシメータから得られた心拍・SpO2・脈振幅を含んだ9600bpsの信号伝送を試み,特殊な専用アンテナを用いることなく空中伝搬より高い信号品質が得られることを示した.さらに,人体内通信を用いることで実現可能なアプリケーション(ヘルスケアへの応用・個人情報伝送・ウェアラブル情報機器間の信号伝送・電子マネーの授受・セキュリティ利用など)を提案し,得られた知見をもとにしてアプリケーションごとにデバイスの最適設計の指針を示すとともに,人体内通信の有望性を示した.なお,これらのデバイスの安全性に関しても詳細に調査し,国内外の安全基準を十分に満たしていることを確認した. 第6章は結論であり,本研究を総括するとともに,今後の展望について述べた.具体的には, 閉回路を構成して人体を導線とみなす信号伝送モデル,および人体を四端子回路網とみなしてインピーダンス行列で記述する信号伝送モデルだけでは,人体内通信を説明できないこと 人体表面に生じる電界が伝搬する良導性誘電体伝送モデルによって,開放端を含むすべての電極配置において人体内通信を説明できること 人体に電流が流れることで発生する3次元的な電界のうち,支配的なのは人体に垂直な成分であるため,直線的な信号伝送経路の場合は問題ないが,信号伝送経路の方向が180度反転するような場合には,発生する電界の干渉が起きてゲインが小さくなること 人体内通信では,送信機2電極,受信機1電極を人体に接触させる電極配置が最もゲインが大きくなること 送信機2電極を信号伝送方向に沿って配置するほうが,信号伝送方向に垂直に配置するよりも大きなゲインが得られること 送信機において信号経路と逆側の物体が大きくなることで,信号伝送方向により強い電界を生じさせることができること 信号伝送経路内に物体が接触すると,信号の吸い取りが生じてゲインが低下してしまうこと 必ずしも送受信機が人体に接触している必要はなく,人体に近接していて送信機からの電界変化が人体にも誘起される程度の距離であれば,受信感度を上げることにより通信が可能であるため,衣服の上からでも人体内通信が可能であること 人体内通信を用いることによって,従来の空気伝搬による無線のように特殊な専用アンテナを用いることなく,耐ノイズ性に優れた高品質の通信が可能になること などを示した. 今後は,MEMS技術や集積化技術などを結集したウェアラブル人体内通信デバイスの開発,人体の3次元モデルを用いた数値計算によるデバイスの最適設計が行われ,人体内通信の実用化と通信方式の確立が進むと考えられる.また,ユビキタス情報社会に適した新しい通信手段である人体内通信を利用した新しいアプリケーションの実現によって,ウェアラブル情報機器の市場拡大にもつながると考えられる. 図1開発した人体内通信デバイス | |
審査要旨 | 本論文は,「人体を伝送路とする通信方式に関する研究」と題し,人体を信号伝送路として利用し,通信機器を人体に接触させることによってはじめて通信が可能となる新しい通信方式(人体内通信)に関する基礎研究をまとめたものであり,全6章から成る. 第1章「序論」においては,個人が携帯する複数の情報機器間で構成するPersonal Area Network(PAN)の必要性,人体内通信の特徴,および本研究の目的と研究の流れについて述べている.近年の情報技術とエレクトロニクスの急速な進歩により,情報機器がポータブルからウェアラブルへと進化しつつある流れの中で,個人が携帯する複数の情報機器間の通信および外部機器との通信方式において,人体を伝送路の一部として通信する方式は,秘匿性と省電力性において従来の電波無線通信より有利となる可能性を議論している.その上で,人体内通信の原理および電子回路設計に必要な知見が不充分であることを指摘し,人体内の信号伝送モデルの提案および人体内通信デバイスの開発を行うことを研究の目的としている. 第2章「人体内通信」においては,人体内通信に関する先行研究を調査し,人体内通信における送受信電極配置・搬送周波数・サイズ・変調方式・通信速度の比較を行うとともに先行研究で提案されている信号伝送モデルについて議論している.先行研究の伝送モデルは,静電結合により閉回路を構成するモデルと,人体上に電界を生じさせるモデルの2つに大別される.それらのモデルが仮定している空間的な静電結合の大きさは数pF程度の浮遊容量を介した結合であり,伝送特性は容量変化に極めて敏感でなければならない.しかし,実際にはそのような不安定性が確認されないこと,およびゲインに関する計算値と実測値の整合性を定量的に議論し,従来提案されている伝送モデルが推測の域を出ていないことを指摘している. 第3章「回路網モデル」においては,人体内通信において人体外部の空間が全く寄与せず,人体内部のみが関与していると仮定した回路網モデルについて理論解析と精密な実験を行い,モデルの妥当性の検証を行っている.その結果,人体外部の空間が全く寄与しないという仮定には矛盾があり,回路網モデルは人体内通信の支配的なモデルではないという結論を出している.特に,伝送の位相特性に関するモデルに基づく予測値と実験値の不整合がその根拠となっている. 第4章「良導性誘電体伝送モデル」においては,人体を良導性の誘電体とみなし,送信機を給電点とする線状アンテナへの給電にならった伝送モデル(良導性誘電体伝送モデル)を提案している.このモデルでは,人体内部だけでなく人体近傍の空間も含めて人体に垂直な電界が人体表面を伝搬する.このモデルを適用することで,回路網モデルでは説明できなかった開放端を含む電極接触状態における信号伝送について,ゲイン変動を定性的に説明できるようになった.また,電極間距離・電極面積・電極方向・信号伝送距離・姿勢・送信機に対して受信機の反対側に存在する物体の大きさ・衣服の有無などの影響を予想し,実験によって予想が正しいことを確認している.特に人体に対する電極の接触条件に関して,送信機側は2つの電極を人体に接触させ,受信機側は片方の電極のみを人体に接触させる方式の伝送ゲインが最大となり,電極面積には依存しないことを明らかにしている. 第5章「人体内通信デバイスの開発」においては,前章までに得られた知見をもとに,実用レベルに近い人体内通信デバイスの開発を行っている.電極配置は,送信機2電極・受信機1電極で,送信電極は信号伝送方向に沿った方向に配置している.基板サイズは送信機,受信機ともに30mmX30mmであり,搬送周波数10.7MHzのFM変調を採用している.これらのデバイスを用いて,音声帯域のアナログ信号伝送,および指輪型パルスオキシメータから得られた9600bpsのデジタル信号を右手から左手まで伝送し,本研究で明らかにした人体内通信の原理の検証するとともに,実用性を示している. 第6章「結論」においては本研究を総括し,人体内通信に関して得られた知見をまとめている. 本研究の第3章における回路網モデルの実験および第5章のデバイス試作に関しては武田輝人,板生清,佐々木健,保坂寛,寺内祐介,柴建次,中田杏里との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験計画の立案と遂行,およびデバイスの回路設計等を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 以上のように本論文は,人体を伝送路の一部とする人体内通信という新しい通信方式に関して,新しい伝送モデルの提案と検証,および実用デバイスの試作まで行っており,情報通信技術の進歩に寄与するとともに,新たなウェアラブル機器の市場を生み出す要素技術を確立している. よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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