学位論文要旨



No 121635
著者(漢字) 和田,将典
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,マサノリ
標題(和) 摺動型制御機器における摩擦力の測定とその応用
標題(洋)
報告番号 121635
報告番号 甲21635
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第217号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 横井,浩史
 東京大学 助教授 森田,剛
内容要旨 要旨を表示する

緒言

本論文は,固体における摩擦を,物理現象の差異から,内部摩擦と外部摩擦の2つに大別し,外部摩擦については,利用方法の違いから,さらに,弱い摩擦力の場合と強い摩擦力の場合の2つに区別し,計3つの事例を扱っている.それぞれの事例において,摩擦が性能の支配要因となる機器を具体的に取り上げ,その摩擦力の測定と応用について述べている.具体的には,内部摩擦の例として,摩擦が測定分解能の主要因となる材料の構造減衰係数測定を,弱い外部摩擦の例としては,摩擦が位置決め精度の主要因となる光ファイバ自動組立を,強い外部摩擦の例としては,摩擦が密封能力の主要因となる自動調節弁グランドパッキン側圧測定を取り上げている.そして,最終的に,摩擦測定における共通見解をまとめている.

材料の構造減衰係数測定

研究の目的

構造減衰係数は,材料の内部摩擦の大きさに依存しており,材料の減衰振動波形から減衰比を測定することで得ることができる.すでに,先行研究により,標準大試料を吊り下げ方式で支持し,加振方法に打撃方法を,振動測定にマイクロホンを用いた測定法による測定システムを開発し,空気減衰や支持部減衰の影響を抑えた高精度な測定が可能であることが報告されている.しかし,減衰比が小さい材料を測定する場合,加振による試料の揺れが測定波形に影響し測定精度が低下するという問題が生じていた.そこで,安定的な精密測定を可能にするための,試料の揺れを考慮した信号処理方法の構築を目的とする.

測定システムの概要

構造減衰係数を精密に測定するためには,空気抵抗損失,支持部損失をいかに低減するかが重要である.また,精度向上のためには,振動検出に非接触センサを用いる必要がある.これらを考慮して,マイクロホンを検出センサに用いた測定システムを用いている(図1).

揺れを考慮した信号処理方法の提案

うねりを含んだ測定波形から高い精度で減衰比を求めるため,信号処理の方式として,試料の部材振動と加振による揺れを考慮した音圧モデルの理論式(1)をたて,測定波形に非線形逐次型最小二乗法により,カーブフィットさせる方法を考案した.音圧は,音源となる物体の振動加速度に比例する.なお,マイクロホンの出力をV,試料の揺れ幅をA,試料の固有角振動数をω0,減衰比をζ,試料の揺れ角振動数をω1,試料・マイクロホン間距離dと試料の揺れ振幅d1の比d1/dをm,本測定における音圧が音源からの距離のα乗に反比例するものと仮定している.V=A・{1+msin(ω1t+λ)}-α・e-ζω0t sinω0t (1)

揺れを考慮した信号処理方法の誤差評価

揺れの大きさの影響については,少なくとも,マイクロホンと試料間の距離によって規格化された揺れ振幅が0.5以下のときは,試料の揺れの大きさに影響されることはなく,減衰比が測定できることが示された.また,試料をつるす糸の長さについては,少なくとも,30mmから100mmの間においては,その長さに関係なく,減衰比が測定できることが示された.そして,打撃位置の影響については,中央から10mm,つまり,試料の幅長の10分の1以内ならば,高い精度の測定ができることが示された.

最終的に,減衰比の大きさの影響については,既知減衰波形での実験の結果,少なくとも,減衰比が1.0×10-5以上では誤差2%以内で測定可能であることが示された.

測定実験

前節までで,その有効性を確認することができた揺れを考慮した信号処理方法を用いて,アルミニウム,真鍮,銅,鉄,ガラス,木材を試料として減衰比の測定を行った(表1).

まとめ

つり下げ試料の部材振動と揺れの両者を考慮した音圧モデルを考案し,測定波形にカーブフィットさせる信号処理方法を開発できた.そして,減衰比の大小に関わらず,材料の構造減衰係数を精密に測定する方法として,信号処理に,加振による試料の揺れを考慮した音圧モデルによるカーブフィット法が有効であることを示した.

