No | 121636 | |
著者(漢字) | 角陸,順香 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カドリク,ヨリカ | |
標題(和) | 既存建築物の耐震改修における意思決定プロセス研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121636 | |
報告番号 | 甲21636 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第218号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景と目的 優良な建築ストックの形成を目指す上で、建築物の改修による長期使用は重要であり、なかでも耐震性向上による安全性の確保は不可欠である。 建物の耐久性の向上や法規制、使用者の事情など様々な理由により建物を改修して長く使用する傾向は近年顕著である。改修工事は何もないところから始まる新築工事とは異なり、既存建築物に手を加えることによって、設計、施工、意思決定等の様々な面でより複雑となる。また、将来起こりうる地震災害に備えて耐震補強の必要性も認識され、徐々に耐震補強工事は増加してきているが、未だ補強が必要であるのにも関わらず検討すらされていない建物も多数存在する。これら既存の建築物の耐震化を促進するために、本研究では、耐震補強における意思決定プロセスについて調査し分析を進める。耐震補強を検討、実施するには、建物の所有者の基本的な方針が重要である。建物の耐震補強は、直接的に生活の快適性や利便性に繋がるものではないので、投資に対する効果についてどう考えるか、という所有者の意思決定は、補強が行われるかどうかを決定する際の大きな要素となっている。また、補強の検討から実施に至るまでの意思決定のプロセスには、所有者以外にも、設計者、施工者をはじめ様々な主体が関わっている。どの主体がどの段階で関わってくるのかが、耐震補強における意思決定プロセスに大きな影響を与えていることより、耐震補強における意思決定プロセスと各主体間の関わりを明らかにし、耐震補強が円滑に促進されるような提言をすること、さらに、対立する要求条件を含んで解決するときの意思決定のあり方を究明することを本論文の目的とする。 研究の対象 オフィスビル、百貨店建築、学校建築をはじめとした公共施設、戸建住宅、用途変更事例、歴史的建造物など、建物の耐震性が問題となる建築の事例をいくつか取り上げ、検討を行う。その中で、主となる事例として、木造重要文化財建造物に関しては4章、木造戸建住宅に関しては5章において詳細な検討を行う。 主となる事例の選定理由: 多数の人による使用頻度が高く公共性の高い建物は、制度が整っていたり、耐震補強の必要性に対する社会的認識(所有者や使用者、設計者、施工者など意思決定主体の認識)が比較的高かったりするので、補強されやすい建物と考え、「公共性や必要性が高いにも関わらずあまり補強が進んでいない建物」に関して詳細に取り上げる。さらに、様々な理由から「耐震補強に困難が伴う建物」も選定の基準である。木造の建物の補強が困難な理由は、構造材である木材の腐食や蟻害などによる劣化は測定不可能なため、現時点での保有耐力がわからないこと、補強材と既存材との力学的兼ね合いが複雑であることなどである。木造文化財建造物の耐震補強には「文化財的価値を損なわず、可能な限り安全性を確保する」という命題があり、その意思決定においては、文化財の所有者をはじめ、歴史的有識者、構造的有識者など異なる価値観を持った人々が関わるという特異な形態を持つので、問題が発生しやすく、耐震補強工事の課題が明らかになる良い事例といえる。また、商業施設やオフィスなどは経済的な理由から「壊せない」ので補強することが多いが、戸建木造住宅は「壊しやすい」という現状があり、逆に残し方がわからないという意思決定に起因する問題がある。 研究の方法 建築の耐震性能および耐震改修の現状についてその意思決定プロセスを明らかにするため、主に雑誌検索・文献調査および各意思決定主体へのヒアリング調査・アンケート調査を行っている。以下にその概要をまとめる。 <調査概要> 各意思決定主体へのアンケート及びヒアリング調査 オフィスビル 以下の各意思決定主体へのヒアリング調査を行った。 大手不動産会社A、B社(所有者として) 大手保険会社C、D、E社(所有者及び使用者として) 大手機械メーカーF社(使用者として) 施工会社G社(設計者、施工者として、下記の用途変更事例と併せて) 百貨店建築 以下の3件の事例について各意思決定主体に対するヒアリング調査を行った。 事例(1) (対象:所有者、設計者) 事例(2) (対象:所有者、施工者) 事例(3) (対象:設計者、施工者) 公共建築 以下の意思決定主体に対し、ヒアリング調査を行った。 大学施設部 東京大学施設部 戸建住宅 東京都・横浜市・静岡県における16件の「耐震補強モデル住宅」におけるアンケート調査(対象:所有者、設計者、施工者)及びヒアリング調査(対象:所有者)を行った。 静岡県藤枝市における「わが家の耐震診断実施住宅」 795件に対するアンケート調査(対象:所有者)を行った。 用途変更 実際に用途変更を伴う耐震改修事例に関わった意思決定主体を対象にヒアリング調査を行った。 