No | 121637 | |
著者(漢字) | 呉,海鍾 | |
著者(英字) | O,Hae Chong | |
著者(カナ) | オ,ヘチョン | |
標題(和) | 干潟・浅海域の底質の現地調査に基づく環境分析に関する研究 | |
標題(洋) | Study on environmental analysis of tidal flats and shallow water area based on field investigation of sediment | |
報告番号 | 121637 | |
報告番号 | 甲21637 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第219号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景・目的 近年、地球環境問題の中でも環境破壊が最も顕著に現れるのは沿岸域であることから、1992年の地球環境サミットでは、世界の閉鎖性海域における沿岸域の総合管理と持続可能な開発を行うことが提言された。干潟などの塩性湿地についても、ラムサール条約が締結され、国際的に重要性が認識されるようになった。干潟は、特異な物質循環が活発に行われ、水質浄化の面からも注目されている(小池、2000)。一方、地形的な条件から埋立に適しており、国土開発の対象となり、これまでに多くの干潟が消失してきた。最近では、このような人為的な改変の代替措置として人工干潟の造成なども試みられているが、造成と維持に莫大な経費がかかるのに対して効果が少ないという問題がある。それは、それぞれの場の特質に応じた生物生息条件などを十分配慮していないことが指摘されているが、従来の研究では、底生生息場の変遷の解明などに関する基礎研究例や干潟そのものに限定した研究はあまり見られない。さらに、調査は実際に環境問題が生じてから行われるため、過去から現在に至る地形や底質環境の変遷の把握は十分行われていないのが現状である。底質環境は、底生生物の生息を支えるなどの点で、重要な条件となるため、地形や底質変化を正確に把握することは、環境再生の基礎として非常に重要である。 本研究では、これまでに大規模の埋立・干拓事業によって物理的要素などが変化し、堆積物の粒径・有機物の変化を通じて底生生物相に悪影響を与えていることが懸念されている東京湾三番瀬と韓国始華湖を研究対象とした。東京湾三番瀬では底質環境を再生することと、韓国始華湖では水質・底質改善とともに、環境を保全することが課題として残されている。このように、それぞれの対象海域においては、異なった研究課題が存在するため、既存の現地観測法や分析手法をそのまま適用することは困難である。そこで研究課題を解決するために、独自のコア採取法や分画法の開発、分析手法の確立を試みる。現地調査と底質コア試料を種々の方法によって分析することにより、干潟・浅海域の地形。底質の変化を解明し、今後の底質環境の動向及び再生のための指針を与えることを目的とする。 現地観測及び分析手法 図-1に示すように現地調査の目的は、堆積物中に残る特徴を鉛直的変化から、過去の底質環境の「時間的変遷」を把握することである。特に対象海域は、過去から現在に至るまで埋立、地盤沈下、汚濁負荷の流入などによる様々な影響を受けている。その変遷は底質の堆積物に履歴として記録されているものと考えられるため、コア試料の柱状断面は都合のよいものである。また、研究目的に満たす試料としては、堆積物を海底現場のまま乱さずに1m以上の長さで柱状に採取することが要求さるため、柱状採泥器(コアラー)を使用するとともに、独自のコア採取法と分画法の考案が必要とする。さらに、内径5.0cm、5.5cm、6.0cmの採泥器を使用し、鉛直方向5cm間隔で分画した場合に、分析試料として適量であるかを検討した。また、図-1(右)のような分析手法を適用した。まず、対象海域周辺の開発に伴う堆積物の粒径などの底質変化や侵食。堆積などの地形変化を調べるために粒度分析や自然放射線強度測定の手法を用いた。さらに、陸起源の汚濁負荷の流入などを調べるために、強熱減量・C/N比および電気伝導度などの実験法を加えた。特に、年代測定については、得られた年代数値と実際の現象として知りたい年代との対応を的確に行うことが、最も重要な点である。しかし、実際に自然界においては様々な環境下で堆積が起こっており、理想的ではない場合も多いためその堆積年代の解析には苦労をすることがある。図-1(左)に示すように、三番瀬や始華湖などの人為的な改変がある場所では、鉛-210法の適用が困難であるため、本研究では、埋立の影響を勘案し、セシウム-137法の特定年代に着目した。それは、半減期30年の放射性核種であり、核実験の影響で東京湾では1986年と1963年に降下蕊のピークがあったことがわかっており、鉛直分布のピークにより年代推定に利用できる。さらに、堆積層に履歴として残っている過去の河川流入負荷などの特定年代を加えることで、複雑な環境下での最近30〜50年間の堆積過程を推定することができる。 現地調査の概要 本研究では、それぞれの対象海域における研究課題を3つに絞り、それに応じて現地調査及び分析を行い、従来の研究成果では得られなかった堆積過程の解明を試みた。 三番瀬の底質環境調査 背景:三番瀬は、東京湾北部に位置し、内湾に残された希少な干潟。浅海域である。過去には広大な干潟が広がっていたが、1960年代から1970年代後半までの度重なる埋立によってその面積が減ってきた。同時に、地下水の汲み上げに伴う地盤沈下の影響も及んだ。さらに、1980年代から埋立計画が検討されたが、この計画は2001年に白紙撤回された。これまで、埋立地造成、地盤沈下、汚濁負荷の流入などによる環境悪化が問題化されてきた。そのため、三番瀬再生計画検討会議が設置されるなど、自然再生の議論が活発に行われている。しかし、利害関係者問の意見の対立が激しく、合意形成は難航している。 研究課題-1: 図-2に示すように三番瀬再生の議論の中で、ヘドロ化した猫実川河口の周辺はますます環境が悪化しているので人工干潟に造成し直すべきだとの考えと、猫実川河口の海域も三番瀬全体の生態系に重要な役割を果たしているので手を入れるべきではないという考えは、最も大きな対立点の一つとなっている。この対立を解決するためには、環境条件の過去からの変化傾向を理解し、堆積過程を把握することが重要である。 研究課題-2: 図-2に示すように三番瀬の浦安市埋立地の造成により、静穏域が形成され、底質環境に大きな影響を及ぼしていると考えられるが、その埋立の影響などについては、未だ十分な検討がなされていない。そのため、埋立地近傍の堆積過程の把握が必要である。 現地観測 図-3のコア試料採取地点では、地形や底質環境の変化を調べるために、●点のSt.1〜St.5におけるコア試料採取を2002年に実施した。また、○点は参照地点とした浦安市側埋立地に沿う20地点(No.1〜No.20)で、同年11月にコア採取した。2003年(9,10,12月)には、現況の表層の中央粒径分布を調べるために▲で示した18地点において表層試料を採取した。 分析結果及び考察 三番瀬全海域の底質の現況:図-3の棒グラフは24地点における表層の中央粒径平均値である。三番瀬内でも、猫実川河口周辺のみで中央粒径が小さく、この海域が三番瀬内で唯一泥質環境となっている。一方、そのほかの海域は、地形形状が単調で底質は砂質であった。また、浦安市側の中でも岸側と沖側とで粒径の顕著な違いがあることがわかった。 猫実川河口:図-4に示す猫実川河口の中央粒径は、周辺の埋立の影響で波・流れが変化したにもかかわらず、深さ方向にほぼ一様である。また、深さ約20cmにおいて強熱減量が高くなっているが、これは1981年から下水道処理水が暫定放流され、1990年に放流量がピークに達したことによると考えられる。セシウム-137放射線強度は、ピークが明確ではないものの、約40cmに最大値が現れている。以上の結果から猫実川周辺は、ヘドロ化しておらず、埋立時と現在との間での堆積層厚は、60〜80cm程度と推定される。 浦安側の埋立地近傍:図-5は各コアの粒径の鉛直分布と上記の諸指標による推測年を示している。この結果から三番瀬の埋立地近傍は特性の異なる3つの海域に区分され、猫実川河口周辺のA海域では埋立前後ともにシルト質となっている。これは、埋立前後に関わらず、共通に局所波高が小さいためと考えられる。一方、中央付近のB海域は埋立を境に細砂からシルト質に変化した。これは、埋立地の遮蔽効果により波の外力が小さくなったためであると考えられる。また、埋立地突端付近の干出域では埋立時にシルトが堆積した後、粗砂が堆積するようになった。これは地盤沈下に伴う水深増加によって外力が増大し、残留する底質粒径が大きくなったためであると考えられる。このように、埋立地近傍の底質の堆積過程変化を明らかにした。浦安市埋立地近傍のA海域(猫実川河口付近)のみならず、B海域(中央部)もシルト堆積域に変化している。 干出域および前置斜面:図-6(上)に示す浦安側埋立地突端の付近の天然干潟域における中央粒径には深さ約40cm及び70cmに、核実験による1986年、1963年のセシウム-137のピークが顕著に見られる。また、天然干潟域のSt.5では、明らかに埋立工事(1965〜76年)の際に形成された泥質層のこん跡が見られ、セシウム-137のピークによって推定された1963年より上の層になるため、セシウム-137によって推定された年代と整合する。以上のことから、浦安市側天然干潟域近傍における埋立前後の堆積過程が推定可能になった。図-6(下)に浦安市干出域とその周辺の現在と過去の深浅図を示す。深浅測量のデータを比較すると浦安市日の出域付近から東に伸びるA.P.Omの干出域は、1986から1991年の間に埋立地の近くから堆積が始まり、2000年には細長い砂洲が形成されるが、2003年には地盤高が低下して干出域の面積が減少している。この千出域を形成している土砂は前置斜面から供給されているものと推測される。また、斜面上部の砂は、深堀部へも崩れ落ちているため、この部分の侵食によって現在の地盤が後退し、三番瀬の浅海域が狭くなりつつある。また、これからの干出域は、砂洲三番瀬に入射する波浪を減衰させて、三番瀬沖をより静穏な海域にしている。(下)浦安市干出域の海底の地形変化図 韓国始華湖の底質環境調査 背景:始華湖の閉め切り堤防完成(1994年)後には、急激な人口増加による生活排水や工業団地の廃水が始華湖に流入するようになった。その結果、水質悪化に伴う漁業被害が深刻化し、完成から3年後には、始華湖の淡水化を正式に断念し、水門を開放した。 研究課題-3:今後、始華湖及び周辺流域の環境問題(水質・底質)を解決するためには、現行の水質改善策の有効性を確認する必要があるが、始華湖における水質と底質の関連については現地観測のデータが不足していることもあって明らかにされていない。 現地観測 図-7は、試料採取点を示すものである。調査には調査船を用いて水深2m以上の始華湖全水域を対象とした。始華湖内のコア試料採取は2004年11月21日に水路に沿った3カ所(C1河口付近〜C3排水門)で行った。4.2 分析結果及び考察 粒度分析:図-8に底質コア試料の分析結果の一例を示す。中央粒径鉛直は、河口域から水門にいくほど増大する傾向が見られる。ただし、中央の工団前(C2)の中央粒径の鉛直分布には、深度20〜50cmの中間層に明確な細砂層があり、その上下に粘土・シルト層が見られる。 また、表層堆積物を構成する泥層の自然含水率は、河口域(C1)および中央の安山工団前(C2)の方が水門付は、シルト質の底質に分類されるとともに軟弱泥層を意味する。 炭素・窒素含有率(C/N比):C/N比は、河口域から水門にいくほど減少する傾向が見られる。C2地点では炭素・窒素含有率が20〜50cm層で低下しており、前述した中央粒径の鉛直分布の変化から、この層が、閉め切り堤防工事用の土砂流出より、工事前の干潟上に堆積して形成された層であると考えられる。そして、深さ20cmから上の閉め切り後の層においては有機物が急増しており、主に河川汚濁負荷の流入や閉鎖性水域形成による海水交換の不良などの原因が考えられる。このような水質・底質環境の変化は現行の水質改善策においても、始華湖の水質悪化が継続していることを意味しており、今後の方針を議論する上で注目すべき点として指摘できる。 放射線強度(鉛-210、セシウム-137):鉛-210およびセシウム-137の線量の分布は、河口域から水門にいくほど減少する傾向が見られる。これは、中央粒径が増大する傾向と対応している。また、C2地点におけるセシウム-137放射線強度は深度20〜50cm層で線量が0に近く、その上の層の値と著しく異なる。これは、この層が堤防工事中(1987〜94年)の際に形成された砂質層であることを裏づける。これは、深さ65cmのセシウム-137のピークによって推定された1986年より上の層にあることとも整合する。さらに、鉛-210の鉛直分布においては20cm以浅で急増し、表層付近の深さで最大となっている。このことにより、1994年以降より重金属汚染が急激に進み、ピークに達して今日に至っていることが考えられる。このように、鉛などを含んだ金属元素は人為的利用と環境への放出によって濃度を高めていると考えられる。なお、これらより、C2地点における堆積速度は、工事中で4cm/年、完工後で2cm/年と推定される。 始華湖の水質と底質との関係:湖底地形は図-9の通りで、河口付近が浅く(1〜5m)中央から水門にかけての湖心部が相対的に深い。水門を通じて入ってきた海水は、蛇行した水路を経て奥域に至ると流速は急激に減衰し停滞する。一方、河口付近では河川水の直接な広がりである河川ブルームを形成し、下層の海水との鉛直混合が起きていない。これは、密度成層を形成し、下層で溶存酸素濃度が低下していると考えられる。また、底質においても半月川、安山川など大小5の河川を通じて生活排水や畜産排水などの高い濃度の有機物が流入する一方、工業団地前では工場廃水が湖内へ多量の重金属を供給し続けていたと推定される。このように河川から流入した陸起源の有機物は、始華湖に入ると、速やかに沈降する。それを分解する時に溶存酸素が消費され、溶存酸素濃度を低下させる。 結論 干潟・浅海域の環境分析法 本研究においては、研究目的に応じた独自のCEL式コア採取法と分画法を考案した。特に、地形・底質変化の調査では、堆積物の柱状断面を示すために柱状採泥器(コアラー)の使用が不可欠である。また、100年以下の年代測定を目的とする試料としては、堆積物を海底現場のまま乱さずに1m程度の長さで柱状に採取することが重要であるが、三番瀬の場合は水深が浅く、船上から1m以上のコア試料の採取が困難である。そのため、干潮時をねらい、直接採取できるCEL式の採取法を考案した。また、韓国始華湖では、水深が深く、船上から自由落下ができるため、自重式の柱状コアラーを使用することで、それぞれの海域で平均1m以上のコア試料が採取できた。さらに、コア試料の分割方法の開発によって、「(1)撹乱が少ない、(2)堆積物断面の観察ができる、(3)大量の生試料を短時間で前処理し、迅速に測定できる」という利点を得ることができた。また、分析試料の適量を検討した結果では、直径5.0cm、5.5cm、6.0cmの採泥器を使用し、鉛直方向5cm間隔で分画した場合は、平均93g、101g、109gの乾燥試料が得られたが、混合している貝殻などを除くと約80〜90gとなり、そこから実際に使われる量60〜70gを考えると、鉛直方向5cm間隔のスライスが適量であることがわかった。環境分析手法の一つである年代測定においては、三番瀬や始華湖などの人為的な改変がある場所では鉛-210法よりセシウム-137法の特定年代を用いた方がある程度有効であることがわかった。さらに、過去の河川流入負荷などの特定年代を加えることで、複雑な環境下での堆積過程を明確にすることができた。このように対象海域においてこの手法を適用し、その有効性を確認することができた。 三番瀬湖の地形及び底質環境 三番瀬全域の底質変化:1950年代の三番瀬内の底質環境は、陸側の泥質と前置斜面付近の砂質が広く東に伸びていた。しかし、現在は猫実川河口のみが唯一泥質環境となっており、シルト・粘土分は、ほぼ全域で大きく減少している傾向である。このように、現在の三番瀬の底質中央粒径は100μm以上の単調な砂質のところがほとんどである。一方、浦安市側三番瀬においては、埋立後から現在までシルトの底質の海域が増えた。前置斜面においては地盤高が低下しており、侵食傾向であることから、前置斜面の底質が選択的に猫実川河口と浦安市側埋立地の中央部に堆積している可能性が高い。猫実川河口における土砂供給は、江戸川放水路からの出水頻度に依存していると考えられる。また、養貝場は、覆砂されたものが若干北東に動いている。なお、1980年頃には広い干出域がみられたが、ここの干出域も現在は消失した。このことから、今後の猫実川河口域におけるシルトの底質域は、市川市前面から浦安市側三番瀬に移動しながら狭くなる可能性がある。 猫実川河口域の汚濁流入負荷:三番瀬の底質環境再生の中で対立点となっている瀬猫実川河口の汚染流入負荷について調べた結果では、猫実川河口のSt.1において深さ約20cmに有機物含有量のピークが見られる。このピークは1990年をピークとする下水道処理水の暫定放流により、BOD値の高い水が入り込んだためと推定される。一方、浦安市側の埋立地突端における有機物含有量は、深さ65〜85cmにおいて多くなっているが、それほど高くではない。これは、主に埋立工事用の土砂流出より、一時的に有機物が増加したためと考えられる。また、有機物含有量の濃度は、猫実川河口から沖合にいくほど減少する傾向が見られる。このことから、猫実川河口域は、有機物含有量が一時急増したが、必ずしも有機物が多いというわけではなく、ヘドロ化しているとは言えない。 浦安市側三番瀬近傍:浦安市側埋立地の影響による地形変化を調べた結果では、まず、埋立前(1948年)の地形をみると、陸側にヨシ原が存在しなだらかな干潟の地形勾配を形成していた。その当時の地盤高はほとんどが干出域を示すが、埋立後の1986年と現在の地盤高をみると、全体的に地盤の低下が進み、水深が深くなっており、干出域の消失は大きい。次に、埋立直後の1986年から2003年度の海底地盤までの堆積変化を比べてみると、猫実川河口の地盤高と地盤沈下との相対関係から見られる堆積・侵食により、60〜80cmを埋立前の海底地盤面、40cmを1986年前後、20cmを1990年前後とし、埋立前から現在までに、60〜80cmの堆積があったと推定される。また、埋立地中央部においては、深さ約30cmを境にして、土砂堆積の環境が変わっており、表面から約30cmの土砂が、埋立工事が完了した1978年前後以降に堆積したことは確実である。このことから、猫実川河口と中央部の一部の海域では堆積変化が小さい。これは、猫実川からの河川流入が遮断され、土砂供給がなくなったことが原因と考えられる。現在の土砂供給は、主に江戸川放水路からの洪水時の出水に依存していることを考えると、今後この海域は海底地盤の上昇は見込めない。一方、埋立地突端付近の海域で地盤の高い分布が広がり、その背後がより静穏な海域になる可能性がある。このことから、浦安市側三番瀬の地形は、埋立と同時に1〜2m程度の地盤沈下が生じたにも関わらず、60〜80cm くらい堆積したことがわかった。底質変化においては、それぞれの海域の埋立前後の底質変化をみると、三番瀬の埋立地近傍は特性の異なる3つの海域に区分され、猫実川河口周辺では埋立前後ともにシルトの泥質となっている。これは埋立前後に関わらず、共通して局所波高が小さいためと考えられる。また、中央付近は埋立を境に細砂からシルト質に変化した。これは、埋立地の遮蔽効果により波の外力が小さくなったためと考えられる。一方で、埋立地突端付近では埋立中に流出したシルトが沈降してから、埋立時に堆積した後、粗砂が堆積するようになったことがわかった。このことから、浦安市側の埋立地近傍での底質の堆積過程は、猫実川河口のみならず、中央部もシルト堆積域に変化し、猫実川河口と中央部は、埋立後からシルトの泥質の範囲が広くなったことがわかる。このように、泥質性と砂質性の底生生物の生息環境が変化しており、特に中央の海域において、底生生物への影響が大きいと考えられる。 浦安市干出域の地形変化:浦安市干出域の地形変化において深浅測量のデータを比較すると、浦安市日の出付近から東に延びるA.P.0mの干出域は、1986から1991年の間に埋立地の近くから堆積が始まり、2000年には細長い砂州が形成されるが、2003年には地盤高が低下して干出域の面積が減少している。これは、2000年以降の三番瀬全体の侵食傾向があった期間と一致し、その影響の可能性が高い。また、前置斜面の侵食と干出域の堆積との相関関係がみられることから、この干出域を形成している土砂は、前置斜面から供給されているものと推測される。また、斜面上部の砂は、深堀部へも崩れ落ちているため、この部分の侵食によって現在の地盤が後退し、三番瀬の浅海域が狭くなりつつある。また、これらの干出域は、三番瀬に入射する波浪を減衰させて、干出域から内側の三番瀬沖をより静穏な海域にしている。将来を考えると、浦安市側埋立地突端から茜浜までの浅海域は波浪と潮流によって砂が流され徐々に減少し、最終的には前置斜面の全体が侵食されるとともに、粒径も粗くなっていくことが考えられる。また、三番瀬の面積も減少していく可能性が高い。今後、侵食の変動や、深さ、粒径と潮流や波浪の影響との関連性も含めて地形の変化を調査していく必要がある。 韓国始華湖の水質・底質環境 始華湖における従来の水質研究では、排水門開門による海水交換の効果によって水質改善が見られ、密度成層による底層の貧酸素化は夏季に限って起きると報告されている(Parkら、2003)。しかし、今回の水質観測結果により、湖内では秋季(11月)においても水深が浅い河口付近、工団前は、塩分成層による溶存酸素濃度の低下が観測された。底質のコア試料分析により、閉切り堤防完工後、工事期間中および建設前の干潟堆積層における堆積過程の変化を明らかにした。特に、C2地点での堆積速度は工事中が4cm/年以上と最も速い。完工後の有機汚濁層の堆積速度は2cm/年と推定されるが、今後、流域の開発による有機汚濁物質負荷の増加は、底質環境へ悪影響をもたらす可能性がある。これらの水質。底質環境変化からみると、排水門開門による海水交換はCODの減少という水質改善効果をもたらしているが、底層水質や底質の有機物含有量を見ると、充分な改善が行われたとはいえない。今後、さらなる調査によって詳細を解明することが必要であるが、排水門開門による流動変化や底質の変化と貧酸素現象との関係について総合的なモニタリングを継続する必要がある。 図-1 底質環境変遷及び調査目的 図-2 三番瀬における研究内容 図-3 底質試料採取地点及び中央粒径 図-4 猫実川河口域の分析結果 図-5 年代・中央粒径の測定結果 図-6 (上)St.5地点の分析結果 図-7 コア採取地点 図-8 始華湖のコア試料の分析結果 | |
審査要旨 | 近年、沿岸域の中でも干潟や浅海域の環境における機能が広く認識され、その保全や創出が社会的に深い関心を集めている。我が国においても、戦後の高度成長期において干潟や浅海域が埋め立てられ、工業地帯などとして利用されてきたため、その面積は著しく減少した。今後は、沿岸域全体の生態系を維持するためにもその鍵となる干潟や浅海域の地形を適切に管理したり、必要に応じて創出することが重要となる。そのためには、そのような場が過去にどのような変化を経験し、今後どのように変化しようとするのかを客観的・正確に把握することが必要である。しかし、干潟や浅海域に関する過去のデータは乏しく、歴史をたどることは困難である場合が殆どである。本研究はそのような事情を背景として、底質のコアサンプを種々の方法によって解析し、それに基づいて過去の地形変化を推定するための総合的な方法を開発し、東京湾の三番瀬と韓国の始華湖という2箇所の現地への適用を通じてその有効性を示したものである。 本論文は7章から成り立っている。第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。三番瀬では猫実川河口の環境の評価が焦点のひとつとなっていること、および始華湖では現状の水門の開門が水質改善に与える効果が焦点のひとつとなっていることなどが述べられている。続いて、文献調査を通じた三番瀬と始華湖の既往調査の内容を紹介している。三番瀬については1975年頃からの調査により、水質、低温、生物などの情報が数カ年に1度は断片的に得られている。また、始華湖については、1985年以降、水質や底質や底生生物の現存量などに関する調査が行われている。そして、第1章の最後では、論文全体の構成を説明している。第2章では日本と韓国の沿岸域の特徴について、図などを含めてとりまとめている。いずれも近年干潟面積が減少していること等が確認されている。東京湾についてはより詳しく歴史的変遷の文献調査結果を述べ、さらには埋立の経緯、地形の変遷、流動の特徴等についてとりまとめている。第3章は現地調査と資料分析の方法の記述である。現地調査では、歴史的変遷を調べるための手段としてコア分析を紹介し、コアサンプリング方法についてこの研究で独特に工夫した点などが述べられている。コア分析においては、単なる粒度分析だけではなく、自然放射線強度分析、C/N比分析、さらに含水率、電気伝導度、生物遺骸の分析について、それらの内容と特徴をとりまとめている。特に、自然放射線強度分析には鉛-210とセシウム-137の2種類によるものが採用されている。第4章は三番瀬において行ったコア資料の現地調査と分析結果および考察を述べている。まずは、三番瀬の環境に関する背景を述べ、その上で、ここでの調査の目的や内容を述べている。それぞれのコアの分析結果から、中央粒径が沖に向かって増大していること、埋立工事中に対応する層が見られること、強熱減量のピークが見られること、セシウム-137による放射線強度のピークが見られること、などを述べている。そこから過去の浦安地区の底質の堆積・侵食や地盤高の変化について、埋立の影響も含めて考察している。そして、現地調査結果を考察し、三番瀬全域の底質変化、猫実川河口域の汚濁流入負荷、浦安市側三番瀬近傍の地形・底質変化、浦安市干出城の地形変化を再現している。特に、埋立前の前浜干潟としての地形と粒径、埋立時の土砂堆積、三番瀬海域の地盤沈下、最近の沖側底質の粗粒化を中心に底質環境変化が再現されている。また、それにより、この研究における底質コア分析を通じた調査方法の有効性が示されている。第5章には始華湖における現地調査結果が述べられている。まず、背景となる始華湖とその周辺の歴史を簡単にとりまとめている。続いて、水質と底質の調査内容を説明し、得られた結果を述べている。水質に関しては、晩秋であるにもかかわらず、底層水の溶存酸素濃度が低下しているが、これが密度成層と関連していることを明らかにされている。また、底質コア分析より、始華湖の締め切り工事施工時の層を見いだすことにより、その後の堆積速度が決定されている。そして、結果をとりまとめ、始華湖の水門開放により、CODは減少しているものの、底層の水質や底質については改善状況が十分でないと結論している。第6章は結論であり、研究成果をとりまとめている。 以上のように、本研究は干潟・浅海域における底質コア分析手法を総合的に構築し、それを東京湾三番瀬および韓国始華湖に適用し、それぞれの底質環境の変遷を明らかにすることを通じて、本手法が過去の地形変化を知るための有効な手段となることを示した。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/7000 |