光ファイバアレイ組立

研究の目的

本研究では,多芯光ファイバアレイの量産に対応した組立の自動化,高速化,高精度化,低コスト化を追求した自動組立装置の開発を目的とする.実際の光ファイバの挙動は複雑にも考えられるが,これをピンジョイントモデルに置き換えることで,梁状弾性体が剛性平面に摺動する場合の摩擦力と押し付け力との関係式を作成し,それを利用した摩擦係数の測定法を開発する.また,自動組立は,画像処理を用いて行う.

ピンジョイントモデルによる関係式の作成

実際の挿入状態では直接計測するのが難しい摩擦抵抗力を変位などから得ることができるピンジョイントモデルの構築をした(図2).そして,これより幾何的にファイバの滑り出し条件式を求めた(2).なお,摩擦面傾斜角をθ,ファイバ挿入角をφ,ファイバの変形面がV溝斜面に垂直な面となす角をα,傾斜面上のファイバ射影とV溝方向のなす角をβとしている.〓(2)

摩擦係数測定

上記のモデルを利用して,摩擦係数測定装置を開発し,実験を行った結果,計測される最大静止摩擦係数はどのような押し付け圧状態でも一定の値が得られ,ファイバがV溝に挿入されるかどうかは,ファイバとV溝の相対的幾何的関係により決まるということが分かった.

画像処理を用いた制御による自動組立

実際に組立に用いる12芯テープファイバを用いて,位置決め実験を行い,許容相対ズレ量が±20μm程度であることが確認した.±20μm程度の横ズレは,ファイバのくせや取り付け誤差により発生しうる.一方,画素数640×480に対し撮像範囲が2.3mm×3mm程度であるので,X軸方向の測定分解能は7um/画素程度となる.よって,CCDカメラによる画像計測を行い,位置決め精度が1〜2画素分以内になるようにアクチュエータを駆動させて位置補正を行った.画像処理を用いた制御の過程を図3に示す.

まとめ

梁状弾性体が剛性平面に摺動する場合の摩擦力と押し付け力との関係式を作成し,それを利用した摩擦係数の測定法を開発できた.また,画像処理を用いた自動機組立装置を開発し,高速での自動組立を実現した.さらに,ファイバとV溝の関係を明らかにできたことから,より製造コストの低いV溝の設計指針を示すことができた.

グランドパッキンの圧力測定

研究の目的

自動調節弁のグランドパッキン圧力は,グランドパッキンの応力緩和により,締め付け直後から低下してゆく.そのため,実際の調節弁の使用にあたっては,何度も締付けを繰り返す"増し締め"が行われる.こうした増し締めと,漏洩を防ぐ上で重要な半径方向の圧力回復との関係は必ずしも明らかではなく,漏洩のメカニズムの解明には,パッキンの軸方向圧力と半径方向圧力の関係を明らかにする必要がある.すなわち,グランドパッキンの磨耗・摩擦状況を把握するため,従来測定困難とされてきたグランドパッキン圧力分布の動的測定をすることを目指す.以下では,この半径方向圧力,すなわちパッキンと弁軸およびボンネットとの接触面応力の垂直成分を側圧と呼ぶ.

グリスを介した側圧測定方法とその評価

グランドパッキンの新たな側圧測定方法として,流体圧力測定用センサを用い,グリスを介して側圧を測定するという方法を提案した.提案した新たなグランドパッキン側圧測定方法を図4に示す.ボンネット側面部分にセンサ用の穴をあけ,グリスを介して,側圧を測定する.用いたセンサは,流体用の半導体圧力トランスデューサである.グリスは時間とともに徐々に漏洩していってしまう.これによる測定時間の定量的な有効性の評価を,類似の構造をしているスラスト軸受モデルの理論式を用いて行った.また,歪ゲージを用いて測定した値と比較することで,測定値の定量的な妥当性を証明した.

実機モデルにおける側圧測定

有効性が確認された測定システムを用い,実機モデルにおいて積層されたパッキン10個の側圧分布を測定した(図5).結果,弁軸のしゅう動により側圧が変動すること,締め付け側と固定端側とで圧力変動の位相が反転することを測定することができた.また,側圧の変動をより正確に把握するため,変動の平均値を0とし,そこからの増減を図示した.結果,積層パッキンの上下部の側圧変動が激しく,この部分のパッキンについては,シール機能の有効性に疑問が呈せられることが分かった.