事例(4) (対象:設計者) 事例(5) (対象:所有者、設計者) また、用途変更を伴った事例における現状と今後への展望に関して、以下の意思決定主体に対してヒアリング調査を行った。 施工会社 G社(設計者、施工者として) 文化財建築 阪神淡路大震災以降、平成12年までに耐震診断の依頼を受けた国指定木造重要文化財建造物で、文化財建造物保存技術協会(以下、文建協)が設計監理を行った33事例について、それぞれの修理工事報告書による文献調査をふまえて、各意思決定主体に対するヒアリング調査を行った。 その他の文献調査 その他の事例については、雑誌検索や文献調査によって行った。 論文の構成と内容 1章では、研究の概要を述べた。 2章では、建物の耐震化と耐震補強工事の現状について述べた。過去の地震被害や耐震規定の変遷、建物の耐震化対策の現状や耐震診断方法と耐震改修方法についても述べた。 3章では、既存建築物の耐震改修における意思決定について述べた。様々な耐震改修事例に見る意思決定プロセスと問題点について述べた。 4章では、木造文化財建造物における意思決定プロセスについて述べた。木造文化財建造物の耐震化の現状と対策、文化財的価値と意思決定の流れの分析、耐震補強の技術面からの分析、プロセスの進め方についての分析などについて述べ、最後にチェックリストの提案を行った。 5章では、木造戸建住宅における意思決定プロセスについて述べた。木造戸建住宅の耐震化の現状と対策、耐震改修モデル住宅に関する分析、耐震診断実施住宅に関する分析などについて述べた。 6章では、既存建築物における耐震改修の意思決定プロセスについて論じた。意思決定主体の種類、意思決定主体の優先順位、要求条件の幅や、判断・決定論について述べた。 本論文の成果 本論文の成果は以下の3点であると考える。 様々な建物の中でも、特に意思決定が困難である、木造文化財建造物と木造戸建住宅について詳細に調査し、その意思決定プロセスを明らかにしたこと 混沌とした意思決定において、何が重要で、どんな要素があるのかを明確にしたこと 円滑な意思決定を促すために、何が必要かという視点でこの課題を整理したこと | |
審査要旨 | 本論文は7章から構成されている。 第1章では、序論として本研究の背景となる耐震改修工事の重要性と、意思決定プロセスに焦点をあてることの意義について述べられている。 第2章では、建物の耐震化と耐震補強工事の現状について、とくに過去の地震被害や耐震規定の変遷、建物の耐震化対策の現状や耐震診断方法と耐震改修方法について述べられている。 第3章では、既存建築物の耐震改修における意思決定について、事務所建築、百貨店建築、学校建築をはじめとした公共施設、戸建住宅、用途変更事例、歴史的建造物など、建物の耐震性が問題となる建築の事例をいくつか取り上げ、建物特性によって異なる様々な耐震改修事の意思決定プロセスの特徴と問題点について整理し、これらの意思決定の主体の違いについて述べられている。 第4章では、木造文化財建造物における意思決定プロセスについて述べられている。ここでは実際の検討のプロセスに関わった構造設計者を中心に詳細なヒアリングを行い、木造文化財建造物の耐震化の現状と対策、文化財的価値と意思決定の流れの分析、耐震補強の技術面からの分析、プロセスの進め方についての分析などについて述べられている。そしてこれら分析結果より、各段階における検討事項、参加すべき主体、各主体の役割等について、木造文化財建造物の耐震補強工事をする上で生じうる問題を極力減らす為に、構造設計者が他の主体と各工程において行っていくべき検討項目をプロセスの流れに沿ったチェックリストの提案が行われている。 第5章では、木造戸建住宅における意思決定プロセスについて述べられている。ここでは耐震改修の設計が行われた事例に対する詳細なヒアリング、耐震診断を行った住宅に対するアンケート調査にもとづき、その意思決定プロセスの分析と、各段階における課題を明らかにしている。その中で、戸建住宅という意思決定主体の比較的明確な場合のプロセスの特徴と、関係者との情報交換および検討の流れが明らかにされている。 第6章では、既存建築物における耐震改修の意思決定プロセスについて論じられ、意思決定主体の種類、意思決定主体の優先順位、要求条件の幅や、判断・決定論について述べられている。 第7章ではこれらの成果が整理されている。すなわち、様々な建物の中でも特に意思決定が困難である、木造文化財建造物と木造戸建住宅についての詳細な調査さから得られた意思決定プロセスを明らかにし、その複雑なプロセスにおいて重要な要素を明確にしたことと、円滑な意思決定を促すために、何が必要かという視点でこれらの課題を整理したことが述べられている。 なお、本論文の4章と5章は宇野繕晴との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また本論文で得られた知見は、我が国の耐震改修に関する問題の解決へ大きく貢献する成果である。したがって、論文提出者に博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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