学位論文要旨



No 121641
著者(漢字) 大畑,広和
著者(英字)
著者(カナ) オオハタ,ヒロカズ
標題(和) アポトーシス阻害タンパク質Apollonによるcyclin Aのユビキチン化と分裂期制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 121641
報告番号 甲21641
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第223号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 有田,正規
 東京大学 特任助教授 黒田,真也
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

[Introduction]

Apollonはアポトーシス阻害タンパク質の1つであり、BIR (baculoviral IAP repeat)ドメインでSmacやCaspase-9などのアポトーシス実行因子と結合し、これら結合タンパク質をユビキチン化して、プロテアソームによる分解を促進することによってアポトーシスを阻害することが明らかとなっている。しかし、当研究室で作成したApollon欠失マウスは胎生致死であり、胎仔の発育に遅延が認められることから、Apollonにはアポトーシス阻害だけでなく細胞増殖を制御する機能もあることが推測される。

細胞周期の進行はサイクリン(cyclin)とそのパートナーであるサイクリン依存性キナーゼ(cyclin dependent kinase: cdk)によって調節されている。G1期からS期への進行は主にcyclin D-cdk4/6とcyclin E-cdk2によって制御され、G2期からM期の進行は主にcyclin A-cdk1とcyclin B-cdk1によって制御されている。

M期の制御分子であるcyclin AはG1/S移行期から合成され始め、G2/M期においてピークとなり、M期の前中期から中期にかけて急激に分解される。一方、cyclin BはG2期から合成され始め、G2/M期においてピークとなり、M期後期に分解される。cyclin Aとcyclin Bの活性はM期の進行に必須であるが、逆にM期からの離脱には両者の分解が必要である。cyclin Aとcyclin Bの分解に関しては明確な分子機構はわかっていないが、細胞周期特異的なE3 ligaseであるAPC/C (anaphase promoting complex/cyclosome)によりユビキチン化を受けプロテアソームで分解されるという報告がある。しかしながら、cyclin Aはcyclin Bより必ず先に分解されることが知られている。また、ノコダゾールなど微小管形成を阻害することによってスピンドルチェックポイントを活性化しAPC/Cの活性を抑制する薬剤を処理すると、cyclin Bの分解は阻害されるが、cyclin Aの分解は阻害されないことがわかっている。これらのことから、cyclin Aの分解にはcyclin Bとは異なる制御機構が存在することが予想されるが、その実体は分かっていない。

本研究では、アポトーシス阻害タンパク質であるApollonがcyclin Aの分解を制御することによってM期の進行に関与していることを明らかにした。

[Results]

Apollon-/-MEFに見られる細胞周期異常

Apollon-/-MEF (mouse embryonic fibroblast)をIn vitroで初代培養すると、野生型のMEFに比べて早期に増殖が停止することから、Apollon欠失細胞は野生型の細胞よりも早く老化することがわかった。また、不死化したMEFを樹立し、その増殖の様子を観察したところ、不死化したApollon-/-MEFでは2つに分裂できない細胞や、1度3つに分裂した後、また1つに戻ってしまう細胞など、分裂に異常のある細胞が多数観察され、野生型の細胞に比べて分裂期の開始から終了までの時間が延長していた。

これらの結果から、Apollon欠失細胞は初代培養において早期に老化すること、分裂に異常がみられ、細胞周期のM期が延長していることがわかった。

Apollonとcyclin Aの結合

上記の結果からApollonがM期制御に重要であることが示唆された。 M期を制御しているタンパク質としてcyclin Aとcyclin Bがよく知られているため、Apollonと相互作用するかを検討した。細胞にApollonとcyclin Aあるいはcyclin Bを一過性に発現させて結合を検討したところ、cyclin Bに比べてcyclin AがApollonと強く結合した。このcyclin AとApollonの結合は内在性のタンパク質同士でも確認できたため、Apollonとcyclin Aは生理的な条件下においても結合すると考えられる。

次に、Apollonとcyclin Aの結合領域を特定するため、それぞれの種々の変異体を用いて、結合を検討した。ApollonのUBCのみ、あるいはBIRとUBCの両方に変異を導入したpoint mutantを用いた場合、cyclin Aはこれらの変異体Apollonとも野生型のApollonと同程度に強く結合した。このことからApollonとcyclin Aとの結合にはApollonのUBCドメインや、BIRドメインは必要ではないことが確認された。一方、cyclin Aの各種deletion mutantを用いた結合実験からApollonはcyclin Aのcyclin boxに結合することがわかった。cyclin Aの結合分子であるcdk1/2もcyclin Aのcyclin boxに結合するため、Apollonとcdk1/2がcyclin Aと競合的に結合する可能性が考えられた。そこでcdkによる競合実験を行ったところ、Apollonとcyclin Aの結合はcyclin Aと結合するcdk1/2によって強く阻害された。

Apollonによるcyclin Aのユビキチン化

Apollonにはタンパク質のユビキチン化においてE2として機能するUBC (ubiquitin-conjugating enzyme)ドメインが存在するため、Apollonがcyclin Aをユビキチン化するかどうかを検討した。その結果、細胞にApollonを過剰発現させるとcyclin Aのユビキチン化が亢進することがわかった。次に、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化にApollonのUBCドメインが重要であるかどうかを調べるために、ApollonのUBC活性欠失変異体を用いて同様に検討した。その結果、予想に反し、ApollonのUBC活性欠失変異体を過剰発現させた場合でも、野生型のApollonと同様に、cyclin Aのユビキチン化促進活性が認められた。これらの結果から、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化には、Apollon自身のUBC活性は必ずしも必要ではなく、他のE2分子と協調して機能している可能性が示唆された。さらに、cyclin Aのユビキチン化に対するcdk1/2の影響を検討したところ、cdk1/2を共発現することによって、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化が阻害された。

以上よりApollonはcdk1/2とは結合していないcyclin Aと結合して、そのユビキチン化を促進していること、しかし、このユビキチン化にはApollonのUBCは必ずしも必要ではないことが示唆された。

Apollonノックダウンによるcyclin A分解遅延とM期延長

Apollonによるcyclin Aのユビキチン化がcyclin Aの分解制御に関与するかを調べるために、siRNAでApollonをノックダウンした細胞を用いてM期でのcyclin Aの分解を検討した。その結果、Apollon siRNAを処理した後、S期に同調培養し、薬剤除去後の細胞周期の進行を解析したところ、M期からの離脱が遅くなることが認められ、これに伴って、cyclin Aの分解が遅延することが観察された。cyclin Aが分解されないとM期からの離脱が遅れる、あるいは止まることが報告されていることから、Apollonがcyclin Aの分解を制御することによりM期を制御することが強く示唆された。

本研究において私は、今まで詳しいメカニズムがわかっていなかったM期におけるcyclin Aの分解機構の一部を解明し、アポトーシス阻害タンパク質であるApollonがcyclin Aの分解を介して分裂期を制御するという新規機能を有することを見出した。

審査要旨 要旨を表示する

ApollonはIAP(Inhibitor of Apoptosis Protein)ファミリーに属する分子量500Kの巨大なタンパク質である。ApollonはN末のBIRドメインでSMACやCaspase9などのアポトーシス実行因子と結合し、C末のUBCドメインの機能によりこれら結合タンパク質をユビキチン化する機能を持つことが明らかになっている。Apollonによりユビキチン化されたSMAC、Caspase9はプロテアソームにより分解されるため、Apollonはアポトーシスを阻害する。しかしApollon欠失マウスは、過剰なアポトーシスは観察されないにもかかわらず、胎生致死及び胎仔の発育遅延を示すことから、Apollonには細胞周期や細胞分裂を制御する機能もあることが推測された。

大畑広和の論文は、Apollonが細胞周期制御因子であるcyclin Aと結合、ユビキチン化し、細胞周期のM期を制御する重要な機能を持つことを明らかにしたものである。

本論文は全5章からなり、第1章では、Apollon欠失細胞(マウス胎仔由来線維芽細胞)に見られる細胞周期の異常をまとめている。Apollon欠失MEFをin vitroで初代培養すると、野生型の細胞に比べて早期に老化する。初代培養MEFから不死化した細胞を樹立し、その増殖の様子を詳しく観察することにより、不死化したApollon欠失細胞では、分裂に異常のある細胞が多数観察され、野生型の細胞に比べて細胞周期のM期が延長していることを見出した。また中心体を過剰に複製した細胞が多数現れることを見出した。

第2章では、ApollonとM期の細胞周期制御因子cyclin Aとの相互作用について詳細な検討を行っている。まずApollonはcyclin Aと細胞内で強く結合し、cyclin Bとは結合しないことを免疫共沈降の実験により示した。このApollonとcyclin Aとの結合にはApollonのBIRドメインは必要ではなく、ApollonとSMACやCaspase9との結合とは結合様式が異なることを明らかにした。一方、cyclin Aの種々の変異体を用いた実験からApollonはcyclin Aのcyclin boxlに結合すること、この結合はcyclin Aの結合分子であるcdklあるいはcdk2によって強く阻害されることを見出した。

第3章では、Apollonがcyclin Aのユビキチン化に関与するかを検討している。その結果、Apollonがcdk非結合型のcyclin Aのユビキチン化を促進すること、このユビキチン化には、Apollon自身のUBC活性は必ずしも必要ではなく、他のE2分子と協調してcyclin Aをユビキチン化している事を明らかにした。

第4章では、Apollonによるcyclin Aのユビキチン化がcyclin Aの分解制御に関与するかを調べるために、siRNAでApollonをノックダウンした細胞を用いて分裂期におけるcyclin Aの分解について解析している。その結果、Apollonノックダウン細胞では、細胞分裂期のprometaphaseでcyclin Aの分解が遅延し、分裂期が延長することが明らかとなった。

第5章ではcyclin Aとcdklの解離メカニズムについて検討しており、prophaseで細胞質から核内に移行するcyclin Bが核内でcyclin Aとcdklの解離を誘導している可能性を示唆した。

従来、細胞周期のM期におけるcyclin Aとcyclin Bの分解にはAPC/C複合体によるユビキチン化が重要であることが示唆されていたが、cyclin Aがcyclin Bよりも必ず先に分解されるメカニズムは明らかになっていなかった。本論文は、Apollonがcyclin Aのユビキチン化を触媒することを見出し、M期においてcyclin Aがcyclin Bよりも先に分解される分子機構を明らかにした研究であり、その内容は博士(科学)の学位を与えるに十分なものであると判断する。

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