まとめ

この測定方法を適用することにより,積層パッキンの弁軸駆動時における側圧の挙動が測定可能となった.本測定を利用すれば,今後,パッキンの挙動を解明し,理想的なパッキンの材質,形状,積層の組み合わせ等を開発するための基礎データの収得することができる.

結言

それぞれの事例における特徴は,試料の部材振動と打撃による揺れの双方を考慮した音圧モデルの理論式を作成したこと,光ファイバの挙動をピンジョイントモデルに置き換え梁状弾性体が剛性平面に摺動する場合の摩擦力と押し付け力との関係式を作成したこと,(スラスト軸受モデルにより妥当性の証明を行った)グリスを介した測定方法を考案したことである.これらから,摩擦力の測定においては,これを直接測定しようとすれば,界面条件に影響を与えてしまうことから,力学モデルによる変換を介在させるなどの工夫をして間接測定を行うことが必要であるといえる.

表1 各種材料の減衰比

図1 構造減衰係数測定システム

図2 ピンジョイントモデル

図3 画像処理による自動組立

図4 グリスを介在させた側圧測定方法

図5 摺動時の圧力分布の変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,摺動型制御機器における摩擦力を,発生メカニズムと利用条件の違いから,内部摩擦,弱い外部摩擦,強い外部摩擦の3つに分け,各摩擦力に対して,実用上重要な事例における理論解析,実験検証,装置開発を行ったものである.摩擦力を直接測定しようとすれば,界面条件に影響を与えてしまうことから,いずれの事例においても,力学モデルによる変換を介在させるなどの工夫をして間接測定を行っている.

論文は5章から構成されている,

第1章は序論であり,産業分野における摩擦力計測の意義と従来の研究を述べている.

第2章では,内部摩擦の測定方法について述べている.近年の機械の小型化・低剛性化に対応するための,機械設計の指針となる材料減衰比の基礎的なデータベース構築を目的に,材料の構造減衰係数測定法の研究を行っている.この材料の構造減衰係数測定は,摩擦が測定分解能の主要因となっている例といえる.打撃加振法における測定精度を向上させるために,試料の部材振動と打撃による揺れの双方を考慮した音圧モデルの理論式を作成し,それを信号処理に利用して非線形逐次型最小二乗計算を行うという手法を構築している.結果,従来測定が困難であった,アルミニウムなどの減衰比の小さい材料においても,高い精度での測定を可能にしている.

第3章では,弱い摩擦力の測定方法について述べている.情報革命以降,需要が急増した光ファイバアレイの自動組立を研究対象とし,光ファイバとV溝間の摩擦係数測定法の研究を行うとともに,実際に組立装置を開発している.これは,摩擦が,位置決め精度の主要因となっている例である.梁状弾性体が剛性平面に摺動する場合の摩擦力と押し付け力との関係式を作成し,それを利用した摩擦係数の測定法を開発している.また,自動組立は,画像処理を用いて行われている.結果,高速での自動組立を実現した他,より製造コストの低いV溝の設計指針を示している.

第4章では,強い摩擦力の測定方法について述べている.各種プラントで大量に用いられ,メンテナンスコストが嵩んでいる自動調節弁グランドパッキンを研究対象とし,グランドパッキンの磨耗・摩擦状況を把握するためのグランドパッキン側圧測定法の研究を行っている.これは,摩擦が密封能力の主要因となっている例といえる.従来測定困難とされてきたグランドパッキン圧力分布の動的測定を,グリスを介して流体圧力測定用センサで測定する方法を考案し,その考案した方法の妥当性,すなわち,グリス漏洩の定量性評価をスラスト軸受モデルによる流体漏洩評価式を利用して行っている.結果,一定の制限がありながらも,グランドパッキンの側圧測定を実現し,グランドパッキンの材料や枚数の組み合わせ最適化のためのシステムを構築している.また,現在,自動調節弁グランドパッキンの故障診断は,人間によって行われているが,この自動化や予防診断への道を開いたともいえる.

第5章では,第4章までに開発した技術の応用例について広く述べている.

なお,本論文第2章は,山川博司氏,保坂寛氏との共同研究であり,第3章は,笹木亮氏,長城尚人氏,中西祐一氏,近藤好正氏,梅田和昇氏,保坂寛氏,板生清氏との共同研究であり,第4章は,廣田輝直氏,内藤正博氏,寺山勝之氏,保坂寛氏,奥津良之氏,泉浩司氏との共同研究であるが,いずれの章においても,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク